第37話 『神聖女』、『冒険者』になる
レンさま、ロジーナさん、ノエリアさんたちと食事した日の翌日昼、ユリアはアンとともに冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルド――。
もちろん、噂には聞いている。
『冒険者』という職業人たちがわんさかいて、日々、迷宮探索や、住民生活のお手伝い、工事の人夫などをこなして生計を立てているのだとか。
魔法や剣術、体術や体力、怪力や俊足など、なにかしら「腕」に覚えのあるものが多い印象だが、実は冒険者になるために試験などは何もなく、逆に言えば、何も特徴のないものであっても『冒険者』にはなれる――。
(――だから、ならず者集団って、一部の人は囁いているって話も聞くのよね)
でも、レンさまのような強くてお優しい冒険者も居ることを知ったユリアは、この『死して冒険者として生まれ変わる』という妙案を思いついたのだった。
それでも……。
「ユリアさ……、どうしたの?」
アンがユリアへそう問いかけてくる。言葉遣いの方は、少しずつだが、「お姉さま」に近づいて行ってるのがわかる。彼女もユリアの案に応えようとしてくれている証拠だ。
「い、いえ。少し緊張してきただけよ、お姉さま」
ユリアは玄関の階段の前で一度立ち止まった後、少しの間躊躇っているのをアンに見透かされたと思ったのだが、そこは「元王女」のプライドがまだ残っている。
さあ、始めるわよ――。
と、自分自身に言い聞かせ、少し強張った右足をゆっくりと上げ、一段目を踏みしめる。
大丈夫――。やれるわ――。
ぐっと腰に力を込め、右足に荷重をかけると、その勢いで左足を踏み出し2段目に足を掛けた。
そこからは、その勢いのまま、階段を登り切り、玄関扉の取手に手を掛ける。
ぎぃと木の扉特有の音が響いて扉を押し開くと、なかから、わぁっという喚声が漏れ聞こえてきた。
熱い――?
表でも数名の冒険者風の人たちを見たが、まさか、中にはこんなにもいたとは――。
ホールは人が溢れんばかりの混雑ぶりで、人いきれや熱気でむせ返るほどだ。
奥に見えるのが受付カウンターだろう。
そのカウンター奥にいるギルドの職員と思わしき人たちがせわしなく動き回っているのも目に入る。
「おい、〇✕迷宮は行って見たか?」
「この間、デプススライムにであってさぁ~」
「うわぁ! 腕輪おとしてきちまった――!!」
などという声が耳に入ってくる。近くで話し込んでいる冒険者の誰かの声だろう。
「ユリア、いくよ?」
「はい」
短いやり取りの中ではあったが、アンの気遣いや心配が感じられる。
自分が言い出したことなのに、少し不安があることは否めない。
そういったユリアの機微を察したのだろう。
ユリアは、アンに視線を向け、目で大丈夫だと訴える。
「大丈夫――。ユリアのことは、私が守るから」
アンのその言葉で、ユリアの緊張が一気にほぐれた。
「ふふっ、そうでしたね、お姉さま――」
やはりアンの方が「年上」なのだと、ユリアは思う。
ユリアもユリアで、「王女ユリアディリア」としての経験があるため、それなりに大人びていると自分でも思うが、結局のところ17歳の少女でしかない。
アンは幼い頃に両親を失い、施設で育ったと聞いている。
そこから15歳で王国兵養成課程を受け、17歳で仕官して3年――。
もう立派な社会人であり、自分の生き方を決めてきた人なのだと改めて思い知る。
(私も3年後にはアンのように凛として立っていたい――)
自分で自分の生き方を決められる力が欲しいと、そう考えての決断でもある。
今日がその、「一日目」なのだ。
受付カウンターへ到達した二人。
アンが、受付嬢に声を掛ける。
受付嬢は二人の名前を聞くと、すでに報せが入っていたようで、用紙を二人分、差し出してきた。
「冒険者訓練課程への申込書です――。まあ、いわば、『念書』ですね」
「念書――?」と、アン。
「はい。訓練中もし大怪我や最悪死んでしまっても責任は自分にありますという宣言です」
「なるほど……。ん? って要式ってこれだけなのか? 名前しか書く欄がないが――?」
「ああー、初めての方の中にはたまにそう言う方おいでになります。でも、ここ、冒険者ギルドですよ? 明日には死んでしまうかもしれない人の個人情報なんて、それ程大した価値にはなりません。それに、情報が増えれば、管理も大変になるわけでして――。そうでなくとも迷宮情報や地域情報で手一杯なんですよ? という理由から、初回登録の場合はお名前しかお聞きしないのです」
ユリアは聞いててなるほど、と理解した。
アンも、納得したようでペンを取って名前を書き込み始める。
もちろん、『偽名』――いや、『改名』したほうの名で、だ。
ユリアもアンに倣って名前を記す。
「はい。ありがとうございます。この訓練課程への申し込みとともに、冒険者登録も行われますので安心を。冒険者証の交付は訓練課程の修了時となります。それでは以上です。訓練課程の開始は明日の午前10時からとなります。時間前にこのギルド庁舎の中央広場まで来てください」
それで終わり、だった――。
なんとも呆気ないものだ。
「ふふ、アハハ――!」
「どうしたのですか、いきなり――」
ギルド庁舎を出た途端に、自分が構えていたことがとても滑稽に感じたユリアは思わず大声を出して笑ってしまった。
隣に立つアンの心配そうな表情はさっきよりももしかしたら深くなってしまったかもしれない。




