第34話 『神聖女』、『迷宮管理者』に問う
「ねぇ、アン。お父さまの言いつけで逃げてきたけど、行く当てとか無かったのね?」
「――いえ、それは、そのう……。私は何も聞かされておらず……申し訳ございません――」
ユリアディリアとアンリエットの二人は、約束通り、昨日の酒場にやってきていた。
レンさまはまだ到着されていないようだったため、先に食事を済ませながら、待つことにする。
昨日レンさまからお預かりした金貨袋のおかげで当面の間は食べていけそうだと、アンは言っていた。
「近衛兵団長が、何か聞かされていたかもしれませんが――、彼と彼の部下たちには命を助けてもらいました。せめて、亡骸を弔ってあげたかったのですが……」
「ヒューゴ団長はそんなことは望んでおられません。ユリアさまが無事であればこそ、団長や他の仲間たちも浮かばれるというものです――」
「そうですか――。ならば私は簡単に死ぬわけにはまいりませんね……。今いるレジルト王国と、私の国サウスリーゼ王国はそもそも親交を温めてきた関係だと聞いています。こちらの王家を頼ってもいいのでしょうが――」
と、ユリアディリアはそこで言葉を切ると、
「――ねえ、アン。私、このまま死んだことにしてしまうというのはどうかと少し考えていますの。いい考えでしょう?」
と、少し考えていたことを打ち明ける。
「なにを――!? そんなことができるわけ……!」
と、アンリエットが目を見開いて声を上げた。
「いいえ、それほど難しいことでもないですよ。実際、私たちの素性を知っているのはレンさまぐらいで、この街の他の誰も私たちのことなんか知らないのです。偽名を騙って他人になることもそれほど難しいことではない気がします――」
と、ユリアディリアは自分の案に自信を持っている。
「――ユリアさま……」
「アン、『さま』はもうおやめなさい。年上のあなたが私をそう呼べば、さすがに上下関係を怪しまれます。ですから――。ね? アンお姉さま――、いいでしょ? 私、冒険者になることに決めたの」
「ユリアさ……、あ、いや、ユリア……、本気なのですか?」
「本気よ、お姉さま。だって、いつまでもレンさまの金貨袋をあてにしているわけにもいかないでしょう?」
「それは、そうです――わね」
「うふふ、なんか楽しくなってきちゃいました。私、結構うまくやれると思ってるのよ?」
そこまで話を進めた時、「おう、約束通り来ているな――」と、聞き覚えのある声が二人に向かって発せられた。二人は、声の主の方へと視線を向ける。
その視線の先には、レンさまと、二人の女性――。
一人はすこし年上で、背が高い――。恰好からして、『剣士』か『戦士』か――。
もう一人は、ユリアディリアより少しだけ上かなと思える少女。こちらは短杖を腰に差しているから『魔法使い』なのだろうか。
「待たせたようだな? 紹介する、俺の仲間のロジーナとノエリアだ――」
レンさまはそう言うと、二人のテーブルの空いた席に腰かけた。
それに伴って、二人のうちの一人――魔法使いの少女に向かって、剣士の女性が残った一つの椅子を押しやり、自分は隣のテーブルから一つ引き寄せて座った。
「私はロジーナだ。レンとは訳あって、たまに一緒に行動している――。そしてこっちが……」
「ノエリアです。ロジーナさんと一緒に行動しています。私はレンさんの妹のようなものです――」
二人がそう自己紹介をしてきた。
名前を語られたら、答えなければならない。
ユリアは、少し思案してから、
「昨日まで、ユリアディリア・レ・サウスリーゼでしたが、今日からはユリア・ソースになりました。よろしくお願いします――」
と、そう告げる。
「あ、アンリエット・ウィル・オストレイア……だ。昨日までは、な。
今日からはアン・アストレアと名乗ることにする――。よろしく――」
と、アンもユリアに続けて自己紹介を行う。
「ん? なんだ二人とも名前を変えるつもりなのか? なるほど――。まあ、それがいいかもだな? なら、その路線で行くか――。それで、ユリア、どうするか心は決まったか?」
レンさまがなんとなくユリアの意向を汲んでくれたようで、そう問いかけて来てくれる。
「ちょ、ちょっと待て――。レン、もしかして、こちらの方は――」
と、ロジーナさんがユリアの名前でさすがに気付く。
「あ――それは――」とユリアが言いかけたところで、レンさまが割って入る。
「いいんだよ、ロジーナ。名を変えるってのは結構覚悟がいるものだ。本人が考えてそうしたのだから、俺たちがどうこう言う問題じゃないさ――。 ところで、二人はここからどうするつもりだ?」
と、レンさまは、「過去」のユリアよりも「これから」のユリアの方に話を導いてくれた。
「レンさま――。私、治癒系魔法にはそれなりに覚えがあります。アンは剣術と体術を会得しています。このような二人でも、冒険者になれるものでしょうか?」
ユリアは単刀直入に問うてみる。
昨日の様子からみて、レンさまはかなりランクの高い冒険者のような気がすると、アンと話をしていた。
少なくとも、帝国の追手を撃退できる程の実力の持ち主であることは間違いない。
「どうでしょう――?」
ユリアは、ずいと身を乗り出して、レンさまの返答を促した。




