第3話 『迷宮管理者』、ゴブリンを屠る
「やっぱり、ゴブリンしか湧かない――か」
レンはため息交じりにそう呟く。
『ぎゃがぎゃががぁ!』
と、喚くゴブリン。
いつ聞いてもこのゴブリンの声だけはあまり気味の良いものではない。
レンは一歩踏み込むと、利き手に握るショートソードを一閃する。
ことりと落ちるゴブリンの首。
おそらくだがゴブリンは自分が殺されたことすら気が付かなかっただろう。
数秒後、霧散するゴブリンの死体。いつも通りそこに残るのは、たいした価値のないドロップ品だけだ――と思っていたのだが、いつもと違うことが次の瞬間に引き起こされた。
(ん? 銀の玉――? こんなもの、ドロップするなんて聞いたことないぞ?)
さっき「宝箱」の中で見たあの銀色の玉が、ゴブリンの死体が消えたあとに出現したのだ。
そして、数瞬後、ふわりと浮き上がるとぱぁっと弾けて消える――。
ピコン――。
と、またしてもペンダントが鳴った。
(これに一体何の意味が――?)
しかし、結局はそれ以上に何も起きなかった。
(銀玉の意味は分からないけど、このダンジョンの設定を変更できることはわかった。とりあえず、今日のところはここまでにするか――)
このダンジョンは3階層しかないが、ゴブリンの再湧出が始まったとなると、この先も同じように湧いていると考えた方がいい。
まあゴブリンごとき、ものの数にもならないが、そろそろ腹も減ってきた。
今回はこの迷宮の視察程度にしか考えていなかったから、たいした準備もしてきていない。
(また明日にでも他の設定変更も試してみるか――)
そう決意して、レンは地上を目指して歩み始めた。
******
「おお、レン! お前、ダンジョンを買ったらしいじゃないか!? どうなんだ?」
レンが酒場で夕飯を取っていると、冒険者仲間の一人、ロジーナ・レストリーが声を掛けてきた。
彼女は、無遠慮にレンのテーブルの空いている椅子に腰かける。
「ロジーナ。どうもこうもないさ。あれはハズレダンジョンだった……」
レンは「一応」本当のことを打ち明ける。
最奥の設定パネルの件は話さない方がいいと判断してのことだ。
まだ「嘘」はついていない。ただ、事実の全てを打ち明けていないだけだ。
「ハズレダンジョンだって? かかか、そりゃそうだろう。聞いたぞ? 買い手がつかなくて値が下がり続けてたらしいからな。ダンジョン蒐集家からも見放されていたほどらしいぞ?」
「そうか――。まあ、別にそれはいいんだよ。俺はただ一発当てたかっただけさ――」
「まあなぁ。蒐集家が見限ったダンジョンの中にも稀に大化けする奴があるって話だしな? でも、結局、ハズレだった――?」
「ああ。ゴブリンしか湧かない。宝箱は出ない。レアドロップも期待できないってわけだ。あれじゃあ、ギルドにダンジョン登録しても誰も潜っちゃくれないだろうさ――」
「そうかぁ! それは残念だったな!? まあ、ダンジョンなんて『福引き』みたいなものさ。これに懲りたら、まじめに溜めるんだな? その方が堅実だぞ?」
「お前、なんだかうれしそうだな?」
「私が? かかか、嬉しそうじゃなくて嬉しいんだよ。お前が大当たりを引かなくてな?」
「け、言ってろ――」
そうこうしているうちに、ロジーナのジョッキが運ばれてくる。
「まあ、そんなにしょげるな。ほれ、乾杯だ。私とお前の明日に――」
そう言ってジョッキを掲げるロジーナ。
レンも仕方なくこれに応じるために自分のジョッキをもたげる。
ちょうどその時、二人に向かって叫んだものがいた。
「ちょ、ちょっと待ってください!! わたしのこと忘れてませんか――!」
別の女の子の声がする。
ロジーナの相棒のノエリア・ヴァイオレットだ。
「ロジーナさん! 二人だけで始めちゃおうとしてたでしょ?」
「あ、しまった――。かかか、気にするな、ノエリア。間に合ったじゃないか」
「やあ、ノエリア。今日も二人一緒だったんだな?」
「はい。レンさんはお一人で?」
「ああ、今日はこの間買ったダンジョンの下見をね――」
と、応じるレン。
「かかか、ハズレダンジョンだったってよ?」
「うるさいな――」
「ハズレですかぁ――。まあ、『福引』みたいなものですし――」
そう言いながら、ノエリアもジョッキを掲げる。
「それじゃあ改めて――。レンとノエリアと私の明日に――。乾杯~い!!」
「かんぱい。」
「かんぱーい!」
かちゃんと3人の掲げる木のジョッキがぶつかる音が、酒場に子気味良く響いた。
「――ところで、だけどな」
と、急にまじめなトーンで話し始めるロジーナ。
「なんだ? 急に、どうした?」
と、訝し気に応じるレン。
「帝国の再侵攻が近いって噂があるんだが……」
そう言ってロジーナが少し眉を寄せる。
「王子様は、まだ動かないのか――?」
レンの方に口元を寄せ、小声で、そうレンに告げるロジーナ。
ノエリアも、レンの次の言葉を待つように少し前傾姿勢で押し黙っている――。
「さあな――。王子様に直接聞いてみないと何とも言えない……かな?」
レンに顔を寄せていたロジーナが身をひいて椅子の背もたれに背中を反らせる。
ノエリアも態勢を元に戻す。
「け、一生言ってろ――」
ロジーナはそういうなり、ジョッキを一気に飲み干した。
「おい! もう一杯だ! 早くしてくれ!」
カウンターの向こうの主人にジョッキを高く掲げて大声で注文するロジーナ。少し苛立ちが見える。
「――いつになったら、やる気になるんですかね? 我が国の王子様は――」
と、ノエリアも、ふぅとため息をつく。
レンは、ただ黙ったまま、ジョッキのエールをぐいと煽った。




