第26話 『迷宮管理者』、『神聖女』と食事する
「ねえ、アンリエット。冒険者様なら、レスラで休めるところをご存知かもしれませんわ。せっかくですからついでにご案内していただきましょう――」
ユリアディリアは、いいことを思いついたとばかりに手を打った。
「な? なにを――」
と、予想通り驚いた表情を見せるアンリエットの口にそっと手を当て、
「このまま追いやっては、サウスリーゼ王家の名折れです。命の恩人に返礼も無しというわけにはまいりません」
と、囁く。
アンリエットが苦々しげに少し表情を歪ませるのを見て取ったユリアディリアは、
「大丈夫です。彼は『悪い人』ではありませんよ――」
と、そう告げる。
「――わかりました」と、アンは、馬上の冒険者様の方に視線を向けて、
「――冒険者殿、申し訳ないが、ついでにレスラで少し休息を取れる場所を案内してほしい。お礼もしなければなるまい」
と、声を掛けてくれた。
「お礼? そんなものそもそも期待しちゃいないから、別に要らないさ。まあ、休めるところまで案内するのは別に構わない。俺もレスラへ帰るところだから――」
と、冒険者様。やはり、ユリアディリアの思った通り、『悪い人』ではなさそうだ。
ユリアディリアは、この冒険者様のことが少し気に入ってしまった。
「――そんな! ちゃんとお礼はさせていただきます! あ、できればお名前を聞かせていただいても?」
「ああ、『神聖女』さまは名乗られたんだったな。じゃあ、返さねばならんか――。俺の名前は、レン・シュタルト。レスラの冒険者さ」
「レンさま――。やはり、冒険者様だったのですね! アン、休息よりも私、お腹が空いてきましたわ。レンさま、こんな時間でも何か口にできる場所はありますか?」
「な!? ユリアさま!?」
「ふうむ……。なんでもいい、というならなくはないけど、『神聖女』さまの口に合うかは保証しかねるよ?」
「ええ! もちろん、それは構いません。それより、普段、冒険者様のような方々が何をお召し上がりになっているのか興味があります!」
「――ふうん。今の言い方、あまりいい表現だとは思わないな? 『神聖女』さまは世間知らずってレッテルを貼られても知らないぞ?」
「あ……、すいません、つい……。お気を悪くされたのなら、このユリアディリア、こうして頭を下げます――」
ユリアディリアは素直にそう言って首を垂れる。
「ユリアさま!? お、お前! いい加減にしろ! この方を誰だと思って――」
と、アンが気色ばむ。
「アン! おやめなさい! レンさまは、世間知らずの私にご教授してくださったのです。これはそれに対するお礼です――。レンさま、それより、どんなものをご紹介くださるおつもりなんですか?」
ユリアディリアは、アンを制すとすぐに話の腰を折らないように先を促した。
******
(まったく、助けたのが『神聖女』さまだとはな――)
帝国兵に追われている時点で、少し怪しいとは思ったが――。
『神聖女』ユリアディリア・レ・サウスリーゼ。
彼女は隣国サウスリーゼ王国の第3王女だ。
幼いころから、卓越した回復系魔法能力を現し、将来は、王家を支えるものと期待されていた少女である。
もう一人の女は、従者か何かだろう。
おおかた、女好きの皇帝に見初められ、侵略によって拘束される前に国外へ逃亡させたというところか――。
「レンさま! これは、なんと言う食べ物なのですか!?」
さっきから、これの繰り返しだ。
どうやら、この酒場にある料理の半分ぐらいは、これまでに『神聖女』さまが見たことも無いものなのだろう。
「それは、ホットドッグだよ。ケチャップとマスタードをこうやって、たっぷりかけてだな――」
そう言って、レンはケチャップとマスタードを大量に掛けたホットドックをがぶりと頬張る。
もちろん、そんなことをすれば、口の周りにケチャップとマスタードがべっとりと付くわけだが――。
「こうですね――。はむっ! う、う~~ん! ちょ、ちょっとツーンと来るのが癖になります!!」
ユリアディリアはレンと同じように口の周りをべとべとにしながら、そう言って微笑んだ。
「あ――! ユリアさま、そんなはしたない食べ方を――! お、お前、わざとやってないだろうな!?」
「まさか――」
突っかかってくる「アン」をあしらいながら、ふっと口角を上げるレン。
「あ、今笑ったろう!? やはりお前、わざと――」
「アン! もういい加減になさい! レンさまはお名乗りになったのですよ? あなたもいい加減に名乗りなさい」
と、口の周りをべとべとにしたままのユリアディリアに諭される「アン」。
「ぐっ――。わ、私の名は、アンリエット・ウィル・オストレイ。王国近衛兵団の仕官だ――」
と、そう名乗る「アン」。
こう見えて、本当に素直な女だ。
「アンリエット、なるほど、それで、「アン」というわけか。仕官だと言ったが、まだ若いな。ユリアと同い年ぐらいか?」
「ユリアさまと呼べ! ――私の方が三つ上だ」
「ユリアで構いませんよ、レンさま。それより、こちらはどうやって食べれば――」
と、今度は、お好み焼きを指さす。
「これはだな――」
そう言って、お好み焼きにソースとマヨネーズと、青のりとカツオ節を振りかけてから、小さめに切り分けてやる。
「――!! これも、おいしい!! アン! すごくおいしいから、あなたも頂きなさい!」
レンはそんな様子を見ながら、この少女が『神聖女』だなんて、周りのものは誰も信じないだろうとそう思った。




