第23話 『迷宮管理者』、隣国の酒場で帝国の噂を聞く
それから、2年の月日が流れた――。
ディガルゼン帝国はさらに侵攻を推し進め、その版図を広げ続けている。
その最前線は、レンが所有する、あの『ハズレダンジョン』があるレジルト王国の西の隣国、サウスリーゼ王国への侵攻が始まっていた――。
「――西の最前線がまた押し上げられたらしいぜ?」
酒場で食事をしているレンの耳に、誰かの声が流れてきた。
「そろそろこのサウスリーゼも帝国に飲み込まれちまうのか。帝国では冒険者は肩身が狭いらしいぞ?」
別の男がさっきの声に応じる。
「そうらしいな。冒険者は『迷宮発掘』の傭兵としてしか価値がないらしい。ただ、報酬は結構割りがいいって話も聞くぜ?」
ディガルゼン帝国と冒険者ギルド――。
この関係は現在のところ、『協調』している場合もある。
「場合もある」と言ったのは、冒険者ギルドも世界各地に存在しているが、『統一されたひとつの組織』ではないからだ。
ただ、便宜的に、冒険者ランクや『迷宮』の脅威レベル、魔物のドロップ品の相場など、種々の情報が共有されている。
その中で、各地の冒険者ギルドのギルド長が個人的に差配しているというのが実情だ。
いわば、冒険者ギルドもまた、一つの商売の形でしかない。
帝国の領土内にあって、冒険者ギルドの経営を続けるためには、帝国との『協調』が必要になる。
もちろんこれに抗った冒険者ギルドもあったと聞く。
が、その末路は、全て、ただ消え去るのみだった。
それほどに帝国の軍事力は強大なのだ。
(ついに、サウスリーゼ王国まで来てしまったか――。こちらの『準備』が間に合うかどうかの瀬戸際ってところだな……)
レンの予測より侵攻の進度が早い――。
やはり、『迷宮』開発の恩恵はどんどん膨れ上がっているのだろう。
最近ではもう、戦わずして降伏を申し出る小国も少なくないと聞く。
その場合、命だけは取られないが、王家はことごとく解体させられ、辺境地にバラバラに飛ばされる。
ただし、王家の中の若い王女や侍従などから選りすぐったものだけは皇帝の皇宮へ出向を命じられるらしい。
もちろん、王家が所有していたすべての財産は没収される。
ディガルゼン帝国皇帝アレス・アウレリウス・ジーン。
年齢は不詳――。
その姿を見たものは近臣のもの数名と皇宮に入れられた中でも皇帝の渡りが在った側室だけという。
ただ、その女たちで、皇宮を生きて出たものはいないと聞く――。
「ごちそうさま――。お代はここに置いておくよ――」
レンはそう言って、カウンターに金貨数枚を静かに置いて酒場を出た。
夕闇がすでに落ちている。
今日で、この街、ムスリアでやるべきことは全て終わらせた。
今回の『迷宮』は、今後の成長が期待できる『いい買い物』だった。
が、帝国がこの国をも侵略するとなると、今回買った『迷宮』は強制的に買い上げられてしまう。
しかも、適正価格の10分の1以下で、だ。
(まあ、それも「アリ」なんだが……)
ただし、かなりの「投資」になることには違いない。
芽吹いてくれれば、「逆転」もあるのだが――。
(こんな時間になっちまったけど、急いで帰らないと――。明日は『ハズレダンジョン』攻略の最終段階だ。ロジーナとノエリアのスケジュールを押さえるのに苦労したからな――)
レンは、馬屋を訪れ、それなりの額のついた馬を借り受けると、レスラへ向けて駆けだした――。
******
ガラガラと車輪を鳴らして街道を疾駆する一台の馬車があった。
その速度は尋常ではなく、何かから逃げているように先を急いでいる。
馬車を引く2頭の馬の息も荒く、御者は、手綱を引き絞り、鞭を振るっている――。
「やあ! やあ! 頼む! もっと速く――!」
御者の声、それは若い女の声だった。
「ユリア様! しっかりと掴まっていてください! 舌を噛まないように!」
御者の女が馬車の幌の中に向かってそう叫ぶ。
「は、はい! アン! 大丈夫です! 私のことは気にしないで――」
「もうすぐ国境です! レジルト王国に入れば、帝国兵も――。なに!?」
「どうしたのです!?」
「くぅっ! もうここまで来たのか――! いったいどんな馬を使ってやがるんだ!?」
御者アンが振り返りざまに見た影は、数騎の騎馬だった。
「もしかして、帝国兵ですか!?」
「正規兵ではありませんが、帝国の手のものに間違いはないでしょう! もう数分で追いつかれてしまいます! 仕方がない! ユリア様、馬車を止めてやり過ごしましょう!」
そう言った御者アンの声に横から声を掛けるものが闇の中から現れた――。
「それは、やめた方がいい――。お前たちはこのまま走れ。俺が時間を稼いでやる――」
アンはビクッと体を震わせ、かっと目を見開いてその声の方を見た。
疾駆する馬車のすぐ隣に並走する1頭の馬――。その鞍上に一人の冒険者がいた。
漆黒の革鎧、髪も黒く、馬の毛色も黒鹿毛だったから気付くのが遅れたのか――?
(そんなわけはない、だろう! こいつ、いったい何者だ――?)
「いいか? 絶対に止まるな。国境まではあと数分だ。諦めずに駆けろ。わかったな?」
「お前は――」
何を考えている――?
と、問おうとしたアンだったが、その時にはすでに、その男の馬は速度を落としていて声はもう届かない。
アンは、どうするか迷ったが、国境まで数分と言ったことを信じれば、歩いて逃げ切るのは不可能な距離だ。
「くそっ! 一か八かだ!」
アンは男の言葉を信じる決意をすると、力いっぱいに馬を駆り立てた――。




