第22話 『迷宮管理者』、『反逆』の決意をする
「レンさま――」
と、声を漏らすノエリアの瞳が少し潤んでいるように見えた。
「レン――」
と、ロジーナも瞳を輝かせている。
「レンさま。よくぞ申されました。――ですが、一つだけ、伝えておきたいことがあります」
と、熱のこもった瞳のまま、ガイルはさらに言葉をつづけた。
「あなたの父上、リカルド王は、脱出の間際、私にこう申されました――」
『ガイルよ。レンブリーズをお前に委ねるが、この子は普通の平民の子として育ててくれて構わない。王族のしがらみなど、継ぐ必要はない。好きなことをさせて、自由な人生を歩ませてやってほしい。頼んだぞ、ガイル。これよりは、お前がレンブリーズの父だ――』
「私とローザは、あなたを我が子同然に扱い、王家の復興などを考えずとも生きて行けるようにと考えておりました。ですが、信じてもいたのです。リカルド王の想いをレンさまが忘れるはずはないと――」
ガイルはがしっとレンの手を取る。
「レンさま。祖国の復興は茨の道です。レンさまは冒険者として十分な成果を上げておられます。このまま諸国を周遊して、さらに名声を上げていかれる未来も充分選択できるでしょう。それでも、祖国を復興される道を征くと――?」
これは、念押しだ――と、レンは感じ取る。
しかし、俺自身も分かっていてこれまで『祖国再興』を口にしてこなかったのだ。口にしたら最後、後戻りはしないと、そう自分で決めていたからだ。
「ガイル。二言はない。俺はそれでも『祖国再興』の道を征く」
「そうですか。わかりました。では、私は自分の部屋へ戻ります――」
と、ガイルはレンの手を離してすっと立ち上がった。
これに驚いたノエリアが思わず声を上げる。
「え――? 帰るって、それは手伝ってくれないってことなの?」
ノエリアの瞳にガイルを咎める色が浮かぶ。
「――いや」
と、ロジーナがガイルに変わってこれに応じた。
「ガイル様は、今やるべきことをするために、今の生活へ戻るとそう言ってるんだ。私もノエリアも、そうするべきだろう。レンもすぐに帝国に反旗を翻して一人で立ち向かおうなんて思ってないはずだからな」
「今やるべきこと――?」と、ノエリアが首をかしげる。
「ノエリア――」
と、ガイルが返す。
「私だってただ生活費を稼ぐためだけに傭兵稼業を続けてきたわけではないのだ。だが、その成果を出すにはもう少し時間がかかる。おそらくレンさまにも時間が必要だろう。だから、私は戻るのだ」
ガイルはそう言って、ノエリアに温かいまなざしを向ける。
「ノエリア――。お前は本当によく頑張ったな。ロジーナと組んで『迷宮』に潜れる魔術師など、そうそういないだろう。その若さで相当の成果を上げている。私はお前を誇りに思っているよ。これからも、レンさまを支えるのだぞ」
最後にガイルはそう言い残して部屋を出て行った。
明日は非番だと言っていた。
それでも自分の部屋へ戻ったのは――明日から、すぐにでも動き出すつもりなのだろう。
「二人とも――。これまで本当にありがとう。だが、こんなしおらしい空気は俺には耐えられない。もう充分だ――。それで、これからの事なんだが、俺はまずあの『ハズレダンジョン』を育てることにする」
レンは『翡翠のペンダント』で一体何ができるのか、どうして父上があの何もない『迷宮』をレンに遺したのか、それを確かめなくてはならないと思っている。
あの日、『ハズレダンジョン』の最奥の部屋で、語りかけてきたあの声はこう言った。
『お前に父王からの預かり物を返す時が来た。受け取るがいい……』
あの声の言った『預かり物』とは『翡翠のペンダント』と『迷宮管理者適性』だと思っていた。
しかし「それだけ」ではなかったのだと気付かされた。
おそらくあの『ハズレダンジョン』にこそ、父上が俺に伝えたかった何かがあるのかもしれない。
それを知るためには、『ハズレダンジョン』を育て、攻略する必要がある。
(そして、それこそが、祖国再興の第一歩になるはずだ――)
「わかった、レン。私たちはこれまで通り、二人で組んで修行を積むことにする。『ハズレダンジョン』攻略に必要な時は協力するからいつでも言ってくれ」
と、ロジーナも方針を固める。
「私ももうすぐ、A級ですからね! ロジーナさんの域に到達するまでまだまだがんばりますよ!」
と、ノエリアもいつもの笑顔で応じた。
レンは、ああ、頼むと、答えて、
「俺も、Aのままってわけにはいかないからな。S級、いやSS級を目指して本腰を入れることにする――。せめて、ロジーナには勝てるようにならないと、だろ?」
「私に勝つだと? レンが、か? かかか! そんな日はいつまで待っても来ないから、『祖国再興』が遠のくだけだぞ?」
「ふんっ、言ってろ。そのうち、絶対追い抜いてやる」
「ふっ、まあ、目標を高く持つのは悪いことじゃない。せいぜい楽しみにしておいてやる」
いつもの空気感が還ってくる――。
こうでなくては、「俺」らしくはいられない――。
「俺」は、冒険者レン・シュタルト。
レンブリーズの『祖国再興』は、レン・シュタルトの『反逆』でもあるのだから。




