第16話 『迷宮管理者』、自重を決意する
マアリと別れたレンが受付へ戻ると、ロジーナとノエリアから伝言が届いていた。
二人は先ほどの女魔術師について受付嬢から聞かされたらしい。
レンはドロップ品の買い取りを済ませると、そのまま二人が待つ酒場へ向かった。
「それで? その女魔術師、何の話だったんだ?」
ロジーナがジョッキを煽りながらレンに問いかけてきた。
「お前たちが途中で露店なんかに立ち寄るから、俺は一人で、あの『魔女』と話すことになったんだぞ?」
「『魔女』? 『魔女』なんて、大袈裟な物言いだな? 受付嬢は、ただの魔術師ですよって言ってたぞ?」
と、ロジーナが笑い飛ばす。
「受付嬢は口止めされたか――」
と、思わず口に出してしまうレン。
「本当にその女魔術師は『魔女』だったんですか?」
と、ノエリアが少し心配するように、問いかけてくる。
普段はロジーナに乗せられて、レンを揶揄う側に回るノエリアだが、レンの表情や声の調子を見て、気を回してくれることも多い。
そういう気遣いができるのが、この子の優しいところだと、レンは思っている。
レンは、二人に手招きをして、顔を寄せるよう促す。
「いいか? 声を上げるなよ? どこかで監視しているかもしれないからな? ――そいつの名はマアリ・ド・ジュセル。『漆黒の魔女』だよ……」
「しっ――!?」
「声を上げるな!」
ロジーナが驚いて思わず口に出しそうなところに、レンが被せるように怒声を浴びせる。
ロジーナは慌てて口を覆い、その先の声を必死に飲み込んだ。
「レンさん、本当なんですか? その女魔術師が――そのう、『かの人』だと、そう言ったんですか?」
と、ノエリアが、『漆黒の魔女』という語句を避けて確認してくる。
「ああ、本人がそう言った。それに、受付嬢が嘘をついていることからも、間違いなく『本物』だろうさ――」
受付嬢はレンに『漆黒の魔女』を紹介するに際し、彼女の冒険者証を確認しているはずだ。
でなければ、レンが『無名の洞窟』の所有者であることを伝えるはずはない。
冒険者ギルドの『情報の扱い』の基準は厳格だ。冒険者でなければ得られない情報の中に、『迷宮の所有者情報』も含まれている。
受付嬢は、マアリが『漆黒の魔女』であることを知っていた。
それなのに、「ふつうの魔術師」とロジーナとノエリアに伝えたのはおかしな話だ。
十中八九、受付嬢も俺同様、あの『魔女』に脅されたのだろう。
「まあ、今は特に何かされることはないようだよ。結局のところ、彼女の聞きたいことに答えてやったら、おとなしく帰っていった――」
もちろん、不吉な言葉を残して、だが。
(ん? そう言えば、さっきは思わず流してしまったけど、あの『魔女』、少しおかしなことを言っていたような気がする――)
『宝珠の全ては私の監視下にある』――。
まあそれは、『漆黒の魔女』だ。
彼女ほどの魔法の才覚があれば、アイテムの状態を常に『読み取る』ことなど容易いことなのかもしれない。
問題の箇所はそのあとだ――。
『『迷宮』が、『宝珠』が、どのように成長していくかの過程は全て見通せる』――。
彼女、マアリは確かにそう言った。
『迷宮』が成長することについてはレンもその目で確認している。が――。
(この言い方――。つまり、『宝珠』も成長するってことだよな?)
『宝珠』が成長する、というのはいったいどういうことだろう?
今のレンにはまだ経験のないところだ。
しかし、『漆黒の魔女』がそう言ったのは確かだ。
銀玉が見えてるかとも聞かれたから、おそらくは「銀玉」が何かの鍵になっているのかもしれない。
(そう言えば、『BP』も増えたり減ったりしている。何を表す数字なのかは相変わらず分からないが……少なくとも、何らかの『ポイント』なのは間違いなさそうだ)
ロジーナとノエリアには『銀玉』のことは話していない。話すとしても、もう少し検証してからにしたい。
「――そうか」
と、ロジーナが相槌を打った。
「私はまた、その迷宮を譲れとか、なんなら、私のものだから返せとかそういう話かと思ったぞ?」
「――え? でも、売りに出てたってことは、もとの所有者が手放したか、亡くなったからで、それを買ったのはレンさんなんですから、今の正当な所有者はレンさんなんですよね?」
と、ノエリア。
聞いててややこしい話だが、『無名の洞窟』の正当な所有者は間違いなく「レン・シュタルト」である――。
一つ問題があるとすれば、その「レン・シュタルト」という名前が「偽名」であるという点なのだが、これもたいした問題ではない。
冒険者ギルドでは、「通称」で活動している冒険者も珍しくはない。
それにしても、『宝珠』が成長するとしたら、どんな風に成長するのだろうか。
レンは、明日も『無名の迷宮』へ行きたくなってきてしまった。
(――いや、駄目だ。こんなことをしてたら、今借りている部屋を手放さないといけなくなるぞ……。稼ぐ日と検証する日をしっかり分けてやらないと――)
レンは明日は通常の依頼をこなして、この数日間の『ほとんどなかった収入』の穴埋めをするのだと思いなおすのだった。




