第15話 『迷宮管理者』、『魔女』と話す
レンはその女の言葉を待つ。
女は、ふぅと大きく息を吐くと、一旦目を閉じた。
そしてもう一度開き、先程と変わらない瞳の色で再びレンを貫く――。
「お前――。『魔女』を舐めない方がいいぞ? 質問しているのは私の方だということを忘れるな」
と、女はそう言った。続けて、
「翡翠のペンダントの能力を受け継いだのだろう。それは一時期、私の手に在ったものでもある。その宝珠の力についてはすでに解析済みで使用法も知っている――。もう一度聞く。持っているな?」
と、同じ質問を投げられる。
レンは、これ以上の言い逃れは無理だと悟り、正直に打ち明ける決意をした。
「ああ、持ってる。でも、これは父の形見だ。俺は父からこれを受け取った。お前のものだと主張するつもりなら、証拠を見せるのだな――」
そう言いながら、胸に手を当てる。その手のひらに宝珠の硬さがしっかりと伝わってくる。
「証拠など――。ふん、まあよい。それで、その宝珠を使って無名の迷宮の設定を変えたのだな?」
「ああ。いくつか試してみているところだ――」
「そうか――。宝珠の『声』は聞こえたか?」
「あの迷宮の最初の一番奥の部屋で誰かの『声』に語りかけられた。たしか、預かり物を返すとかなんとか――」
「宝珠に認められた、か――。おい小僧、お前はそれを父の形見だと言った。その宝珠のことを知っている私にそれを告げた意味を理解しているな?」
女の質問の意図はしっかりと理解している。
レンは、「レン・シュタルト」ではなく、『亡国の王子』レンブリーズ・フォン・フォルシュタート本人だと認めたことになる。
「ああ、わかっている。でも、今の俺はただの一介の冒険者「レン・シュタルト」に過ぎない――」
と、返す。
「そうか――。わかっているならよい。最後に一つだけ聞こう。お前はリカルドの想いを継ぐ気はあるのか?」
女の言葉に、父王との最期の別れの状況がフラッシュバックしてくる――。
『生きろ、レンブリーズ。そしてもし、お前にその気が芽生えたら、いつか父の為せなかったことを果たしてくれ――』
父の最期の言葉だ。
レンは一度目を瞑り、そして大きく息を吸うと、すーっとゆっくりと吐き出した。
「今は――」
と、声に出して、そこで一度止める。そして、
「まだ俺には、父の為せなかったことが何なのか分かっていない。今言えるのは、これが父から俺に手渡されたことにはそれなりの意味があるのだろうということだけだ。だから、為すか為さないかは今は答えられない。ただ――」
と、そこまで一気に吐き出し、止まる。
女の視線はレンを射抜いたまま離れない。そのまま女は、
「ただ――、なんじゃ?」
と、問うてくる。
レンは、
「ただ――。俺はそれが何かを知りたいと思っている。その為に今は、『俺の迷宮』――父がかつて持っていたというこの『無名の迷宮』を育ててみようと、そう思っている」
と、その先を告げた。
女は、再び目を閉じ、一秒ほどしてから再び目を開ける。
瞳の色が少しだけ穏やかに変わっていることにレンは気付いた。
「よかろう――。ならば、今少し、様子を見てやるとするか。言っておくが小僧。その宝珠の全ては私の監視下にある。どのような操作がなされ、『迷宮』が、『宝珠』が、どのように成長していくかの過程は全て見通せるように細工がしてあるのじゃ。それを忘れるな――」
そう言ってまた目を閉じ、そしてまた開くと、今度は最初のきつい視線に変わっている。
「場合によっては、お前からそれを回収するのが私とお前の父との間の『約束』じゃからな。その場合、お前がもし抵抗するなら、命の保証はしない旨もお前の父、リカルドから承諾をもらっておる――。ああそうじゃ、私の名をまだ名乗っておらなんだな?」
「ああ、まだ聞いていない。俺は名乗っている、お前も名乗るのが冒険者の流儀だろう?」
「――そうじゃな。では改めて――」
と、まるでその女を包む禍々しいまでのオーラがふぅっとしぼんでゆくのが見えるかのように、雰囲気が変わってゆく。そして、
「私の名前は、マアリよ。マアリ・ド・ジュセル――。あなたも冒険者の端くれなら『漆黒の魔女』の噂ぐらいは耳にしたことがあるでしょ?」
と、一番最初、受付カウンターで見たあの「美少女キャラ」の様相で応えた。
「『漆黒の魔女』……? え、ええ~!? あ、あなたが――!?」
レンは目を見張った。
「そこまでよ、『レン』。――じゃあ、一応忠告はしたから私は帰るわ。ああ、そうそう、あなた、迷宮のなかで、銀色の玉は見えてるのよね?」
「あ、はい。見えてます――」
「OK、じゃあ大丈夫。まあ、せいぜい死なないように迷宮を育てるのね。ああ、もし途中で死んでも、安心して。その場合は私が宝珠を回収に行くから――。じゃあ、頑張って、『レン』」
そう言うと、マアリは短杖を取り出すと、レンの目の前に次元の歪みのような渦を出現させ、その中へと消えていった。
ブースにはレンが一人取り残された。
それにしても、あの女が、『漆黒の魔女』だなんて――。
(父上はいったいどうしてそんな魔女と知り合いなんだ?)
レンの『父の想い』への道のりがとてつもなく険しいものに思えてくる。
レンは、急にお腹がきりきりと痛むような気がした。




