第10話 『迷宮管理者』、第4階層へ到達する
階段を降りてゆくと、そこには3層までの洞窟とは全く違った形状の階層が広がっていた。
レンは、本当にダンジョンが拡張されたことをようやく確信する。
「ほーう! これはまた、絶景だなぁ――!」
「なんですかこの空間――。どんだけ広いんですか、これ――。『絶景』って、真っ暗で何にも見えませんよぉ、ロジーナさん」
ロジーナの明らかな皮肉にノエリアの「つっこみ」――。
「かかか、底も見えねぇな――。どうするよ、レン?」
と、レンに伺いを立てるロジーナ。
ロジーナとノエリアの言うとおりだ。
レンたちの目の前に広がるのは、とにかくだだっ広いことしかわからない、漆黒の空間――。
一応階段を降りる前に点けた松明の光が照らし出している部分だけ見ると、確かに底なしの空間のようにも見える。
横の壁も奥の壁も、光は届かないらしく、ただの闇以外なにも見えない――。
「――ったく、どこかに道があるはずだ。無ければ、完全に不良品じゃねぇか……」
そう言いながら、松明の明かりを足元へかざす、レン。
今3人が立っている場所は、その真っ黒い空間に5メートルほど突き出た半円形の『岬』のような場所だとわかる。
「ん? 右側に、下に続く道があるな――。下りていくしかない、よなぁ」
と、先の見えない細い下り道を発見したレンは、幅約2メートルほどの細道へと足を向ける。
「ちょっと待ってください――」と、ノエリアが声を上げた。
「こんなに暗くてたいまつの光も届かないんじゃ、さすがに危険すぎるでしょ? 仕方がありません、魔法を使うことにします――」
そう言って、ノエリアは短杖を宙に舞わせた。
『真昼の光――』
杖の先端を起点に、陽光のような光が拡がってゆく。
そして、その光が、この空間を明るく照らし出した。
急に明るくなったせいで、目が眩みそうになるのを、手のひらで遮って堪えるレン。
ようやく、目が慣れてくると、ゆっくりと視線をもたげる。
「だから言ったろ? 絶景だってなぁ!」
と、ロジーナが勝ち誇ったように叫ぶ。
「すごい――、綺麗――」
とは、ノエリアだ。
本当に「絶景」だった。
ドームの天井から無数の鍾乳石が垂れ下がり、地面からも鋭い石柱が林立している。その隙間には浅い水たまりが点在し、光を受けて幻想的に煌めいていた。
耳を澄ますと確かに水が滴る音も聞こえてくる。
空間の広さは、おそらく直径100メートルほどはあろうかという半円形のドームで、レンが発見した右側の通路がドームの外周を這うようにして、岬のほぼ真下辺りの底まで続いているのが見えた。
「鍾乳洞――か」
と、レンが呟く。
しかし、それ以外には特に目を引く鉱物のようなものは見当たらない。
(鉱物生成の設定を停止中にしておいたからな――。もし、生成を稼働させれば、何か湧きそうな場所だよな)
「あそこから先に進めそうだな――」
と、ロジーナがこの『岬』の対角を指さして言った。
みると、そこに黒い穴がぽっかりと口を開けている。
この「迷宮」はここまで『ほとんど一本道』だった。
(ダンジョン生成が稼働したと言って、急激に複雑になるということは考えにくい。おそらく、最奥まではまだ、ほぼ一本道のままだろう――)
と、推測するが、確かな根拠と言えるものは無い。
「行こう――」
と、レンは再び歩を進める。
いずれにしても道はそれ以外に見当たらない。
視界が確保されたことで、先が見える分、危険度はかなり低下した。
道幅は2メートルほどだが、明るければ充分な幅だ。底までの間に魔物の存在もない。
3人は難なくそこまで到達する。
「こりゃあ、少し厄介だな――」
と、ロジーナが眉を寄せる。
レンもその言葉の意味を即座に理解した。
「鍾乳石のせいで、遮蔽物が多すぎて、方向感覚が狂いそうですよね? それに――」
と、ノエリア。
「ああ、これじゃあ、魔物がどこに居るか、全くわからない――」
と、レンはノエリアのあとを受けて言った。
「仕方がない。ここは私に任せろ――」
ロジーナはそう言うと、腰のポーチから何かを取り出す。
それは、小さなガラス瓶と、小さな筆だった。
「塗料だ。見ての通り、たいした量はないがな――」
ロジーナは瓶のふたを開け、その中に筆を突っ込み、引き出すと、傍らの鍾乳石に塗り付けた。
緑色の塗料が指先程の点をつける。
「ちょっと特殊な塗料でな。魔法に反応して光るんだ――」
たしかに言われてみれば、少しぼんやりと発光しているように見える。
ノエリアの『真昼の光』に反応しているからだろう。
「――これで、道に迷うことはない、が……。この塗料も魔法具の一つでな。効果時間というものがある。約3時間ほどだ。3時間ほどしたら、塗料も魔法効果も消滅してしまうのさ。というわけだから、先を急ごう。私が前をいく――」
と、ロジーナがロングソードを抜き、レンの脇をすり抜けて先頭に立った。
その後ろにレン、そしてノエリアとつづく。
目指すのは対角に存在していたあの「黒い穴」だ。
レンもショートソードを握る手に力を籠め、やや速度を上げて歩くロジーナのあとにつづいた。




