殺し屋と探偵 3
「は」とか「え」とか、曖昧な声があちこちで上がる。謝罪会見でさらなる失言をして、記者に詰められる人物の気分だ。
それ以上の声は、呆気にとられているのか、飛んでこないようなので言葉を続ける。
「殺し屋の中には、自分のやった証みたいなものを残す、自己主張の強い殺し屋がいるんだ。それも、最近になって増えている」
春姫から聞いた話だから、実際にはどれだけ増加傾向にあるのか分からない。
「それで、この死という文字も同じだ。現場にあるもので言葉を残す。自己主張の強い殺し屋の仕業と見ていいだろうな」
「ちょ、ちょい待って」
ようやく、麻痺が治ったように、拳悟が口を開く。
「そんなアホな! ふざけんのも大概にしてくださいよ!」
「一度もふざけたつもりはないのだが」
「殺し屋て! この現代に、そないなファンタジーな人がいるとは思えまへん!」
「いるんだ。意外かもしれないが」柴はむっとして言い返す。
埒があかないと判断したのか、祥太朗が割って入る。
「もしかして、本家の人たちにとっては、当たり前の存在だったりするんですか。殺し屋なんて。それらを使って勢力を伸ばしている?」
「そんなところだな」
知らないが、適当に誤魔化す。本題はそこじゃないからだ。
「か、仮に殺し屋だとして、疑問なんやけど。外部の人間がどうやって事務所に入ったちゅうんですか。組長は最近ずっと怯えて、宅配だって俺たちにやらせて自分じゃドアを開けへんのですよ。ピッキングだってできない錠になってます。どうやってこの部屋まで来たゆうんですか」
「知ってるか? そっちの部屋の棚にある、鍵。その中の1つがなくなっているんだ」
「え」
「本当っす」流人が慌てて補足する。「俺も柴さんと確認したから間違いないっすよ。何故か、鍵が1本なくなってました」
「落としたりしてないか?」
柴が全員に訊ねると、各々で顔を見合わせた。
「分からんわ」
「だろうな。落とし物っていうのは、いつ落としたか気づかないから厄介なんだ。そうでないにしても、殺し屋はあらゆる技術を持っている。スリだってやってのけるかもしれない」
「盗まれた可能性もあるってことですか」
「ああ」
見ず知らずの殺し屋は鍵を盗み、事務所に誰もいない隙を窺い侵入、部屋に押し入って組長を銃殺したのだ。
「確認やけど、俺と柴さんは一緒に出て行った。その後、ほぼ同時に祥太朗と敦司が出た。流人も、その後外に出てたんよな?」
「……はい、出たっす。組長の昼食を買いに……」
「じゃあ事務所が組長だけだった時間は結構あったわけやな」
誰も彼もが顔をしかめて、けれど死体を見つめる者、死の文字を眺める者、申し訳程度に柴を見る者。答えに納得できた者は1人もいない様子だ。
「なんで殺し屋は組長の銃を使ったんですか」祥太朗が代表して訊ねる。
「最初に構えたのは組長の方だったんじゃないか。殺し屋が想定していたより素早く銃を抜いた。けれど征圧され、その銃で撃たれた」
「そんな……」
やはり飲み込みきれない、と言いたげだ。けれども誰も質問を続けなかった。
彼らはヤクザだが、残念ながら下っ端だ。本家の男が断言した真実に異を唱える勇気も、死体のある状況でいつまでも頭を悩ませる胆力も、持ち合わせてはいなかった。
「柴さん、本家への連絡は……」
「お前たちがやれ」自分ができるわけない。「俺は俺で、やらなくちゃいけないことがある」
「はい……」
「流人、俺の荷物、どこに置いた?」
「あ、こっちっす……」
柴は流人にバッグの場所に案内させた。部屋を出るときに、もう一度、有家総一の顔を見た。即死だったのか、苦しみよりも、別の感情が光を失った目に宿っている。やはり、人の目は嫌いだ。死んだものならまだマシとはいえ。
その目に宿っているのは怒りだ。死の直前、彼は怒っていた。
「柴さん、こちらです」
バッグは大部屋の隅に、丁寧に置かれていた。柴は中を開け、確認する。荷物を手で触り、なくなったものがほぼないことが分かると、チャックを閉めてバッグを持ち上げた。
「お前なんだろ?」
「へ?」
大部屋に誰も出てきておらず、他の3人が聞き耳を立てていないことは気配で分かる。柴はやっと仕事が終わるという開放感で、微笑を浮かべて言った。
「有家を殺したのはお前なんだろ、流人」
***
流人は狼狽え、眼前に銃を突きつけられたように、冷や汗を流した。この男はなにを言っているのだと、目が訴えている。
「心配するな。誰にも言うつもりはない。そんな面倒ごとはもう勘弁だからな」
「な……」流人は口をぱくぱくさせる。「なに言ってるんすか? 俺がその、殺し屋だとでも?」
「そんなことは言っていない。俺がさっき披露した、馬鹿みたいな推理。あれは全部デタラメだ。忘れていい」
「は?」
「なくなった鍵の件も、実は俺が持ってる」
そう言って、柴は鍵を1つポケットから取り出す。鍵の入った抽斗を調べたとき、流人が来る前に、拝借しておいたのだ。犯人は殺し屋であると、信じやすくさせるために。
──春姫の頼み事はそれだった。それから、上手い具合に殺し屋のせいにしろと。
「いやいやいや、マジでなにを言ってるのか」
こちらとしては議論するつもりはない。自分の言いたいことをさっさと告げる。
「お前は有家のスマホを奪い、外に出て誰かを探した。偶然、俺と拳悟を見つけたお前は、隠れて拳悟に電話をかけた。拳悟は相手を有家だと思ったが、お前だったんだ。小声で唸り声だったから、判断できなかったんだな」
流人はしばらく身体を硬直させていたが、やがて諦めたのか、肩を落とした。
「……」
そうしてあの叩きつけられた音。そのタイミングで有家が死んだと思わせ、直後に出会った流人にはアリバイがあると誤認させた。
「何者かがスマホを破壊したと拳悟たちは思ったようだが、お前がどこかにぶつけて壊したんだろ。スマホは汚れていた。昨日、雨が降ったようだし、湿った土が付いていた。外で壊したのだろうと、俺は思った」
「何者かが踏んづけて壊したのかも」
「だったら靴跡が残る」
当然の事項であるかのように述べているが、これらはすべて春姫が推理した内容だ。
「だったら、なんでスマホはあの部屋に落ちてたんすか」
「俺たちが死の文字を発見した直後、俺たちの目を盗み、あの場所にお前がスマホを落としたんだ」
なにもかも見透かされていることに、流人は気味悪がっているようだ。
「あの死の文字の意味はそういうことだ。お前は有家を殺した後、日本刀で文字を彫った。そう、あの文字を真っ先に見つけて、俺たちに注目を集めさせたのはお前だったな」
流人は柴たちが文字に注目すると予測していた。その目論見は成功し、全員の目がドア側の壁に集まり、死体の側に隙が生まれた。流人はこっそりとスマホを死体の近くに落としたのだ。
違うか? と流人に問いかける。
「いつから、気づいたんすか」
「最初から」
「嘘だ」
「本当だよ。死の文字を見つけたとき、後ろで動きと気配があった。位置的にお前だと思ったし、あのタイミングで怪しい動きをするなんて、犯人ですと言っているようなものだ」
「気配でって」
流人は小さく笑う。冗談を言っていると思われたのかもしれないが、気配を感じたのは本当だ。殺し屋だから、そのくらい分かる。
どうやって殺したのかという過程こそ春姫の力を借りなければ分からなかったが、犯人は最初から分かっていた。
だからこそ、春姫に犯人を推理してくれ、ではなく、上手くまとめてくれ、と頼んだわけだし。
そして。
ここからが問題なのだが。
「俺の銃を使って殺したんだろ?」
銃を使うと、いつも良くないことが起こる。弾詰まりやら職質やら、いつかは暴発なんかもやってしまうかもしれない。
バッグの中から落ちて、組長に見つかることになる、とか。
春姫はため息交じりに言っていた。
「君のせいで、有家総一は殺されたんだよ。流人君がぶっ殺したってのは君も気づいたんでしょ?」
「まあ、気配がしたから」
「ほら。ポイントカード。何故か落ちてたんでしょ?」
「薬局の」
「殺し屋も薬局行って、ポイントカード作って貰うんだね」
「いいだろ、別に」
「現場の部屋で、君のバッグは運悪くぶちまけられたんだよ。流人君は君のバッグを受け取った。それを、組長の部屋でぶちまけてしまった。そして中から銃が出てきて、流人君は驚いただろうけど、それ以上に驚いたのが……」
「有家総一だな。そうか、奴は自分の身に余る秘密を抱え、殺されるかもしれないと怯えていた。そこへ、銃を持ってきた男」
思わず、笑ってしまいそうになる。いくら自分の銃の運がないにしても、これは酷い。
「そう。流人君は新入りなんでしょ。もしかして、組長は勘違いしたんじゃない?」
「まさか、殺し屋だと?」
「自分を殺すために組に入った、とかね。まあそこは推測だけど。それで組長は流人君に襲いかかり、流人君は自衛のためか、そんなつもりはなかったんだろうけど、発砲してしまった」
「あの角度の弾痕はそういうことだったんだな」
有家が覆い被さるようにして、とっくみあいが起こった。部屋が荒れていたのはそれが原因だ。そして弾丸が発射される。
そして組長の銃を取り出し、弾を1発抜き取って近くに置いた。
「だから、アレだね」
「どれだ」
「君の銃運のなさが引き起こした殺人、って考えるとさ。なんやかんや、君が殺したとも言えるのかな」
流人は力なく肩をすくめた。それから自分の右手を開閉する。あたかも握っていた銃の感触を確かめるかのように。
「柴さん。1ついいっすか」
「なんだ」
「もしかして、あなたが殺し屋だった、なんてことはないですか。なんていうか、雰囲気というか、そんな感じがして」
柴は首をわずかに傾げ、茶化すように口を歪めて、言った。
「そんなアホな」




