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楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は謎を解く
8/12

殺し屋と探偵 2

 柴は現場から離れ、事務所を出て春姫に連絡する。喜ばしい報告なら良かったのだが、そうもいかない。


 春姫は有家総一の死に様と、それまでになにがあったかを柴から訊くと、低い唸り声を上げた。わずかに笑いが籠もっていて、またこういうパターンか、とか、それを自分に報告してくるなよ、とかいった「もう笑うしかない状況」に唸っているのだと推測できた。


「この状況、()()()()()()()くれないか?」


「君がよくする、郵便配達員の喩えでいうと、郵便物が配達員の手を離れて勝手に配達されたようなものだね。これを、あぁ良かった、楽ができた、って見過ごすわけにはいかないって、分かるよね?」


 もちろん、こちらが良しとしても、依頼人が納得しない。早急に原因を突き止めて、再発防止に努めますと報告する必要があるのだ。勝手にターゲットが死んでしまわないよう気をつけます、と。


「幸い、ターゲットは銃殺のようだった」


 柴は、現場から離れる際に軽く死体を眺めた。

 有家総一には、口内を貫通するように穴が空いていた。血の飛び散り方からいっても、長物で刺突されたわけではなく、弾丸によるものだと分かった。


「だから依頼人のつけた条件はクリア。後は、下手人を見つけ、報告する必要がある。これが宙ぶらりんだと依頼人は怒っちゃう。いい加減な仕事をしたって、あたしの評判も下がっちゃう」


「俺は探偵じゃない。殺しの犯人を見つけるなんて無茶を言うな」


「探偵か。殺し屋的には敵って感じ?」


「まあな。シャーロック・ホームズには俺の殺しも掃除屋の処理も見破られそうだ」


「とりあえず現場を調べてよ。その後、あたしに伝えて」


「猫の手も借りたいところだ。謎解きは任せる」


「にゃあん。それじゃ、お願いがあるんだけど──」


 犬が情報を集め、猫が推理する段取りになった。ついでに、妙な頼まれ事もされた。これは殺し屋の仕事ではない、とふて腐れそうになる気持ちをぐっと堪え、柴は部屋に戻る。

 部屋では4人の男たちが遺体を囲み、まごまごしていた。極道とはいえ下っ端、人の死には慣れていない様子だ。


「なんでこんなことに」祥太朗が天を仰いでいる。


「警察には」柴が先ほど戻ってきていた敦司に訊ねる。


「通報なんかするわけないでしょ! 俺たちが御用になっちまう」


「だろうな」


 柴としても、警察が来るのだけは絶対に避けたいことだった。


天願(てんがん)組の奴らっすよ!」


 流人は吠える。各々はそれを無視するが、柴は彼の方を見た。


「天願組?」


 どこの奴らだ、と訊こうとして今の自分は本家のヤクザなのだと思い出した。


「俺たちとは別のヤクザだね。でも、奴らが急に今日、組長を殺しに来る意味が分からない。ここをヤクザの事務所とは知らなかった強盗の犯行だと思った方がまだ理解できる」


「強盗はこんなふざけた文字を彫ったりしない」


 可能性を口にする敦司に、祥太朗が眉をひそめる。


 他のヤクザのことは一旦、考えなくていいだろう。柴はしゃがみ込み、被害者の身体を調べる。口の周辺は真っ赤に染まり、後頭部に穴が空いている。背後で誰かがえずいた。前歯が砕けていた。間違いなく、銃弾が口内めがけて発射された模様だ。


 そうなれば、と壁を探す。達筆の書が額に飾られている。その上、()()()()()()()()()に、穴が空いている。弾痕だ。他に穴はない。目立つ外傷は口内の穴だけだが、衣服が乱れている。部屋の様子からいっても、格闘があった可能性はある。


 カーペットに物を引きずった痕跡がある。被害者はこの部屋の真ん中あたりで殺され、机の裏側まで移動させられた。少しでも発見を遅らせようとしたのだろうか。


「組長は俺と柴さんが外を回っとったときに電話をかけてきた。妙な唸り声を上げとったんやけど、ぼこられとったのかもなぁ」


 拳悟は憎しみのこもった表情で歯がみする。


「その割には外傷が少ない。争った形跡はあるが」


「連絡に使ったスマホが、それですか」


 被害者の伸びた手から、少し離れたところにスマホが落ちていた。画面は粉々に割れ、使い物にならなさそうで、おまけに湿り気のある土で汚れていた。


「破壊音、そのときにスマホが壊された」


「そのようだな。念のため訊いておくが、自殺という線はないんだな?」


「自殺? なんで」


「最近、組長はメランコリックになっていたんだろ。それで自分に銃を向けて、死んだ」


「この死の文字はなんすか」


「遺書みたいなもんじゃないか」


 流石にそれはないだろ、という顔をされる。それはないだろ、とは自分でも思っていた。だから念のためだと言ったのだ。


 死体の近くに落ちている銃を、柴は手に取った。警察に届けるわけではないから指紋も気にしない。ステンレス製で、ずっしりと重みを感じた。弾倉を覗くと、弾が詰まっていたが、1発分空になっていた。


「この銃は誰のだ」


「組長のやな。机の抽斗に隠してあるもんや」


「ほう」


 柴はドア側の壁に近寄る。日本刀は真剣だ。彫りにくかったろうに、犯人は頑張って文字を描いたようだ。


「そういえば祥太朗、お前、俺らが来たとき、ちょうど事務所の前来とったよな。あれ、組長から電話があったわけちゃうよな。偶然だったってことか?」


「偶然ですよ。私の仕事が終わったところでね。敦司は?」


「俺はあんたらが事務所に着いて、5分後くらいで到着したよ。知ってるでしょ」


「それで、拳悟と柴さんが一緒にいて、帰り道で流人と出会った。3人にはアリバイがあると言っていいかもですね」


「そういえば」敦司が流人に目を向ける。「最後に組長と会ったのが流人じゃないか」


「お、俺っすか。今、アリバイがあるって言ったでしょ」


「しかも流人は新入りですよ。動機がこの中で一番ないと言っていい」


「ちょっと待ってください。なにかおかしいっすよ」流人が眉をひそめる。「俺らの中に犯人がいるとでも言うんすか」


 祥太朗は気まずそうに目を背けた。


「か、可能性の話ですよ」


「あるわけないでしょ、そんな可能性!」


「あるかもしれないぞ」


 柴はあえて場の空気を読まず、声をあげた。


「なんやと?」拳悟は凄みをきかせる。「柴さん、言っていいこと悪いことあるやろ」


「お前だって疑ってるようじゃないか」


「俺らの中に犯人なんておらん! 動機なんかないからな。俺らは一応、組長に恩がある。流人は新入りやけど……新入りやからこそ、もっと動機がない。もう一度言うで、俺らの中に犯人なんておらんのや!」


 唾を飛ばして怒鳴られる。最初にお互いを怪しんだのは拳悟ではなかったか。


「ん」


 柴は床に落ちている紙切れのようなものを拾った。それは薬局のポイントカードだった。血が付着してしまい、おそらくもう店員に出すことはできなくなっただろう。


「な、なんですかそれ」


 祥太朗が気にする。


「ポイントカード……待て、これは俺のだな」


「は? 柴さんの?」


 どうしてこんなところに落ちているのか。バッグの中に乱雑に突っ込んだような、うっすらとした記憶があるにはあるが、落とすなんて事はあり得ない。殺し屋として注意はしているし、なによりこの部屋には今初めて入ったのだ。


「……不思議なこともあるもんだな」


 無駄に勘ぐられそうなので、急いでポケットに仕舞った。わけが分からないが、いつまでも見せびらかしていると状況は悪化する。



 部屋の中は一旦、これでいいだろう。春姫の願いも叶えなくてはならない。柴は部屋から出た。


 壁際にある棚のもとに歩み寄る。記憶を頼りに抽斗を開け、鍵を探し出した。ジャラリと音を立て、いくつかの鍵を片手で持ち上げた。そのうちの1つをじっと見つめる。


「柴さん。なにしてるんすか」


 流人はふらふらと歩き、柴の手の中を見た。


「鍵っすね。あれ……なんか、足りなくないっすか」


「よく分かるな」


「自分、施錠を任されることが多いので、よく覚えてるっす。ど、どこかで落としたのかな……」


「かもな」

 

 適当に話を切り上げる。流人は死体のある現場にいたくなくて、けれども柴の側にいるのも具合が良くない、と所在なさげに動き回っていた。


 もう1度外に出て春姫に再度連絡を取った。部屋の状況を伝えた。春姫は探偵を気取っているのか、「ふむふむ」とか「なるほどね」とか思慮深い相づちを打った。


「気分と業績は上向きの方が良いって言うよね」


「言わないだろ」


「言わないね。だって今あたしが考えた言葉だもんね」


 なんの話だ、と苛立ちそうになるが、それは春姫の思うつぼだ。


「銃口がだいぶ上向きなんだよね」


「銃口? ターゲットを撃った銃の?」


「君が見つけたんでしょ。有家さんの口内を貫いた弾丸は、天井と壁の間あたりに着弾した。銃口はだいぶ上に向けられて発射されたことになる。自分で自分に向けて撃ったならあり得る角度だけど、自殺の可能性はないよね」


「あんなくだらない文字を書いて死ぬなんてあり得ない」


 つい先ほど、自分が否定されたのを棚上げする。


「それに、有家さんは歯が吹き飛んでいた。普通、もっと銃口を喉奥に突っ込んで発射する。その線からも自殺はないね」


「そこまでは考えてなかった」


「じゃあどういうことなんだろうね。この発射の角度」


 突然現れたミステリーに春姫は高揚しているようだ。声が弾んでいる。


「たとえば、椅子に座っている有家さんを撃ち殺すなら、弾丸はほぼ真っ直ぐ突き進んで、貫通してから壁に埋まる。それが天井付近に弾痕があるって、どういうこと?」


「ターゲットが死んでるのに終われない仕事ほど、怠いものはないな……ん?」


「どうしたの」


 柴は事務所の方に顔を向ける。


「いや……俺の荷物、どこいったか、と思って」


「君の荷物……あ」

 

 今度は柴がどうしたと訊ねる番だった。


「そういうことか」


「どういうことだ」


 春姫はため息を吐いた。まるでパーティが終わってしまったかのような、寒々しい沈黙が通話口から漂う。


「気分と業績は上向きの方が良いらしいぞ」


「君がやるべきことは決まったよ。あたしの言うこと、ちゃんと聞いてね」


「碌なことにならなさそうだが、この一件を終わらせられるなら喜んで、承る」


   ***


 春姫が提案したことは、案の定碌なことじゃなかった。柴は背中に重苦しいなにかが乗っかったような錯覚を抱く。現場に戻ると、ほとんど変化がなく、相変わらず4人の男たちが立ちすくんでいる。それぞれ、なにかしらはしていたのだろうが、ふとした瞬間にどうしようもなくなり、佇むしかなくなるのだろう。


「柴さん……なんや、ちょっと外しただけで、柴さんの顔忘れそうになりますわ。とりあえず、組長の遺体をどうしようかって思うんやけど」


「どこかに埋めるのか」


「いや……できれば組で葬式挙げたいんやけどね」


「ひとまず、俺の話を聞いてくれるか」


「柴さんの話? なんやあるんですか」


 柴は4人の注目を集める。人から注目されるのは苦手だ。殺し屋になる前から、ずっと嫌だった覚えがある。人の目というのは、感情が乗りすぎている。そっちの目を見れば驚きの、あっちの目には悲しみ、そして怒りの感情が。情報量が多すぎて、鬱陶しい。



「犯人が分かった」



「……は?」誰のものとも分からない声がした。


「ホンマですか?」


「ああ」


 柴は例の文字に近づき、そっと傷をなぞる。



「これは、殺し屋の手によるものだ」

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