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楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は謎を解く
7/9

殺し屋と探偵 1

 銃を手に取る。グリップを何度か握り、スライドを動かそうとして、やめる。トリガーに指をかけ、銃口を、眠そうにして座っている春姫に向ける。


「やめてよ。君が銃を持つと碌なことにならないんだから」


 柴は銃を下ろす。碌なことにならない、と言われて、弾が暴発して春姫の顔を貫くイメージが湧いてしまったのだ。


「確認ね。今回のターゲットは暴力団の組長。必ず、()()()()()()。敵対している組の鉄砲玉の仕業に見せかけたいから、掃除屋の手も借りちゃ駄目。銃で殺した組長を、その場に放置すること」


 つまり敵対している組からの依頼ではない。じゃあどこが依頼しているのだ、と疑問に思うが、殺し屋は依頼主の事情を気にしない。


「条件を付けてくる依頼主も、最近増えてきたような気がするな」


「こっちも結構、融通が利いちゃうからね。聞いた話によると、必ず銃殺するとか、毒殺するとか、自分がやった証、みたいなものを残す自己主張の強い殺し屋が増えているらしいんだよ。こういう条件でっていう柔軟な殺しができる、君とかは貴重になってきてる」


「ありがたい話だ」


「で、君にはガンマンになってもらうわけだけど」


 そこで春姫はまるでこの世のなにもかもにうんざりしたように、目を細めて柴を睨んだ。


「このガンマン、銃に嫌われてるからなあ」


 どういうわけだか本当に分からないのだが、柴が銃を使おうとすると酷い目に遭うのだ。弾詰まりから、持ち歩いているときに限って職質に遭うなど、嫌な記憶ばかりが蘇る。だから基本的に武器は使わず素手を使うことが多い。


「そのうち、隕石が落ちてくるかもしれない」


「ヤバい。よく考えたら今この瞬間、なにかがやってくるかもしれない。早く行ってくれない?」


「おまけに、今年は仕事運が悪い。デスゲームに巻き込まれるし、ターゲットとドライブデートはするし。冗談じゃなくて本当に暴発するかもな」


 春姫は机の下に隠れようと身を低くする。


「スベらない話のネタにはなるだろうけどね」


「殺し屋が集まる飲み会があったら話すよ」


 柴は銃をバッグにしまう。必要なものも一緒にいれる。今回は持ち物が多い。着慣れないタイプのスーツを着込み、バッグを手に外へ出る。


 日が照れば暑く、風が吹けば寒い、秋の始まりを感じさせる日だ。


   ***


 有家(うけ)組は、関西にある指定暴力団の1団体だ。かなりの規模の暴力団だが、当の有家組は本家から遠い4次団体で、下っ端も下っ端らしい。そこらの半グレの方が規模も権威も大きいのではないか、というくらいだとも聞く。


 そんな下っ端組織の親分、有家(うけ)総一(そういち)はなにやら身の丈に合わない秘密を知り、そのせいで哀れなことに、命を狙われる羽目になってしまった。


 そして本能なのか、有家総一は隠れ潜んだ。彼らの事務所から一歩も出ずに過ごしているという。まさか下っ端が殺し屋の存在に勘付いたわけでもないだろうし、生来の臆病な気質がそうさせているのだろう。


 つまり取る選択は、潜入だ。




「まさか本家の方から来てくださるとは思いもしませんでしたわ。ええっと、失礼ですが、なにさんでしたっけ?」


 がっしりとした体つきで、窮屈そうにスーツを着ている男が言う。


「柴だ」


「はい柴さんね。俺のことは拳悟(けんご)、呼んでくれたらええですから」


 拳悟は険しい目つきで柴を見ている。緊張しているのかもしれない。4次団体の元に本家の人間が来るなんて滅多にないことだろうし、感覚を尖らせて接するのも無理はない。その割には、下の名で呼ばせようとする親しさがあるが、関西人特有の距離感故だろうか。


 緊張しているところ悪いが、本家の人間というのは大嘘なのだ。


「俺らの仕事を見たいっちゅうことでしたよね。ほな、ちょうど外に用があるんで、付いてきて貰いましょか。中での仕事はその後で」


 柴は事務所の中にある、組長の部屋と思しきドアに目を向けた。事務所は小さく、雑居ビルの2階にこじんまりと収まっていた。部屋の小ささがそのまま規模の小ささに繋がっているようで、なんとも悲しい。


 余計なものがない大部屋であるため、外から見た以上には広く感じる。窓はブラインドが下げられて、中の様子は分からない。整然と机が並んだ奥に組長の部屋がある。


 本当はさっさと終わらせたいが、急いては事をし損じる。拳悟の言うとおり、外の仕事を済ませてから、中の仕事を終わらせよう。


流人(りゅうと)! 柴さんの荷物預かっといてや!」


「うす!」


 流人と呼ばれた若者は機敏に駆け寄り、柴の荷物を持ち上げた。


「兄貴、本家の人を怒らせちゃ駄目っすよ。殺されるっすからね」


「そんなアホな」


 拳悟は苦笑いするが、ちらりと横目でこちらを見ている。不安はあるようだ。


「そうや、流人、荷物持って行くついでに組長が呼んどったで。たぶん、飯買ってこいとか、注文やろ」


「あ、そうすか。行ってきます」


「すんまへんな、柴さん。こいつ流人言うて、最近俺が拾ってきた新米なんや。失礼なやっちゃで」


「俺は別に構わない」


祥太朗(しょうたろう)敦司(あつし)! 俺らは外出るさかい、任せるで!」


 男が2人、椅子から立ち上がった。


「任せるって、今すぐ俺たちも出ますよ」祥太朗と呼ばれる男が言う。「流人も組長の食いもん買いに出るんなら、事務所には誰も残りません」


「組長は残るけど」敦司がドアを見やる。「出てこないだろうね。なにがあったのか知らないけど、ここ最近ずっとこうなんだよ」


「あ? そうかい。ほんなら流人、ちゃんと施錠せぇよ」


 拳悟は壁際に沿うように置かれた棚の抽斗から、鍵を取り出す。そこには何本か鍵が仕舞われていた。やや不用心な置き方に思えるが、暴力団の事務所に窃盗を働こうとする輩はいないだろうから、いいのか。


 拳悟と共に事務所から出る。その後、祥太朗と敦司も遅れて、事務所から出てきた。




 柴は有家組の「シノギ」を体験する。昔ながらの、悪く言えば古くさいやり方だ。用心棒としての対価を貰ったり、借金の回収など、汚い金を集めていた。その都度、拳悟は一般人相手に凄んで脅し、柴にアピールしていた。


「これ、儲かるのか?」


 柴は本家の人間という設定をつい忘れて質問してしまった。


「そんなアホな。儲からんですわ、こんなの。サツの目からコソコソしながら、金儲けなんてできまへんよ。しかもウチらなんて雑魚が。柴さんは儲かってはるやろ?」


「まあ、生活はできる」殺し屋の収入で。


「嫌味やないかい」


「今どき、極道なんてやる奴の気が知れないな」


「あんたが言います? 本家の人はアレやないですか。海外進出とか考えてるって聞きましたけど」


「さあな。ただ、俺は飛行機に乗れない。怖いからな」


「そんなアホな」


 それ口癖か? と言いかけてやめた。他人の癖を指摘するのは失礼にあたる、などと礼儀を考えたわけではないが、少しの間でも一緒に過ごす相手と気まずくなるのも嫌だった。


 昨日、この辺は雨が降ったらしい。水溜まりができている。骨だけになったビニール傘が捨てられていて、町の治安のほどが窺えた。


「ん、なんや……」


 拳悟がもぞもぞとポケットを漁る。どこからか連絡が来たようだ。凄みある舌打ちをあたりに聴かせて、画面を見る。「組長や」と不審がりながら、スマホを耳に当てた。


「組長……え、なんやて?」


 相手の声は聞こえない。


「ちょっと、勘弁してくださいよ。悪戯ですか……?」


 次の瞬間、鈍器のようなもので叩きつけられるような、激しい殴打音が、隣にいる柴まで聞こえてきた。拳悟はスマホを耳から離して驚くが、すぐに顔を青くして相手に呼びかける。


「組長!? なんや今の……おい組長! ……ちっ、切れてるわ!」


 拳悟は苛立ちを解消するかのように、濡れた舗装路をガンガンと踏みしめる。そして柴に向き直って言った。


「アカン、柴さん。なんや分からんけど緊急事態や。組長の身になにかあった。戻りましょう」


 言いながらも足はすでに駆けだしていた。柴は気乗りしなかったが、渋々と同じ速度でついていく。


「状況が読めない。今の電話はなんだ?」


「分からんねん。ずっとなんや、気味悪い()()()ばっかり。最後までなに言ってるか分かりませんでしたわ。んで、柴さんも聞いたやろうけど、叩きつけられる音で終わりや」


「寝ぼけてるんじゃないか?」


「そうやったらええですけど」


 ビルの角を曲がると、向こうから若者がやって来た。柴はうろ覚えだったが、拳悟が「流人!」と呼ぶのでなんとか思い出した。


「拳悟さん、どうしたんすか」


「組長になんかあったみたいや! 急いで戻るで!」


「な、なんかってなんすか」


「知らんがな、はよ走れや!」


 柴は1人、どこか達観した心地で走っていた。実際、他人事だし、今回も厄介ごとがやって来るのか、と諦観もあった。


 事務所の前まで戻ると、ちょうど組員の1人が戻ってきていた。


「祥太朗、なにしてるんや」


「なにって、ちょうど戻ってきたところですが」


「連絡来てへんのか」


「連絡?」


「もうなんでもええわ! 中入るで!」


 4人で事務所に入る。中の様子に変化はない。物の配置も窓を隠すブラインドも、なにからなにまでそのまま。つまりは奥のドアだ。拳悟と流人が先行し、祥太朗がその後に続く。柴が最後尾だ。


「組長? なんやあったんですか?」ノックして反応を伺う。


「入ってみましょうか」流人がドアノブを握る。「組長、入るっすよ」


「おい、勝手なこと……」


 少しくらい怖じ気づいても良さそうなものだが、流人は躊躇いなくドアを開けた。部屋は広くない。中央にはローテーブルと、ソファが向かい合わせに置いてある。奥にあるのは組長のものと思しき大きな机と椅子だ。


 部屋の中は外と異なり、掃除をしない一人暮らしの部屋のように荒れていた。おそるおそる、柴以外の全員が慎重に中に入っていった。


 組長の姿は見えない。しかし、嫌な臭いがする。それは奥、組長の机の裏側から漂っていた。


「……あっ、み、見てください!」


 流人が柴の方を指さす。自分がなにかおかしいのかと思ったが、どうやら違うらしく、正確には背後の壁に視線は向けられていた。ドア側の壁へと、柴たちは振り返る。


「うわっ、なんやこれ」


 壁に大きく、「死」という文字が彫られていた。よく見れば壁際の床に日本刀が落ちていた。ヤクザの事務所といえば日本刀があるイメージだが、それに違わないようだ。


 幼稚にも思える文字の意図は、声明だろうか?


「なるほどな」


 柴は神経を集中させ、それから呟いた。状況は、把握できた。


「なんやねんいったい……!」


 拳悟は勢いよく振り返り、机に向かった。机の裏側にある()()を発見し、息を呑む。彼の太い眉毛が情けなく下がり、わなわなと口を震わせた。


「そんなアホな……」


 柴も近寄る。流人も拳悟の隣で茫然と立ち尽くしていた。



 ターゲットの、有家総一がそこにいた。近くには銀色に輝く銃が落ちている。

 激しく血を飛び散らせて、事切れている。


 依頼達成。なんということだ。

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