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楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は生き延びる
6/9

殺し屋の責任 3

 銃男はきょろきょろ辺りを見渡す。銃口はまっすぐ眼前に。

 部屋の中央にいる柴の方へと向けられている。


 部屋の隅に残りの2人が固まっているのを見て、邪魔される心配がないこと、ここから撃っても致命傷にはならないことを理解すると、意識を柴へと集中させた。


「お前たち3人で、デスゲームは終了。俺は社会に出られる」


「凄いな。この金持ちたちは、大量殺人の罪もなかったことにできるのか」


「ああ」


 銃男は唇を愉快そうに歪めた。


「いいか。弱い奴は死ぬんだ。それはこのゲームの中だけの話と思うかもしれないが、実は外の社会でもそうだ。弱者はどんどん地面にできた亀裂に吸い込まれ、地上に手を伸ばす亡者と化す」


「それは嫌だな」


「嫌な世の中なんだよ。でもそれが実情だ。弱肉強食」

 

 銃男は引き金に指をかける。腰には刀を下げている。これまでもこうして優位に立ち、束の間のお喋りを楽しんでから、手にかけるのだろう。


「お前もそうだ、俺に殺され──」


「お前は?」


 柴は、余裕を持って佇み、告げる。


「なんだと?」


「ずっと気になってるんだが、お前は弱い奴は死ぬと思想を抱いているようだが、()()()()()()()、とは言わないんだな。それだと、都合が悪いのか?」


 銃男の目つきが鋭くなる。


「金持ちにいいように使われている自分は弱い奴でこそないが、決して強い奴ではないから、嫌だろうな。だから誤魔化すように、弱い奴に限定して──」


 ばんっ、と発射された弾が、柴の頬をかすめて背後の壁に撃ち込まれた。


「もう終わりにしようぜ。最期に言い残すことはあるかい?」


「弱い奴が死ぬ、という思想は割と共感できるんだ」


「ほう?」


「だが、お前は決定的な間違いを1つ、犯している」


 柴はふっと息を吐く。ポケットに手を差し込む。



 それが合図だ。銃男は歯を食いしばり、発砲した。だが柴の額に向かって飛んだ弾は、命中するべき相手を探したまま、壁にめり込んだ。


 柴は素早く銃男と距離を詰めた。上半身を大きく折り、前傾姿勢で地面を蹴っていた。


 3メートル。1メートル。50センチ。手が届く。

 だが銃男も素早かった。すかさず銃口を定め直し、発砲する。


 ぱんっ。

 それは間違いなく、柴の胸に着弾する。


 これで終わりだ、というように銃男の口に笑みが広がる。


 しかしその表情を切り刻むように、鋭い光が、柴の手から放たれた。光は空を切り、銃男の目を裂いた。


 ()()()()()()()だ、と銃男が把握した瞬間、柴の姿を見失った。



 ──柴はアメフト選手のことを考えていた。ボールを受け取り、ディフェンスを躱すランニングバックの気持ちだ。観客は安達と眞壁の2人と、金持ちどもしかいないが、ほんの少し、気分が良かった。思えば、仕事を誰かに見られながら行うことがないから、こんな気持ちも新鮮に感じるのだった。


 胸のあたりを撃たれた。けれど問題ない。致命傷になる箇所には、安達から受け取った鎖を何重にも巻いていた。弾丸は止められたようだ。


 柴はステーキナイフで銃男の左目を切り、それから左方向に回り込んだ。作られた死角によって、相手はこちらの姿を見失った。


「弱い奴が死ぬ、というのなら」

 

 壁を抜け、タックルをかわし、ボールを持って走る。


「俺が生きて、死ぬのはお前だ」


 ここに来る前、武器を持っていないかと訊かれたが、持つ必要がないのだ。


 腕を銃男の頭に伸ばす。


 両腕を振るう。


 銃男の首から、小気味のいい音が鳴る。



 ──銃男の頭は、真横に折れ曲がった。


 タッチダウン。


  ***


 重い扉が開かれる。黒い服の人物が、気まずそうにしていた。


 地上の光が目に眩しく感じる。階段を一歩一歩上り、柴は目を細める。


「まさか……」

 

 背後で、小声が聞こえる。柴は立ち止まって振り返る。


「僕たちも出られるとは。あの銃男を殺した柴さんだけ、というなら分かるけど」


「やっぱり駄目ですってなっても困るので、早く出ましょう」


 眞壁と安達はふらつきながら階段を上りだした。


「でも、あんなので……あんな一言で出られるとは」



 銃男と邂逅する前、柴は眞壁にある言葉を言わせた。彼に言わせることが大事だ。それも、大きな声で。


「柴さん。このゲームの主催者は、数名いるだろうけど……もし僕たちが死んだら、そのうちの()()()()()()()()()。これは依頼です」


「承った」


 それだけだ。それだけでいい。結果、こうして3人一緒に生き延びることができたのだ。



「でも、何故です?」安達は納得いっていない顔だ。「これだけで出られるなんて……」


「まず、ゲームの観客が複数人というのが大事だ」


「そういう推測でしたね」


「その中の数名を殺してくれ、と依頼する。すると、奴らはこう考えるわけだ。『数名って誰だ? 誰が殺し屋に狙われる? 自分だけは違いますように』こんな感じだ」


 次にこう考える。殺し屋よ、このデスゲームで脱落してくれ、ここから出てこないでくれ。しかし、その願いも無為に潰える。


「俺はデスゲームの鬼役、銃男を殺した。これでもう、俺を殺せる可能性がある参加者はいなくなった。かといって……俺がお前たち2人を殺す、というのも危険だ」


「あっ……! その、わたしたちを殺してしまうと……柴さんが依頼を実行してしまう。しかも柴さんが最後の1人になると、ここから出さざるを得なくなる」


「詰みだ。2人を殺さず、俺も出さなくちゃいけない。ついでに言えば、銃男を俺は、わざと派手に殺して見せた。カメラにアピールして殺したんだ。殺し屋を雇って俺を返り討ちにしようとしても、それも難しいと思わせた」


「それで殺されるかもと思った数名の金持ちたちは、自分たちの命を守るため、わたしたちを出すことに決めた……」


「あの……」


 眞壁はおずおずと手を挙げた。


「金持ちたちは、僕たちを一生閉じ込めておけばいいんじゃないの? 僕たちというか、柴さんというか。なら殺される心配もないはずじゃ?」


 言ってから、余計なことを口にしてしまったかもと振り返る。黒服たちはなにを考えているか分からない。


「それだと、不安なんだろ。俺が戻らないことを怪しく思った仲間が、金持ち集団を調べ上げるかもしれない。というか、調べる」


 柴は春姫のことを考える。彼女なら簡単に調べるはずだ。そして別の殺し屋を雇うか、なにかで救出してくれる。おそらく、きっと。


「それに、もし俺だけ生き残って、なのにゲームのルールを無視して閉じ込めるというのも、主催者の沽券に関わる。同じルール違反をするなら、リスクを減らせる方を選ぶ」


「なるほど……」


 カメラの向こうに依頼を聞かせ、銃男が死んだ時点で、金持ちは柴たち全員を外に出さなければいけなくなったのだ。


 柴は息を吐いて階段を再び上った。安達と眞壁は並んで歩く。眞壁の怪我をした腕を見て、2人で笑っていた。彼らはこれからどうなるのだろうか? 分からないが、こんな死地を越えたのだ。これから先、どうにでもなるだろう。


 弱い奴は死ぬ。それには共感するところはある。

 では、弱い奴はどうすればいいのか?


 2人を見て思う。

 力を合わせればいい。


 弱い奴らなりの、生き延びる方法。


 ようやく、地上に出られた。数時間も経っていないが、太陽が久しぶりに感じる。風が涼しい。終わってみれば脱出もできたし、仕事も完遂した。達成感に満ちあふれている。


「あの、柴さん」


「ん」


 今度は安達が、手を挙げる。


「たとえばですけど、金持ちが複数人じゃなくて、1人だったり……金持ちが柴さんを閉じ込めて、結局誰からもアクションがなくて、助けも来なくて、脱出できなかったらどうしていたんですか?」


 柴は清々しい顔で言った。


「そりゃ、お前たちからの依頼を破棄してから、2人殺して脱出するしかなかっただろうな」


 殺し屋にも生活があるんだ。責任より大事な。



 安達は眞壁と顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。

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