殺し屋の責任 2
2人のところに戻る。
「柴さん、どうだった?」眞壁は顔を青くしていた。
「狂った銃男がいた」
「状況はさらに悪くなったな……」
柴はここに戻る道中、思いついた仮説を披露することにした。
「銃男と俺は、鬼なんだ」
「どういう意味です?」安達が首を傾げる。
「鬼ごっこの鬼。それが俺や、銃男が参加させられた理由。たとえば、お前たちのような人を殺した経験のない奴らばかり集められて……待て、経験、ないよな?」
「ないですね」「ないよ」
「よし。で、そんな奴らばかり集めたデスゲームはどうなるか。膠着だ。ゲームとしてはつまらない膠着状態。それを打破するための舞台装置。それが俺と銃男の役割だ」
「僕たちを焦らせたり、殺しに走らせたり、そうやって追い立てるのが役割ってことか。でも現状、柴さんはそんな気を起こさない……待って、起こしてないんですよね?」
「起こしてない」
殺し屋と殺人鬼の違いは明白だ。責任を持っているか否か。単純に、仕事で殺すか否かと言い換えてもいい。たとえ逃げ場のないデスゲームに巻き込まれたとしても、ターゲットでない人を殺すのでは、殺し屋として失格だ。
2人を殺すつもりはない。少なくとも、先行き不透明な今は。
「ええっと、なんだったっけ。そうだ、柴さんがその役割を放棄しているから、残る銃男だけが、僕たちを追い立てる牧羊犬のようになっている。これじゃワンサイドゲームだ」
「ワンサイドデスゲームか。このままじゃ銃男の一人勝ちだな」
「脱出する手を考えましょう」
とはいっても、それがまた難しい。
地下だから窓もなく、入ってきた入口も非常に堅く鎖されている。消防法など無視されていて、他に出入り口はなく、物理的に脱出は不可能なのが明白だ。
残された方法は、誰もが口にしなかったが、薄々察していた。
「このゲームを開催した人は、複数人なんでしょうか」
安達は浅く息を吐き、疑念を口にする。
「1人でできる範疇を超えているよ。場所の提供、参加者の用意、日本で武器を準備するのだって、1人ではできない。頭のおかしい富裕層が集まってるのかも」
「それに、カメラだ。観客がいるんだろう。1人で楽しむにはコスパが悪すぎるしな」
「あぁ怖いなぁ。世の中にはそんなたくさんの趣味悪い金持ちがいるんですね」
2人は近くにあったカメラのレンズを睨み付けた。向こうにいる趣味の悪い金持ちたちに、精一杯の反抗心をぶつける。
「さて」
柴がそう呟くと、眞壁がぴくりと肩を震わせた。
「な、なに、柴さん」
「……そろそろ動くべきだ、と思っただけだ。心配せずとも、お前らを殺そうと腹を決めたわけじゃない」
「そ、そうですか。……まあ、いつかはそのときが来るのかもしれないけど」
安達は鎖をじゃらりと揺らす。いざとなれば、これで危険な殺し屋を縛ろうと画策しているのだろう。その覚悟と強かさは評価するが、現実的ではない。素人がプロに立ち向かって勝てる道理はないし、これまた素人の技術的問題ではあるが、簡単な縛り方なら、解く方法を柴は知っている。
「それで、動くべきというのは?」
「……どうしたものかな」
「思いついてないんですね」
反論しようとして、止める。柴ははっとして、先にあった部屋を見た。
「柴さん?」
「離れろ。すぐにだ」
「え──」
鋭い光が一筋、きらめく。けれど咄嗟に見れば美しさとは真逆の、赤黒い汚れが貼り付いていた。
それは刀身だ。刀が部屋から飛び出すように、3人に目がけて振り下ろされた。
刀は主に柴を狙っていた。柴は簡単にそれを避ける。
「う、うわぁ!」眞壁が情けない声をあげる。「し、柴さん!」
「問題ない」
部屋からひげ面の男がぬっと現れた。その後ろに、2人ほど、血を流した男女が倒れている。なるほど、と柴は理解する。すでに2名殺した、ゲームの適応者だ。
「……」
ひげ面は黙っている。スポーツ選手がゾーンに入っているときのように、彼は精神を集中させて、こちらを睨み付けていた。対話は無駄だろう。
「やめておいた方がいい」それでも話しかけてみる。「こちらは3人、数的な有利がある。お前の勝ち目は薄い」
と、目を向けると、ひげ面の脇腹が紅く染まっているのが分かる。返り血、ではない。おそらく、背後の男女との戦闘で、無傷ではいられなかったようだ。
つまり、相手も無我夢中。有利不利に関係なく、立ち向かってくる。
「っふ!」
ひげ面は縦に一閃、横に一閃、刀を振るう。
柴は軽く躱すが、問題は2人だ。もたついたのか、2人で固まっていたためか、刀との距離が迫っていた。
「危ない!」
眞壁が、咄嗟に安達の前に飛び出し、小さなステーキナイフで応戦しようとした。その際、懐に手を伸ばしたのが功を奏したようで、ひげ面は危険を察知して刀を振りながら後ろに飛び退く。
「うっ!」
「眞壁さん!」
眞壁の腕には細い傷がついた。血が飛び散る。
ひげ面の荒い息が、通路にこだまする。
「だ、大丈夫。大した傷じゃない」
「でも……」
「僕のことはどうでもいい。安達さんは、逃げ……」
ひげ面は逃がす気がないようだ。一歩、足を踏み出す。
直後だ。柴は腹から声を出した。
「伏せろ!」
今度は2人とも、反応が早かった。言われるがまま、膝を折った。
けたたましく、鈍い音が一発、轟いた。
気味の悪い音が、その後に続いた。それは、ひげ面の喉から発せられたものだ。ひげ面の口から、赤い液体がどろりと流れ出た。ひげを伝って、血が1滴、2滴、床に落ち、後は雨樋からの水のように血が止まらなかった。
「走れ!」
柴は2人に声をかける。振り返る暇もなく、2人は駆け出す。柴は余裕があったので、背後を確認する。
予想していたが、銃男だ。殺意を抱いた大男が、銃口をこちらに向けていた。硝煙が銃男の表情を覆い隠す。
また1発、撃たれた。今度の弾は通路の壁に埋まる。そしてまた引き金を引くが、空の音がした。弾切れだ。しかし銃男は冷静に、懐から弾を取り出して、弾倉に込めている。これから先も、弾切れは期待できなさそうだ。
「柴さん! こっちに!」
角を曲がり、部屋に入った。
呼吸を整え、安達は自分の服をちぎる。
「眞壁さん、ごめんなさい! わたしを庇って、腕に傷を……」
「い、いいんだよ……は、はは。こんな、人を庇うなんて初めてだ」
そう言いつつも、眞壁は必死に痛みを堪えている。
「生き延びるんだ……だから、助け合わないと」
眞壁たちは今、ハンターに追われた獲物だ。ハンターには立派な武器があり、逃げ場もない。一刻の猶予もないだろう。
「なるほどな」
「……え、なんですか、柴さん」
柴は2人の様子を見て、納得する。
「いや、弱い奴らなりの、生き延びる方法か」
「ど、どうも。弱い奴らです。それで、なんの話……」
「こっちの話だ」
「それで柴さん。申し訳ない。僕ら、咄嗟にこの部屋に逃げ込んだけど、袋の鼠になってしまった。奴め、すぐにこの部屋に来るぞ。おそらく、さっきのひげ面の刀も持って、いよいよ手が付けられなくなった」
現状は悪化の一途を辿る。眞壁は頭を抱える。
「どうしよう……もう、腹を決めて3人で立ち向かうしか……」
「いや」
柴はカメラに目を向ける。
カメラの先にいる趣味の悪い金持ちたちを見つめる。
「これ、音声も届いているのか」
「え……そ、そうでは?」
今、そんな話をしている場合ではないだろ、とたしなめるような顔を安達がする。今にもひげ面にとどめを刺した殺人鬼が、部屋に踏み込んでくる。
「なら、問題はない。そうだな……怪我をしている眞壁の方がいいな。お前に頼む」
「は? なにを?」眞壁は目を丸くする。
「この現状を打破する……いや違うな」
柴はわずかに口角を上げる。
安心した。この金持ちたちは、そこまで頭が良くない。より正確に言えば、金持ち特有の享楽主義故に、大局が見えていない。
だから、出し抜ける。
「お前の一言で、このデスゲームから脱出できる」




