殺し屋の責任 1
2章始まり。
ホテルで仕事を果たす、数ヶ月前。
「どうして?」と、女が言う。
それが、どうして自分たちがこんな目に? という意味なのか、それとも、別の意味を持つのか柴には分からない。
「どうして、あなたみたいな人がいるんですか。あなたみたいな、殺し屋が」
どうやら、別の意味を持っていたらしい。
「騙されたんだ」
柴は嘆息する。騙された、仕方ないじゃないか、と諦めの気持ちが肺から出てくるようだった。
そして並び立ち、横たわる死体を見下ろす。身体には2つ、穴が空いている。1つは腿に、もう1つは胸に。足を潰してから致命傷を負わせる。よく考えられている。
「どうしてこんな目に遭うんですか、わたしたち」
「……そっちの意味もあったんだな」
「え?」
「なんでもない」
「とにかく柴さん。なにか案はない? この、デスゲームから生きて脱出する方法」と、男が言う。
状況を整理しよう。
場所は郊外にあるビルの地下。広さはかなりあり、いくつもの大部屋とそれらを繋ぐ廊下で構成されている。出入り口は封鎖されていて力ずくでの脱出も不可能。通信機器は没収され、助けも呼べない。地下に集められた人数は、10名。
柴は現状に戸惑い右往左往していた男女2人と行動を共にすることにした。
「脱出方法。司会者が提示したのは、最後の1人になること、だったな」
ここから出る方法は、どうやっても平和的にならないものだった。
どうやって最後の1人に、となれば、それは自分以外の参加者を殺すしかない。おあつらえ向きに、人を殺せる武器は地下のあちらこちらに置かれている。これを使ってどうぞ殺してください、最後の1人になれるよう努力してください。そう告げられている。
男はステーキナイフを、女は鎖を見つけたようだが、はっきり言ってどちらもハズレだ。柴はなにも見つけていない。探すのが面倒だから、というのが理由だ。
「司会者、ですか。いったい何者なのか」
地下にはモニターと監視カメラが要所に設置されている。司会者、他に言いようがないためそう呼ぶが、仮面を被った人物の顔が画面に浮かび、ゲームのルールを説明し、開始を宣言した。
男は眞壁、女は安達というらしい。哀れにも、デスゲームに参加させられた一般人だ。
「僕は友だちの借金を押し付けられて。支払うために脅されて、ここまで来てしまった。連帯保証人になんてなるものじゃないね」
「わたしは恋人に騙されて……まあいろいろとあり、こんな地獄に落とされました」
というのが、2人の参加理由だ。基本は一致していて、借金を返すため、裏社会の人間に半強制的に誘われたという因果だ。
「柴さんは、えーっと、騙されたんだっけね。可笑しいな、殺し屋も騙されるんだ」
「別に殺し屋だろうが騙されるさ。去年の春も、花粉完全カットを謳ったマスクを買ったのに、くしゃみが止まらなかった」
「それはなんか、違う気が」
「おまけに耳まで痛くなった。痛くならない、が売りのようだったのにな」
柴の愚痴に待ったをかけるように、安達が口を開いた。
「とにかく、当面の問題は2つです。1つは、どうやってこのゲームで生き延びるか。もう1つは、この死体です」
1つ目の問題は後に回すべきだ。今は目下の問題を片付けよう。
「このデスゲームに嬉々として参加している人がいるってことだ」眞壁はこめかみを押さえる。
「銃殺されていますね。あの、これをやった人、もしかして近くにいたりして……」
「あり得るな」
柴は周囲を見渡した。弾痕から、そこまで時間は経っていないことが分かる。となれば、近くに潜んでいてもおかしくない。しかしこちらは3人で、いくら銃を持っているといっても、ここで姿を現すのはリスクがある。よって、この場は安全だ、と見当を付ける。
「生き延びようにも、そういう厄介者が1人いると、途端に危険が増しますよね」
その瞬間、バンッという音、あからさまな銃声が、別の場所で鳴り響いた。
「銃声……! うわ、誰か発砲しやがった!」
「ということは、また別の誰かが犠牲に……」
柴は音の方向を見やると、冷静に思考を巡らせた。それから安達と眞壁、それぞれに指を突きつけて、司令塔のように指示を出す。
「お前たちは揃ってここに待機だ。俺は様子を見てくる」
「はい。柴さんも──」
気をつけて、と言おうとしたのだろうか。安達は逡巡した様子を見せ、口を閉ざした。殺し屋に心配は無用だろと思ったようだ。
***
春姫はなんと言っていたっけか。
「この依頼、きな臭いんだよね」とコーヒーを飲みながら言っていた。きな臭さに対してなのか、コーヒーの苦味に対してか、しかめっ面をしていたはずだ。
「殺しの依頼なんてきな臭いものだろう」
「うわっ言うと思った。でもそういうことじゃないんだよ。報酬が妙に高額。場所が指定されている。殺害対象は4人も殺してる殺人鬼。あたしもいろいろ調べてみたけど、何故かちょっとしか情報が出てこないんだよ。4人も殺してる奴なんて、いくらでも情報があると思ったんだけど」
春姫は自分の力が及ばないことを悔しがっているようだ。しかし妙なのは確かだ。4人も殺した人物が、社会になんの情報も残さずに生きることは難しい。それでも情報が出てこないというのは。
権力者に隠されている。
「どうする? やめておく?」
「何故だ」
「怪しいから」
「でも金になるんだろ」
「ひぃ、金の亡者!」
「殺し屋だって、生活があるんだ」
春姫はつまらなさそうに首をすくめる。
「もし君からの連絡が途絶えて数日経てば、プロに捜索させる。ま、そうならないよう祈ってるよ」
指定の場所に行ったとき、柴の嫌な予感はそれはもう巨大に膨れあがっていた。
黒いスーツで身なりを整えた男が、「柴様ですね。この地下にターゲットを待たせています」と迎えた。仕事さえ完了できれば良いと考える柴でも、これには渋面を作る。
「お前、俺になにをさせたいんだ」
「もちろん、ターゲットの殺害です。相手は4人も殺した殺人鬼。しかもどうやらなにか裏の世界とのパイプがある。おかげでのうのうと生きていられる。あなたのような人に頼むしか、奴を消す方法がないんです」
「どうやってこの地下に閉じ込めたんだ」
「我々の力です」
要領を得ない回答に困惑する。
「お前たちはなんなんだ」
「依頼者の素性に興味があるのですか?」
「……ないな」
確かに、そう言われると退くしかない。郵便配達員は、送る方も受け取る方にも、興味を持ったりしない。殺し屋もそうであるべきだ。
「それはそうと、柴様。ボディチェックをさせていただきます」
「必要か?」
「念のためでございます」
明らかに不必要だが、いちいち反抗するのも面倒だし、波風を立てたくなかったため、柴は黙っていることにした。後々、厄介な目に遭わされるかもと思ったが、未来のことより現在のことだ、そう考える癖が柴にはあった。暢気、と言われることが多い。
「持ってない。余計な武器とか、持たない主義なんだ」
「そうでございましたね。そう、聞いております」
そうして柴は地下に通された。厄介なことこの上ない、地獄のゲームの入口だと知る由もなく。
***
そして現在。銃声がした方へ、柴は慎重に足を運ぶ。
息を殺して、通路の角から顔を覗かせる。体格の良い男が立っている。ただ立っているだけなら心穏やかでいられたのだが、男の手には拳銃が握られており、おまけに銃口から硝煙が上がっていて、欠片も穏やかではなかった。
銃男の前には、中年男性が倒れ伏していた。柴の位置からではよく見えないが、まず撃たれていて、助からないだろう。まだ息はあるようだが、残り数秒の灯火のようだ。
なにか、喋っている。柴は耳を澄ます。
「弱いからだよ」
銃男が語っているらしい。倒れている中年は返事をしただろうか。判然としない。
「弱いから、死ぬんだ。このゲームはいい。弱い奴が死んで、それ以外が生き延びる。単純明快なシステムが適応されている。地上の社会もこのくらい単純だったらいいのにな」
それから銃男は足を上げ、中年の頭に乗せる。体重をかけ、徐々に命の残りを奪っていった。その表情には嗜虐的な色は浮かんでおらず、流れ作業を淡々とこなす作業員のような、虚無を纏っていた。
「ここから出るのは俺だよ。お前らは、俺より弱い」
まったく厄介だな、と柴は心中でため息を吐いた。
顔は春姫から見せられたから、分かっている。
銃男が、4人殺した殺人鬼。今回のターゲットだ。
依頼自体は本物で、ゲームで生き延びるついでに、自分は奴を殺さなければならないらしい。




