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楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は助手席に座る
3/7

殺し屋の仕事 3

 春姫は言った。ミッシングリンク、と。隠された共通点。


 高寺は亡くなった犬の復讐を目論んだのだ。


 最初は殺し屋への依頼という形でそれを実行しようとした。

 だがそれは上手くいかなかった。なぜなら、その頼んだ殺し屋は()()したからだ。


 最初から自分に依頼が来れば、失敗なんてしなかっただろうに、と柴は小さく笑う。


「この先の部屋に泊まっているのが、お前の犬を殺した相手か」


「はい。なんとなく意外でした。大企業の御曹司も、一般市民と同じ私道を走るし、犬を轢いたら逃げ出すんですね」


「そりゃ、責任を負いたくないだろうし」


「でも、ナンバーはきっちり覚えていたから、探偵を雇って運転手を調べさせました。そうしたら驚きましたよ。とんでもない大金持ちなんですから。そこらの一般人だったら、自分の手でやったんですけど」


「御曹司だったから、殺し屋に。それは懸命だ。餅は餅屋。殺しは殺し屋に、だ」


「けれど」


 そこで高寺の顔は曇った。いや、元から曇ってはいたが、曇天から大嵐の空模様、といった変化だ。


「まさか失敗するなんて。しかも、先に私の殺害依頼の方が来るなんて」


「災難だったな」


「思ったんです。やはり、犬と人の違いか、って」


 どういう意味だと、柴は小声で聞き返した。


「犬を殺された私の復讐と、人を殺した私への復讐の違い。やはり殺し屋も、人の復讐の方が気合いが入るのかと思ったんです。酷く落ち込みましたよ」


「それは違う」


「ええ、柴さんは違いました。依頼人の事情に興味がないんですよね。人を殺す仕事人としてなんて薄情な、とも思いましたが、同時に安堵しました。ああ、関係ないのか、と。人も犬も関係なかった」


 単に、春姫に提案されたのが難題と通常の依頼で、通常の依頼を選んだだけだ。仮に難題の方を選んでいたとしても、結局は通常依頼の方も柴か、他の殺し屋に実行されることになっただろうし、どっちにしても高寺は死ぬ。


「……私は殺されても文句は言えない人間です。裏の世界に関わっている人間として、殺し屋の存在は薄ぼんやりと知っていましたし、覚悟はしていました。けれど、復讐を遂げられずに死ぬのは、嫌だった。だから、あなたに命乞いをした」


「本当の目的は、このホテルに向かい、御曹司を殺すことだったんだな」


「探偵に宿泊しているホテルと部屋を調べさせていたんです」


「だが、失敗に終わった」


「まさか部屋に近づいただけで、怪しまれるとは。おまけに、ナイフまでバッグから消えてるし」


 ナイフは今頃、持ち主のいなくなった車のダッシュボードで寝ているだろう。


「これは俺の推測だが、失敗した殺し屋は派手にやらかしたんだろう。それで警戒した御曹司は、警備をこれまで以上に増やした。お前は割を食ったんだな」


「本当に、最初から柴さんに依頼が行っていればなあ」


 依頼の斡旋は春姫の仕事だ。これを告げても、「不運だねー」とかなんとか言って、反省などしないだろう。



 高寺はしばらく俯き、ホテルの豪華なカーペットを眺めていた。いよいよ死が迫っていることを理解したのか、息が荒い。


「柴さん。最後にもう1つ、もう1つだけ、お願いがあります」


「なんだ」


 訊いてはみたものの、おおよそ察しは付いていた。


「お願いというより、依頼です。この先にいる御曹司を殺してください」


「承った」


 こちらがあっさり了承したことに拍子抜けしたのか、高寺は口をぽかんと開ける。


「いいんですか?」


「どうせ、そのうち受けることになりそうだしな」


「なるほど」


「依頼料は?」


「私のバッグに通帳があります。どうせ死ぬんです。全額持って行ってください」


「気前が良くて助かるよ」



  ***



「と、いうわけだ。春姫」


 春姫はげんなりした息を吐く。


「困るんだけど。仕事の依頼はあたしを介して。君が勝手に依頼を受けるんじゃ、あたしがいらない子になっちゃうでしょ」


「悪かった」


「え。悪かったで済ますの?」


 春姫の文句を素通りさせ、柴は言う。自分の周りに広がる()()を見渡しながら。


「住所と部屋の番号を送る。後始末を頼んでくれ」


「はいはい」


 殺し屋の仕事は、後始末を請け負ってくれる掃除屋との関係が不可欠だ。餅は餅屋。殺しは殺し屋。掃除は掃除屋に。時折、自分でどうにかしなくてはいけない事態もあるが、今回は任せて問題ないだろう。



 ──死体が1つ。気絶した体が7つ。外の2人を含めたらぴったり10人だ。


 大人数の護衛を用意したようだが、頼むならプロに任せるべきだ。それに、もっと広い場所で構えるべきで──などと、反省点を御曹司たちに伝える。


「そういえば柴、今年の運勢ってどうだったんだっけ」


「なんだ急に」


「いや、おみくじ引いたって言ってたでしょ。そのときの仕事運はどうだったのかなって。ほら、つい()()()()()()()も大変だったじゃん。なんか今年、君の運勢は大荒れの予報に思えたから」


「末吉だ」


「良くもなく、ネタにできるほど悪くもなく」


 春姫の推測は大当たりだ。

 殺し屋の仕事は1つのミスが命取りになる。少しでも運を味方に付けたくて、今年の初めに初詣に行きおみくじを引いた。結果は末吉で、毒にも薬にもならない気休めのようなお告げがつらつら書かれていた。


 ただし、肝心な仕事運は無視できなかった。


「『妨げ多し』だったな。こういうとき、なにかしら励ましとか書くべきじゃないのか」


「妨げのない仕事なんてこの世にはないよ。運勢なんてプラシーボだよ」


「お前が、運勢大荒れとか話を始めたんだろ」


「さっそく妨げがやって来て大変だね」


「運勢、信じてるじゃないか」


 柴は通話を切り、部屋の外に出た。

 外に放置していた2人の男と、高寺を部屋の中に連れて行かないといけない。御曹司がこのフロアを占有しているのか、上ってくる客はいなさそうだ。とはいえ放置するのも忍びない。


 高寺の側に寄る。彼の眼はかっと見開かれたままだ。



 柴が御曹司を殺しに行く前、高寺は言った。


「柴さん、最後のお願いがあります」


「お前、最後のお願いが多いぞ」


()()のお願いともなれば、多くなるのが当たり前ですよ」


 やや図々しく感じるが、確かに最期であることを鑑みると、許さないのも狭量だなと思う。つまりこの時点で高寺の思うつぼなのだろう。

 

「私は、これを飲みます」


 そうしてバッグから取り出したのは、例の毒だ。柴に投げかけた忌々しき液体。


「自分の命を、自分の手で終わらせたいんです」


「俺としては自分の手を使わず仕事が終わるんだから、助かるな」


「御曹司を、ちゃんと殺してくれますか?」


「それについては問題ない。高い忠誠心と、依頼遂行能力は柴犬の特徴だ」


「そうですか……安心しました」


 高寺はペットボトルの蓋を取り、残っていた毒を一気に飲み干した。


「多くの人を殺した毒で、自分も死ぬ。贖罪にはならないでしょうが、これが正しい終わり方のような気がするんです」


 正しいとか正しくないとか、死にそんなものはあるのかと、柴は訝る。


「純粋な興味で訊くんだが」


「はい」


「復讐を遂げられて良かったか?」


「はい」


 即答だった。その言葉が真実である裏付けに、高寺の目は澄み切っていた。


「後悔はないのか?」


「……強いて言うなら、やっぱり死ぬのは嫌ですね。復讐を遂げて、新しい人生リスタート、と行きたかったところです」


「悪いな」


 

 そして現在、一仕事終えた柴の前には、高寺の遺体がある。

 柴はゆっくりと屈み、手を伸ばす。高寺の瞼を閉じてやる。


 復讐だとかに興味はない。


 けれど、安らかに眠る男を見ていると、何故だか、羨ましさのようなものを感じた。


「悪いな」

 

 柴はもう1度言う。静かに高寺の身体を起こし、わずかに躊躇ってから、引きずる。

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