表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は時間通りに現れる
10/12

岡崎と殺し屋 1

 岡崎(おかざき)は殺し屋、柴と向き合う。目の前の殺し屋は感情が抜け落ちたような表情で、岡崎を見つめている。眼光、というのだろうか、それがなにもない。こっちを見ているはずなのに、どこか別の場所を見ているような、不安感があった。


「繰り返すぞ」


 柴は言った。


「ターゲットはインフルエンサーの配信者。そいつの別荘でパーティが行われる。その場で殺してくれ、というのがお前の依頼だが。それだけじゃないと」


「はい。条件があります。面倒だとは思いますが」


「別に。条件には慣れている」


 殺し屋は気怠げに首を鳴らす。


「俺もそのパーティに参加します。そいつの死に様を、この目で確認したい。時間も指定するけど、いいですか」


 岡崎はおもねるようにするが、はい以外の答えは求めていない。殺し屋はそんな気持ちを見透かしたように、返答をせず小首を傾げた。


「念のために言っておく。現場で俺を探そうとするなよ。迷惑だし、それに無駄だ」


「無駄、とは」


「どういうわけか、俺の顔を他人は覚えられないんだ。だからきっと、俺と別れた瞬間にお前は俺の顔を忘れる」


 岡崎は殺し屋の顔をまじまじと見る。そんな特徴のない顔、というわけではない。しかしどこか人間味がないというか、作り物のような感じがしてしまう。マネキンに顔の絵が描いてあるようだ。


「ちなみに、殺し方はなんでもいいのか。この前は、銃で殺してくれ、という条件の依頼があったんだが」


「なんでもいいです。あいつがこの世からいなくなってくれるなら」


「そうか」


 岡崎は憎しみを強く噛みしめるように、食いしばる。ああそうだ。あいつが死ぬなら、なんでもいい。そのために、自分はここまで来たのだ──。


「あたしからも一個いいです?」


 殺し屋の背後、奥の椅子に腰掛けていた眼鏡の女性が、口を出した。斡旋業者と名乗っていたが、それを聞いたときは妙齢の人物を想像していた。会ってみれば意外にも女子大生くらいの、まだまだ幼い女性だった。

 逆に殺し屋は20代か30代、しかし10代でも50代だとしても、受け入れてしまいそうなくらいに、年齢不詳な容貌だ。


「これも念のための質問なんですが、()()はしませんね?」


「えっと、後悔ですか?」


「よくある質問だ」殺し屋が口を挟む。「サイトやアプリを利用するとき、最初に規約を読ませて同意しなければ利用できないやつ。あれと同じだ。さらっと聞き流して同意してくれればいい」


「利用規約扱いされたけど、続けますね。ほら、実際に手を下すのは殺し屋だけど、依頼するのはあなた、依頼主なんですよ。言ってしまえば、殺し屋は凶器で、犯人はあなた、と言い換えることもできるわけです。そこを理解していらっしゃいますか?」


「捉え方の問題でもあるがな」


 ゆっくりと頷く。しっかりと自覚している。自分が殺すのと大差はない。


「後から気に病まれる方がいらっしゃるんですよね。なので、確認でした、っと」


「後悔なんて……」


 岡崎は自嘲気味に微笑む。


 後悔なんて、するものか。


  ***


「後悔なんてしないで生きていたいの」


 由乃(ゆの)は笑ってそう言った。そんな彼女が自殺するなんて、今でも信じられない。


 由乃。ロックミュージックが好きだった。彼女が運転する車はいつもよく知らない洋楽のCDが用意されていて、ガンガンとロックを鳴らしながら道を走っていた。



 彼女の兄は、人を殺した。

 動機はどうだったか、岡崎は覚えていない。衝撃的だっただろうが、おそらく記憶の防衛的な働きで、忘れてしまった。恋人の兄、ということで幾度か会ったはずだが、彼にそんな一面があるとは思わなかった。


 ニュースで兄の殺人が報じられた翌日、彼女は人殺しの家族として世間に知られた。

 ──YouTubeによって。その日から、彼女を取り巻く世界は一変した。


 加美屋(かみや)というのが、その動画投稿者の本名だ。現在は配信をメインに活動しているが、当時は動画投稿が主流だった。チャンネル登録者数、150万人。


 俗な言い方をすれば、暴露系、というジャンルに属することとなるのだろうか。


 当時、由乃と加美屋は偶然にも同じ職場で働いていた。中規模の広告代理業。始まりは不運な偶然だ。加美屋は彼女の秘密を早々に嗅ぎつけた。おそらく職場に電話が行って、どういう流れか、知ってしまったのだろう。


 無名だった加美屋は後先考えず、単なる動画のネタ程度の考えで、由乃のことを自身のチャンネルで語った。皮肉なものだ。その動画によって、1人は追いつめられ、1人は成り上がっていった。


 彼女を見る人々の目は、刺々しく、恐ろしい。好奇の視線を持った観衆、というのとはまた少し違っていて、槍を持って迫り来る軍勢、という表現が近かった。



「だって、後悔って凄いエネルギー使うんだよ。だったらしない生き方を選ぶ方が、結果的にお得」


 じゃあ、自殺という選択も、結果的にお得だと思ったの?

 岡崎は、すでにいない恋人に向けて訊ねた。


   ***


 加美屋の家は、相当稼いでいるのだろう、海辺の豪邸だ。そこに50人近くの人間が、加美屋を祝うために集まっていた。


 何故、配信者の誕生パーティ如きに、これほど人が集うのか。岡崎は首を捻った。単に祝うためではない。内情を理解していても、納得がいかない。


 彼らは加美屋を利用するために、繋がりを持とうと必死になって駆けつけているのだ。無論、加美屋もそれを理解し、お互いがお互いに利用し合おうと腹の探り合いをしている。ある種のビジネスパーティなのだ。


「あ、君」


 爽やかな微笑、だが岡崎には不気味に見える表情。それを浮かべて、加美屋は近寄ってきた。


「加美屋さん」


 岡崎も笑って応える。


「見ない顔だね、えっと、誰だっけ」


「岡崎です。弁護士の。配信者ってやっぱり、誹謗中傷とか、多いでしょ。特に加美屋さんの芸風なら」


 岡崎の皮肉を、加美屋は余裕で受け流す。言われ慣れているのだろう。


「だから契約しろって? 俺、もうそういうの間に合ってるからなあ」


「安くしときますよ。それに、結構顔が利くんです。いろいろ、都合の良い展開に持って行きやすいかと思いますが」


「ははは。マジで? 頼もしいじゃん」


 加美屋はバシバシと岡崎の肩を叩く。


 実のところ、会話の中身はどうでもよいものだ。顔なんて利かないし、そもそも、弁護士というのだって嘘だ。だがバレようがない。この男の命は、今日限りなのだから。


 加美屋は別のところに呼ばれて、岡崎の前から消えた。去り際、岡崎の眼と、冷めた眼が合った。


 岡崎は腕時計を確認する。これで何度目か分からない。

 今は18時30分。あと30分後、19時に殺し屋、柴が現れて、どういった方法かは不明だが加美屋を殺す。それで終わりだ。加美屋のふざけた人生も、自分の復讐も。



「さっき聞こえたけど、あんた岡崎っていうんだって? 俺は草薙(くさなぎ)。詳細は明かせないが、フリーのライターだ。よろしく」


 痩せぎすの男が手を出す。草薙という男は岡崎に接近し、耳打ちする。


「あんたこのパーティ初めてだろ。まあどんな集まりかは想像しているだろうけど。表面上は和やかでも、全員が涎を出して利益にあやかろうとしている」


「ああ……もちろん、分かっているよ」



 由乃の兄の事件で名を挙げた加美屋は、そこから暴露系配信者としての階段を上り始める。

 

 事の発端はファンの好奇心だ。「こいつに情報を提供したら面白おかしくネタにしてくれる。場合によっては、俺たちの正義が満たされる」と、そのようなことを考え、雑多なネタを送った。


 そういった有象無象を適切に選ぶのが、加美屋は上手かった。徐々にファンを増やし、ネタ提供者も増やした。すると有象無象の中にも、草薙のようなフリーライターや、同業、裏社会の人間など、精度と鮮度の良いネタを持つ者が現れ出す。


 加速度的に、加美屋の動画は過激になり、「そういうもの」を好む人種にとっての()()()を増した。内容は、主に断罪。過去に不祥事を起こしたもの。いじめ加害者。由乃のような犯罪者の身内。それらを躊躇いなくつまびらかにし、金を稼ぎ、人々の正義を満たした。


「蛙の子は蛙と言うけどね、本質だよ。親が犯罪者なら子も同じだし、どうせ碌な成長はしない。俺はそういう小汚い血を、許さない」


 これは、加美屋の発言だ。いつかの配信で言っていた。


 小汚い血、と聞いた瞬間、自分の血が沸騰するのを感じた。こいつは駄目だ。反省していない。これからも続ける。誰かが、いや自分が、こいつを……。



「おい、どうした?」


 草薙がぼうっとしていた岡崎を揺り動かす。


「ああ……すまない」


「忠告だよ。加美屋を怒らせるなよ」


「そんなの分かってるよ。配信のネタにされたくない」


「違う違う。そうじゃない。そんなのじゃないんだ。この家には、()()()()がある」

 

 は、と間抜けな声が漏れる。


「何回目か前に、このパーティで粗相をした参加者がいたんだが、帰りにはいなくなっていた。次に会ったときには、性格が変わっていたよ。卑屈になり、加美屋の名前を聞くだけで怯えて震え出す。聞いてみたらなんと、加美屋に拷問を受けていたらしい」


「馬鹿げてる。なんのために?」


「加美屋には暴露系とは違う、もう1つの顔があるってことさ。自分に刃向かう痴れ者を痛めつけ、服従させる。暴君の顔がね」


 怒りよりも、寒気を感じた。どこまで邪悪なのだ。加美屋という男はもはや怪物だ。


「実はさっきも、うっかり加美屋の嫌いなワインを持ってきたウェイターが、どこかに連れて行かれるのを見た。あんたもそうなりたくないなら……そしてあいつを利用しようと考えるなら、越えちゃいけない線を見極めるべきだ」


「そうだな、ありがとう」


 岡崎は苦笑いを浮かべ、草薙に礼を言う。


 越えちゃいけない一線を先に越えたのは、あっちだ。

 

 時間は18時40分。あと、20分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ