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楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は時間通りに現れる
11/14

岡崎と殺し屋 2

 岡崎が通っていた大学では、入学式に何故かエコバッグが配られた。入学祝いのつもりなのだろうが、とてもしょぼくれていて、大学の程度にふさわしい贈り物だな、と岡崎は感じた。


 そのエコバッグには大学のロゴとマスコットが描かれており、はっきり言って、ダサかった。いったい誰が持ち歩いて使うのかと訝しんだものだが。


 それが、いた。持ち運ぶ人。


「一円を笑う者は一円に泣くんだよ」


「いや、エコバッグを持つ理由はいいんだけど」


 由乃との出会いは岡崎の実家近くにあるスーパーだった。例のエコバッグを手から提げていたのを見て、思わず「あっ」と声を出してしまった。歳も近いように見えたため、同じ大学の学生だという驚きと、それを使う人いたんだという驚き、2種の驚きが同居した。


「使わないのももったいないでしょ」


「でも、ダサいよ」


「ダサさに負けて無駄金を使うのは馬鹿げてる。わたしはそう思うな」


「なるほど……」


 真面目に言われると、反論のしようもなく、頷くしかない。


「でもその割にはここで卵を買うんだな」


 岡崎は由乃のエコバッグに入った卵を覗いて言った。


「え?」


「ちょっと遠いけど、駅の向こう側にあるドラッグストアに行くと安いんだよ」


「嘘、マジ? ねぇなんで今更そんなこと言うのさ?」


「今初めて会ったんだからしょうがない」


「早く言ってよ!」


 二度あることは三度ある。逆に言えば、一度あることは当然のように二度あるものだ。また別の日、岡崎は駅の向こうに行ってみた。なんとなく、予感があった。

 その予感は大当たりし、由乃が卵を買っていた。あのダサいエコバッグを持って。


「あ」


「また会ったね」


「もしかしてストーカーしてる?」


「だったら大学で話しかけてるだろ。同じ大学なんだから」


「あ そっか」



 物事とはどう転ぶか分からないもので、そのダサいバッグがきっかけとなり、由乃との交流が始まった。家も近く、大学でもお互いを見つけ、楽しい時間を過ごした。卵が焼かれて固まっていくように、2人の恋心は徐々に形になっていった。


「後悔なんてしないで生きていたいの」


 由乃がその言葉を呟いたのは、自転車で海まで行こう、と果てしなく感じるほど長い道を走っている最中だった。海のない県からペダルを漕ぐには、後悔を覚えずにはいられなかったのだ。


 けれど由乃は言い放つ。


「後悔したくないから、海まで自転車で行く。やりたいことだらけの人生、後悔なんてエネルギーの無駄!」


「エネルギー?」


「だって、後悔って凄いエネルギー使うんだよ。だったらしない生き方を選ぶ方が、結果的にお得」


「君って……無駄とかエコとか、そういうのばっかりだ」


 でも、そこが良いと感じた。確かに、そうなのかもなと納得させられたりもした。


 岡崎は疲弊した脚に力を込め、ペダルを強く踏み込んだ。風の音が鼓膜を揺らし、汗が額から後方に流れる。由乃の自転車を追い越して、さらに先へ進んだ。


「早く行こう!」


 言ってから、これは全然エコじゃない行為だな、と思った。


   ***


 そして復讐もまた、エコではない。


 由乃を殺したのは結果だけ見れば、加美屋に煽動された群衆ということになる。だからといって、復讐の怨嗟を彼らに向けてもどうにもならない。なにより、きっかけの加美屋は反省してない。元凶を根絶しないと意味がないのだ。


 岡崎は腕時計を見下ろす。18時45分。あと15分ですべてが終わる。


「それ、良い時計だね」


「ああ……」


 草薙はまだ近くにいた。できれば別のところに行って欲しい。死に様を見るため、時間には加美屋の近くにいたいのだ。


「誰かからの贈り物?」


「……どうして?」


「なんか、そんな気がしてってだけだけど」


「うん……恋人からの贈り物」


 由乃がくれた腕時計だ。節約家の由乃が誕生日に買ってくれた。


「浮かない顔だね」


「もう、いない恋人だ」


「それは、悪いことを聞いちゃったか」


 そう言うと、草薙はしばらく佇んでいたが、気まずさを感じたらしく、どこかに去って行った。都合がいい。



 周りを見渡す。殺し屋、柴らしき男は見つからない。一般人が探して見つかるようでは殺し屋とは言えないだろうが、彼の言うとおり顔が覚えられないとすれば、もしすれ違っていたとしても分からないのだろう。


 いったいどんな殺し方をするのか。毒殺か、すれ違いざまに刺殺するのか。はたまた、どこからか射殺するのか。



 ──そこまで考えてから、ぞっとする。そして思わず笑い出しそうになった。


 自分がこれから行うのは、殺人だ。殺し屋という凶器を使う殺人。契約の際に、女性の方が言っていたことを、改めて実感する。


 分かっている。加美屋は邪悪だ。直接手を下していないだけで、人を殺す悪人だ。必ず罰せられなければならない。罰せられなければ──。



 我知らず、加美屋の近くに来ていた。慌てて時計を見ると、50分。残り10分だ。そうだ、どっちにしてもあと10分だ。今更悩んだところで仕方ない。


 近くにいたウェイターが、加美屋の空いたグラスにワインを注いだ。まさかあれに毒が混入させられているのではないか? まるで悪戯を仕組んだ子供のような心地だが、洒落になっていない。


 

 すると、眼の前に神谷の顔があった。

 突然のことで、わけが分からずのけぞった。


「岡崎さん」


 加美屋はうやうやしく声をかけてきた。相変わらず、気味の悪い笑顔を貼り付けて。


「ど、どうかしましたか」


「いや、パーティを楽しんでくれているかな、と思って」


「楽しんでますよ」


「ちょうどいい。岡崎さんに見てもらいたいものがあって」


 嫌な予感がした。初めてパーティに参加した自分なんかに、そんなものあるはずがない。


「ついてきてよ」


 しかし、逆らえなかった。周囲の目もあったが、それ以上に加美屋の冷たい眼が、有無を言わさぬ迫力を秘めていたからだ。


「いったい、なんですか」岡崎の背中を追いかける。広間を出て、廊下に出た。「僕なんかより、他の方々が話したがっているでしょう」


「後でいくらでも話せるさ」


「どこに連れて行くつもりなんですか」


「岡崎さんって、どこかで見た気がしたんだ」


「え」


 どこかって、どこですか。街中とかですか。


「俺、結構記憶力に自信があってね。まあこういう仕事してると役立つんだけど」


 加美屋は立ち止まる。人の気配がしない廊下の真ん中で。誰にも聞かれたくない秘密の取引でもしようというのか。いや、それすらも希望的観測だ。これから起こることは、おそらく、もっと。


「岡崎さん、あんた、恋人がいたんだって?」


「あ……」


 何故、知っている。いや、そんなの分かりきっているじゃないか。

 草薙だ。あいつが、喋ったんだ。自分から喋るとは思えないし、加美屋が事前に訊ねろと指示していたのかもしれない。腹の内では探り合って、利益を得ようとする草薙は、喜んで協力する。



「あんたは俺が成り上がるきっかけを作ってくれた、あの女の復讐に来たんだ」



 違う、と言わせてくれなかった。後頭部を強く殴られた。気配はなかったはずなのに、いつの間にやら忍び寄られていたらしい。開きかけた口から、唾液と掠れた息が漏れた。「違う」よりも「なるほど」と言いたい気分だった。


 かろうじて残っていた意識で、伸びた腕についた時計を見た。


 18時53分。


 加美屋はぴんぴんしている。これから死ぬ男には見えない。

 生き生きとした心からの笑顔で、岡崎を見下ろしていた。

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