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楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は空を飛ぶ
15/16

殺し屋はヒーロー 3

 少女は目を醒ました。


 誘拐されて1日経過した。外の様子が分からないため、体内の感覚だ。


 昨日、誘拐犯がこの小部屋にやって来た。目出し帽を被っていて容姿は不明だったが、性別は男だ。誘拐犯は後ろを振り返ってなにかの合図をしていた。仲間が別室に待機しているのだろう。


「お前は巻き添えか」


 と、誘拐犯は他人事のように言った。霧生を一瞥して、少女に詰め寄る。本題を後回しにして、厄介ごとを先に取り除こうと考えたのかもしれない。


「逃がしてくれたりします?」


「馬鹿言え」声に感情が乗っていない。「一応聞くが、お前の親は身代金を払ってくれそうか?」


「親いないんで」


「そりゃ可哀想に」


 親がいれば助かる可能性があっただろうか。いや、存命だった頃の親は、娘に対して愛情を持っていなかった。大金と娘、天秤にかけて悩む素振りを見せて、金を選ぶはずだ。

 

 目出し帽から覗く瞳は冷たい金属を思わせる。


「もしかして、殺されます?」


「検討中だな。まあすぐには殺さないよ。安心しな」


「安心ってなんでしたっけ」


 

 そしてどうすることもできず、状況を打破する発想にも至らず、一眠りするしかなかった。霧生は哀れんでいるのか、自分自身のことで手一杯なのか、ちらりと視線を向けるだけで、なにも言わなかった。



 自分はここで、死ぬ。


 実感が湧かない。きっと自分の首元に刃が食い込んでようやく、死の実感は湧くのだろう。

 正直なところ、明日がないと言われても、まあいいか、という気がしている。まあいいか、まあ仕方ないか。


 学校にも友だちはいない。親戚からは愛想がないと煙たがられている。楽しみにしている娯楽もない。死神とやらがいるとして、彼らはノルマのために、死んでもたいして影響ない人間を選んだ。それが自分だ、と少女は思う。仕方ない。ノルマなら、どうぞご自由に。


 ただ……と悩む。


 ただ、誰にも探されず、こんな暗闇で寂しく死ぬのは、嫌だな。

 誰かに、愛されたかった。誰かを愛したかった。


 少女は少しの後悔を燻らしながら、命の終わりを待った。


「ねえ……ちょっと」


 声がする。


「ちょっと! なにぼーっとしてんの!」


 そうだ。寂しくと思ったけど、仲間がいた。霧生がこっちを向いて喋っている。


「……なに?」


「なんか、外が騒がしくない?」


 誘拐犯が入ってきた扉の奥で、人々が喧嘩するような、無秩序な声が飛び交っているようだ。仲間割れか、身代金が手に入らないとかで揉めてるのか、想像を巡らせる。


 間もなく、声は静かになっていき、完全に沈黙する。ただの喧嘩の終わり、ではない気がする。



 不思議なことに、人の気配が一切しないというのに、扉が開かれる。風かなにかかと最初は思ったが、人影がゆらりと入ってきたので戸惑った。霧生は恐怖でのけぞる。明らかに、昨日の誘拐犯とは違う人物だ。誘拐犯が人なら、この影は妖怪だ。恐怖を抱くのも無理はない。


 しかし、少女は霧生とは異なる感覚を抱いた。


 恐怖ではなく、期待、高揚……希望?


 

 少女は目を醒ました。

 絶望の思索から、急転直下の現実へ。



 人影の顔が、露わになった。



   ○○○


 困ったことになった。いや、困ったことには最初からなっているが、割り増しだ。


 離陸した機内を、怖々と散策する。何気ないふうを装って将軍に近寄り、状況を探る。将軍は一般の客となんら変わりない様子で座っていた。イヤホンを耳に付けてラジオを聞いている。


 問題は彼の周囲だ。彼は窓際の席に座っている。隣には一般人の女性が。背後の席も人で埋まっている。死に至る注射を処方してやろうにも近寄れないのだ。近くの席を取れなかったのか、と春姫を心の中で責める。


 将軍の背後を確認すれば、搭乗口で見た脚の不自由そうな男が座っていた。文庫本を暇つぶしで読んでいる。やはりどこかで会った気がするが、気のせいかもしれない。割とどこにでもいそうな顔立ちをしている。テレビタレントの類には見えない。


 それはさておき、ターゲットをどうしたものかと思案する。だがわずかに揺れ、不安を煽る床が長居をさせてくれない。自分の席に戻る。


「将軍はどうだった?」と春姫は訊ねる。


「乗客と変わりない。……お前が見に行けば良かっただろ」


「慣れさせてるんだよ」


「今更、少しの慣れで克服できるトラウマじゃない」


 春姫の方を見ると、窓の外も視界に入る。広がる雲海を泳ぐ飛行機と、その翼。目眩を覚え、すぐに目を逸らす。


 ギリシャ神話に登場するイカロスは蝋で作られた翼を手に入れたが、太陽に近づきすぎて翼が溶け、墜落した。あれは人間の傲慢さや欲深さを皮肉った寓話のようなものだが、その話に照らせば、飛行機という発明も、やがては溶かされて落ちる運命にあるのではないか。今にも翼が溶けてなくなるのではないかと恐怖する。


「ねえ、見て。柴」


「どこを」


「窓の外」


「見ない」


「いや見てよ」


「見ない」


「じゃあもう見なくていいからさ、気になったんだけど。雲が多いなって」


「雲の多さなど分かるわけない」


 そう言いつつも、薄目で雲を見る。いつもは下から見上げる雲が真下に見えるのは恐ろしく、世界の法則が狂ったとしか思えない。


「変だよ。雲の中に入ったのかな」


 徐々に雲の切れ端のような白色が、前方から流れてくる。これが当たり前のことなのか、違うのか。柴にはさっぱり分からない。


 そして唐突に、頭上のランプが点灯する。恐怖のシグナルだ、と柴は察する。


「お客様にご案内いたします」と、アナウンスが流れ出す。環境音に負けないはっきりとした発声だが、淡々としていて生命を感じない。それがまた、恐ろしく思う。


「おい、どうなっているんだ。これ、なんだ」


「落ち着いてよ。日本の飛行機事故は珍しいから」


「事故の話はまだしていない。不安にさせるな」


「なにも言わなくても不安になるくせに」



 アナウンスが言うには、機内が揺れるが飛行には問題ないから安心してほしい、という柴からしてみれば欠片も信じられない事柄だった。その割にはリクライニングやテーブルを戻せだのシートベルトを締めて座ったままでいろだの、不安を煽る注意しかしない。


 窓の外が真っ白になる。

 どうやらこれは──。


()()()に突入したみたいだね」


「何故だ」柴は嘆いた。「何故突入した。避けて通ればいいだろ」


「ルート上にあるから仕方ないでしょ」


「そもそもそんな雲があったなら欠便するべきだ」


「しつこいようだけど、予測は外れるもの。最初は雲なんかなかったんでしょ。まあ、当然かなって感じだね」


 春姫は不思議と確信に満ちた表情をしていた。柴はまた何故だ、と訊ねる。


「だって、君が仕事で飛行機に乗ったんだから。何事もなく飛行が終わるわけないよ」


「……」


 季節は冬。あと1ヶ月足らずで今年が終わる。12月31日を境に人の運勢ががらっと変わるとは思えないが、信じるしかないだろう。仕事運が改善することを。



 次の瞬間、飛行機が大きく揺れる。窓の外は完全に雲に覆われてしまった。


 乗客が小さな悲鳴を上げた。子供が泣く。


 柴もまた、泣きたい気持ちになった。


「うわっ、ヤバいね。こりゃ降りることになるかもね」


 返事をする余裕もない。視線は真っ直ぐ前の椅子に。手は行儀良く膝の上に。


「柴? ねぇ柴──」


 地上ではなんと安穏とした暮らしができることか。どこでも歩けてリラックスできる。事故に遭うことだって稀で、支障なく生きていける。それと比べて、上空の不自由さ。ほんの少しの天気の気まぐれで命の危機が訪れる。死は突然、雲の中から現れる。


 風の音が喧しい。雨粒が生まれ、窓にぶつかる。


 まるで震度7の地震のように、機内が揺れる。人々の頭が左右に動く。



 ──駄目だ。


「柴!」


 1つ、大きな揺れの後、柴は振り回されるようにして、意識を手放す。


 隣で春姫の呼びかける声が、隙間風のように薄く届いてくる。

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