第8話「才能の値段」
翌朝、食堂に集まった四人は、それぞれの予定を確認し合っていた。
「昨日言ってたやつ、本当にやってみるのか?」
健太が、少し半信半疑な顔で聞いてきた。
「うん、試しにね」
蒼太は、目を閉じて、頭の中で問いかけてみた。
「今日、荷物運搬の依頼で、一番効率のいいルートは?」
一瞬で、答えが返ってくる。
「健太、今日は西門から出て、川沿いの道を使うといいよ。橋の工事で、いつもの道が混んでるみたい」
「マジか。いつもの道、確かに最近混んでたんだよな」
健太が、驚いた顔でメモを取り始めた。
「隼人は、今日ってどこの商会の仕事だっけ」
「東通りの、雑貨商です」
「あそこ、そろそろ在庫管理で人手を探してるところが増えてる時期みたいだよ。もし手が空いたら、隣の織物屋も声かけてみるといいかも」
「それ、聞いてみます」
隼人が、目を輝かせながらうなずいた。
「美穂は、今日もユウキ君と?」
「はい、一緒に行く予定です」
「北の森の東側、最近雨が多かったから、薬草の育ちがいいみたいだよ」
「ありがとうございます。行ってみますね」
三人とも、次々とアドバイスを受け取っては、感心した様子でメモを取っている。
「これ、朝の五分で、めちゃくちゃ役に立つな」
健太が、しみじみとつぶやいた。
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「そういえば、ユウキ君、どうですか。美穂と一緒にやってて」
蒼太は、ふと気になって聞いてみた。
森で出会った、独学で薬草を見分けていた青年のことだ。
あれから、美穂の勧めで、時々一緒に採取に出かけるようになっていた。
「すごいですよ、あの子」
美穂が、嬉しそうに答えた。
「植物の見分け方の勘が鋭くて、私が教えたことを、あっという間に吸収していくんです。今では、私が見落としそうな薬草も、逆に教えてもらうくらいで」
「それは、すごいですね」
「本人は、まだ自信なさそうにしてますけどね」
美穂が、少し苦笑した。
「戦闘系の才能がないから、ずっと落ちこぼれ扱いされてたみたいで」
「でも、稼ぎはどうなんですか」
蒼太が聞くと、美穂は少し得意げな顔になった。
「最初の週は、依頼料の折半で銀貨十枚くらいでしたけど、今週はもう、二人合わせて銀貨五十枚を超えました」
「それは、順調ですね」
「ユウキ君、最近は薬屋さんからも名指しで依頼が来るようになって。すごく嬉しそうにしてます」
「才能って、一つの物差しじゃ測れないんですよね、きっと」
蒼太は、なんとなく、そう思った。
戦闘力だけを見れば、ユウキは平凡な冒険者かもしれない。
けれど、薬草の知識と観察力という、別の物差しで見れば、かなりの才能を持っている。
「王城の鑑定も、たぶん、戦闘に関係する能力しか、まともに見てなかったんだろうな」
蒼太は、自分自身の鑑定結果を思い出しながら、そんなことを考えた。
自分も、あの場では「役に立たない」の一言で片付けられた。
けれど、実際は、まったく違った。
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その日、蒼太はいつも通りギルドへ向かった。
掲示板を眺めていると、受付の女性職員が、少し困った顔で声をかけてきた。
「あ、鈴木さん。ちょっといいですか」
「はい、何でしょう」
「実は、最近入ったばかりの冒険者の子がいるんですけど、うまくいってなくて」
職員は、少し声を落として続けた。
「戦闘系の依頼を受けても、いつも成果が出せなくて。本人もかなり落ち込んでて、辞めるかどうか悩んでるみたいなんです」
「それは、心配ですね」
「もし鈴木さんの鑑定で、何か向いてる分野が分かれば、と思って。無理なお願いだったら、断ってもらって構わないんですけど」
「いえ、大丈夫です。会ってみます」
蒼太は、あまり深く考えずに了承した。
困っている人の役に立てるなら、悪い話ではない。
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紹介された少女は、ミナという名前だった。
年齢は、十六、七歳くらいだろうか。
装備は、明らかに不釣り合いなほど傷んでいる。
「初めまして、ミナです」
「鈴木蒼太です。よろしく」
ミナは、どこか自信なさげに、視線を落としていた。
「あの、私、本当にダメな冒険者で。戦闘、全然向いてなくて」
「どんな依頼を受けてたんですか」
「最初は、討伐系の依頼を、パーティーに交ぜてもらってたんですけど。剣も振るえないし、魔法も大したことないし、足手まといにしかなれなくて」
ミナは、俯きながら、ぽつぽつと話し続けた。
「最近は、簡単な採取依頼ばかり受けてるんですけど、それも、他の人の方が早いし、正直、自分に向いてる仕事なんて、何もないんじゃないかって」
「そう決めつける前に、ちょっと見せてもらってもいいですか」
蒼太は、そう言って、ミナに手をかざした。
「知識鑑定」
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情報が、頭の中に流れ込んでくる。
筋力、耐久、敏捷、魔力。
どれも、確かに平均以下だった。
けれど、それとは別に、いくつか気になる数値があった。
観察力。
危険察知。
罠発見の適性。
これらが、明らかに、他の項目より突出していた。
さらに、鑑定を続けると、ミナ自身の性格や傾向についても、いくつか見えてきた。
慎重で、細かいところによく気がつくタイプ。
反面、大きな音や急な動きに弱く、とっさの判断を求められる場面は苦手。
「これ、完全に前衛向きじゃないな」
蒼太は、頭の中の情報を整理しながら、そう結論づけた。
戦闘の最前線で、敵と真正面からぶつかり合うタイプではない。
けれど、慎重さと観察力を活かせる場所なら、間違いなく力を発揮できるはずだった。
「あの、ミナさん」
「はい……」
「もしかして、罠とか、隠し部屋とか、そういうのに気づくの、得意じゃないですか」
「え?」
ミナが、驚いた顔を上げた。
「そう、なんです。ダンジョンとか歩いてると、なんとなく、変な違和感に気づくことが多くて。でも、それって冒険者としては、あんまり役に立たないっていうか」
「これ、めちゃくちゃ役に立つと思いますよ」
蒼太は、思わず声を大きくした。
「罠や隠し通路をいち早く見つけられるのって、パーティーにとって、かなり重要なスキルです。斥候とか、罠師とか、そういう分野なら、むしろ主力になれるんじゃないですかね」
「斥候……?」
ミナは、初めて聞く単語のように、その言葉を繰り返した。
「そんな仕事、あるんですか」
「ありますよ。戦闘要員だけがパーティーに必要なわけじゃないですし」
蒼太は、頭の中の知識を辿りながら、丁寧に説明した。
罠の発見と解除に特化した専門職があること。
その手の依頼は、需要があるのに、対応できる人材が少ないこと。
冒険者ギルドでも、罠師のランクが上がれば、単独でもそれなりの報酬が見込めること。
「私、そんなことも知らなくて」
ミナは、驚いたように呟いた。
「先輩冒険者からも、戦闘こそが冒険者の本分だ、みたいな空気ばっかり感じてて。裏方の仕事なんて、あんまり教えてもらえなかったので」
「まあ、目立つのは、やっぱり戦闘系ですからね」
蒼太は、苦笑しながら言った。
「私、そっちの才能、あったんですね……」
ミナの声が、震えていた。
「戦闘ができないから、ずっと自分は落ちこぼれだって、思ってたのに」
「一つの物差しだけで測ったら、そう見えちゃうかもしれないですね。でも、ちゃんと合う分野を見つければ、全然違うと思います」
蒼太は、努めて軽い調子で言った。
深刻な空気にしすぎると、かえって重くなる気がした。
そばで話を聞いていた受付の職員が、少し驚いた顔で口を挟んできた。
「鈴木さん、それ、うちの適性鑑定より、ずっと細かいですね」
「ギルドにも、適性を見る仕組み、あるんですか」
「一応、ありますけど、大まかな戦闘系のステータスを見るくらいで。罠発見の適性とか、そこまで細かくは出ないんです」
職員は、感心した様子で、蒼太とミナを交互に見た。
「鈴木さんの鑑定、これはこれで、ちゃんとした需要がありそうですね」
「そうですかね」
「はい。今みたいに、進路に悩んでる子、実はうちにも結構いるんですよ。もしよかったら、また相談させてもらってもいいですか」
「あ、はい、大丈夫です」
蒼太は、少し驚きながらも、了承した。
自分では、まだそこまで大きな話だと思っていなかった。
けれど、周りの反応を見ていると、この鑑定の需要は、思ったより大きいのかもしれない。
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「実は、俺の知り合いのパーティーが、罠に詳しい人を探してるんです。よかったら、紹介しましょうか」
蒼太は、ガレスたちのことを思い出しながら、そう提案した。
ガレスのパーティーには、罠の専門家がいない。
以前、遺跡の探索のときに、そんな話をしていたのを覚えている。
「そんな、いいんですか」
「ちょっと聞いてみます。合わなかったら、また別を探しましょう」
蒼太は、その足でガレスのもとへ向かった。
「なあ、ガレス。罠に詳しい人材、探してなかったっけ」
「おう、確かに探してるけど、なんでだ」
「良さそうな人、見つけたんだ。今度、紹介してもいい?」
「マジか。それは助かる」
ガレスは、意外そうな顔をしながらも、快く承諾してくれた。
「お前、鑑定の依頼だけじゃなくて、人探しまでやってくれるのか」
「まあ、たまたま、そういう機会があったんで」
蒼太は、軽く答えたが、内心では、少し違う感触を覚えていた。
「ちなみに、その子、戦闘はあんまり得意じゃないんだけど、大丈夫か?」
「戦闘は俺らでどうにかする。罠と隠し扉さえ見逃さなきゃ、それで十分だ」
ガレスは、あっさりと言い切った。
「むしろ、今までそこで痛い目見てきたからな。前に、隠し扉の奥に大事な素材が眠ってたのに、気づかず素通りしたこともある」
「それは、もったいないですね」
「だろ? だから、その手の適性がある奴は、いつでも大歓迎だ」
ガレスの言葉に、蒼太は少し安心した。
戦闘だけがパーティーの価値じゃない、という考え方が、思ったより浸透しているらしい。
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数日後、ミナは、ガレスのパーティーに正式に加わることになった。
初めての依頼から戻ってきたミナは、以前とはまるで別人のように、生き生きとした表情をしていた。
「聞いてください、蒼太さん! 今日、遺跡の隠し扉、私が見つけたんです!」
「おお、良かったですね」
「ガレスさんたちにも、すごく感謝されて。こんなに自分が役に立つなんて、思ってなかったです」
ミナは、興奮気味に、今日の出来事を語り続けた。
隠し通路の奥に、罠つきの宝箱があったこと。
ミナが真っ先に気づいたおかげで、誰も怪我をせずに済んだこと。
「ドルフさんなんて、危うく罠を踏むところだったんですよ。私が止めたら、みんなすごく驚いてくれて」
「それ、パーティーの中で、一気に信頼される仕事したんじゃないですか」
「そう、なんですかね。まだ実感ないですけど、なんか、初めて誰かの役に立てた気がします」
ミナの声は、明らかに、初めて会ったときとは違っていた。
自信なさげに視線を落としていた少女は、もう、そこにはいなかった。
その様子を見ながら、蒼太は、なんとも言えない達成感を覚えていた。
「これ、単純に、面白いな」
物の価値を見抜くのと、人の才能を見抜くのは、少し違う感覚だった。
物なら、ただ鑑定して、はい終わり、で済む。
けれど、人の場合は、その先に、その人の人生そのものが動いていく。
「なんか、こっちの方が、やり甲斐あるかもしれない」
蒼太は、そんなことを、ふと思った。
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その夜、宿の食堂で、蒼太はミナの話を、健太たちにも聞かせた。
「へえ、蒼太、今度は人材紹介まで始めたのか」
健太が、面白がるように言った。
「いや、そんな大層なもんじゃないよ。ただ、困ってる人がいたから、鑑定してみただけで」
「でも、それって、結構大きなことなんじゃないか?」
隼人が、真剣な顔で口を挟んだ。
「戦闘力だけで判断されてた子が、実は別の才能持ってたって話だろ。そういう見落とし、この世界だと、結構ありそうな気がする」
「まあ、確かに。俺自身が、その見落としの被害者みたいなもんだしな」
蒼太は、苦笑しながら言った。
王城で、あっさり「役に立たない」と切り捨てられた自分の経験を思い出す。
「王城の鑑定士なんて、それこそ、その辺の見落としの塊なんじゃないか」
健太が、少し皮肉っぽく言った。
「勇者だ聖女だって、派手な称号にばっかり気を取られて、細かい適性なんて、まともに見てなかったんだろうな」
「まあ、俺が言えることでもないけど、正直、そう思う」
蒼太も、素直に同意した。
「もし、もっとたくさんの人の才能を、ちゃんと見極められたら」
美穂が、ふと呟いた。
「今のミナさんみたいに、うまくいかなくて悩んでる人、他にもたくさんいると思います」
「それ、蒼太にしかできないことだよな」
健太が、蒼太の顔を見ながら言った。
「他の鑑定士じゃ、そこまで詳しくは分からないんだろ」
「たぶん」
蒼太は、素直にうなずいた。
自分の鑑定は、王城の鑑定士のものとは、明らかに桁が違う。
隠れた適性まで、細かく見抜くことができる。
「それに、鑑定だけじゃなくて、その後の紹介まで動けるのが、蒼太の強みだと思う」
美穂が、付け加えるように言った。
「ただ結果を教えるだけじゃなくて、実際にガレスさんたちに繋いでくれたから、ミナさんも一歩を踏み出せたわけですし」
「まあ、それは、ガレスがたまたま人を探してたからできたことだけどな」
蒼太は、謙遜するように言ったが、美穂は首を横に振った。
「そのタイミングを逃さなかったのも、蒼太くんだからだと思いますよ」
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「なあ、蒼太」
隼人が、少し身を乗り出して言った。
「これ、仕事にできるんじゃないか?」
「仕事、って?」
「人の適性を見抜いて、合う仕事を紹介する。今日、ミナさんにやったことを、もっとたくさんの人にやる。それって、立派な商売になると思うんだけど」
隼人の言葉に、食卓が一瞬、静かになった。
蒼太は、少し考え込んだ。
昨日、丘の上で感じた、あの小さな思いつき。
人手不足の依頼と、仕事を探している人を、結びつけられたら。
その考えが、また頭の中で形を持ち始めていた。
「まあ、確かに、やってやれないことはなさそうだけど」
蒼太は、慎重に言葉を選んだ。
「でも、俺一人でやるには、限界あるよな。鑑定はできても、その後の紹介とか調整とか、全部一人じゃ回らないし」
「それこそ、俺らが手伝えばいいじゃないですか」
隼人が、あっさりと言った。
「俺、計算とか事務仕事なら、多少は自信あります」
「私も、調薬士としての知識は、他の分野の適性を見るときの参考になるかもしれません」
美穂も、乗り気な様子で続いた。
「俺は、まあ、力仕事担当ってことで」
健太が、おどけたように肩をすくめた。
蒼太は、三人の顔を、順番に見回した。
冗談半分のような空気ではあったが、その目は、みんな案外真剣だった。
「でも、それって、俺たちだけの話じゃ済まなくなるかもしれないぞ」
健太が、ふと真面目な顔になって付け加えた。
「今日はミナさん一人だったけど、これが噂になったら、うちも見てほしいって人、どんどん増えるんじゃないか」
「それは、そうかもしれないですね」
隼人が、腕を組みながらうなずいた。
「でも、それって、悪い話じゃないですよね。困ってる人を、正しい場所に導けるなら」
「まあ、そうなんだけどさ」
健太は、少し苦笑した。
「蒼太一人にかかる負担が、どんどん増えていくのが心配なだけだよ」
「その心配は、ありがたいけど」
蒼太は、健太の言葉に、少し笑った。
「まあ、そのときはそのときで、考えればいいんじゃないかな。今、心配しすぎても仕方ないし」
「相変わらず、楽観的だな、お前」
健太が、呆れたように、でもどこか嬉しそうに言った。
「……まあ、いきなり本気で始めるってわけじゃないけど」
蒼太は、ゆっくりと口を開いた。
「面白そうだから、ちょっと考えてみるか」
その一言に、三人とも、それぞれ嬉しそうな顔を見せた。
「まあ、悲観的になっても、いいことないしな」
蒼太は、そう付け加えながら、なんとなく、これからのことを考えていた。
一人でできることには、限界がある。
けれど、こうして、それぞれ得意なことを持ち寄れる仲間がいるなら、話は変わってくるかもしれない。
「明日も、いろいろ試してみるか」
蒼太は、そうつぶやいて、笑った。
異世界での日々は、少しずつ、思いもよらない方向へと転がり始めていた。




