↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全知の鑑定士、異世界で才能を仕事に変える  作者: 御影のたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/13

第7話「見なくても、分かる」

 朝、宿の部屋で目を覚ました蒼太は、しばらく天井を見つめたまま動かなかった。


 昨日の遺跡での出来事が、まだ頭に残っている。


 読めないはずの古代文字が、当たり前のように読めた。


「対象物があれば」というのが、これまでの前提だった。


 けれど、その前提そのものが、本当に正しいのか。


「試すの、ちょっと怖いんだよな」


 蒼太は、ぽつりとつぶやいた。


 昨日は、そう思って、疑問を後回しにした。


 けれど、一晩経っても、その疑問は消えなかった。


 むしろ、はっきりと形になって、頭の中に居座っていた。


「……まあ、今日は依頼もないし」


 今日は、ガレスたちとの約束もない。


 健太たちも、それぞれの仕事に出かけている。


 久しぶりに、一人でゆっくりできる日だった。


「じゃあ、ちょっとだけ、試してみるか」


 蒼太は、着替えを済ませると、宿を出て、街外れの小さな丘に向かった。


 道すがら、市場の前を通りかかると、いつもの露店の老婆が店を開けているのが見えた。


「おはようございます」


「おや、鑑定の兄さん。今日は依頼はないのかい」


「今日はオフです。ちょっと考え事があって」


「珍しいねえ。まあ、たまには休むのも大事さね」


 老婆と軽く言葉を交わしてから、蒼太は再び歩き出した。


 街の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。


 人目のない、静かな場所。


 昨日読んだ石板のことを思い出しながら、蒼太はその場に腰を下ろした。


 ---


「よし」


 蒼太は、大きく息を吸って、目を閉じた。


 何も見ず、何も触れず、ただ頭の中で問いかけてみる。


「王都の地下に、何があるんだろう」


 自分でも、こんなことを聞いて意味があるのか、半信半疑だった。


 けれど、次の瞬間。


 ――王都の地下には、旧王朝時代に築かれた地下水路が広がっている。現在は一部が下水として使われ、一部は封鎖されている。かつては避難路としても機能していた。


 情報が、頭の中に、すっと浮かんできた。


「……は?」


 蒼太は、思わず目を開けた。


 心臓が、大きく跳ねる。


 何も見ていない。


 何も触れていない。


 ただ、頭の中で「知りたい」と思っただけだ。


 なのに、答えが出た。


「マジかよ」


 蒼太は、しばらく呆然と座り込んでいた。


 風が、丘の草を揺らしている。


 その音だけが、やけにはっきりと耳に届いた。


「いや、待て。もしかして、たまたまか?」


 蒼太は、自分に言い聞かせるように、もう一度気持ちを落ち着けた。


 昨日、遺跡で古代文字が読めたのも、最初は信じられなかった。


 けれど、あれは、目の前に石板という「対象物」があった。


 今回は、それすらもない。


「本当に、これで合ってるのか、確かめないと」


 蒼太は、深呼吸をしてから、もう一度、目を閉じた。


 ---


「もう一回、試してみるか」


 震える手を、なんとか落ち着けながら、蒼太はもう一度目を閉じた。


 今度は、もっと別のことを考えてみる。


「この国の歴史、教えてくれ」


 思った瞬間、また情報が流れ込んできた。


 建国の経緯。


 歴代の王の名前。


 過去に起きた大きな戦争。


 魔王軍との対立が始まった時期。


 膨大な情報が、頭の中を駆け巡っていく。


「うわ、うわ……」


 蒼太は、思わず声を漏らした。


 情報量が多すぎて、頭が追いつかない。


 けれど、混乱はしなかった。


 まるで、最初から知っていたことを、一気に思い出しているような感覚だった。


「これ、本当に、なんでも分かるのか……?」


 蒼太は、恐る恐る、さらに別の問いを頭に浮かべてみた。


「魔法学院の場所」


「隣国の名前」


「この街で一番大きい商会」


 そのたびに、答えが、当たり前のように浮かんでくる。


 まるで、蒼太自身が、最初からこの世界のすべてを知っていたかのように。


 ---


「……落ち着け、俺」


 蒼太は、深呼吸を繰り返しながら、必死に気持ちを整理しようとした。


 これまでの前提が、根底からひっくり返った気がした。


「対象物があれば、知識が分かる」


 そう思っていた。


 けれど、実際は違う。


 対象物なんて、なくてもいい。


「知りたい」と思うだけで、答えが出てくる。


「じゃあ、本当に、なんでも分かるのか?」


 そこまで考えて、蒼太は、少しだけ怖くなった。


 試すのが怖い、というより、確かめるのが怖い。


 もし、本当に「なんでも」分かるのだとしたら。


 その力の大きさは、蒼太が想像していたものを、はるかに超えている。


「いや、さすがに、そんなことは……」


 蒼太は、頭を振って、その考えを一旦脇に置いた。


 今すぐ、すべてを確かめる必要はない。


「少なくとも、今分かったのは」


 蒼太は、丘の上に座ったまま、指を折って整理してみた。


 対象物があってもなくても、知識鑑定は発動する。


 しかも、その範囲は、かなり広い。


「これ、確かに、鑑定なんて呼べる代物じゃないよな」


 蒼太は、乾いた笑いを漏らした。


 ---


「でも」


 蒼太は、ふと、別のことを試してみたくなった。


「他人のことも、分かるのか?」


 たとえば、健太の過去とか。


 美穂の家族構成とか。


 そういう、個人的なことまで、勝手に分かってしまうのだろうか。


 試そうとして、蒼太は、手を止めた。


「……いや、これは、やめとこう」


 なんとなく、そこには手を出したくなかった。


 物や場所についての知識ならともかく、他人の内面や個人的な事情まで、勝手に覗き見るのは、なんだか違う気がした。


「知れることと、知っていいことは、別だよな」


 蒼太は、自分の中で、そんな線引きを決めた。


 理由は、うまく説明できない。


 ただ、なんとなく、それをしてしまったら、自分が自分でなくなるような気がした。


「まあ、そういうのは、今後もやめとくか」


 蒼太は、そう決めて、丘から立ち上がった。


 ふと、もう一つだけ、気になっていたことを思い出した。


「そういえば、魔王軍って、実際どんな状況なんだろう」


 召喚された日、王城で「魔王軍が勢力を拡大している」と説明された。


 けれど、具体的にどういう状況なのか、詳しくは教えられていない。


 蒼太は、もう一度腰を下ろして、目を閉じた。


「魔王軍の現状について」


 思った瞬間、頭の中に、情報が流れ込んできた。


 魔王軍と人族の国々が、長年にわたって小競り合いを続けていること。


 ここ数年は、大きな戦闘こそないものの、国境付近での緊張状態が続いていること。


 そして、魔族の側にも、必ずしも戦争を望んでいない者が多くいること。


「あれ、思ったより、緊迫した感じじゃないな」


 蒼太は、少し意外に思った。


 王城での説明は、もっと切迫した危機のように聞こえていた。


「まあ、勇者召喚するくらいだから、それなりに深刻なんだろうけど」


 蒼太は、そう自分を納得させながら、頭の中の情報を、いったん整理して脇に置いた。


 今の自分には、直接関係のない話だ。


 魔王討伐は、蓮たちの役目であって、自分の役目ではない。


 そう思っていた。


「まあ、俺には関係ない話か」


 そのときの蒼太は、まだ知らなかった。


 この魔王軍との関係が、いずれ自分の会社を通して、まったく違う形で繋がっていくことになるとは。


 ---


 宿へ戻る前に、蒼太は、もう一つだけ試してみたいことがあった。


「せっかくだから、実用的なことも聞いてみるか」


 丘の斜面に、もう一度腰を下ろす。


「今日、市場で一番安く仕入れられる食材は?」


 思った瞬間、頭の中に、市場の相場感覚が流れ込んできた。


 今日は、隣街からの輸送が多く、根菜類が普段より安くなっていること。


 逆に、天候の影響で、乾物の値段が上がっていること。


「これ、完全に商売に使えるやつじゃないか……」


 蒼太は、思わず声を漏らした。


 薬草や魔物素材の価値だけじゃない。


 市場全体の動きまで、こうして把握できてしまう。


「試しに、もう一つ」


「この街で、一番人気のある依頼の種類は?」


 ――採取系の依頼が最も多く受注されているが、達成率は五割程度。討伐系は報酬が高いが、受注者が少なく、慢性的な人手不足。


「なるほど、討伐系はやっぱり人が足りてないのか」


 蒼太は、頭の中に浮かんだ情報を、しばらく眺めていた。


 これまでは、目の前の依頼をこなすだけで精一杯だった。


 けれど、こうして街全体の状況を俯瞰できるなら、もっと効率的な動き方ができるかもしれない。


「これ、使い方次第で、めちゃくちゃ強い力なんじゃないか」


 蒼太は、そうつぶやきながら、少しだけ興奮している自分に気づいた。


 金を稼ぐためだけじゃない。


 何かを、もっと大きく動かせるかもしれない。


 そんな予感が、頭の片隅をかすめた。


 たとえば、人手が足りない依頼と、仕事を探している人を、うまく結びつけられたら。


 そんな考えが、ふと頭に浮かんだ。


 けれど、蒼太はすぐに、その考えを自分で打ち消した。


「いや、さすがに、それは大げさか」


 今の自分は、ただの一人の冒険者だ。


 誰かと誰かを結びつける仕組みなんて、大それたことを考える立場にはない。


 そう思いながらも、その小さな思いつきは、なぜか頭の隅から離れなかった。


「まあ、いきなり大きいこと考えるのは、気が早いか」


 蒼太は、その考えを、ひとまず頭の隅に置いておくことにした。


 今はまだ、ただの、ちょっと便利なスキルを持った冒険者。


 けれど、その「ちょっと便利」の中身が、想像していたよりずっと大きいことだけは、はっきりと分かった。


「そういえば」


 蒼太は、ふと気になって、自分の体の状態を確かめてみた。


 これだけ次から次へと知識を引き出しているのに、疲労感のようなものは、まったくない。


 魔力を使う魔法や身体強化とは、明らかに違う感覚だった。


「魔力は使ってない、のか?」


 試しに、魔力の残量を意識してみる。


 朝起きたときと、ほとんど変わっていないようだった。


「知識鑑定自体は、魔力を消費しない、ってことか」


 これも、新しい発見だった。


 魔法のように、使いすぎて枯渇する、ということはなさそうだ。


「じゃあ、理論上は、ずっと使い続けられるのか」


 その事実に、蒼太は、また少し興奮を覚えた。


 制限がほとんどない力。


 そう考えると、余計にその大きさが、実感として迫ってくる。


「まあ、だからって、無闇に使いまくるのも、なんか違う気がするけど」


 蒼太は、そう自分に釘を刺しながら、丘を降り始めた。


 ---


 宿に戻ると、ちょうど健太たちが、夕方の仕事を終えて戻ってきたところだった。


「あ、蒼太。今日、依頼なかったんだっけ」


 健太が、気軽に声をかけてくる。


「うん、今日はオフだった」


「珍しいな。じゃあ、ゆっくりできたか?」


「まあ、それなりに」


 蒼太は、少し言葉を濁した。


 今日分かったことを、どこまで話すべきか、まだ整理がついていない。


 けれど、食堂に集まって、みんなの顔を見ているうちに、蒼太は自然と口を開いていた。


「実は、今日、ちょっとやばいこと分かった」


「やばいこと?」


 美穂が、心配そうな顔をした。


「いや、悪いことじゃなくて。俺の鑑定、対象物がなくても、発動するみたいなんだ」


「……は?」


 隼人が、箸を止めた。


「対象物、いらないってこと?」


「うん。何も見ずに、頭の中で『知りたい』って思うだけで、答えが出てくる」


 蒼太は、丘の上で試したことを、一つずつ説明していった。


 王都の地下水路。


 この国の歴史。


 魔法学院の場所。


 聞いていた三人は、次第に言葉を失っていった。


「それ……マジで、なんでも分かるってことか?」


 健太が、震える声で言った。


「たぶん、そうなんじゃないかと思う。まだ全部は試してないけど」


「試してないって、なんで」


「なんとなく、怖くて」


 蒼太は、正直にそう答えた。


「あと、他人の個人的なことは、たぶん分かっても知りたくないから、試してない」


「まあ、そういうもんかね……」


 美穂も、複雑そうな表情を浮かべていた。


「でも、蒼太が悪用するようなタイプじゃないの、みんな分かってるから」


「悪用って言葉が出てくるあたり、やっぱりそれだけ大きい力なんだな」


 蒼太は、苦笑しながらつぶやいた。


 自分では、まだそこまで実感が湧いていない。


 けれど、周りの反応を見ていると、この力の大きさが、じわじわと現実味を帯びてくる。


 ---


「でもさ」


 美穂が、恐る恐る口を開いた。


「そんな力があるって、王城の人たち、知ってるのかな」


「いや、知らないと思う。俺自身、今日初めて気づいたし」


「もし知られたら、どうなるんだろう」


 美穂の言葉に、食卓が一瞬、静まり返った。


「まあ、面倒なことにはなりそうだよな」


 健太が、腕を組みながらつぶやいた。


「勇者より使えるスキルだって話になったら、逆に王城に呼び戻されるかもしれない」


「それは、正直勘弁してほしいかな」


 蒼太は、思わず苦笑した。


「あそこで、散々役立たず扱いされたのに、今さら都合よく利用されるのは、ちょっと違う気がする」


「だよな」


 健太が、あっさりと同意した。


「じゃあ、しばらくは、この話、俺たちだけの秘密ってことで」


「うん、そうしてもらえると助かる」


 蒼太は、ほっとしたように頷いた。


 四人だけの、小さな秘密。


 それが、なんとなく、心強く感じられた。


「にしても」


 健太が、少し真面目な顔になって言った。


「これ、俺たちだけの秘密にするにしても、いつまでも隠しきれるもんじゃないと思うぞ」


「まあ、それはそうだよな」


 蒼太も、素直にうなずいた。


「これだけ依頼をこなしてれば、いずれ、何かのきっかけで気づかれるかもしれない」


「そのときは、そのとき考えよう」


 蒼太は、あっさりとそう言った。


「今から先回りして心配しても、しょうがないし」


「相変わらず、肝が据わってるな、お前」


 健太が、感心したように笑った。


「でも、蒼太」


 隼人が、ふと真剣な顔で言った。


「その力、これからどう使っていくつもりなんだ?」


「どう、って?」


「対象物なしで、この世界のことがほとんど分かるなら、正直、冒険者の依頼をこなすだけじゃ、もったいない気がする」


 隼人の言葉に、蒼太は少し考え込んだ。


「まあ、正直、まだ何も決めてない。今日気づいたばっかりだし」


「そうだよな。急かすつもりはないんだけど」


「ただ」


 蒼太は、丘で感じた予感を、思い出しながら続けた。


「街全体の動きとか、依頼の傾向とか、そういうのも分かるみたいなんだ。だから、うまく使えば、みんなの仕事も、もっと効率よくできるかもしれない」


「俺たちの仕事も?」


 美穂が、興味深そうに身を乗り出した。


「うん。美穂の薬草採取なら、どこにどんな薬草が多いか、事前に見当をつけられると思うし。隼人の帳簿仕事も、どの商会が今、人手を探してるか、分かるかもしれない」


「それ、めちゃくちゃ助かるやつだ」


 隼人が、目を輝かせた。


「健太の荷物運びも、どのルートが今、依頼が多いか分かれば、効率よく回れると思う」


「マジか。それは頼もしいな」


 健太も、乗り気な様子でうなずいた。


「じゃあ、明日から、ちょっと試してみるか。俺の力で、みんなの仕事、もう少し楽にできないか」


 蒼太がそう言うと、三人とも、それぞれの表情で頷いた。


 小さな思いつきだったが、それは後になって、蒼太自身も予想していなかった大きな流れの、最初の一歩になる。


 けれど、今の蒼太には、まだそんな未来は見えていなかった。


 ただ、目の前の仲間の役に立てることが、単純に嬉しかっただけだった。


 ---


 食事の後、蒼太は一人、宿の部屋に戻った。


 ベッドに横になりながら、今日一日の出来事を、もう一度振り返る。


 対象物がなくても、知識が手に入る。


 その事実は、今も、まだ実感として馴染んでいない。


「これ、この世界のこと、ほとんど知れるってことだよな」


 歴史。


 地理。


 魔法。


 技術。


 政治。


 経済。


 考えれば考えるほど、その可能性の大きさに、頭がくらくらしてくる。


「でも」


 蒼太は、天井を見つめながら、小さくつぶやいた。


「知識があるってだけじゃ、まだ何も変わらないんだよな」


 薬草の知識があっても、実際に採取に行かなければ、金にはならない。


 魔法理論が分かっても、練習しなければ、まともに使えない。


「知ってる」ことと、「できる」こと、「やる」ことは、それぞれ別の話だ。


「まあ、焦らず、これからも少しずつ試していくか」


 蒼太は、そう自分に言い聞かせて、目を閉じた。


 自分の力の全貌は、まだ、少しも見えていない。


 けれど、それを少しずつ確かめていく過程そのものが、思いのほか、楽しくなっている自分がいた。


「明日は、また依頼、頑張るか」


 異世界での日々は、まだまだ、始まったばかりだった。


 ――第8話へ続く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。