第6話「これ、鑑定じゃないだろ」
その日の夜、宿の食堂で、蒼太たち四人はテーブルを囲んでいた。
「そういえば、俺たち、ずっと名字で呼び合ってるよな」
田中が、ふと思いついたように言った。
「言われてみれば、そうですね」
木村が、スープを口に運びながらうなずく。
「日本にいたときならともかく、こっちだと、みんな名前呼びが普通っぽいですし」
佐藤さんも、同意するようにうなずいた。
「異世界まで来て、田中さん佐藤さんって、なんか他人行儀じゃないか」
「まあ、確かに」
蒼太も、少し笑いながら同意した。
考えてみれば、この四人は、王城から追い出されて以来、ずっと一緒に行動している。
もう、他人行儀な呼び方をする距離感でもない。
「じゃあ、俺から。田中健太です。健太でいいよ」
田中――健太が、そう言って笑った。
「佐藤美穂です。美穂で大丈夫です」
「木村隼人です。隼人でお願いします」
「鈴木蒼太です。もう呼んでくれてる方もいますが、改めて蒼太でお願いします。」
改めて名乗り合うのも、なんだか変な感じがしたが、それぞれが少しくすぐったそうに笑っていた。
「よし、これからは名前で呼び合おう」
健太が、そう言ってグラスを軽く掲げた。
「異世界での結束、みたいな」
「大げさですね」
隼人が、苦笑しながらも、同じようにグラスを掲げた。
「まあ、いいじゃないですか。これから頼りにする仲間なんですし」
美穂も、笑顔でそれに続いた。
蒼太も、なんとなく温かい気持ちで、グラスを合わせた。
異世界に来て、たった数日。
けれど、この四人での関係は、思った以上に居心地が良くなっていた。
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翌朝、蒼太がギルドに顔を出すと、ガレスが受付の前で待っていた。
「おう、蒼太。ちょうどいいところに」
「おはようございます」
「今日、ちょっと変わった依頼を受けようと思っててな。お前の鑑定、また借りたいんだが」
「変わった依頼、ですか」
「街の外れに、古い遺跡がある。最近、そこに調査依頼が出ててな。中に古い石板があるらしいんだが、内容が誰にも読めないらしい」
「読めない石板、ですか」
「学者連中も匙を投げたって話だ。まあ、俺たちの実力じゃ内容までは分からんが、状況の把握くらいはできるかと思ってな」
「なるほど。俺で役に立つなら、ぜひ」
蒼太は、二つ返事で了承した。
正直、遺跡という響きに、少しわくわくしている自分がいた。
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遺跡は、森を抜けた先の、小高い丘の上にあった。
崩れかけた石造りの建物が、蔦に覆われている。
「昔の神殿跡らしい。かなり古いものだと言われてる」
ガレスが、慣れた様子で説明しながら、先頭を歩いていく。
リサ、ジン、ドルフも、いつも通りの装備で後に続いた。
内部は、思ったより広かった。
崩れた柱の間を抜けると、奥に、大きな石板が据えられているのが見えた。
表面には、見たこともない文字が、びっしりと刻まれている。
「これが、噂の石板か」
ガレスが、石板の前で立ち止まった。
「学者が匙を投げたって言ってましたよね」
「ああ。この国の言語とも、他の種族の言語とも、まるで違う文字らしくてな」
蒼太は、その石板をしげしげと眺めた。
見たことのない文字だ。
読めるはずが、ない。
「一応、試してみますね」
蒼太は、石板に向かって手をかざした。
「知識鑑定」
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次の瞬間。
蒼太の視界に、文字の意味が、そのまま浮かび上がってきた。
「――え」
読めない、はずの文字だった。
なのに、書かれている内容が、まるで日本語で書かれているかのように、すんなりと頭に入ってくる。
「これ、古代の神殿を守るための、結界の起動文らしいです。あと、神殿の由来と、当時の祭祀の手順が書いてあります」
「――は?」
ガレスが、目を丸くした。
「お前、この文字、読めるのか?」
「いや……読めないはずなんですけど、なぜか、意味が分かるんです」
蒼太自身、困惑していた。
薬草や魔法理論を鑑定したときとは、明らかに感覚が違う。
あのときは、対象物についての「知識」が流れ込んできた。
今回は、対象物に書かれている「情報そのもの」が、翻訳されたかのように、直接理解できてしまっている。
「これ、鑑定じゃないだろ……」
蒼太は、思わずつぶやいた。
普通の鑑定スキルが、未知の古代言語をその場で解読できるなんて、聞いたことがない。
「おい、大丈夫か、蒼太」
ガレスが、心配そうに声をかけてきた。
「あ、はい、大丈夫です。ちょっと、自分でも驚いてて」
蒼太は、動揺を隠しながら、もう一度石板に視線を向けた。
刻まれた文字の意味が、次から次へと頭に流れ込んでくる。
神殿が建てられた年代。
祀られていた神の名前。
儀式の詳細な手順。
「これ全部、俺、読めてます……というか、分かります」
「マジかよ。学者が何年もかけても読めなかったって聞いたぞ」
リサが、驚いた声を上げた。
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「なあ、蒼太」
ガレスが、少し声を潜めて聞いてきた。
「お前のその鑑定、本当にただの鑑定スキルなのか?」
「正直、俺にもよく分かりません」
蒼太は、素直に答えた。
「王城では、既存の鑑定士と同じだろうって、あまり相手にされなかったんですけど。使えば使うほど、なんか、規模がでかい気がしてて」
「規模がでかい、ってレベルじゃない気がするけどな、これは」
ガレスは、石板と蒼太を交互に見ながら、腕を組んだ。
「まあ、いい。今日の依頼は、この石板の内容を報告することだ。詳しく教えてくれるか」
「はい、分かる範囲で」
蒼太は、石板に刻まれた内容を、順を追って説明していった。
古代の神殿の役割。
かつてここで行われていた儀式。
そして、結界を維持するための術式。
ガレスたちは、その説明を、羊皮紙に丁寧に書き留めていった。
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遺跡の調査を終えて、ギルドへの帰り道。
蒼太は、少し考え込みながら歩いていた。
「対象物があれば、知識が分かる。ここまでは、これまでと同じだと思うんだけど」
薬草。
魔法理論。
地図。
装備の状態。
どれも、目の前にある「物」を介して、知識を得ていた。
「でも、今回のは、ちょっと違う気がする」
物についての知識を得たのではなく、物に刻まれた「情報」そのものを、直接理解してしまった。
まるで、あらかじめ、あの文字の意味を知っていたかのように。
「じゃあ、もし対象物がなかったら、どうなるんだ……?」
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。
たとえば、何も見ずに、「この国の歴史を知りたい」と考えただけで、答えは出るのだろうか。
「試してみるか……いや、やめとくか」
蒼太は、その疑問を、なんとなく後回しにした。
理由は、はっきりしない。
ただ、少しだけ、怖い気もした。
自分の能力の底が、思っていたよりずっと深いところにあるかもしれない。
そのことに、まだ心の準備ができていなかった。
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ギルドに戻ると、依頼主らしき学者風の初老の男が、ガレスたちの報告を心待ちにしていた。
「調査、ご苦労だった。それで、石板の内容は――」
「実は、うちのメンバーが、内容を読み解いてくれまして」
ガレスが、蒼太を紹介する。
「彼が、ですか?」
学者は、驚いた顔で蒼太を見た。
「あの文字は、専門家でも解読できなかったはずですが」
「まあ、詳しい経緯は省きますが、内容はこちらに」
蒼太は、頭の中の記憶を頼りに、石板の内容を改めて説明した。
神殿の由来。
祀られていた神。
結界の術式。
学者は、話を聞くうちに、みるみる興奮した表情になっていった。
「これは、素晴らしい……! 長年の謎が、たった一日で解けるとは」
「お役に立てたなら、良かったです」
「ぜひ、詳しい話を聞かせていただきたい。報酬とは別に、謝礼を用意しますので」
学者の申し出に、蒼太は少し戸惑いながらも、了承した。
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その日の夜、蒼太はガレスたちと別れて、いつもの宿へ戻った。
食堂には、健太、美穂、隼人が、すでに揃っている。
「あ、蒼太、遅かったな」
健太が、席を空けながら声をかけてきた。
「今日は、なんかすごいことになりまして」
蒼太は、遺跡での出来事を、かいつまんで話した。
「読めないはずの古代文字が、なぜか読めた、って、それもう鑑定の範疇超えてないか?」
健太が、驚いた顔で言った。
「俺もそう思います。自分でも、びっくりしてます」
「蒼太のスキル、聞けば聞くほど規格外ですね」
隼人が、興味深そうにつぶやいた。
「王城で『鑑定士なら足りてる』って言われたのが、逆に信じられないくらいです」
「まあ、王国側からすれば、地味なスキルにしか見えなかったんでしょうね」
美穂が、苦笑しながら言った。
「でも、実際使ってみると、全然そんなことないですよね」
「正直、自分でも、どこまでできるのか、まだ全然わかってない」
蒼太は、スープをすくいながら、素直な気持ちを口にした。
「ただ、なんとなく、思ってたよりずっと大きい力なんだろうな、とは感じてる」
「頼もしいような、ちょっと怖いような話ですね」
隼人が、そう言って笑った。
「まあ、蒼太が変な使い方しないなら、心配ないと思うけどな」
健太が、あっさりと言った。
「お前、悪いことに使うようなタイプじゃないだろ」
「まあ、面倒なことは、なるべく避けたいタイプではありますね」
蒼太が答えると、みんなが小さく笑った。
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食事を終えて、部屋に戻った蒼太は、ベッドに横になりながら、今日一日を振り返っていた。
古代文字が、なぜか読めた。
対象物を介しているとはいえ、これまでとは明らかに違う手応えがあった。
「知識鑑定、思ってたよりずっと、規模の大きい能力なのかもしれない」
薬草の知識。
魔法理論。
身体強化。
そして、未知の言語の解読。
一つ一つは、対象物があってこそ発動している。
けれど、その範囲は、明らかに広がり続けている。
「これ、どこまで広がっていくんだろうな」
蒼太は、天井を見上げながら、そんなことを考えた。
まだ、答えは出ない。
けれど、確実に言えることが一つあった。
自分のこのスキルは、王城で言われたような、ただの「鑑定」ではない。
「まあ、焦らず、少しずつ試していくか」
蒼太は、そうつぶやいて目を閉じた。
異世界での日々の中で、自分の力の輪郭が、少しずつ、はっきりと形になり始めていた。
――第7話へ続く。




