第5話「俺、普通に強くなれるじゃん」
朝、ギルドの前で待っていたのは、昨日声をかけてきたがっしりした男だった。
「おう、来たな」
「おはようございます」
「俺はガレスだ。よろしく頼む」
ガレスと名乗った男の後ろには、他に三人の冒険者がいた。
弓を背負った女性。
槍を持った若い男。
そして、盾を構えた大柄な男。
「こっちは俺のパーティーの、リサ、ジン、ドルフだ」
「鈴木蒼太です。よろしくお願いします」
「話は聞いてる。鑑定持ちなんだって?」
弓使いのリサが、興味深そうに蒼太を見た。
「はい、一応」
「今日の依頼は、ウルフの巣の調査だ」
ガレスが、地図を広げながら説明を始めた。
「森の奥に、ウルフの群れが住み着いてる巣がある。討伐依頼ってわけじゃないが、素材を集めつつ、群れの規模を確認する仕事だ」
「素材集め、ですか」
「ウルフの牙や毛皮は、いい値で売れる。ただ、素材によって質にばらつきがあってな。その見極めを、お前に頼みたい」
「なるほど」
蒼太は、状況をだいたい理解した。
戦闘は、ガレスたちが担当する。
自分の仕事は、あくまで素材の選別だ。
「危なくなったら、すぐに下がってくれ。俺たちが守るから、無理に前に出るなよ」
「分かりました」
蒼太は、素直にうなずいた。
戦う気は、もとよりない。
「あ、そういえば」
蒼太は、歩き出す前に、ふと思いついたことを聞いてみた。
「ウルフって、どんな魔物なんですか?」
「知らないのか?」
ジンが、少し意外そうな顔をした。
「まあ、こっちに来てまだ三日なんで」
「灰色の毛並みをした、犬型の魔物だ。群れで行動する。単体ならそこまで強くないが、数で囲まれると厄介だ」
「なるほど」
蒼太は、話を聞きながら、頭の中でもウルフについて鑑定をかけてみた。
――ウルフ:群れで狩りをする獣型魔物。牙と爪による攻撃が主体。嗅覚が鋭く、逃げる相手を執拗に追う習性がある。
「嗅覚が鋭いのは、覚えておいた方がいいかもですね」
「よく知ってるじゃねえか」
ガレスが、少し驚いた顔をした。
「今、鑑定したので」
「その場で分かるのか、そんなことまで」
「そうみたいです」
蒼太が答えると、ガレスたちは顔を見合わせて、なるほどな、という表情を浮かべた。
「なら、なおさら心強いな。行くぞ」
「はい」
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森の奥へ進むにつれて、木々が密になっていく。
昨日訪れた薬草の森とは、明らかに雰囲気が違った。
「ここから、少し気を引き締めろ」
ガレスの声も、心なしか低くなる。
蒼太は、周囲の気配に耳を澄ませながら、ガレスたちの後をついていった。
しばらく進むと、リサが手で合図を出した。
「前方に、複数の反応」
全員が、足を止める。
木々の隙間から、灰色の毛並みをした狼のような魔物が、数頭見えた。
「ウルフだ。三……いや、五頭か」
ガレスが、小声でつぶやいた。
「蒼太、後ろに下がっとけ」
「はい」
蒼太は、言われた通り、木の陰に身を寄せた。
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戦闘は、あっという間に始まった。
ドルフが盾を構えて前に出る。
ジンが槍で牽制し、リサが弓で援護する。
ガレスは、剣を構えて、群れの中心に切り込んでいった。
「うわ、本物の戦闘だ……」
蒼太は、木の陰から、その様子を見ていた。
正直、思っていたより迫力がある。
ウルフの咆哮。
金属がぶつかる音。
土煙。
「あ――」
ふと、視界の端で動くものに気づいた。
一頭のウルフが、戦線から離れて、こちらに向かって走ってくる。
「うわっ」
蒼太は、思わず後ずさった。
ウルフは、明らかに蒼太を狙っている。
「蒼太、逃げろ!」
ガレスの叫び声が聞こえたが、逃げる間もなかった。
ウルフが、蒼太めがけて飛びかかってくる。
「――!」
考えるより先に、体が動いた。
昨日、街の路地裏で試した身体強化。
その理論が、頭の中に一瞬で浮かぶ。
魔力を、足に、腕に、一気に巡らせる。
「うおおっ!」
蒼太は、飛びかかってきたウルフを、とっさに横へ避けた。
自分でも驚くほどの速さで、体が動いた。
「な……」
避けたと同時に、火魔法の理論も頭をよぎる。
反射的に、手のひらをウルフに向けていた。
「――出ろ!」
先日よりも、はるかに大きな炎が、手のひらから放たれた。
炎は、ウルフの横をかすめて、地面を焦がした。
ウルフが、驚いたように後ずさる。
その隙に、追いついたガレスが、剣を一閃させた。
ウルフが、その場に崩れ落ちた。
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「――大丈夫か、蒼太!」
ガレスが、駆け寄ってくる。
「は、はい……なんとか」
蒼太は、自分の手を見つめながら、呆然とつぶやいた。
心臓が、まだ激しく脈打っている。
だが、それ以上に、驚いていることがあった。
「今の、避けられた……普通に」
昨日、街で身体強化を試したときは、多少ぎこちない動きだった。
なのに、今は、恐怖と反射の中で、ほとんど無意識にウルフの攻撃をかわしていた。
「お前、鑑定持ちじゃなかったのか」
ドルフが、驚いた顔で聞いてきた。
「一応、そうなんですけど……」
「今の避け方、素人のそれじゃなかったぞ。おまけに、あの火魔法」
「まあ、多少は使えます……使えるみたいです」
蒼太は、曖昧に答えた。
自分でも、まだ状況が飲み込めていない。
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その後、ガレスたちが、残りのウルフを問題なく討伐した。
蒼太は、討伐が終わったウルフに向かって、次々と知識鑑定をかけていった。
牙の状態。
毛皮の品質。
素材としての価値。
「これは、上質な毛皮ですね。傷が少ないので、防具素材として高く売れると思います」
「こっちの牙は、少し欠けてるので、そこそこの値段になるかと」
蒼太の言葉に、ガレスたちが感心した様子でうなずいた。
「本当に、いい仕事するな、お前」
「いや、俺は見るだけなんで、実際に狩ってるのはガレスさんたちですし」
「それでも、この見極めがあるとないとじゃ、全然違うんだよ」
ガレスが、素材を袋に詰めながら言った。
「素材によって、買い取り価格が二倍近く変わることもある。それを見誤らずに済むのは、地味にでかい」
「そう言ってもらえると、ありがたいです」
蒼太は、少し照れくさくなりながら答えた。
「なあ」
盾を持ったドルフが、ふと口を開いた。
「お前、その鑑定、俺たちの装備にも使えるのか?」
「装備、ですか」
「今使ってる盾、そろそろ寿命な気がしてるんだが、自分じゃよく分からなくてな」
「見てみましょうか」
蒼太は、ドルフの盾を借りて、鑑定をかけてみた。
――鉄製の丸盾。表面に複数の亀裂あり。あと数回の衝撃で破損する可能性が高い。買い替え推奨。
「これ、結構ギリギリですね。次の戦闘で壊れてもおかしくないくらいです」
「マジか」
ドルフの顔が、目に見えて青ざめた。
「今日、生き残れてよかったな、俺」
「大袈裟だな、お前」
ガレスが笑いながら、ドルフの肩を叩いた。
「でも、笑えないな。装備の状態を、その場で見てもらえるのは、正直かなり助かる」
「今度、街の防具屋に行くときも、一緒に来てもらえないか。買い替えの見極め、頼みたい」
「はい、いいですよ」
蒼太は、そう答えながら、自分のスキルの使い道が、また一つ増えたことに気づいていた。
素材の選別だけじゃない。
装備の状態管理。
もしかしたら、パーティー全体の安全管理にも、役立てられるかもしれない。
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森からの帰り道、蒼太は自分の体を動かしながら、先ほどの出来事を振り返っていた。
「あの動き、なんだったんだろう」
理論は知っていた。
けれど、あそこまで滑らかに動けるとは、思っていなかった。
「もしかして、これ」
蒼太は、隣を歩くリサに、ふと尋ねてみた。
「さっき、俺が避けたときの動き、素人っぽかったですか」
「いや、全然」
リサは、あっさり首を振った。
「むしろ、変な力みがなくて、綺麗な避け方だった。修羅場をくぐった奴の動きって感じ」
「修羅場、くぐってないんですけどね、俺」
「じゃあ、才能なんじゃないか」
リサは、軽い調子でそう言った。
蒼太は、その言葉に、少しだけ引っかかりを覚えた。
才能というより、たぶん違う。
「知識と体は別」だと思っていたのに、なぜか今日は、知識が体にすっと馴染んでいた。
「もしかして、緊迫した場面だと、経験が一気に追いつく、みたいなこともあるのか?」
その疑問は、すぐには答えが出なかった。
けれど、なんとなく、自分の力の底が、まだ全然見えていない気がした。
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ギルドに戻ると、素材の買い取りが行われた。
ガレスたちの取り分に加えて、蒼太にも、素材選別の報酬として銀貨三十枚が支払われた。
「今日はありがとな。また頼むかもしれん」
「はい、いつでも声かけてください」
蒼太は、ガレスたちと別れて、ギルドの隅で一息ついた。
今日一日の稼ぎを、頭の中で計算する。
素材選別の報酬、銀貨三十枚。
昨日と今日の稼ぎだけで、金貨換算で二十枚を超えていた。
「王城から追い出されて、まだ三日目なんだけどな」
蒼太は、そう独り言をこぼしながら、小さく笑った。
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「蒼太くん、お待たせしました」
声をかけてきたのは、佐藤さんだった。
約束していた通り、今日の午後は、一緒に薬草採取に出かける予定だった。
「あ、佐藤さん。すみません、ちょっと時間かかっちゃって」
「大丈夫ですよ。何かあったんですか?」
「いや、ちょっといろいろありまして」
蒼太は、簡単に今日の出来事をかいつまんで話した。
ウルフに襲われかけたこと。
とっさに身体強化と魔法で対応できたこと。
「え、蒼太くん、戦えるんですか?」
佐藤さんが、目を丸くした。
「いや、戦うのは無理です、たぶん。今日はたまたまで」
「たまたまで、ウルフを避けられるものなんですかね……」
佐藤さんは、半信半疑といった様子だった。
「まあ、それより、薬草採取、行きましょうか」
蒼太は、話を切り上げるように、森の方へ足を向けた。
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森に入ると、佐藤さんは、蒼太が見つけた薬草を一つ一つ丁寧に確認していった。
「これは、いい状態ですね。この時期に採れるものとしては、かなり質がいいです」
「そうなんですか?」
「調薬士のスキル、意外と細かく分かるんですよ。この葉の色艶とか、香りの強さとか」
佐藤さんは、慣れた手つきで葉を選別していく。
「蒼太くんの鑑定は、場所を見つけるのが得意。私の調薬士は、状態を見極めるのが得意。役割分担すると、すごくやりやすいですね」
「そうですね。俺一人だと、細かい品質差までは分からなかったんで」
蒼太は、鑑定で成分や効能は分かっても、微妙な品質の良し悪しまでは、佐藤さんほど細かく判断できないことに気づいていた。
同じ知識でも、経験を積んだ人間の感覚には、まだ及ばない部分がある。
「これ、二人でやると、効率が全然違いますね」
佐藤さんの表情は、朝会ったときより、明らかに明るくなっていた。
「昨日までは、正直、この世界で私、何もできないんじゃないかって思ってたんですけど」
「そんなことないと思いますよ」
「蒼太くんのおかげです」
佐藤さんは、そう言って、はにかむように笑った。
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森を歩いていると、少し開けた場所で、若い男が一人、しゃがみ込んでいるのが見えた。
年齢は、蒼太たちと同じくらいだろうか。
粗末な革鎧を着て、地面に落ちている木の実を、何やら熱心に観察している。
「あれ、何してるんでしょう」
佐藤さんが、不思議そうに首をかしげた。
蒼太は、なんとなく気になって、声をかけてみた。
「何か採取してるんですか?」
「あ、いや……その」
男は、びくっと肩を揺らして振り返った。
「すみません、怪しいものじゃないです。ただ、この実、薬になるんじゃないかと思って、見てたんですけど」
「見せてもらっていいですか」
蒼太は、男が手にしていた木の実を、鑑定してみた。
――解毒作用のある果実。乾燥させて粉末にすると、軽度の毒に効果を発揮する。
「これ、当たりですよ。解毒に使える果実です」
「本当ですか!」
男の顔が、ぱっと明るくなった。
「実は、俺、冒険者になったばかりで、全然稼げてなくて。せめて、薬草とか採取できないかって、独学で調べてたんです」
「独学で、それに気づいたんですか」
蒼太は、少し驚いた。
自分は鑑定という反則的なスキルがあるから分かることを、この男は、自分の観察と勘だけで見抜いていた。
「植物の見分け方、結構詳しいんですね」
「昔から、田舎で薬草採りの手伝いをしてたので。こっちの世界の植物とは違いますけど、なんとなく、似た特徴のものは分かる気がして」
「それ、結構すごい才能だと思いますよ」
蒼太が言うと、男は照れくさそうに頭をかいた。
「才能ってほどじゃ……でも、そう言ってもらえると、嬉しいです」
「もしよかったら、俺の連れの佐藤さんが、調薬士なんです。今度、一緒に採取してみませんか。多分、いろいろ教えてもらえると思いますよ」
「え、いいんですか」
男の声が、思わず弾んだ。
「もちろん」
蒼太は、そう答えながら、内心で少し面白いことに気づいていた。
この男には、鑑定という反則スキルはない。
けれど、自分の観察力と経験だけで、薬草の目利きにたどり着いていた。
「向いてる仕事って、スキルの名前だけじゃ、分からないもんだな」
その気づきは、まだぼんやりとした形にしかなっていなかった。
けれど、頭の片隅に、確かに残った。
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その日の夕方、蒼太たちは、大量の薬草を抱えてギルドへ戻った。
査定の結果、依頼報酬に加えて、良質な薬草の買い取り分が上乗せされ、佐藤さんの取り分だけで銀貨四十枚を超えた。
「こんなに……」
佐藤さんは、受け取った銀貨を見つめながら、しばらく言葉を失っていた。
「私、この世界でも、ちゃんと稼げるんですね」
「当たり前ですよ。佐藤さんの知識、ちゃんと役に立ってましたし」
「ありがとう、蒼太くん」
佐藤さんの声には、心からの安堵がにじんでいた。
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宿に戻ると、田中と木村が、今日の成果を報告し合っていた。
「俺は、荷馬車の護衛の手伝いで、銀貨十枚だ」
「俺は、商会の帳簿を見直して、計算ミスを何ヶ所か見つけたら、報奨金つきで銅貨八十枚もらいました」
「木村、地味に稼いでるな」
「地道な仕事ですけど、性に合ってるみたいです」
木村は、少し誇らしげに胸を張った。
「でも、正直、この街の商人さんたち、計算が結構ざっくりしてて。桁の見落としとか、単純な足し算ミスとか、多いんですよね」
「そういうもんなのか」
「はい。俺からすると、宝の山ですよ。直すだけで喜ばれるので」
木村の言葉に、田中が苦笑した。
「お前、それ、絶対このまま帳簿整理の仕事、増えていくパターンだろ」
「まあ、悪い流れじゃないと思ってます」
そこへ、蒼太と佐藤さんが合流した。
「二人とも、今日はどうだった?」
田中が尋ねると、佐藤さんが、少し興奮気味に今日の成果を話し始めた。
薬草採取が、思った以上にうまくいったこと。
蒼太との役割分担が、想像以上に効率的だったこと。
「へえ、それは良さそうだな」
田中が、感心したようにうなずいた。
「俺も今日、ちょっとすごいことがあって」
蒼太は、ウルフに襲われかけたときの話を、みんなに聞かせた。
「マジかよ。蒼太くん、鑑定だけじゃなかったのか」
田中が、驚いた声を上げる。
「いや、俺も、あそこまで動けるとは思ってなかったんですけど」
「知識鑑定って、本当にどこまでいけるんだろうな」
木村が、興味深そうにつぶやいた。
蒼太は、その言葉に、内心でうなずいていた。
自分でも、まだ全容がつかめていない。
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その夜、蒼太は宿の自室で、一人ベッドに横になっていた。
今日一日の出来事を、ゆっくり振り返る。
薬草採取。
パーティーへの同行。
ウルフとの遭遇。
とっさの身体強化と火魔法。
「俺、普通に強くなれるじゃん」
蒼太は、そうつぶやいて、思わず笑った。
昨日までは、まだ半信半疑だった。
魔法が使える。
身体強化ができる。
けれど、実際に命の危険がある場面で、無意識に体が動いたことで、その実感が、はっきりとした確信に変わっていた。
「知識があれば、動きもついてくる、ってことか」
もちろん、完璧ではない。
魔力の使い方も、身体の動かし方も、まだ粗削りな部分は多い。
けれど、少しずつ、確実に、自分の中で「使える」という感覚が育っている。
「明日は、もうちょっと試してみるか」
蒼太は、そうつぶやいて、目を閉じた。
異世界での日々が、少しずつ、想像していたのとは違う方向に転がり始めていた。
――第6話「これ、鑑定じゃないだろ」へ続く。




