第4話「異世界の街」
朝、蒼太は宿の硬いベッドで目を覚ました。
窓から差し込む光は、まだ弱い。
早朝、というくらいの時間帯だろう。
「……さて」
体を起こして、蒼太は昨日もらった革袋を開けた。
金貨十枚。
「これ、実際どれくらいの価値なんだろうな」
疑問に思って、革袋そのものを鑑定してみることにした。
「知識鑑定」
小さくつぶやく。
すると、頭の中に、この国の貨幣制度についての知識が流れ込んできた。
金貨一枚は、銀貨十枚。
銀貨一枚は、銅貨十枚。
つまり、金貨十枚は、銀貨百枚に相当する。
「なるほど、換算表が分かるのか」
さらに、街でよく使われる金額の相場まで浮かんでくる。
安宿一泊、銀貨三枚。
食堂の食事一食、銅貨五枚。
パン一個、銅貨二枚。
「――ってことは」
蒼太は、頭の中で計算してみた。
銀貨百枚あれば、安宿に三十三泊。
食事だけなら、二千食分。
「思ったより、余裕あるじゃん」
ほっとしたのも束の間、すぐに別の考えが浮かんだ。
宿代だけならもつが、道具代や装備、細々とした出費を考えると、案外あっという間に減っていきそうだ。
「まあ、無限に遊んで暮らせるわけじゃない、ってことか」
蒼太は、革袋を懐にしまいながら、小さくうなずいた。
そういえば、まともな装備も何も持っていない。
「道具くらいは、揃えといた方がいいよな」
宿を出る前に、蒼太は近くの道具屋に寄ってみることにした。
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道具屋は、木の看板に「よろず道具屋」と書かれた、小さな店だった。
扉を開けると、ナイフや革袋、ロープなど、いろんな道具が棚に並んでいる。
「いらっしゃい」
店主らしき、髭を生やした男が声をかけてきた。
「あの、採取用のナイフとか、袋とか、揃えたいんですけど」
「初心者だな。ちょっと待ってな」
店主は、慣れた様子でいくつか道具を見繕ってくれた。
採取用の小型ナイフ。
丈夫な布袋。
水を入れる革の水筒。
「これで、銀貨五枚だ」
「銀貨五枚……」
蒼太は、頭の中で昨日確認した相場を思い出した。
安宿一泊が銀貨三枚だったことを考えると、そこそこの出費だ。
けれど、依頼をこなすには最低限必要なものだろう。
「じゃあ、これで」
代金を払って、道具を受け取る。
念のため、ナイフに知識鑑定を使ってみた。
――鉄製、標準的な採取用ナイフ。切れ味は普通、耐久性も普通。
「まあ、変な粗悪品ではなさそうだな」
蒼太は、なんとなく安心して店を出た。
道具を買ったことで、少し身が引き締まる気がした。
腹も減ってきたので、宿の食堂に戻ることにする。
「おはよう、蒼太くん」
「おはようございます」
「朝飯、頼んどいたぞ」
田中の前には、パンとスープが並んでいる。
蒼太も同じものを注文して、席に着いた。
「これで銅貨いくらなんですか?」
「銅貨七枚だってさ」
「意外と安いんですね」
蒼太は、昨日鑑定した相場を思い出しながら、値段の感覚を確かめていた。
パンが銅貨二枚。
スープがついて銅貨七枚なら、まあ妥当な線だろう。
「蒼太くん、物価に詳しいな」
「昨日、ちょっと調べたので」
「相変わらず頼りになるな、その鑑定」
田中が、感心したように言った。
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朝食を終えると、蒼太は一人でギルドへ向かった。
田中たちは、まだ今後の方針を決めかねているようで、しばらく街を見て回ると言っていた。
蒼太は、掲示板の前で、依頼票を眺めた。
「薬草採取(森の外れ)報酬:銀貨八枚」
「街の見回り:報酬 銀貨五枚」
「食料品運搬:報酬 銀貨六枚」
薬草採取の依頼が、目に留まった。
昨日、露店で薬草を鑑定して、あっさり成分まで言い当てたことを思い出す。
「これ、俺にぴったりじゃないか」
蒼太は、その依頼票を受付に持っていった。
「この依頼、受けたいんですけど」
受付の女性職員が、少し驚いた顔をした。
「薬草採取ですか。森に行くのは、初めてですよね。大丈夫ですか?」
「たぶん、平気だと思います」
「一人でですか?」
「はい」
「うーん……」
職員は、少し心配そうな顔をしたが、最終的には依頼票にサインをしてくれた。
「森は危険もありますので、無理そうなら、すぐに引き返してくださいね」
「分かりました」
蒼太は、依頼票を受け取ると、地図を確認しながら森へ向かった。
途中、市場を通りかかると、露店がずらりと並んでいるのが見えた。
昨日、薬草の効能を言い当てて驚かれた店も、同じ通りにある。
「せっかくだし、寄っていくか」
店主の老婆が、蒼太の顔を見て、すぐに気づいた顔をした。
「おや、昨日の兄さんじゃないか」
「おはようございます」
「今日は何を探してるんだい」
「森に薬草採取に行くところなんですけど、この辺りで気をつけた方がいい薬草とか、ありますか」
「そうさねえ……」
老婆は、少し考えてから、いくつか名前を挙げてくれた。
見た目が似ていて間違えやすい毒草があること。
雨上がりの方が、香りの強い薬草が見つかりやすいこと。
蒼太は、それを聞きながら、頭の中の知識と照らし合わせていた。
だいたい合っている。
けれど、老婆の話には、鑑定では出てこない、実際に採取してきた人間ならではの感覚も混じっていた。
「参考になります、ありがとうございます」
「気をつけて行っといで」
蒼太は、老婆に軽く頭を下げて、市場を後にした。
知識だけじゃなくて、実際にやっている人の話を聞くのも、悪くない。
そんなことを思いながら、蒼太は改めて森へと足を向けた。
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王都の外に広がる森は、思ったより明るかった。
木漏れ日が差し込み、鳥の声もよく聞こえる。
「これが異世界の森か……」
物珍しさに、しばらくきょろきょろしながら歩いていたが、すぐに本題を思い出した。
「薬草、薬草っと」
依頼票に書かれていた薬草の絵を見ながら、それらしい植物を探す。
だが、実際に森に入ってみると、似たような緑の葉ばかりで、正直まったく見分けがつかない。
「地図は分かっても、これは経験がいるやつだな……」
昨日、地図を鑑定して、王都周辺の地形はある程度頭に入っていた。
けれど、実際にその地形の中を歩くのは、また別の話らしい。
木の根に足を取られて、何度かつまずいた。
「知識と体は、やっぱり別なんだな」
蒼太は、苦笑しながら立ち上がった。
そして、目の前にあった緑の葉に手をかざす。
「知識鑑定」
すると、頭の中に情報が流れ込んできた。
これは違う。
ただの雑草。
「じゃあ、これは」
隣の葉にも、同じように鑑定をかける。
これも違う。
食用にはなるが、依頼の薬草ではない。
「これも……あ、これだ」
三つ目の葉で、依頼票の薬草と一致した。
「解熱作用のある薬草、と」
蒼太は、その葉を丁寧に摘み取った。
摘み取りながら、ふと気づいたことがあった。
葉の裏側に、小さな虫食いの跡がある株と、まったくない株がある。
「知識鑑定」
もう一度、意識を向けてみる。
――虫食いのない株の方が、薬効成分の濃度が高い。
「へえ、そんな違いまであるのか」
蒼太は、感心しながら、なるべく状態の良い株を選んで摘み取るようにした。
同じ採取でも、選び方一つで品質が変わる。
これも、知識があるからこそ分かることだった。
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一つ見つかると、あとは早かった。
同じ種類の葉の特徴が、頭の中にはっきりと入っている。
似た形の葉を見つけては鑑定し、また見つけては鑑定する。
そのくり返しで、あっという間に依頼分の薬草が集まった。
「よし、これで依頼達成分」
蒼太は、袋に入れた薬草を確認しながら、ふと思いついた。
「せっかくだから、他にも珍しいのがないか、見てみるか」
森の中を、もう少しだけ歩き回ってみる。
すると、依頼票にはなかった、見慣れない紫色の花を見つけた。
「知識鑑定」
情報が流れ込んでくる。
――希少種の魔力草。
魔力回復ポーションの原料として、高値で取引される。
「これ、かなり価値ある薬草じゃないか?」
蒼太は、興奮を抑えながら、その花を丁寧に採取した。
さらに周囲を探すと、同じ花が、群生するようにいくつも咲いているのを見つけた。
数えてみると、全部で十二本もある。
「こんなに一気に……ラッキー」
すべて摘み取って、袋に入れる。
「よし、こんなもんかな」
十分な量を確保したところで、蒼太は森を後にした。
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ギルドに戻ると、受付の女性職員が、蒼太の顔を見て少しほっとした表情を見せた。
「戻られたんですね。よかった」
「はい、依頼分は集めてきました」
蒼太は、依頼票と一緒に薬草を差し出した。
職員が、薬草を確認する。
「はい、確かに依頼の薬草ですね。それでは報酬を――」
そこで、職員の手が止まった。
袋の中に、紫色の花が混ざっているのに気づいたようだった。
「これは……」
「あ、それはついでに見つけたので、一緒に」
「これ、魔力草じゃないですか!」
職員の声が、思わず大きくなった。
「え、はい、そうみたいですね」
「これ、滅多に見つからない品種ですよ! しかも、こんなにたくさん」
周りにいた冒険者たちも、何事かとこちらを見ている。
「これ、依頼とは別で買い取りますね。というか、買い取らせてください」
職員は、少し興奮した様子で査定を始めた。
「一本あたり、銀貨十五枚。これだけあると……」
計算する職員の指が、忙しく動く。
「十二本で、銀貨百八十枚になります!」
「銀貨百八十枚……」
蒼太は、思わず声を漏らした。
薬草採取の依頼報酬が銀貨八枚だったことを考えると、桁が違う。
「依頼報酬と合わせて、銀貨百八十八枚のお支払いになります」
「マジですか」
「マジです」
職員は、興奮気味に何度もうなずいた。
「新人さんで、ここまで見つけられる方、なかなかいませんよ」
「いや、たまたま見つけただけで」
「たまたまでこれは無理です」
職員は、笑いながらそう言い切った。
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支払われた銀貨を受け取りながら、蒼太は内心で驚いていた。
昨日もらった金貨十枚が、銀貨百枚。
今日一日の依頼だけで、その金額をあっさり超えてしまった。
「知識鑑定、思ったよりガチで稼げるスキルなんじゃないか……?」
周りの冒険者たちが、興味深そうにこちらを見ているのに気づいた。
「なあ、あんた、鑑定持ちだって?」
がっしりした体格の男が、話しかけてきた。
「はい、そうです」
「その鑑定、素材選別に強いってことか」
「まあ、たぶん」
「今度、俺のパーティーにも一枚噛んでもらえないか。ゴブリンの巣で、良い素材を見分けたいんだが」
「あ、いや、俺、戦闘は無理なんで」
蒼太は慌てて断った。
「戦闘は求めてない。素材を見分けてくれるだけでいい。もちろん、報酬は出す」
「それなら……」
蒼太は、少し考えた。
戦闘に参加しないなら、危険は少ない。
素材の価値を見抜くだけで、報酬がもらえるなら、悪くない話だ。
「じゃあ、お願いします」
「おう、頼んだ」
男は、満足そうにうなずいて去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、蒼太はもう一人、別の冒険者に声をかけられた。
「兄さん、鑑定持ちなら、ちょっとこれ見てくれないか」
四十代くらいの、痩せた男だった。
古びた指輪を、蒼太の前に差し出してくる。
「昔の遺跡で拾ったんだが、価値があるのかどうか、さっぱりでな」
「見てみますね」
蒼太は、指輪を受け取って鑑定した。
――銀製、特殊な魔法効果はなし。装飾品としての価値のみ。
「すみません、これ、特に魔法効果とかはなさそうです。銀の装飾品として、そこそこの値段にはなると思いますけど」
「そうか……まあ、それだけでも助かる。ありがとよ」
男は、少し残念そうにしながらも、礼を言って去っていった。
「鑑定って、こういう使い方もあるのか」
蒼太は、なんとなくその可能性に気づき始めていた。
物の価値を、その場で判断してあげる。
それだけで、誰かの役に立てるらしい。
「これ、もしかして依頼にならなくても、稼げる場面、結構ありそうだな」
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その日の夜、蒼太は宿で田中たちと合流した。
「蒼太くん、聞いたぞ。魔力草、大量に見つけたんだって?」
田中が、驚いた顔で聞いてきた。
「ギルドで話題になってましたよ」
木村も、興味津々といった様子だった。
「もう、依頼のパーティーに誘われてるんですって?」
佐藤さんまで知っている。
情報の広がる速さに、蒼太は少し戸惑った。
「まあ、なんとなく上手くいっただけです」
「なんとなくで銀貨百八十枚は出ないと思うけどな」
田中が、苦笑しながら言った。
「俺たちの方は、今日ようやく荷物運搬の依頼を一件終えて、銀貨六枚だったんだが」
「俺は、商店の帳簿整理の手伝いをして、銅貨五十枚でした」
木村も、少し肩を落としながら報告した。
「私は、まだ何をすればいいか、決めかねてて」
佐藤さんは、そう言って小さくため息をついた。
「調薬士のスキル、活かせそうな仕事、ないですかね」
「調薬士なら、需要はあるはずなんだけどな」
田中が、腕を組みながら言った。
「街の薬屋とか、回ってみました?」
「それが、どこも『弟子ならまだしも、いきなり雇うのは』って断られちゃって」
佐藤さんの声に、少し疲れがにじんでいた。
「実績がないと、なかなか信用してもらえないんですよね」
木村が、フォローするように口を挟む。
「俺も、帳簿整理の仕事、最初は半信半疑な顔をされましたし」
「みんな、それなりに苦労してるんだな」
田中が、ぽつりとつぶやいた。
その言葉に、蒼太はふと思いついた。
「佐藤さん、明日、俺と一緒に薬草採取、行ってみません?」
「え?」
「佐藤さんの調薬士のスキルなら、薬草の効能とか、俺よりよっぽど詳しいと思うんですよ。俺が場所を見つけて、佐藤さんが選別すれば、もっと効率よくなる気がします」
「なるほど……」
佐藤さんの目に、少しだけ光が戻った。
「やってみましょうか」
「はい」
蒼太は、そう答えながら、なんとなく自分の中で何かが動き出す感覚を覚えていた。
一人で稼ぐより、得意なことをそれぞれ持ち寄った方が、効率がいい。
そんな、単純だけど、まだこの世界では誰もやっていないらしいことに、気づき始めていた。
「あの、俺も何か手伝えることないですかね」
木村が、少し身を乗り出して言った。
「木村さんの計算スキルなら、収支の管理とか、向いてそうですけど」
蒼太が言うと、木村は目を輝かせた。
「それ、いいですね。薬草の仕入れ値と売値、ちゃんと記録しておけば、どのくらい儲かってるか、はっきり分かりますし」
「じゃあ、明日から三人で組みましょうか」
「俺は、力仕事なら手伝えるけど、荷物持ちくらいしかできることないな」
田中が、少し肩をすくめた。
「いや、荷物持ち、地味に助かりますよ」
蒼太が笑って言うと、田中も釣られて笑った。
「よし、じゃあ俺たちも、明日から便乗させてもらうか」
気づけば、なんとなく四人でのチームのような形ができあがっていた。
---
「今日一日で、いろいろ分かったな」
宿の自室に戻って、蒼太はベッドに横になった。
物価。
依頼の相場。
素材の価値。
そして、自分のスキルが、思った以上に金になるということ。
「知識鑑定、本当にとんでもないスキルなのかもしれない」
薬草を見分けるだけで、銀貨百八十枚。
普通に稼げる金額とは、明らかに桁が違う。
「これ、うまく使えば、生活どころじゃないんじゃ……」
そこまで考えて、蒼太は苦笑した。
「まあ、さすがに気が早いか」
それでも、今日一日で分かったことは大きかった。
自分の知識鑑定は、金にできる。
そして、自分だけでなく、他の人の得意なことも組み合わせれば、もっと効率よく回せる。
田中の力仕事。
佐藤さんの調薬知識。
木村の計算能力。
それぞれ、一人では中途半端に見えたスキルが、組み合わさると、案外ちゃんと形になりそうな気がした。
「明日から、佐藤さんと薬草採取、木村さんは収支管理、田中さんは荷物持ち、か」
蒼太は、指を折りながら、明日の予定を確認した。
まだ何かの組織と呼べるようなものではない。
ただの、四人での寄せ集めだ。
けれど、なんとなく、昨日までとは違う手応えを感じていた。
とりあえず、明日は佐藤さんと一緒に森へ行く約束をした。
一人でやるより、誰かと組んだ方が効率がいい。
その感覚を、もう少し試してみたい。
「明日も、忙しくなりそうだな」
蒼太は、そうつぶやいて目を閉じた。
異世界での生活が、少しずつ形になっていく。
――第5話へ続く。




