第3話「必要ありません」
街から宿に戻ると、扉の前で兵士が待っていた。
「鈴木蒼太殿ですね。陛下より、正式な処遇についてお話があります。至急、謁見の間へ」
「あ、はい」
昨日今日で異世界に慣れたつもりでいたが、兵士に呼び出されるのは、さすがに緊張する。
蒼太は、兵士の後について城の中を歩いた。
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謁見の間には、すでに何人か召喚者が集まっていた。
見覚えのある顔ばかり。
鑑定結果が地味だった面々。
その中に、四十代くらいの男性がいた。
「あ、蒼太くんも呼ばれたのか」
「どうも、田中さん。お疲れ様です」
蒼太に声をかけた男は、召喚された日本人の一人、田中という会社員だった。
鑑定では【交渉】というスキルを持っていたが、戦闘向きではないという理由で蓮たちのような「勇者パーティー」の枠には入らなかった。
「なんか、正式に発表があるらしいな」
「そうみたいですね」
「まあ、だいたい予想はつくけど」
田中は、諦めたような笑みを浮かべていた。
隣には、【調薬士】を持っていた主婦の女性――佐藤さんもいる。
調薬士は薬草関係の知識に強いスキルだが、これも直接戦闘には向かないと判断されたらしい。
「調薬士なら、後方支援くらいはできると思うんですけどねえ」
佐藤さんが、小さくため息をついた。
「まあ、王国側にも薬師はいるんでしょうね」
蒼太は、そんな会話を聞きながら謁見の間の奥を見た。
玉座にはまだ誰もいない。
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しばらく待つと、玉座の脇の扉からグレイフォード国王が姿を現した。
後ろには、宰相らしき初老の男と宮廷鑑定士のモルドが控えている。
「――皆、揃っているな」
国王は、玉座に腰を下ろすと集まった召喚者たちを見渡した。
「昨日の鑑定結果をもとに、諸君らの処遇について正式に決定した」
宰相が一歩前に出て、羊皮紙を広げる。
「まず、勇者、高橋蓮殿、聖女、一ノ瀬美咲殿をはじめとする、戦闘、支援に高い適性を持つ方々については、王城に留まっていただき、専属の指導官のもと、魔王討伐に向けた訓練を行っていただきます」
蓮や美咲たちは、緊張した面持ちでうなずいた。
「次に――」
宰相の視線が、蒼太たちの方へ向く。
「それ以外の方々については、王国内での役割を定めず、自由な行動を認めるものとします」
「つまり」
田中が、小さく手を挙げた。
「俺たちは放置ってことですか?」
宰相は少し困った顔をした。
「言い方は悪いですが、そういうことになります。当面の生活費として金貨十枚を支給いたします」
「金貨十枚……」
その金額の価値はまだよく分からなかった。
多いのか少ないのか判断がつかない。
「王城内の宿にも、これ以上は滞在いただけません。本日中に街へ移っていただくことになります」
「本日中……」
謁見の間に、微妙などよめきが広がった。
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「ちょっと待ってください」
蒼太は、思わず口を開いた。
宰相の視線が、蒼太に向く。
「はい、何か」
「俺たち、この世界のこと、なにも分からないんです。今日中に出ていけって言われても」
「その点については、ご心配なく」
宰相は、淡々と続けた。
「街には冒険者ギルドがございます。そちらで手続きをすれば、簡単な仕事の斡旋や、当面の宿の紹介も受けられるでしょう」
「冒険者ギルド、ですか」
「ええ。この国では、身寄りのない者や、行き場のない者の受け皿として機能しております」
要するに、そちらで何とかしてくれ、ということだ。
蒼太は、なんとなくその言い方に苦笑した。
異世界に召喚しておいて、使えないと判断したら、あとは自分でどうにかしろ、と。
まあ、予想はしていた。
「ちなみに」
蒼太は、もう一つ気になっていたことを聞いてみた。
「元の世界に帰る方法とかは」
その質問に、謁見の間が一瞬で静まり返った。
グレイフォード国王が、ゆっくりと口を開く。
「――正直に申し上げよう。召喚の逆――帰還の術式は、現在この王国には存在しない」
「え」
「かつては存在したと伝えられているが、失われて久しい。研究は続けているが、めどは立っていない」
国王の言葉に、召喚者たちの間にはっきりとした動揺が広がった。
「そんな……」
「帰れないって、そんな」
「じゃあ、俺たち一生ここに……」
ざわめきが大きくなる。
グレイフォード国王は、それを黙って見ていた。
どこか他人事のような雰囲気で。
蒼太は、その反応を見ながらも冷静だった。
そうだろうな、とは思っていた。
異世界召喚なんて、そもそも普通の出来事じゃない。
帰る方法があると考える方が、都合が良すぎる。
「まあ、しゃあない」
蒼太は小さくつぶやいた。
隣で田中が驚いた顔でこちらを見た。
「蒼太くん、冷静だな……」
「いや、なんとなく予想はしてたんで」
「そういうもんかね……」
田中は、深いため息をついていた。
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謁見が終わると、蒼太たち「戦力にならない」召喚者たちは、城の役人に案内されて、支給品を受け取る手続きに回された。
小さな窓口が並ぶ、事務的な部屋。
「お名前を」
「鈴木蒼太です」
「はい、金貨十枚と、簡易マップ、それから――」
役人は、書類をめくりながら淡々と続けた。
「王都から出るまでの護衛はつきません。街の外は魔物が出ますので、ご注意を」
「あ、はい」
「以上で手続きは終了です。次の方」
流れ作業のような対応に、蒼太は少し呆れながらも、渡された革袋と地図を受け取った。
金貨の重さを、手のひらで確かめる。
「これで、しばらく生活できるのか……?」
正直、まったく分からない。
「あ、蒼太くん」
振り返ると、佐藤さんが少し不安そうな顔で立っていた。
「これから、どうしましょうかね……」
「とりあえず、ギルドに行ってみるしかないんじゃないですか」
「そう、ね」
「みんなで固まって動いた方が、心細くないかもしれないですし」
「賛成」
田中も、手続きを終えて合流していた。
「一人で異世界の街をふらふらするのは、正直怖いからな」
「じゃあ、とりあえず一緒に行きましょうか」
蒼太たちは、他にも数人の「地味組」の召喚者たちと合流しながら、城の出口へと向かった。
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城門の前で、蒼太たちを見送ったのは若い兵士だった。
「では、こちらから外へどうぞ」
「ありがとうございます」
蒼太が軽く頭を下げると、兵士は少し気まずそうな顔をした。
「その……すみません。せっかく異世界から来ていただいたのに、こんな扱いで」
「いや、別に、あなたが謝ることじゃないですよ」
「そう、ですかね……」
兵士は、蒼太たちが城門をくぐるのを見届けると、扉をゆっくりと閉めた。
重々しい音を立てて、城の門が閉まる。
「……閉め出されたな」
田中が、乾いた声でつぶやいた。
「ですね」
蒼太は、閉じた門をちらりと見てから、前を向いた。
正式に、王城から追い出された。
そういうことだ。
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「じゃあ、まずはギルドですね」
蒼太は、支給された簡易マップを広げた。
大まかな街の区画と、主要な施設の位置が描かれている。
冒険者ギルドの場所も、すぐに見つかった。
「そこそこ近いですね。歩いて行けそうです」
「頼りになるな、蒼太くん」
田中が、ほっとした様子でうなずいた。
歩き出しながら、蒼太はふと思った。
昨日、街を歩き回って、いろいろなものを鑑定した。
薬草。
パン。
剣。
魔法理論。
「そういえば、この地図も鑑定できるのか?」
なんとなく、地図に向かって意識を向けてみる。
「知識鑑定」
すると、頭の中に、地図に描かれた地名の由来や、王都周辺の地形の情報が、すっと流れ込んできた。
「……お、便利」
「んん どうした?」
「いや、なんでもないです」
蒼太は、地図をたたみながら、少しにやけていた。
追い出されたのは事実だが、思ったより落ち込んではいなかった。
むしろ、これから自分がどこまでやれるのか、試すきっかけができた気がしていた。
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冒険者ギルドは、石造りの大きな建物だった。
扉を開けると、酒場のような喧騒が広がっている。
昼間だというのに、鎧姿の男たちが何人もたむろして、酒を飲んだり、依頼の紙を見て話し合ったりしていた。
「うわ、すごい雰囲気」
佐藤さんが、少し引き気味につぶやいた。
「まあ、雰囲気だけだと思いますよ、たぶん」
蒼太は、そう答えながら、受付らしきカウンターへ向かった。
「すみません、初めてなんですけど」
受付にいた女性職員が、蒼太たちを見て、少し驚いたような顔をした。
「もしかして、異世界から来た方々ですか?」
「はい、そうです」
「王城の使いの方から、話は聞いています」
女性職員は、手早く書類を用意しながら続けた。
「冒険者登録をすれば、簡単な依頼を受けられます。実力に応じて、素材採取や街の雑用など、いろいろありますよ」
「登録にお金とかかかりますか?」
「無料です。ただ、登録証をなくした場合、再発行にお金がかかります。それとランクによって受けられる依頼が変わります」
「なるほど」
「あと、当面の宿もご紹介できます。ギルド提携の宿があるので、割引価格で泊まれますよ」
蒼太は、それを聞いて少しほっとした。
いきなり路頭に迷うわけではなさそうだ。
「じゃあ、登録をお願いします」
「はい、それでは、こちらの用紙にお名前を」
蒼太は、渡された用紙に名前を書き込んだ。
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登録を終えると、蒼太たちはギルドの隅にあるテーブルに集まった。
「とりあえず、今日はもう遅いし、宿を取って休むか」
田中が、疲れた顔で提案する。
「賛成です」
佐藤さんも、大きくうなずいた。
「蒼太くんは、これからどうするんだ?」
田中に聞かれて、蒼太は少し考えてから答えた。
「明日から、依頼受けてみようかと」
「大丈夫か? その、知識鑑定ってスキル」
田中の声には、少し心配そうな響きがあった。
「戦闘、できないだろ」
「ええ、まあ」
蒼太は、苦笑しながら頭をかいた。
昨日、街で試したことを、全部話すべきかどうか、少し迷った。
火魔法が使えたこと。
身体強化ができたこと。
薬草の知識まで分かったこと。
でも、なんとなく、まだ大声で言うのは早い気がした。
「まあ、なんとかなると思います」
とりあえず、そう答えておいた。
「そうか。無理すんなよ」
田中は、それ以上深く聞いてこなかった。
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その夜、蒼太は、ギルド提携の宿の一室で、一人ベッドに横になっていた。
木の壁と、小さな窓。
昨日までいた王城の部屋より、さらに質素な部屋だ。
けれど、なぜか気分は悪くなかった。
「王城から追い出されて、宿も自分で探して……普通なら、絶望的な状況なんだろうな」
蒼太は、天井を見上げながらつぶやいた。
でも、実際にはそこまで悲観していない自分がいた。
理由は、はっきりしている。
「このスキルがあれば、なんとかなる」
そんな確信めいたものが、すでに芽生えていた。
薬草の知識。
魔法理論。
火魔法。
身体強化。
たった一日で、これだけのことができた。
「明日からは、ちゃんと稼いでみるか」
冒険者としての依頼。
素材の鑑定。
もしかしたら、他にもいろいろ試せることがあるかもしれない。
「知識鑑定、か」
自分のスキルの名前を、もう一度口にしてみる。
追い出されるきっかけになったスキル。
だが、今の蒼太にとっては、追い出された程度で困るようなものではなくなっていた。
「さて、明日から本番だな」
蒼太は、そうつぶやいて目を閉じた。
王城を追われた、異世界二日目の夜が過ぎていく。
――第4話へ続く。




