第2話「知識鑑定」
朝、蒼太は簡素なベッドの上で目を覚ました。
天井を見ても、見慣れない木目。
「……ああ、そうだ。異世界だった」
夢じゃない。
昨日のことを思い出しながら、蒼太は体を起こした。
水差しに向けて知識鑑定を使ったときの感覚が、まだ手に残っている。
「試すか」
着替えを済ませて、蒼太は部屋を出た。
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宿を出ると、他の召喚者たちが数人、廊下でたむろしていた。
「あ、蒼太さん」
昨日声をかけてきた男が、軽く手を上げる。
「これから街を見に行こうって話してたんですけど、一緒にどうですか」
「悪い、俺は一人でちょっとやりたいことあるから」
「やりたいこと?」
「まあ、自分のスキル、試してみようと思って」
「ああ、あの鑑定の」
男の声が、少しだけ気の毒そうな響きを帯びた。
「無理すんなよ。役に立たなくても、気にしすぎることないから」
「いや、そういうんじゃなくて」
蒼太は苦笑した。
「ちょっと、面白いことになりそうな予感がしてるんだよ」
「……まあ、頑張って」
微妙な空気のまま、蒼太は一人で街へ向かった。
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王都の街並みは、蒼太が想像していた「ファンタジー」そのものだった。
石畳の道。
木組みの家々。
露店に並ぶ、見たこともない野菜や果物。
「すげえ、本物だ」
きょろきょろしながら歩いていると、道の脇に薬草を並べた露店が目に入った。
年老いた女性が、店番をしている。
「ちょっと見てもいいですか」
「ああ、いいよ。何かお探しかい」
蒼太は、机に並んだ緑の葉を一枚手に取った。
これも、試してみよう。
「知識鑑定」
小さくつぶやく。
次の瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。
葉の名前。
生育環境。
含まれる成分。
解毒作用があること。
煎じ方。
投与量を間違えると、逆に毒になること。
「――は?」
蒼太は、思わず声を漏らした。
「どうしたんだい、兄さん」
「いや……この葉って、解毒に使うやつですよね」
「よく分かったね。普通の人は見ただけじゃ分からないよ、これは」
店主が、少し驚いた顔をする。
「でも、煎じるときは量に気をつけないと、逆効果になりますよね」
「!」
店主の目が、大きく見開かれた。
「あんた、薬師かい?」
「いや……ただの、鑑定持ちです」
「鑑定士がそこまで分かるとは思えないけどねえ」
店主は首をかしげながら、蒼太をじろじろ見た。
蒼太は、曖昧に笑ってごまかした。
内心では、驚きが止まらなかった。
普通の鑑定なら、こんなことまで分かるはずがない。
「これ、本当にやばいスキルかもしれない」
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その後も、蒼太は街を歩きながら、いろんなものを鑑定して回った。
パンを鑑定すれば、小麦の産地から発酵時間まで分かった。
鍛冶屋の店先にある剣を鑑定すれば、鍛造方法から鋼の成分まで分かった。
「これ、本当に鑑定でいいのか……?」
さすがに、確信が芽生えてきた。
自分のスキルは、モルドが言っていたような「普通の鑑定」とは、根本的に違う。
「じゃあ、これはどうだ」
蒼太は、路地裏に入り、地面に落ちていた小枝を拾った。
火をつけるところを、一度も見たことがない小枝だ。
「昨日、水差しからあれだけの知識が出てきた」
蒼太は、ふと思った。
「物を見れば、その物について知ってることが出てくる、ってことだよな」
「じゃあ、物じゃなくて……知識そのものを指定したら、どうなるんだ?」
試しに、意識を向けてみる。
「魔法について知りたい」
その疑問を、そのまま知識鑑定に向けてみた。
「知識鑑定――魔法理論」
つぶやいた瞬間。
頭の中に、これまでとは比べ物にならない量の情報が流れ込んできた。
魔力の定義。
体内での循環経路。
属性ごとの発現条件。
魔法陣の構造。
詠唱の役割。
さらに、詠唱を省略する方法まで。
「な、なんだこれ……」
情報量が、多すぎる。
まるで、魔法学の教科書を何十冊も、一瞬で頭に叩き込まれたような感覚だった。
蒼太は、思わずその場にしゃがみこんだ。
「これ、鑑定じゃないだろ……」
つぶやきが、そのまま口から漏れた。
普通の鑑定スキルが、こんな情報を出すはずがない。
これは、もっと別の、何かだ。
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「試してみるか」
蒼太は、拾った小枝を地面に置いた。
頭の中にある「火属性の初級魔法」の理論を、そのまま実行してみる。
魔力を練り上げる。
体の中を巡らせる。
指先に集中させる。
「――出ろ」
指先に、小さな火の粒が灯った。
ろうそくの火ほどの、頼りない炎だった。
「あれ、これだけ?」
理論上は、もっと大きな炎が出せるはずだ。
だが、魔力の流し方がまだぎこちなくて、思うように出力が上がらない。
「――もう一回」
意識を集中し直して、もう一度試す。
さっきより、ひと回り大きな炎がついた。
「おお……」
繰り返すごとに、少しずつ火が大きくなっていく。
「理論は分かってても、慣れは別ってことか」
小枝は、パチパチと燃え始めた。
「マジかよ……」
蒼太は、燃える小枝を見つめたまま、しばらく動けなかった。
生まれて初めての魔法。
しかも、教本も師匠もなしで、いきなり成功させた。
「知識があれば、いきなり使えるのか……」
半信半疑のまま、蒼太は火を消して、もう一度小枝を拾い上げた。
もう一度、同じ手順を試す。
今度も、あっさり成功した。
「これ、やばいって」
興奮を抑えられなかった。
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調子に乗って、蒼太は次に身体強化を試してみることにした。
魔力を体に循環させて、身体能力を底上げする技術。
これも、鑑定で理論だけは頭に入っている。
路地裏の壁に向かって、軽く助走をつけてみる。
「――試しに」
魔力を、足に集中させる。
そのまま、思い切り地面を蹴った。
「――うわっ!?」
体が、想像以上に跳んだ。
普段なら絶対に届かない高さの、壁の上に、あっさり手が届いてしまった。
「なんだこれ、ゲームかよ……」
蒼太は、壁にしがみついたまま、乾いた笑いを漏らした。
理論を知っているだけで、身体はちゃんとついてくる。
もちろん、多少のぎこちなさはある。
魔力の流し方も、まだ完璧ではない。
けれど、「初めて」でこの結果は、明らかにおかしい。
「昨日まで、ただの高校生だったんだけどな、俺」
蒼太は、壁から飛び降りながら独り言をこぼした。
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路地裏の隅に座り込んで、蒼太は自分の手を見つめた。
薬草。
魔法理論。
火魔法。
身体強化。
たった半日で、これだけのことを次々と使いこなしてしまった。
「おかしいだろ、これ」
普通なら、何年もかけて習得するようなことばかりだ。
「知識鑑定って名前だから、てっきり」
蒼太は、ぶつぶつとつぶやきながら考えを整理する。
物を見て、情報を「調べる」スキルだと思っていた。
けれど、実際に使ってみると、感覚が違う。
「調べてる、っていうより……」
蒼太は、目を閉じて、もう一度魔法理論について考えてみた。
すると。
考えた瞬間には、もうその知識が、頭の中にある。
まるで、最初から知っていたことを、ただ思い出しているだけのように。
「これ、頑張って調べてる感じじゃないよな」
蒼太は、目を開けた。
「必要だと思った瞬間に、もう分かってる……」
自分で言って、自分でも変な感じがした。
知りたい、と思う。
次の瞬間には、答えが頭にある。
そのくり返しだった。
「便利すぎるだろ、これ」
蒼太は、乾いた笑いを漏らした。
とりあえず、めちゃくちゃ使えるスキルだということだけは、間違いなさそうだった。
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「……とりあえず、落ち着こう」
深呼吸をひとつして、蒼太は立ち上がった。
すごい力かもしれない。
でも、今すぐこれで何かが変わるわけじゃない。
王城では、すでに「必要ない」と言われている。
「まあ、それならそれで、自分の好きにやらせてもらうだけだけどな」
蒼太は、燃え尽きた小枝を拾って、ごみ箱代わりの木箱に放り込んだ。
戦うことに興味はない。
魔王討伐なんて、もっと興味がない。
けれど、このスキルがあれば――。
「食うに困らない生活くらいは、なんとかなりそうだな」
蒼太は、そうつぶやいて笑った。
昨日までは、ただの厄介者扱いされた地味なスキル。
今は、その正体の大きさに、自分でもまだついていけていない。
けれど、悪い気分ではなかった。
むしろ、少しだけ、これからが楽しみになっていた。
「さて、と」
蒼太は、伸びをしてから、街の喧騒の中へ戻っていった。
自分がどこまでやれるのか。
それを確かめるのは、これからだ。
――第3話へ続く。




