第1話「勇者召喚」
コンビニ帰りの夜道。
鈴木蒼太は、スマホを見ながら大きくあくびをした。
バイトが終わって、あとは家に帰るだけ。
明日は休みだから朝までゲームでもしよう。
そんなことを考えていたとき、足元が光った。
「は?」
地面から青白い光が噴き上がる。
光の輪が蒼太の体を包み込んだ。
「な、なんだこれ――」
叫ぼうとした声は、途中で消えた。
視界が真っ白になる。
浮くような感覚。
内臓が持ち上がるような感覚。
そして。
「……あれ」
気づいたときには、蒼太は知らない場所に立っていた。
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石造りの広い部屋。
天井は高く、壁には見たこともない紋様が刻まれている。
床には光る魔法陣。
蒼太はその上に立っていた。
「え、なに、ここ」
周りを見る。
自分と同じように呆然と立ち尽くしている人間が何人もいた。
制服姿の高校生。
スーツのサラリーマン。
エプロン姿の主婦。
見た目も年齢もバラバラ。
みんな、困惑した顔をしている。
「夢だよな…、これ」
隣で、誰かがつぶやいた。
高校生くらいの少年。
「俺も同じこと思ってた」
蒼太が答えると、少年はびくっと肩を揺らして振り向いた。
「あ……独り言のつもりで、すみません」
「いや、気にすんな」
そんな話をしていると、奥の扉がゆっくりと開いた。
「――静粛に」
低く、響く声。
金色の鎧の兵士たちが、ぞろぞろと入ってくる。
その後ろから現れたのは、豪華な衣装の初老の男だった。
金の冠。
見たこともない紋章の胸飾り。
一目で分かる。
王様だ。
「よくぞ来てくれた、異世界の勇者たちよ」
男は両手を広げた。
「な……勇者……?」
「異世界……?」
集まった人々の間に、動揺が広がる。
「…マジかよ」
蒼太も、思わず声が出た。
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「この世界は、いま危機に瀕している」
王様――グレイフォード国王は、そう切り出した。
「魔王軍が勢力を拡大し、我が王国をはじめとする人族の国々を脅かしている」
「魔王軍って…」
「ゲームかよ…」
ひそひそと声が漏れる。
蒼太も、似たようなことを思っていた。
けれど、目の前の景色はどう見ても本物だ。
「我が王国には、異世界より力ある戦士を招く秘術がある。それが勇者召喚だ」
グレイフォード国王は続けた。
「今回、その儀式で招かれたのが、諸君らである」
「つまり、俺たちは魔王を倒すために呼ばれた、と」
隣の少年がつぶやく。
「らしいな」
蒼太は答えながら、内心で首をひねっていた。
戦うとか、魔王を倒すとか。
自分に向いているとは、とても思えない。
「無理だろ、俺には」
つい本音がこぼれた。
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説明が終わると、次に出てきたのは白いローブの初老の男だった。
「宮廷鑑定士のモルドと申します」
モルドは、恭しく一礼した。
「これより、皆様のスキルとステータスを鑑定いたします」
「スキル……」
「ステータス……」
またざわめきが起こる。
蒼太も、ゲームでよく聞く単語に少しだけ気持ちが浮ついた。
「では、順に前へ」
モルドの案内で召喚者が一列に並ぶ。
蒼太は、なんとなく列の後ろについた。
「最初はそちらの方から」
指名されたのは、一番背の高い精悍な顔つきの少年。
「た、高橋蓮です」
緊張した様子で蓮が前に出る。
モルドが手をかざす。淡い光が蓮の体を包んだ。
「これは……! 陛下!この方は【勇者】の称号をお持ちです!」
「おおお!」
グレイフォード国王が身を乗り出す。
会場が、どっと沸いた。
続いて呼ばれたのは、前髪をきっちり切り揃えた、おとなしそうな少女。
「一ノ瀬美咲、です」
「なんと…!【聖女】…様。回復と浄化に、圧倒的な適性があります」
「聖女様まで……!」
貴族たちが口々に声を上げる。
その後も鑑定は続いた。
がっしりした中年男性は【剣聖】。
眼鏡の青年は【賢者】。
制服の少女は【弓聖】。
主婦らしき女性は【調薬士】。
呼ばれるたびに、モルドが目を見開き、会場が沸く。
その繰り返しだ。
「異世界の皆さん。皆さんは素晴らしい!」
グレイフォード国王が、満足げにうなずく。
「これなら魔王軍にも対抗できるでしょう」
蒼太は、少し離れた場所からそれを眺めていた。
列は、少しずつ短くなっていく。
自分の番が近づくたび、なんとなく落ち着かない気分になった。
これだけ派手な結果が続くと、地味な結果でも出たら気まずい。
そう思っていた矢先。
「次の方」
自分の番が来た。
蒼太は、小さく息を吐いてから前に出た。
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「お名前を」
「鈴木蒼太」
「では、鑑定いたします」
モルドが手をかざす。
淡い光が、蒼太の体を包む。
――だが。
モルドの表情が、明らかに変わった。
先ほどまでの興奮が消え、なんとも言えない顔になっている。
「あの、どうかしました?」
「いえ、失礼」
モルドは軽く咳払いをして、目の前の半透明の板に視線を戻した。
「筋力、耐久、敏捷、魔力……いずれも標準か、やや低めですね」
「あ、そうすか」
蒼太は、それほどショックを受けなかった。
もともと自分が戦える人間だとは思っていない。
「問題はスキルなのですが」
モルドは、少し言いにくそうに続けた。
「鈴木様がお持ちのスキルは――【知識鑑定】」
「知識…鑑定?」
聞き慣れない単語に、蒼太は首をかしげた。
「私と同じ鑑定系のスキルですな」
モルドが苦笑する。
「失礼ながら、この国にはすでに鑑定士が十分な人数おります」
「あ……」
要するに、いらないということだ。
会場の空気が、急に冷めていく。
グレイフォード国王も、興味なさそうに目を向けていた。
先ほどまでの熱気が嘘のように引いている。
「まあ、全員が戦力になるわけではないでしょう」
国王の言葉に、周囲がさらに気まずくなった。
蒼太は、なんとも言えない気持ちで立っていた。
期待していたわけじゃない。
でも、ここまであからさまだと、さすがに複雑だった。
「他に、何か分かりますか」
気を取り直して尋ねると、モルドは困った顔でステータス板を見つめた。
「詳細な数値化が難しいようです。効果範囲も、通常の鑑定とは少し違うようですが…、まぁ鑑定は鑑定です。…これ以上は、実際に使ってみないと」
「少し違う、ですか」
「はい。しかし、鑑定ですから」
モルドは首をかしげた。
「いずれにせよ」
グレイフォード国王が話を切り上げる。
「鑑定スキルなら、既存の鑑定士で足ります。あなたには、無理に戦っていただく必要はありません」
蒼太は思わず苦笑した。
思っていた以上に、はっきり言われた。
「そう、ですか…」
「まぁ悪いようにはしません。宿と当面の生活費は用意しましょう」
国王は、そう言うと興味を失ったように視線を次の召喚者へ移した。
「次の方、どうぞ」
蒼太の鑑定は、それで終わった。
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その後も鑑定は続いた。
蒼太と同じように地味な鑑定結果だった者は、勇者や聖女、剣聖の陰に隠れ注目されなかった。
全員の鑑定が終わると、グレイフォード国王が改めて口を開いた。
「勇者殿、聖女殿、剣聖殿をはじめとする力ある方々には、この王国に残っていただき、魔王討伐の準備をお願いしたい」
蓮や美咲たちが、緊張した面持ちでうなずく。
「それ以外の方々は」
国王の視線が蒼太たちに向く。
「当面の生活は保障いたします。ですが、この王国での役割は特に定めておりません。自由に過ごしていただいて結構です」
戦力にならない人間は放っておく。
そういうことだ。
蒼太は、案外すんなり納得できた。
魔王と戦う戦力が欲しくて異世界人を呼んだのに、鑑定士がもう一人増えたところで意味がない。
「まあ、しょうがない」
小さくつぶやく。
がっかりしていないと言えば嘘になる。
でも、危険な戦いに駆り出されるよりは、よっぽどマシだ。
「あの」
声をかけられた。
見ると、地味な鑑定結果だった人たちが、何人か固まっていた。
「俺たちも似たような感じでさ。これから、どうしようかって話してたんだけど」
「一緒に話、聞かせてもらえないか。右も左も分からなくて」
「いや、俺も分かんないよ、それは」
蒼太は苦笑いで答えた。
これからどうなるのか。
まったく想像がつかない。
それでも、不思議と気持ちは沈んでいなかった。
戦わなくていい。
それだけでも十分ありがたかった。
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その夜、蒼太たちは王城の外れにある簡素な部屋を宿として与えられた。
木製のベッドに小さな机。
質素だが雨風はしのげる。
「まあ、こんなもんか」
ベッドに腰かけて、天井を見上げる。
異世界。
勇者召喚。
役立たず扱い。
いろんなことが、一気に起こりすぎた。
「知識鑑定、か」
自分のスキルの名前を口に出してみる。
モルドは、既存の鑑定とは少し違うと言っていた。
だが、詳しいことは分からないままだ。
「試してみるか」
部屋の隅にある、小さな水差しに目を向けた。
「知識鑑定――発動」
意識を集中させる。
次の瞬間。
これまで感じたこともない量の情報が、頭の中に流れ込んできた。
「――は?」
水差しの材質。
作られた年代。
使われている粘土の産地。
焼成温度。
強度、耐久年数。
粘土の成分や、水を入れた際の浄化作用まで。
「な、なんだこれ……」
情報量が、明らかにおかしい。
ゲームであるような鑑定なら「陶製の水差し、品質:普通」くらいで終わるはずだ。
なのに、専門書を一気に読まされたような量の知識が、次々と流れ込んでくる。
不思議と混乱はしなかった。
もともと知っていたことを、思い出しているような感覚。
「これ、本当に鑑定スキルか?」
蒼太は、もう一度水差しを見る。
すると、また新しい知識が浮かんできた。
水差しの作り方。
粘土の採取場所。
焼成に適した窯の構造。
さらに――その窯を作るために必要な材料。
「……どこまで出てくるんだ、これ」
蒼太は、思わず笑った。
王城では、役立たず扱いされた。
でも、実際に使ってみると、明らかに手応えが違う。
「まあ、慌てるのはよそう」
はやる気持ちを抑えて、蒼太はベッドに横になった。
とりあえず、今日はもう遅い。
明日、街に出ていろいろ試してみよう。
窓の外には見たこともない二つの月が浮かんでいた。
「異世界、か」
不安がないと言えば嘘になる。
それでも、それ以上に、自分のスキルへの興味が勝っていた。
役立たずだと思われたスキル。
だが、このときの蒼太はまだ知らない。
自分が手にした「知識鑑定」のスキルが、この世界のあらゆる知識へと繋がっていることを。
蒼太は、そっと目を閉じた。
異世界での最初の夜が過ぎていく。
――第2話へ続く。




