第14話「ギルドから来た話」
エドが金物商会で働き始めてから、半月が経った。
朝の日差しが、事業所の窓から差し込んでいる。
「エドさん、順調みたいですよ」
朝の予定確認の場で、ロイドが、報告書を片手に言った。
「先方の主人からも、『数字に強い上に、几帳面で助かる』って、感謝の言葉をいただいてます」
「良かった」
蒼太は、心から安堵した。
商会が潰れて、真っ青な顔で事業所に飛び込んできた、あの日のエドを思い出す。
「派遣事業、今のところ、うまく回ってるみたいだな」
「はい。ただ――」
ロイドが、少し表情を引き締めた。
「エドさんの件が噂になったみたいで、似たような相談が、ちらほら増えてきてます」
「似たような相談?」
「はい。紹介先や勤め先が不安定で、正社員としてじゃなくて、うちに雇われる形で働きたい、という方が」
蒼太は、その言葉に、少し考え込んだ。
派遣という新しい仕組みが、思った以上のスピードで、求められ始めている。
「今のところ、何人くらいですか」
「三人です。まだ、面談の段階ですけど」
「分かった。一人ずつ、丁寧に見ていこう」
蒼太は、そう言いながら、頭の中で、今日の予定を組み立て直した。
適性相談。
人材紹介の面談。
そして、新しく増えた、派遣希望者の面談。
やることは、日に日に増えている。
けれど、不思議と、それを苦だとは感じていなかった。
「まあ、来るものは拒まず、でやっていくしかないな」
蒼太は、そう言って、今日一日の予定を確認し始めた。
---
その日の昼過ぎ、事業所を訪れたのは、意外な人物だった。
「失礼する」
現れたのは、初老の、鋭い目つきをした男だった。
冒険者ギルドの支部長――ダグラスと名乗った。
「支部長さんが、直々にいらっしゃるとは。何かありましたか」
蒼太は、少し緊張しながら、応接スペースへ案内した。
「実は、折り入って、相談したいことがあってな」
ダグラスは、椅子に腰を下ろすと、単刀直入に切り出した。
「うちの適性鑑定の窓口業務、そろそろ、限界が来ている」
---
「限界、ですか」
「ああ。鈴木くんの評判が広まってから、うちの職員だけじゃ、適性相談の受付が回らなくなってきてる。しかも、鈴木くんに直接見てもらいたい、という声も多くてな」
ダグラスは、少し疲れたように、肩をすくめた。
「窓口の若い職員たちも、頑張ってはくれているんだが、鈴木くんの鑑定と同じ精度を求められても、正直、荷が重すぎる」
「今のところ、鈴木くんとの業務委託契約で、なんとか凌いでいるが、正直、このままの規模では、そう長く持たないと思っている」
「それは……」
蒼太は、内心で、少し驚いていた。
自分たちの事業が、ここまでギルド側の運営にまで影響を及ぼしているとは、正直、実感が薄かった。
薬草採取から始まった依頼が、いつの間にか、ギルドの運営そのものに関わるところまで来ている。
その変化の大きさに、蒼太自身、少し戸惑いを覚えていた。
「ちなみに、今のギルドの窓口、どれくらい混雑してるんですか」
蒼太は、ふと気になって、そう尋ねた。
「見てみるか。案内しよう」
ダグラスは、そう言って、立ち上がった。
---
ダグラスに案内されて、蒼太は、久しぶりにギルドの受付フロアを覗いてみた。
以前訪れたときよりも、明らかに列が長くなっている。
待合の椅子には、疲れた顔の冒険者たちが、何人も座り込んでいた。
「これは、確かに、大変そうですね」
蒼太は、率直な感想を漏らした。
冒険者たちの疲れた表情を見ていると、自然と、その気持ちが伝わってくる。
「だろう? しかも、待たせた挙句、適性を無視した依頼を割り振ってしまって、揉め事になることも増えてきている」
ダグラスは、苦い顔で言った。
「知識鑑定」
蒼太は、フロア全体に向かって、そっと意識を向けてみた。
対象物なしで、この場の状況を、頭の中に思い描く。
すると、ギルド全体の、適性相談の待ち時間や、職員一人あたりの処理件数、依頼のミスマッチによる失敗率まで、まとまった情報として浮かび上がってきた。
「これ、思ったより深刻ですね」
蒼太は、思わずつぶやいた。
「待ち時間、平均で半日近くになってます。しかも、適性を無視した依頼の割り振りで、失敗してるケースが、全体の三割近く」
「――そこまで分かるのか」
ダグラスが、驚いた顔で、蒼太を見た。
「まあ、見た感じですけど」
蒼太は、曖昧に答えた。
正直、自分でも、ここまで詳細に把握できるとは思っていなかった。
対象を「一人の人間」から「組織全体の状況」に広げても、この能力は、同じように機能するらしい。
その事実に、蒼太自身、少なからず驚かされていた。
薬草の産地から、契約書の条文、そして今度は、組織全体の運営状況まで。
自分の能力が、一体どこまで広がっていくのか、蒼太自身にも、もはや見当がつかなくなっていた。
「これだけの規模の問題を、一目で言い当てるとはな」
ダグラスは、感心したように、何度も頷いた。
「これは、ますます、鈴木くんの力を借りたい」
応接スペースに戻ると、ダグラスは、改めて椅子に腰を下ろした。
先ほどまでの、単なる相談事という空気から、明らかにその表情が変わっていた。
もっと本気で、もっと大きな話をしようとしている。
蒼太は、そんな気配を感じ取っていた。
---
「そこで、提案がある」
ダグラスは、真剣な目で、蒼太を見た。
「うちの適性鑑定の窓口業務そのものを、ワールドインセンスに、正式に委託できないか、と考えている」
---
「窓口業務を、丸ごとですか」
蒼太は、思わず聞き返した。
「そうだ。鑑定はもちろんだが、依頼の割り振り、パーティー編成の相談、そういった業務全般だ。ギルドとしては、その分の人員を、他の業務に回せる」
ダグラスは、続けて言った。
「もちろん、対価はきちんと払う。それに、鈴木くんたちの事業にとっても、悪い話ではないはずだ。これだけの規模の業務を任されれば、社会的な信用も、さらに増すだろう」
「少し、時間をいただけますか。俺一人では決められないので」
「もちろんだ。急かすつもりはない。ただ、こちらとしても、そう長くは待てない状況だということは、理解しておいてほしい」
「分かりました。近いうちに、必ずお返事します」
蒼太は、しっかりとそう答えた。
ダグラスは、そう言って、席を立った。
---
「これ、めちゃくちゃ大きい話じゃないですか」
ダグラスが帰ったあと、二階に集まった全員が、それぞれの反応を見せた。
「冒険者ギルドの窓口業務を、丸ごと任されるって、そんなこと、あるんですね」
美穂が、驚いた様子で言った。
「正直、俺も、想像してなかった」
蒼太は、頭を抱えながら言った。
正直なところ、事態がここまで大きくなるとは、予想していなかった。
「これ受けたら、うちの規模、また一段階、跳ね上がるぞ」
健太が、興奮気味に言った。
その声には、不安よりも、期待の方が大きく滲んでいた。
「跳ね上がる、どころじゃないと思います」
隼人が、冷静な声で割って入った。
隼人だけは、興奮している様子もなく、いつも通り落ち着いた顔をしていた。
「窓口業務全般を任されるってことは、うちの社員を、大幅に増やす必要が出てきます。適性鑑定だけじゃなくて、受付、依頼管理、パーティー編成の調整まで、全部です」
「今のロイドさん一人体制じゃ、絶対に回らないですよね」
美穂も、頷きながら言った。
「まあ、そうなるだろうな」
蒼太は、腕を組みながら、考え込んだ。
「それに、これ、失敗したときのダメージも大きいですよね」
隼人が、続けて言った。
「ギルドの窓口業務って、街の冒険者全員に関わる話です。もし、うちが引き受けて、対応がずさんだったら、その悪評は、街中に一気に広がります」
「確かに、それは怖いな」
健太も、真剣な顔になった。
「今までみたいに、一人ひとり丁寧に見てきたやり方が、規模が大きくなった途端に、崩れる可能性もありますよね」
美穂の言葉に、蒼太は、深く頷いた。
---
「一つ、確認したいことがあります」
隼人が、真剣な顔で言った。
「これ、受けるかどうかの判断基準は、収支だけじゃないですよね」
「どういうことだ?」
「うちの理念、『適材適所』を、これだけの規模でやり切れるのか、ってことです」
隼人の言葉に、蒼太は、はっとした。
「今までは、一人ひとり、蒼太が直接鑑定してきました。でも、ギルドの窓口業務全体を任されるとなると、蒼太一人で対応できる量じゃなくなります」
「それは、確かに……」
蒼太は、頭の中で、これまでのことを思い返した。
ミナ。
ナナ。
トール。
エド。
一人ひとりの顔を、丁寧に思い浮かべながら、鑑定してきた。
その丁寧さを、失いたくなかった。
「実際、新しく雇う人って、どういう人がいいんでしょうか」
美穂が、ふと疑問を口にした。
「鑑定持ちじゃないと、無理ですよね」
「いや、必ずしもそうとは限らないと思う」
蒼太は、少し考えながら答えた。
「適性相談なので、鑑定持ちの方が良いかも知れないですけど、ロイドさんだって、鑑定持ちじゃない。でも、人の話を聞いて、適性を見極める勘は、俺より鋭いこともある」
「確かに、それは、そうですね」
美穂も、納得したように頷いた。
「まずは、話をきちんと聞いて、俺の判断基準を理解してくれる人を探すところからだな」
蒼太は、そう言って、頭の中で、これから必要になる人材のイメージを、少しずつ固め始めていた。
---
「でも」
蒼太は、しばらく考えたあと、口を開いた。
「だからこそ、受けるべきなんじゃないか」
「どういうことですか」
「今のままだと、俺一人が鑑定できる人数には、限界がある。でも、うちが窓口業務を引き受けて、人を増やして、システムとして回せるようになれば、もっとたくさんの人に、同じことができる」
蒼太は、頭の中で、少しずつ考えを整理しながら続けた。
「もちろん、俺と同じ精度の鑑定は、たぶん誰にもできない。でも、俺が全員を直接見るんじゃなくて、明らかに向き不向きがはっきりしてるケースは、俺が育てた人に任せて、判断が難しいケースだけ、俺が最終確認する、みたいな仕組みなら」
「それ、分業ってことですよね」
隼人が、身を乗り出した。
「うん。俺一人の限界を、みんなで補う。今までも、そうやってきたじゃないか」
蒼太の言葉に、みんなが、それぞれ頷いた。
---
「面白い。やってみましょう」
隼人が、真っ先に賛成した。
「ただし、条件があります。急に規模を広げすぎると、絶対にどこかで綻びが出ます。まずは、試験的に、一部の窓口業務から始めさせてもらう、という形で交渉すべきです」
「それは、俺も同意見だ」
蒼太は、頷いた。
「あと、新しく雇う人には、ちゃんと、俺の鑑定基準を、丁寧に伝えないといけない。数だけこなす仕事にはしたくない」
「それ、蒼太らしいですね」
美穂が、微笑みながら言った。
「戦闘力だけで判断されて、王城を追い出された蒼太くんだからこそ、大事にしたい部分ですよね」
「まあ、な」
蒼太は、少し照れくさそうに笑った。
「ちなみに、隼人。給与体系とか、そのあたりの見通しは、どうなりそうだ?」
「窓口業務を任されれば、その分、ギルドから業務委託料が入ってきます。新しく雇う人の給料を払っても、十分にペイできると思います」
隼人は、頭の中ですでに、収支の概算を組み立てているようだった。
「ただ、これも、エドさんのときと同じです。うちの持ち出しが先行する期間が、どうしても発生します。そこは、覚悟しておいた方がいいです」
「分かった。無理のない範囲で、少しずつやっていこう」
蒼太は、そう言って、話をまとめた。
---
数日後、蒼太は、ダグラスのもとを訪れた。
「お待たせしました。うちとしても、前向きに検討させていただきたいと思います」
「そうか。それは、良かった」
ダグラスの表情が、少し緩んだ。
「ただし、いくつか条件があります」
蒼太は、隼人たちと話し合った内容を、一つずつ説明していった。
まずは、一部の窓口業務――駆け出し冒険者向けの適性相談――から、試験的に始めること。
新しく雇う人材には、蒼太自身が、鑑定の考え方を丁寧に指導すること。
そして、拙速な拡大はせず、様子を見ながら、段階的に業務範囲を広げていくこと。
「なるほどな」
ダグラスは、蒼太の説明を、静かに聞いていた。
「正直、もっと前のめりに飛びついてくると思っていたが」
「それだと、たぶん、うちの一番大事なところが、崩れてしまうので」
蒼太は、はっきりとそう言った。
「数を増やすだけなら、いくらでもできると思います。でも、俺たちがやりたいのは、そういうことじゃないので」
ダグラスは、しばらく蒼太の顔を見つめたあと、ふっと笑った。
その笑みには、値踏みするような色はもう、どこにもなかった。
「気に入った。その慎重さこそ、信頼できる証拠だ」
「ありがとうございます」
「では、まずは試験導入という形で、契約内容を詰めていこう」
「一つ、確認させてください」
蒼太は、続けて尋ねた。
「試験導入がうまくいった場合、業務範囲を広げるかどうかは、その都度、お互い協議する形でよろしいですか」
「もちろんだ。一方的に押し付けるつもりはない」
ダグラスは、しっかりと頷いた。
「うちとしても、鈴木くんたちの事業が、無理なく育っていってくれる方が、長い目で見れば、ありがたい」
「その言葉、心強いです」
蒼太は、素直にそう答えた。
こうして、ワールドインセンスとギルドとの、新しい協力関係が、始まることになった。
---
その夜、事業所に戻った蒼太は、健太たちに、ギルドとの交渉結果を報告した。
「試験導入からか。堅実だな」
健太が、感心したように言った。
「一気に広げるのは、リスクが大きすぎる。今のうちのやり方が、崩れる可能性もあるし」
蒼太は、そう答えながら、頭の中で、これからのことを考えていた。
新しく人を雇う。
その一人ひとりに、自分の鑑定基準を伝える。
「これ、正直、大変な作業になりそうだな」
蒼太は、小さくため息をついた。
けれど、その顔には、嫌そうな様子は、まったくなかった。
「大変だけど、たぶん、面白いですよ」
隼人が、あっさりと言った。
「蒼太が一人でやってたことを、仕組みにして、他の人にも広げていく。それって、事業として、すごく大きな意味があると思います」
「教える、っていうのも、蒼太くんにとっては、初めての経験ですよね」
美穂が、興味深そうに言った。
「確かに、今まで、自分でやることばっかりだったな」
蒼太は、少し考えながら答えた。
「人に教えるの、得意じゃないんだけど、まあ、やってみるか」
「大丈夫ですよ。蒼太の鑑定基準、聞いてると、意外と筋が通ってますし」
隼人が、フォローするように言った。
「筋が通ってる、って、それ、褒めてるのか?」
「もちろん、褒めてます」
隼人は、澄まし顔で答えた。
その様子に、事業所には、小さな笑いが起きた。
「まあ、なんにせよ」
健太が、話をまとめるように言った。
「これも、うちが大きくなってきた証拠ってことだよな」
「そうだといいけどな」
蒼太は、そう答えながら、少しだけ、身の引き締まる思いがしていた。
規模が大きくなるということは、それだけ、責任も大きくなるということだ。
一人ひとりに向き合ってきたやり方を、どうやって維持していくか。
その答えは、まだ、はっきりとは見えていなかった。
「これ、うまくいったら、いずれ、街全体の求人と求職を、うちが把握できるようになるってことだよな」
ふと、そんな考えが、頭をよぎった。
まだ、はっきりとした形にはなっていない。
けれど、そのイメージは、以前、丘の上で感じた予感と、どこか繋がっている気がした。
対象物なしで、この世界のことを知れる。
一人の適性だけじゃなく、街全体の状況すら、見渡せる。
その力を、こんな風に、少しずつ、事業という形にできている。
不思議な感覚だった。
「まあ、気が早いか」
蒼太は、そうつぶやきながら、その考えを、頭の片隅に、そっとしまっておいた。
今はまだ、目の前のことを、一つずつ、丁寧にやっていくしかない。
「明日から、また忙しくなりそうだな」
蒼太は、そうつぶやきながら、静かに目を閉じた。
異世界での日々は、また一つ、大きな段階へと、動き出そうとしていた。
――第15話へ続く。




