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全知の鑑定士、異世界で才能を仕事に変える  作者: 御影のたぬき


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12/13

第12話「その契約、おかしくないですか」

 事業所を構えてから、半月ほどが経った。


「おはようございます、鈴木さん」


 朝一番、蒼太が事業所に顔を出すと、ロイドがすでに机に向かって、書類を整理していた。


「おはようございます。今日は何件くらい入ってますか」


「適性相談が三件、人材紹介の面談が二件、それと――」


 ロイドは、少し言いにくそうに言葉を止めた。


「あと一件、ちょっと変わったご依頼が」


「変わった依頼?」


「はい。商業ギルドで知り合いになった、雑貨商のおじさんなんですけど。人の適性じゃなくて、契約書を見てほしい、と」


「契約書、ですか」


 蒼太は、少し首をかしげた。


 これまでの依頼は、基本的に「人」に関するものばかりだった。


「うちの事業、人材紹介がメインですけど、まあ、話くらいは聞いてみますか」


「はい、そう伝えておきます」


 ロイドは、そう言うと、手元の予定表に、今日の面談内容を書き加えていった。


 几帳面な文字で、時間と依頼内容が、隙間なく並んでいく。


「隼人さんに聞いたんですけど、来月の収支、今のところ、先月よりだいぶ良さそうです」


「そうなんですか」


「契約書の確認なんて、正式な料金設定もまだないですけど、これも新しい柱になるかもしれませんね」


 ロイドは、少し楽しそうに言った。


 蒼太は、その様子を見ながら、なんとなく頼もしさを感じていた。


 自分が思いつきもしなかった収支の視点を、ロイドがいつも先回りして見てくれている。


 一人ではできないことが、当たり前のようにできるようになっている。


 その感覚に、蒼太はまだ、時々驚かされていた。


 ---


 その日の昼過ぎ、事業所を訪れたのは、恰幅のいい、五十代くらいの男だった。


「ギルドで話を聞いてね。ここなら、頼りになる目利きがいるって」


「雑貨商のグレンさんですね。ロイドから伺っています」


 蒼太が応接スペースへ案内すると、グレンは、少し疲れた表情で腰を下ろした。


「実は、新しい取引先から、こんな契約書を渡されてね」


 グレンは、丸めた羊皮紙を、テーブルに広げた。


 びっしりと、細かい文字で書き込まれた契約条項。


 蒼太が見ても、正直、どこがどう普通と違うのか、パッと見ただけでは分からない。


「これ、商品の卸契約なんだが。相手は、最近急に取引を広げてる商会でね。条件は悪くなさそうなんだが……なんとなく、嫌な予感がして」


「嫌な予感、ですか」


「長年商売やってると、そういう勘が働くことがあってな。でも、はっきりどこが問題か、指摘できるほどの知識はなくて」


 グレンは、そう言って、少し情けなさそうに笑った。


「若い頃、似たような契約で、痛い目を見たことがあってな。あのときは、結局、店を畳む一歩手前まで追い込まれた」


「それは、大変でしたね」


「だから、今回は、慎重になりすぎってくらい慎重になりたいんだ。見てもらえるかね」


「はい、少々お待ちください」


 ---


 蒼太は、契約書に向かって、丁寧に手をかざした。


「知識鑑定」


 小さくつぶやいた瞬間。


 頭の中に、これまでとは違う種類の情報が、堰を切ったように流れ込んできた。


 商業契約に関する法体系。


 この国で一般的な卸契約の条項構成。


 過去に起きた、契約トラブルの判例。


 そして、目の前の契約書に書かれた、一条一条の内容が、まるで最初から暗記していたかのように、頭の中に整然と並んでいく。


「専門書を、何十冊も一気に頭に叩き込まれたみたいだ……」


 蒼太は、思わず小さくつぶやいた。


 条文一つ一つが、単独の意味だけでなく、他の条文との関係性まで含めて、次々と浮かび上がってくる。


 まるで、契約書全体が、一枚の透明な地図として、頭の中に広がっているような感覚だった。


 そして。


 その中の、ある一条に、蒼太の意識が引っかかった。


「――これ、かなり際どいですね」


 ---


「際どい、と言うと?」


 グレンが、身を乗り出した。


「第七条に、『不可抗力による納品遅延の場合、双方協議のうえ対応を決定する』と書いてありますよね」


「ああ、それなら普通の条文じゃないのかね」


「普通なら、そうなんです。でも、その二つ下、第九条を見てください」


 蒼太は、契約書の該当箇所を指し示した。


「『協議が三日以内にまとまらない場合、本契約における損害賠償責任は、すべて卸元――つまり、グレンさんの側に帰属する』」


「――は?」


 グレンの顔が、みるみる強張っていった。


「そんな条文、あったか……?」


 グレンは、慌てて自分でも契約書を読み返したが、すぐには見つけられない様子だった。


「かなり離れた場所に、しかも別の言い回しで分散して書かれてます。単独で読むと、それぞれは普通の条文に見えるんですけど、組み合わせると、実質的に、相手側は不可抗力の責任すら、こちらに押し付けられる形になってます」


 蒼太は、頭の中の知識を辿りながら、淡々と説明を続けた。


「しかも、『協議』の定義が曖昧なので、相手が意図的に協議を長引かせれば、自動的にグレンさんの負けになる仕組みです」


「そんな、悪質な……」


 グレンは、契約書を睨みつけながら、絶句していた。


「これ、普通に読んだだけじゃ、絶対に気づけないやつですよね」


 蒼太は、少し驚きながらそう言った。


 条文同士の組み合わせで初めて意味を持つ罠。


 これを見抜くには、契約書全体を同時に、正確に記憶しながら読み解く必要がある。


 普通の人間には、まず不可能な芸当だった。


 しかも、蒼太自身、この国の商法をきちんと学んだことなど、一度もない。


 にもかかわらず、まるで長年契約書を扱ってきた辣腕の弁護士のように、条文の穴を言い当てている。


 その事実に、蒼太は、少し薄気味悪ささえ覚えていた。


 ---


「鈴木さん、あんた、本当に何者なんだ」


 グレンが、震える声で聞いてきた。


「元々は、鑑定持ちの冒険者ですよ。ただ、それだけです」


 蒼太は、あっさりと答えた。


「鑑定持ちって、そんな、法律の条文まで見抜けるものなのか?」


「まあ、普通の鑑定士には、たぶん無理だと思います」


 蒼太は、苦笑しながら言った。


 自分でも、この能力の底が、いまだによく分からない。


 薬草の効能から始まり、魔法の理論、人の隠れた才能、古代の失われた言語。


 そして今度は、契約書に仕込まれた罠まで。


 対象が変わるたびに、これまでの常識を軽々と超えてくる。


 正直、自分自身が一番、その規模に追いついていない気がしていた。


「危ないところだった……。この契約、サインしてたら、ちょっとした不運が重なるだけで、うちが潰れてたかもしれん」


 グレンは、深く息を吐きながら、椅子の背にもたれかかった。


「本当に、ありがとう。助かった」


「お役に立てたなら、良かったです」


「これ、正式に依頼したい。うちが今後結ぶ契約、全部とは言わないが、大きなものだけでも、事前に見てもらえないだろうか」


「それは、こちらとしても、ありがたい話です」


 蒼太は、少し考えてから、そう答えた。


「料金については、後ほどロイドと相談させてください。一件ごとの契約書の分量にもよると思うので」


「もちろんだ。むしろ、命拾いした身としては、多少色をつけてもらっても構わんくらいだよ」


 グレンは、そう言って、ようやく肩の力を抜いたように笑った。


「それにしても、鈴木さん。この商会との取引、断った方がいいと思うかね」


「そこは、俺が決めることじゃないと思います」


 蒼太は、慎重に言葉を選んだ。


「ただ、少なくとも、この条文のまま契約するのは、危険です。相手に修正を求めるか、それが無理なら、他の取引先を探すのも、一つの手だと思います」


「そうだな……。もう一度、向こうと話してみるよ」


 グレンは、契約書を丁寧に丸めながら、頷いた。


「本当に、世話になった。今度、うちの店にも顔を出してくれ。いいものを揃えとくから」


「ありがとうございます。ぜひ」


 蒼太は、そう答えながら、グレンを見送った。


 グレンの後ろ姿が、扉の向こうに消えていく。


 その姿を見送りながら、蒼太は、なんとも言えない充実感を覚えていた。


 契約書の確認という、新しい仕事の形が、また一つ生まれた瞬間だった。


 ---


「鈴木さん、これ、めちゃくちゃすごいことになりましたね」


 グレンが帰ったあと、ロイドが、興奮した様子で言った。


「契約書の鑑定なんて、俺、思いつきもしませんでした」


「俺も、正直、今日試すまで、できるかどうか分からなかったです」


 蒼太は、素直にそう答えた。


 薬草。


 魔法理論。


 人物適性。


 古代文字。


 そして、今度は契約書。


 自分の能力が広がっていくたびに、その規模の大きさに、蒼太自身が一番驚かされている気がした。


「これ、噂になったら、また依頼増えそうですね」


「まあ、増えたら増えたで、対応していくしかないですね」


 蒼太は、少し苦笑しながら言った。


 最近、この手のセリフを、何度も口にしている気がする。


「でも、鈴木さん」


 ロイドが、少し真剣な顔で続けた。


「今日みたいなこと、正直、俺には想像もつかないです。契約書の条文を、組み合わせで見抜くなんて」


「まあ、俺も、自分でびっくりしてます」


「普通の鑑定士なら、そもそも契約書を鑑定しようなんて、発想自体が出てこないと思います。鈴木さんの鑑定は、たぶん、根本的に何かが違うんですよね」


 ロイドの言葉に、蒼太は少し考え込んだ。


「そうかもな。俺自身、まだ、どこまで広がるのか、全然分かってないし」


「末恐ろしいですね、それ」


 ロイドは、そう言って、少し楽しそうに笑った。


 ---


 その日の夕方、ギルドから、別件の相談が入った。


「鈴木さん、少しいいですか」


 顔を出したのは、いつもの受付職員だった。


「実は、鍛冶屋に弟子入りしたいという子がいて、適性を見てほしいんです」


「はい、大丈夫です」


「本人、体力にすごく自信なさそうで、なんとか背中を押してあげたいなと思って」


 職員は、少し心配そうな顔で言った。


「分かりました。とりあえず、会ってみますね」


 紹介されたのは、十四、五歳くらいの、痩せた少年だった。


「トールといいます」


「鈴木蒼太です。よろしく」


 トールは、緊張した面持ちで、蒼太の前に立った。


「鍛冶屋に弟子入りしたいんですけど、体力に自信なくて。師匠になる人からも、『体、大丈夫か』って心配されてて」


「今までは、どんなことをしてたんですか」


「家の手伝いで、鍋とか、金物の修理を、少しやってました。あと、暇なときに、拾った金属の欠片を、なんとなく眺めてたり」


「眺めてた、ですか。それ、どんな感じで眺めてたんですか」


 蒼太が尋ねると、トールは、少し戸惑ったように答えた。


「なんていうか……その金属が、どういう風にできてるのか、知りたくなるっていうか。触ってると、なんとなく、落ち着くんです」


「見せてもらいますね」


 蒼太は、トールに手をかざした。


「知識鑑定」


 ---


 情報が、頭の中に流れ込んでくる。


 筋力は、確かに平均以下。


 けれど、それとは別に、驚くほど高い数値が、一つあった。


 魔力感知――特に、金属に宿る魔力の流れを読み取る感覚。


 さらに、集中力の持続性や、細かい力加減の調整能力も、平均を大きく上回っていた。


「トールくん、もしかして、金属を触ると、なんとなく、流れみたいなものを感じたりしませんか」


「え……」


 トールが、目を丸くした。


「はい。剣とか、鍋とか、触ると、なんか、中に川みたいなものが流れてる感じがして。でも、それ、変な話だから、誰にも言ったことなくて」


「それ、変な話どころか、めちゃくちゃ貴重な才能ですよ」


 蒼太は、思わず声を大きくした。


「金属に宿る魔力の流れを感じ取れるのは、鍛冶の中でも、特に魔導具作りに向いてる資質です。普通の武器や防具を打つ職人と、魔導具を打てる職人は、この感覚があるかないかで、大きく分かれるんです」


「魔導具、ですか」


 トールの声が、震えていた。


「体力がなくても、そっちの分野なら、十分やっていけると思います。師匠には、俺からも、そう伝えてみましょうか」


「お願いします!」


 トールは、勢いよく頭を下げた。


「実は、俺、ずっと悩んでたんです。体力ないから、鍛冶屋には向いてないんじゃないかって。でも、それでも金属を触るのが好きで、諦めきれなくて」


「その『好き』が、ちゃんと才能と繋がってたってことですね」


 蒼太は、そう言って、笑いかけた。


「向いてないと思ってた場所に、実は、ちゃんと居場所があったんです」


「俺、頑張ります」


 トールは、拳を握りしめながら、力強くそう言った。


 その顔つきは、最初に会ったときとは、まるで違う人間のようだった。


 その様子を見ながら、蒼太は、改めて実感していた。


 一つの物差しだけじゃ見えないものが、この能力を使えば、はっきりと見える。


 それを、必要としている人に渡してあげることが、自分にできる、一番の仕事なのかもしれない。


 ---


 その夜、宿――というより、今ではほとんど事業所の二階が生活の中心になっていたが――に戻った蒼太は、健太たちと夕食を囲んでいた。


「今日、契約書の鑑定までやったって?」


 健太が、驚いた顔で聞いてきた。


「噂、もう届いてるのか」


「グレンさん、あちこちで喋りまくってるみたいだぞ。ワールドインセンスの鑑定士は、契約書の罠まで見抜くって」


「大袈裟だな……」


 蒼太は、苦笑しながら答えた。


「でも、実際、命拾いしたって話じゃないか」


 隼人が、興味深そうに口を挟んだ。


「これ、うちの事業の幅、また一つ広がったってことですよね」


「まあ、そうなるのかな」


「契約書の鑑定料って、これから、どうするんです?」


 隼人が、さっそく事務的な顔になって聞いてきた。


「まだ決めてない。ロイドさんと相談してからだな」


「量にもよりますけど、時間がかかる分、鑑定料としては、人物鑑定より高めに設定した方がいいと思います」


 隼人は、頭の中ですでに、収支の計算を始めているようだった。


「相変わらず、仕事が早いな、お前」


 健太が、感心したように言った。


「これ、正式に登録された事業所として、社会的にも信用がついてきてる証拠かもな」


「最初は、鑑定持ちの冒険者が四人で始めた、小さな集まりだったのにな」


「まだ半月だぞ、それ」


 蒼太は、思わず笑った。


「半月で、これだけ変わったんだから、たいしたもんだろ」


 健太も、釣られて笑った。


 蒼太は、頭の中で、今日一日の出来事を振り返った。


 契約書の罠を見抜いたこと。


 トールの隠れた才能を見つけたこと。


「知識鑑定、本当に、どこまで広がっていくんだろうな」


 薬草に始まり、魔法、人の適性、古代の言語、そして契約書。


 対象が広がるたびに、その奥にある可能性の大きさに、蒼太自身、まだ全容を掴みきれていない。


「まあ、それも含めて、楽しんでいくしかないか」


 蒼太は、そう独り言をこぼしながら、スープを口に運んだ。


 ---


「そういえば」


 美穂が、ふと思い出したように言った。


「この間紹介した、商会の検品の仕事の方々、順調ですか」


「ナナさんは、すごく順調みたいです。先週も、商会の主人から、追加の感謝の手紙が届きました」


 蒼太は、そう答えながら、ふと、別のことが頭をよぎった。


 これまで紹介してきた人々は、みんな、それぞれの紹介先で、うまくやっている。


 けれど、もし。


 もし、その紹介先自体が、何らかの事情で立ち行かなくなったら。


「蒼太?」


 美穂が、少し不思議そうに、蒼太の顔を覗き込んだ。


「あ、いや、なんでもない」


 蒼太は、頭に浮かんだ小さな不安を、一旦脇に置いた。


 今はまだ、そんな心配をするような兆候は、どこにもない。


 けれど、その小さな引っかかりは、なぜか、頭の片隅から完全には消えなかった。


 紹介した先で、その人が幸せに働いている。


 その光景は、何度見ても嬉しい。


 けれど、自分たちが用意できるのは、あくまで「紹介」までだ。


 その先で何が起きるかまでは、今のワールドインセンスには、コントロールできない。


 いつか、その限界が、誰かを傷つける形で現れるかもしれない。


 そんな漠然とした予感が、頭の隅に、小さな影を落としていた。


「まあ、今考えても、しょうがないか」


 蒼太は、そう自分に言い聞かせて、話題を切り替えた。


「明日も、いろいろありそうだな」


 蒼太は、そうつぶやいて、残りのスープを飲み干した。


 異世界での日々は、少しずつ、より大きな規模へと広がり始めていた。


 ――第13話へ続く。


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