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全知の鑑定士、異世界で才能を仕事に変える  作者: 御影のたぬき


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第11話「初めての人材紹介」

 翌日、蒼太たちは、商業ギルドでもらった資料を片手に、事業所探しに出かけた。


「まずは、一番近いところから見てみるか」


 健太の提案で、最初に向かったのは、商業地区にある、こぢんまりとした空き事務所だった。


 案内してくれたのは、不動産を扱う商会の若い担当者だった。


「こちら、以前は仕立て屋さんが使っていた物件でして。二階建てで、一階が接客スペース、二階が事務スペースになっています」


 扉を開けると、木の香りがする、こぎれいな部屋が広がっていた。


「悪くないな」


 隼人が、部屋を見回しながら言った。


「一階の応接スペースも広めですし、二階の事務スペースも、しっかり区切られてます」


 美穂も、あちこち見て回りながら、感心したように言った。


「日当たりも良さそうですね。窓が大きいので」


 担当者が、続けて説明を加えた。


「以前の借主が、丁寧に使っていた物件でして、床や壁の補修もほとんど必要ありません。すぐにでも入居いただけます」


「家賃は、月に銀貨八十枚です」


「銀貨八十枚か……」


 蒼太は、頭の中で、今の稼ぎと照らし合わせてみた。


 決して安くはないが、払えない金額でもない。


「他も、一応見ておくか」


 蒼太たちは、残り二件の物件も、順番に見て回った。


 倉庫つきの物件は、広さは魅力的だったが、街の中心から少し離れていて、依頼者が訪ねてくるには不便そうだった。


「ここ、荷物の置き場には良さそうだけど、お客さんが来るには、ちょっと遠いよな」


 健太が、少し残念そうに言った。


 もう一つの、表通りに面した元商店は、立地は良かったが、家賃が銀貨百二十枚と、少し予算を超えていた。


「立地は最高なんですけどね」


 隼人が、資料と睨めっこしながら言った。


「今の稼ぎでも払えなくはないですけど、初期投資としては、少し攻めすぎな気がします」


「まあ、無理に背伸びする必要もないよな」


 蒼太も、同意した。


 ---


「やっぱり、最初のところが、一番良さそうじゃないか」


 一通り見終えて、蒼太たちは、近くの茶屋で一息ついていた。


「立地もいいし、広さも今の俺たちにはちょうどいい気がする」


 健太の意見に、隼人と美穂も頷いた。


「家賃も、無理のない範囲だと思います」


 隼人が、頭の中で簡単な収支を計算しながら言った。


「今の鑑定料の稼ぎだけでも、十分にペイできる金額です」


「じゃあ、決まりだな」


 蒼太は、そう言って、最初に見た物件に戻ることにした。


 ---


 数日後、ワールドインセンスの事業所が、正式に開設された。


 一階には、簡単な受付と応接スペース。


 二階には、隼人の帳簿仕事や、ロイドの調整業務のための机が並べられた。


 家具も、最低限のものを、街の家具屋で揃えた。


「椅子とか机、もっとこだわってもよかったんじゃないか」


 健太が、簡素な木製の椅子に座りながら言った。


「最初から見栄を張っても、しょうがないですよ」


 隼人が、あっさりと言った。


「必要になったら、その都度、揃えればいいんです」


 扉には、木製の看板が掲げられた。


【ワールドインセンス】


 シンプルな文字だったが、それを見上げるだけで、蒼太は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「これが、俺たちの会社か」


「なんか、実感湧いてきますね」


 美穂が、感慨深そうに看板を見上げた。


 ロイドも、初めて事業所を訪れた日、しばらく看板の前で立ち尽くしていた。


「俺、こんな立派な場所で働くの、初めてです」


「立派、というほどでもないですけどね」


 蒼太は、少し照れくさそうに笑った。


「いえ、俺にとっては、十分すぎるくらいです」


 ロイドは、真剣な顔で、そう言った。


「実家では、番頭さんの後ろについて、ただ雑用をこなすだけの日々でした。こうやって、自分の机がある場所で働けるなんて、思ってもみなかったので」


 その言葉に、蒼太は、少し胸が熱くなった。


 自分にとっては何気ない事業所も、ロイドにとっては、大きな意味を持つ場所らしい。


 ---


 事業所を開いてから数日が経った、ある日のこと。


 蒼太が、事業所の一階で書類仕事をしていると、来客を知らせる鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 出迎えたのは、ロイドだった。


 入ってきたのは、恰幅のいい、商人風の中年男性だった。


「ここが、噂のワールドインセンスかね」


「はい、そうです。ご用件をお伺いします」


「実は、うちの工房で、人手が足りなくてね」


 男は、木工品や家具を扱う商会の主だと名乗った。


「腕のいい職人はいるんだが、細かい仕上げの検品をする人間がいなくて。困っていたところ、知り合いから、こちらの噂を聞いてね」


「検品、ですか」


 ロイドが、丁寧に相槌を打ちながら、話を整理していく。


「品質を見極める目と、根気強さが必要な仕事なんだが、なかなか合う人材が見つからなくてね」


「これまでは、どのように対応されていたんですか」


「職人自身に、検品まで兼ねさせてたんだが、正直、手が回らなくてね。仕上げの粗が、そのまま出荷されちまうことも、たまにあって」


 男は、少し苦い顔をした。


「お客さんからのクレームも、ちらほら出てきてしまってな。このままじゃ、商会の評判に関わる」


「それは、深刻な問題ですね」


 ロイドは、真剣な顔で頷きながら、話をさらに詳しく聞き取っていった。


 検品の仕事にどれくらいの時間を割けるか。


 どんな性格の人間が向いていそうか。


 給与として、どれくらい出せそうか。


 一つ一つ、丁寧に確認していく。


「給与については、経験者と同じ水準で考えている。もちろん、初めのうちは、見習い扱いにはなるが」


「見習い期間中の給与は、どのくらいをお考えですか」


「銀貨十五枚といったところかな。慣れてくれば、上げていくつもりだ」


「その条件でしたら、十分にお応えできると思います」


 ロイドは、羊皮紙に、聞き取った内容を、手早くまとめていった。


「なるほど、それでは、鈴木を呼んでまいります」


 ロイドは、二階にいた蒼太を呼びに行った。


 ---


「お待たせしました。鈴木蒼太です」


 蒼太が挨拶すると、男は少し意外そうな顔をした。


「もっと、年配の方かと思っていたが」


「若輩者ですが、よろしくお願いします」


 蒼太は、丁寧に頭を下げた。


 男は、少し値踏みするような視線を向けてきたが、すぐに、その表情を和らげた。


「まあ、若くても、腕は関係ないか。噂は本当みたいだしな」


「ありがとうございます」


 ロイドから、事前に大まかな内容を聞いていたので、話はスムーズに進んだ。


「検品の仕事に合う人材、心当たりはあるかね」


「少々お時間いただけますか。何人か、心当たりを確認してみます」


 蒼太は、そう答えて、これまで鑑定してきた人々の顔を、記憶の中で辿った。


 一度きちんと鑑定した相手の情報は、まるで昨日のことのように、はっきりと覚えていた。


 これは、知識鑑定を新たに発動しているわけではなく、単純に、蒼太自身の記憶力が良くなっているような感覚に近い。


 一度得た知識が、綺麗に整理された状態で、頭の中に残り続けている。


 観察力に優れ、細かい作業を苦にしない性格。


 そんな条件に当てはまる人物が、何人か思い浮かんだ。


「一人、心当たりがあります。ただ、今は別の仕事をしているので、本人の意向を確認する必要があります」


「構わない。ぜひ、頼んでみてくれ」


 ---


 蒼太が思い浮かべたのは、以前、ミナと一緒にギルドで鑑定を受けに来た、若い女性だった。


 観察力と根気強さに優れていたが、当時は、これといった仕事に就けず、簡単な雑用を転々としていた。


「あの人なら、この仕事、すごく向いてる気がする」


 蒼太は、ロイドと相談しながら、その女性――ナナという名前だった――を訪ねることにした。


 ナナが住んでいるのは、街の外れにある、小さな長屋だった。


 扉をノックすると、少し驚いた様子のナナが顔を出した。


「ナナさん、覚えてますか。少し前に、適性を見せてもらった」


「あ、はい! あのときは、ありがとうございました」


 ナナは、蒼太の顔を見て、すぐに笑顔になった。


「あのとき、細かいことに気づきやすい性格だって言ってもらえて、少し自信持てるようになったんです。今も、その言葉、たまに思い出します」


「実は、その『細かいことに気づきやすい』適性を、ちょうど活かせそうな仕事が見つかったんです。念のため、もう一度だけ、見せてもらってもいいですか」


「はい、大丈夫です」


 蒼太は、改めて、ナナに知識鑑定をかけてみた。


 視覚的な違和感への感度が、平均を大きく上回っていること。


 木目や模様のような、細かい規則性のズレに、無意識に反応する傾向があること。


 同じ作業を、長時間続けても、集中力が落ちにくいこと。


「これ、木工品の検品仕事、かなり相性いいと思います」


 蒼太は、確信を持って言った。


「木材の傷や、仕上げのムラって、パッと見ただけじゃ分かりにくいものも多いんですけど、ナナさんの目なら、そういう小さな違和感を、かなりの精度で拾えると思います」


「私、昔から、そういうところ、あって」


 ナナは、少し照れくさそうに言った。


「友達と一緒に買い物してても、私だけ、服の縫い目の乱れとか、生地の織り方の違いとか、気づいちゃうんです。でも、それ、あんまり褒められたことなくて。細かすぎる、面倒くさい、って言われることの方が多くて」


「それ、欠点じゃなくて、立派な才能ですよ」


 蒼太は、はっきりとそう言った。


「気づきすぎる、細かすぎる、っていうのは、裏を返せば、それだけ物を見る解像度が高いってことです。検品の仕事なら、それがそのまま強みになります」


「そんな風に、言われたの、初めてです」


 ナナの声が、少し震えていた。


「それなら、ちょうどいい話があるんです」


 蒼太は、木工品の検品の仕事について、丁寧に説明した。


「品質を見極める目と、根気強さが必要な仕事らしいんです。ナナさんに、すごく向いてると思って」


「私に、そんな仕事が……」


 ナナは、少し驚いた様子だったが、次第に、その目に光が宿っていった。


「今の仕事は、正直、あんまり合ってなくて。荷運びとか、力仕事系が多くて、体力的にもきつくて」


「それは、大変でしたね」


「でも、検品のお仕事なら、私にもできそうな気がします。細かいところ、気になっちゃう性格なので」


「やってみたいです。今の雑用の仕事より、ずっとやりがいがありそうで」


 ナナの声には、はっきりとした意志が宿っていた。


「じゃあ、さっそく、商会の方に紹介させてもらいますね」


「よろしくお願いします」


 ナナは、深々と頭を下げた。


 ---


 その足で、蒼太は、一度冒険者ギルドに立ち寄ることにした。


 ナナは、簡単な雑用依頼という形で、ギルドに登録している身だった。


 その彼女を、ギルド外の商会へ紹介するとなると、今の自分とギルドとの契約に、何か影響が出るかもしれない。


「すみません、ちょっとご相談があるんですけど」


 蒼太は、いつもの受付職員に声をかけた。


「はい、何でしょう」


「ギルドに登録してるナナさんという方を、ギルド外の商会に、正式な検品職として紹介しようと思ってるんです。これ、俺とギルドの契約上、問題になったりしませんか」


 職員は、少し考えるように、書類を確認した。


「鈴木さんとの契約は、あくまでギルド利用者への適性鑑定サービスの提供、という内容ですね。紹介先が、ギルド内かギルド外かは、契約上、特に制限していません」


「そうなんですね、良かったです」


「むしろ、ギルドとしては、ありがたい話です。ナナさんのように、今の依頼内容と適性が合っていない方が、外部でしっかりした職を見つけられるなら、ギルドの登録者全体の満足度にも繋がりますし」


 職員は、少し微笑みながら続けた。


「ナナさんが商会に移られる場合は、冒険者登録を、簡易依頼専門から、通常の一般登録に切り替えていただく形になります。お手続きは、こちらで進めておきますね」


「ありがとうございます。助かります」


 蒼太は、ほっと胸を撫で下ろした。


 てっきり、何か複雑な手続きが必要になるかと身構えていたが、思ったよりあっさりと片付いた。


「ちなみに」


 職員が、少し興味深そうに付け加えた。


「今後も、こういった、ギルド外への紹介は増えそうですか」


「たぶん、増えていくと思います」


「でしたら、いずれ、契約内容も少し整理させてください。鈴木さんの活動範囲が広がるにつれて、うちとの契約も、実態に合わせていった方が、お互いのためだと思いますので」


「分かりました。その際は、よろしくお願いします」


 蒼太は、そう言って、ギルドを後にした。


 契約という、目に見えない部分まで、少しずつ整理していく必要がある。


 それも、事業を続けていく上での、大事な仕事の一つらしかった。


 ---


 数日後、木工品商会の一室で、正式な雇用契約が交わされることになった。


 その場には、商会の主人と、ナナ、そして立会人として、蒼太とロイドが同席した。


「では、契約内容の確認をさせていただきます」


 ロイドが、丁寧な口調で、羊皮紙を広げた。


「雇用期間は、見習いとして一ヶ月。その間の給金は、銀貨十五枚。一ヶ月後、双方合意の上で、正式雇用に切り替える場合は、給金を経験者水準まで引き上げる、という内容でよろしいでしょうか」


「うちは、それで構わない」


 商会の主人が、頷いた。


「私も、大丈夫です」


 ナナも、少し緊張した面持ちで頷いた。


「あと、ワールドインセンスへの紹介手数料についてですが」


 ロイドが、続けて説明する。


「見習い期間終了後、正式雇用が成立した時点で、紹介手数料として銀貨五十枚を頂戴する形になります」


「ああ、それは、先日聞いた通りだ。構わない」


 主人は、あっさりと了承した。


「では、これに、双方の署名をお願いします」


 ロイドが差し出した羊皮紙に、商会の主人と、ナナが、それぞれ署名した。


 蒼太は、その様子を、少し離れた場所から見守っていた。


 自分が始めたことが、こうして、正式な書面という形になっていく。


 その重みを、改めて実感していた。


「これで、契約成立ですね」


 ロイドが、羊皮紙を丁寧に折りたたみながら、満足そうに言った。


「ナナさん、頑張ってくださいね」


「はい! 頑張ります!」


 ナナの声には、これからへの期待が、はっきりと滲んでいた。


 ---


 数日後、ナナは、正式に木工品の検品職として、その商会で働き始めた。


 初めての「人材紹介」という形での成功に、事業所には、静かな高揚感が漂っていた。


「これが、俺たちの初めての人材紹介、か」


 蒼太は、報告書に目を通しながら、そう呟いた。


「鑑定だけじゃなくて、こうやって、実際に雇用まで繋げられると、達成感が違いますね」


 ロイドが、嬉しそうに言った。


「商会の主人からも、すごく感謝されました。腕のいい職人が育つ土台ができたって」


「ナナさんは、どうしてる?」


「毎日、生き生きと働いてるみたいです。この間、様子を見に行ったら、商会の主人にも褒められてました」


 その報告に、蒼太は、心から嬉しくなった。


 物を鑑定するのとは、また違う種類の達成感だった。


 一人の人間の人生が、確かに、良い方向へ動いている。


 その手助けができたという実感が、じんわりと胸に広がっていた。


「これ、正直、鑑定料をもらうだけの仕事より、ずっと手応えがありますね」


 ロイドが、しみじみと言った。


「はい、俺も同じこと思ってました」


 蒼太も、素直に頷いた。


「単発の鑑定は、それはそれで役に立ってると思うんですけど、こうやって、誰かの生活そのものが変わっていくのを見ると、なんか、全然違う種類の嬉しさがあります」


「これから、こういう人材紹介の依頼、もっと増やしていきたいですね」


「そうですね。ただ、ちゃんと一人一人に合った仕事を見つけないと、意味がないので。そこは焦らずに」


「はい、その通りだと思います」


 ロイドは、真剣な顔で頷いた。


「数を追うより、一件一件、ちゃんと結果を出す方が、長い目で見れば、信頼に繋がると思います」


「隼人らしい考え方だな」


 健太が、横から茶々を入れた。


「効率とか信頼とか、そういう話、好きだよな、お前」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 隼人は、澄まし顔で答えた。


 その様子に、事業所には、小さな笑いが起きた。


 ---


「これ、噂が広まったら、また依頼増えそうだな」


 その夜、事業所の二階で、健太がぽつりと言った。


 事業所を構えてから、健太も、時々、荷物運びや簡単な力仕事の手伝いに顔を出すようになっていた。


「まあ、増えたら増えたで、対応していくしかないですね」


 隼人が、帳簿から顔を上げずに答えた。


「今のところ、収支はしっかり黒字です。鑑定料に加えて、今回みたいな人材紹介の手数料も入ってきますし」


「人材紹介の手数料って、どのくらいなんだ?」


「今回は、正式雇用が決まったタイミングで、商会側から、紹介手数料として銀貨五十枚いただきました」


「へえ、そんな仕組みなんだな」


 蒼太は、感心したように言った。


 このあたりの契約周りは、ほとんど隼人とロイドに任せていた。


 自分では、細かい交渉事は、正直あまり得意ではない。


「蒼太は、鑑定と、人と話すことに集中してもらえれば、それでいいですよ」


 隼人が、事もなげに言った。


「俺は数字を見るのが好きだし、ロイドさんは人の話を整理するのが得意。役割分担が、うまくできてると思います」


「それにしても」


 健太が、ふと真面目な顔になった。


「これ、この調子で依頼が増えたら、俺たち四人とロイドさんだけじゃ、そのうち手が足りなくなりそうだよな」


「まあ、そうかもしれないですね」


 隼人が、帳簿をめくりながら答えた。


「そのときは、また誰か雇えばいいだけの話です」


「軽く言うなあ、お前」


 健太が、苦笑した。


「でも、実際、今のところ、うまく回ってますからね。人を増やすことに、変に抵抗感じる必要もないと思います」


 隼人の言葉に、蒼太も頷いた。


「そうだな。必要になったら、そのとき考えよう」


「その代わり、雇うときは、ちゃんと適性見てくださいよ。数を増やすことが目的になっちゃ、意味がないので」


 隼人が、釘を刺すように付け加えた。


「分かってる。そこは、絶対にブレないつもりだ」


 蒼太は、はっきりとそう言った。


 戦闘力だけで判断されて、王城を追い出された自分だからこそ、譲れない部分だった。


 ---


「なあ、蒼太」


 美穂が、ふと思い出したように口を開いた。


「私も、そろそろ、正式にワールドインセンスの顧問として、契約を結んでもいいですかね」


「え、もちろんです」


「今までは、なんとなく手伝う感じでしたけど、薬草関係の顧問として、もう少しちゃんと動きたいなって」


「美穂には、薬草や調薬関係の依頼、これからもっと頼ることになると思うので、ぜひお願いします」


「よかった」


 美穂は、嬉しそうに微笑んだ。


「実は、ユウキ君も、正式にうちで雇えないかなって、思ってて」


「ユウキ君を?」


「はい。あの子、薬草採取の腕、本当にすごいんです。もし、うちで正式に雇えたら、もっと安定した仕事を任せられると思って」


「今は、どういう形で採取してるんでしたっけ」


「その日採れた分を、その都度、薬屋さんに売ってる感じです。安定はしてるんですけど、収入に波があって」


「なるほど。正式に雇えば、その波もなくせますね」


 蒼太は、少し考えてから頷いた。


「いいと思います。美穂の判断なら、間違いないでしょうし」


「ありがとうございます」


「給金とか条件は、美穂に任せていいですか。俺より、ユウキ君のこと、よく分かってると思うので」


「はい、任せてください」


 美穂は、少し誇らしげに胸を張った。


 こうして、ワールドインセンスは、また一人、新しい仲間を迎えることになった。


 ---


 その夜、宿から事業所の二階の一室――蒼太たちは、少しずつ、そこに寝泊まりする準備も進めていた――に戻った蒼太は、窓から見える街の明かりを、ぼんやりと眺めていた。


 事業所ができた。


 初めての人材紹介が成功した。


 ナナが、新しい仕事で輝いている。


 美穂とユウキの正式な雇用も、決まりそうだ。


「ほんの少し前まで、王城で役立たず扱いされてたのにな」


 蒼太は、小さく笑った。


 あのとき、自分の力がここまで大きなものになるとは、想像もしていなかった。


「まだ、始まったばかりだけど」


 蒼太は、そう呟きながら、窓の外の明かりを、もう少しだけ眺めていた。


 一つ一つの明かりの下に、それぞれの生活がある。


 その中のいくつかに、自分たちが、少しだけ良い影響を与えられている。


 そう思うと、なんとも言えない、静かな充実感が胸に満ちてきた。


 翌朝、蒼太が事業所に向かうと、すでにロイドが、机の上に何やら書類を広げていた。


「おはようございます、鈴木さん」


「おはようございます。早いですね」


「今日、また新しい相談の予約が二件、入ってます」


 ロイドは、少し興奮気味に書類を見せてきた。


「一件は、商業ギルド経由で。もう一件は、この間の木工品商会の主人からの紹介だそうです」


「紹介まで、来るようになったんですね」


「はい。噂が、少しずつ広がってるみたいです」


 蒼太は、その報告に、なんとも言えない気持ちになった。


 嬉しさと、それから、少しの緊張感。


 これから、どんどん依頼が増えていくのだろう。


 その一つ一つに、きちんと向き合っていけるだろうか。


「まあ、来るもの拒まず、でやっていくしかないよな」


 蒼太は、そう自分に言い聞かせながら、今日一日の予定を確認し始めた。


 窓の外では、朝の街が、いつも通りの喧騒を始めていた。


 行商人の呼び声。


 荷馬車の車輪の音。


 冒険者たちが、ギルドへ向かう足音。


 その中に、ワールドインセンスという、まだ小さな会社の足音も、確かに混ざり始めていた。


「明日も、頑張るか」


 異世界での日々は、少しずつ、けれど確実に、新しい形を作り始めていた。


 ――第12話へ続く。


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