垂れ幕
試合終了と同時に、歓声が爆発した。
優勝決定だ。プロ野球のペナントレースを、一位で駆け抜けたのだ。
本拠地球場を埋めるお客さんたちは、大いに盛り上がっている。手製の紙吹雪が周囲を舞っていた。
また、外野スタンドの最上段では、大きな応援フラッグがいくつも揺れている。
長い暗黒時代を耐えて耐えての「優勝」だ。弱い時代を知っているファンからは、思わず涙もこぼれる。今日の涙はうれし涙だ。
グラウンドでは、選手たちがはしゃいでいる。
そんな選手たちの家族の中には、今日の試合を見にきた者たちがいる。
ある選手の父親もそうだ。
勝てば優勝が決まる一戦。チームにとっても、息子にとっても、今日は晴れ舞台だ。
試合中ずっと外野スタンドの最前列から、息子やその仲間たちに声援を送り続けた。
そして、めでたく優勝だ。
良かった。家でつくってきた「これ」が使える。
優勝を祝う「垂れ幕」だ。
外野スタンドの最前列では、すでに数人のファンが、手製の「垂れ幕」を広げている。外野フェンスに沿って、布の先端が地面まで達していた。
ある選手の父親も、家でつくってきた「垂れ幕」を広げる。
それに書いてあるのは、
――俺の息子がやったぞ!
他の「垂れ幕」ほど布が長くないので、その先端は地面まで届いていない。
球場内は、なおも歓喜の渦だ。
ピッチャーマウンドの辺りに選手たちが集まって、監督の「胴上げ」が始まった。一回、二回、三回、四回、五回、六回、七回!
優勝チームだけに許される行為だ。ううううぅぅぅ、こんな日が本当に来るなんて。あの暗黒時代が嘘のようだ。
胴上げが終わると、監督とコーチ、選手たちが、グラウンドを一周し始めた。ファンに向かって、笑顔で手を振っている。
選手たちの何人かは、自前のカメラを持っていた。
今日の記念にと、球場の風景を写真に収めている。
自分たちだけでなく、スタンドの様子も撮っていた。お客さんたちの笑顔を写真に収めている。
そんなことをしながら、選手たちが外野までやって来た。
で、そこにある「垂れ幕」を順に見ている。
中でも、『俺の息子がやったぞ!』の「垂れ幕」を見ながら、何やら話しているようだ。
父手製の「垂れ幕」が、他の選手たちに注目されて、その息子は照れくさそうにしている。
けれども、小さくだが、父親に向かって手を振っていた。
そのあとも、選手たちはファンに手を振りながら、グラウンドを残り半周する。
それが終わると、十人以上の選手が、あの「垂れ幕」のところに戻ってきた。
カメラマン役を交替しながら、順番に一人ずつ、あの「垂れ幕」を背に写真を撮り始める。
今日の記念だ。
外野スタンドの最前列が写らない構図で撮る。これなら、「垂れ幕」をつくった「父親」の姿は写らない。
優勝記念の写真だ。
自分がいて、その背後には、『俺の息子がやったぞ!』の「垂れ幕」がある。
月日は流れて十数年後。
あの時、優勝を経験した選手たちも年齢を重ねて、すでに現役を引退していた。
彼らの家では、リビングルームの一角に、「自分がプロ野球選手だった頃の写真」がいくつも飾ってある。
その中にはもちろん、あの時の写真もあった。優勝した時の写真だ。
垂れ幕の写真を見て、小学生の息子が尋ねる。
「この垂れ幕を用意したのって、ぼくのおじいちゃん?」
まあ、普通はそう思うだろう。
元選手はにこにこしながら、
「そうだよ。この試合を見にきてくれたんだ」
小さな嘘をつく。
同様の写真を撮った選手たちの家庭では、そんな会話が交わされているとか、いないとか。
次は昔のお話です。




