一軍合流
本拠地球場から離れた県に遠征している。
そこで二軍の試合があるのだ。
で、その試合中、ベンチにマネージャーが走ってくる。
「今すぐ一軍に合流してください!」
急遽、俺の一軍昇格が決まったらしい。
「良かったな。あとのことは気にしなくていいぞ」
二軍監督が笑顔で言う。
すぐさま選手交代だ。
とにかく時間がないらしい。着替えている暇はないそうだ。
ユニフォームの上にジャンパーを追加して、マネージャーと球場の外へ急ぐ。
一軍は今日、夜の試合だ。「交流戦」で遠征中。
試合が行われるのは、普段対戦しない球団の「本拠地球場」なので、
「どうやって行くんです?」
俺はマネージャーに尋ねた。
「それなんですけど」
二軍担当のマネージャーは少人数だ。
もしも俺が外国人選手なら、目的地まで同行するという。
しかし、俺は日本人だ。
なので、マネージャーがにこやかに告げてくる。
「一人でがんばってください。移動手段は用意しておきました。乗る場所までは送ります」
それを聞いて、俺は不安になる。
夜の試合が始まるまでに、一軍に合流できるだろうか。
どうも自信がない。普段行かない球場だし、電車の乗り換えとかあるだろうし・・・・・・。
私は高速バスに乗りこんだ。
これから隣の県まで、プロ野球観戦に行く。
交流戦だ。贔屓の球団が現在、隣の県に遠征してきている。こういう機会は大事にしたい。
それで手配した。「試合のチケット」と「高速バスの往復チケット」、その二つがセットになった「お得パック」だ。
なお、今日はこの県で、その球団の二軍が試合をしている。
一軍の試合の前に、そっちを見に行くことも考えた。
でも、二軍の試合を見に行ったとしても、途中で抜け出すことになる。
だから、そっちはあきらめた。今日は一軍の試合に集中する。
そして、今まさにバスが出発しようという時になって、
「すみません! 乗ります!」
二人の男性がバスに乗りこんできた。
バスの中が驚きの声であふれる。
乗りこんできた片方は、贔屓の球団の選手だ。
そっちじゃない方が説明する。こっちは球団のマネージャーらしい。
「先ほど急遽、彼の一軍昇格が決まりました。夜の試合が始まるまでに、一軍に合流しなければなりません」
それで、この選手もバスに乗るという。これなら乗り換えは必要ない。乗っているだけで、一軍の試合がある野球場まで、連れて行ってくれるのだ。
予想外の事態に、バスの中がざわついた。
まさか、プロ野球の選手と一緒に、移動することになるなんて・・・・・・。
そんな中、マネージャーと選手が頭を下げて、
「目的地までよろしくお願いします」
すると、お客さんの一人が、
「一軍昇格おめでとー♪」
そう言って、拍手をした。
これを皮切りに、他のお客さんたちも拍手を始める。
選手は何度も頭を下げながら、たった一つ空いていた席に座った。
マネージャーが降りると、バスが走り出す。
これから県境を越えて、一軍がいる野球場を目指すのだ。
お客さんたちはそわそわする。
本心では話しかけたい。サインとかをお願いしたい。
でも、がまんしよう。そんな空気が自然とできていた。
一方、選手はスマホで何かを真剣に見ている。
隣の席にいたお客さんがこっそり、「何を見ているのか」を紙に書いた。
それを後ろの席のお客さんに、うまくパスする。
その紙がバス内を一周した。選手にばれないように、こっそりとだ。
お客さんたちの多くが思い出す。学生時代の授業中、こんな風に先生の目を盗んで、教室内でメモを回したっけ。
選手が見ているのは、他球団の投手だ。その動画。
この投手、今夜の試合に先発するらしい。
それで研究しているのだろう。
しばらくして、別のメモが回ってきた。
なるほど。これも選手に、ばれてはいけない。
バスの中にアナウンスが流れた。
あと十分くらいで、目的地に着くらしい。
俺はスマホから顔を上げる。
今夜の試合に先発する相手投手、その研究にすっかり夢中になっていた。
マネージャーの言うとおりだ。乗っているだけでいい。
ただし、ファンの人たちと一緒だけど。
それで不安だった。「高速バスでの移動中ずっと、話しかけられるんじゃないか」と。
でも、そういうことは一切なかった。
たぶん気をつかってくれたんだと思う。本当にもうしわけない。
バスが着いたら、真っ先に降りよう。
そう考えた時だった。
急にバスの中が、にぎやかになる。
俺以外の全員が突然、歌い出したのだ。
うちの球団歌である。
俺も一緒に歌った方がいいのかな?
まごまごしていると、一番が終わった。
その直後に、拍手が起こる。
「今夜の試合、がんばってねー♪」
バスが走行中でなければ、立ち上がって「おじぎ」をくり返していたかもしれない。
俺は座ったまま、頭の上で両腕を大きくふると、
「ありがとうございます!」
このあと、再び球団歌が始まった。
今度は俺も歌う。
それが終わった時にちょうど、バスが止まった。
目的地に着いたのだ。
俺は自分の荷物を持つと、盛大な拍手に送られながら、最初にバスを降りた。
目の前には、大きなドーム球場がある。
試合開始の時間が刻々と迫っていた。
私は球場内の席に着く。
まさか、プロ野球の選手がバスに乗りこんできて、一緒に移動するとは思わなかった。
しかし、あれでバス内のお客さんたちに、強い一体感が生まれたと思う。
今夜の試合、あの選手の出番があれば、全力で応援しよう。
あのバスに乗ってきた人たちは全員、内野の一角にかたまって座っている。今夜の試合、他の県からも高速バスが来ているそうだ。まちがえて他のバスに乗らないように、試合終了後にはみんな一緒に、自分たちのバスに移動する予定。
試合開始直前に、今日のスターティングメンバーが発表される。
次々と選手たちが紹介されていく中、私は驚いた。
あの選手の名前が呼ばれたのだ。今日のスターティングメンバーである。
この野球場にいる他のお客さんたちにとっても、予想外だったのだろうけれど、私たちにとっては、ものすごいサプライズだ。
隣にいる人たちと互いに顔を見合わせながら、あの選手に向けて拍手を送る。
しかも、しかもだ。
二回の表、あの選手にチャンスで打席が回ってくる。ランナーは一塁、二塁。
そこでタイムリーヒットを打った!
同じバスに乗ってきたみんなで、歓声を上げる。
先制点だ!
一塁ランナーもホームベースに帰ってくる。一気に二点!
試合は九回の表に入っていた。
俺は戦況をベンチで見守る。
今日はスタメンで試合に出ることができたし、タイムリーヒットを打つこともできた。
しかし、ほんの少し前に、代打を告げられていた。
これは仕方がないだろう。
チームは現在、負けている。
まずは追いつく。そのためには二点が必要だ。
ランナーは一塁。ホームランなら一気に追いつける。
そのための代打だ。俺よりもパワーのある打者が今、打席に立っている。
すでにツーアウト。がけっぷちの状況だ。
俺は代打の選手を応援した。
そうしながら思い出す。
今日はいろいろなことがあった。
二軍でいきなり、一軍への合流を告げられて、高速バスに乗ってきた。
あのバスに一緒に乗っていたファンの人たちが、球場のどこにいるのかは知っている。
二回の表にタイムリーヒットを打った時、この球場で一番の歓声を上げてくれた。内野の一角にかたまって座っている。
せっかく遠くから観戦に来ているのだし、できることなら勝ち試合を見せてあげたい。
俺は代打の選手を、大声で応援した。
この時、頭の片すみでは、ある考えが浮かんでいた。
「ゲームセット!」
審判の声に、私は「ふー」と息を吐く。
「負けたかー」
とはいえ、プロ野球のシーズンは長いのだ。勝ったり負けたりは当たり前。
それに、負けはしたものの、試合内容は悪くなかった。両チームが点を取り合うシーソーゲーム。見ていて面白い試合だった。
ゲームセットの直後、こっちに走ってくる選手がいる。
あの選手だ。一緒にバスに乗って移動してきた選手。
私たちがかたまって座っている場所、その前まで来ると、ぼうしを取って一礼する。
私は思わず拍手をした。
周囲にいる人たちもだ。拍手をしながら、立ち上がっている人もいる。
この拍手、他のお客さんたちには、何のことかわからないようで、
「何? あの選手の知り合いが、集団で来ているの?」
そんな声が聞こえてくる。
心の中でほくそ笑む私。
まあ、知り合いっちゃ、知り合いかな。
同じバスに乗って、この球場まで一緒にやって来ただけの知り合い。
でも、これは嬉しいサプライズだ。負け試合の残念な気持ちが、一気に吹き飛んじゃったよ♪
そして、帰りのバスで。
さすがに、あの選手がまた乗ってくることはなかったけれど、バスの中は終始、あの選手の話題で盛り上がっていた。
次回は『脱衣』というお話です。




