8.はじめまして こだいいせき
時間がないので、入り口近くの部屋は調べず飛ばしていく。重要な情報は奥まった場所で秘匿されているものだ。どんな文化文明でも同様の傾向にあるため、もはや人の性なのだろう。
王宮魔術師と仮定した多数の遺体が重なる入り口付近も気になるが、今回の任務は施設の調査だ。この建物がどういった目的で使用されていたかを調べるならば、やはり奥の調査は外せない。
道中は足を止めず、壁に這わせた手で簡単な分析だけ行っていく。簡易だがそれなりの慣れが必要となる魔術だ。よってこの魔術を私とクレスで行い、ラクーシャには私達が分析した情報を手元に映し出しての保存作業を任せている。
「なあ、なんか普通じゃねぇか? 入り口はあんなに魔力がんがん注がれてたのに」
ラクーシャの疑問は最もだ。建造物、特に施設ともなれば、魔術による強化は一般的だ。
木であれ土であれ石であれ、建物に使用される材料へは魔術で強化を掛けていく。防犯、雨漏り、黴予防。様々な効果が見込めるので、重要な施設であればあるほど、定期的に魔術を掛け直す。
おかげで我が家は色褪せず剥がれず錆ず、黒ずみ黄ばみの掃除など一度もしたことがない。黴も苔も生えず、家の中には虫だって出ない。
しかし、この魔術をかけている建物はそう多くない。
「確かに、入り口の壁材に残っていた魔力の痕跡は相当なものだったが、それ以外は壁材のままだな。入り口近辺のみの強化は、まあ、市井では一般的だが……」
「全部強化したほうが頑丈になっていいのに、なんでだ?」
「魔術師一人雇うのにどれだけの金がかかると思ってるんだ。平民なら、奮発したところでせいぜい窓回りか屋根のどちらかを強化できれば上等だ。男爵家であっても、両方強化できない家も多い。屋敷全域ともなれば、余程の家か重要施設、後は王族くらいのものだ。お前は少し、大多数の常識も学ぶ必要があるな」
教示を仰げるのはありがたい話なのだが、ラクーシャはその幼さを存分に発揮し、うるさそうな顔を隠しもせずそっぽを向く。それを気にせず、クレスは小さな破片を私に放ってよこした。
「ミント、どう見る」
「そうですね。瓦礫の魔力については、お二方の見立て通りかと」
「隠蔽の痕跡は」
「今のところは何も。ただの壁材に等しいです」
受け取った破片を掌の中で遊ばせる。
「何か引っかかるって顔だな」
「ここで魔力を使わず、他に回したのかもしれませんね……どうもざわざわします。」
首の後ろと胸がどうにもざわつく。落ち着かず、身の置き場がない感覚が消えず、そわそわする。
「僕もだ。さて、この短い間に、僕達の好奇心を満たせるだけの何かが手に入ればいいんだがな」
経験上、古代遺跡ならばともかく、近代の施設からはあまり期待できない。何せ私達が興味を抱くような物は、既に王宮魔術師が徴収していっているからだ。
だが、その都度腐っていても仕様がない。研究は、繰り返さねば何の成果も得られないのだから。
最初はラクーシャが、崩れた廊下の隙間を潜っていった。
突如集団から外れたラクーシャに、ルクトス隊、中でも彼の護衛達は慌てふためいた。何せラクーシャが潜っていったのは瓦礫の隙間だ。鍛え上げた軍人が通れる大きさではなかった。
幸い、痩せ型のムカジーユがぬるぬると潜っていってくれたおかげで、ラクーシャと合流できた。その上で、別の道から残りの護衛達も合流の目処が立っていた。
次にクレスが、あまり荒れていない小さな部屋、の、本棚の後ろに地下へと続く階段を発見し、その奥へと向かった。
当然、彼の護衛達は慌てふためいた。何せクレスが進んでいったのは小さな階段だ。鍛え上げた軍人達が通れる大きさではなかった。
幸い、恵まれた体躯代表ロカンがむきむきとどうこうしてくれたおかげで、クレスと合流ができた。わけでは特になく、皆縮こまり、どうにかこうにか必至に合流を果たしていた。
その様子を尻目に、私は建物の深部を目指した。
入り口から続いている廊下を、基本的には一直線に進んできた。
廊下は埃っぽく、壁も床も原形を留めぬほど激しく損壊している場所もあれば、全くの無傷の場所もあった。
この損壊は劣化ではなく破壊によるものだ。時間がないので立ち止まってじっくり調査する暇はないが、入り口に積み重なっていた骨の死因と似た印象を受けた。破壊原因がばらばらだ。
推定魔物が通過した場所だけが壊れているのだろうか。何かを追っていたのか。はたまた追われていたのか。
破壊痕は一直線に続いている。ここに至るまでの道のりに曲がり角は多々あれど、そちらはほぼ無傷だ。ほとんど余所見なく、通路だけが壊れている。
ラクーシャが潜っていった瓦礫は横道であったが、あれはおそらく余波で壊れたのだろう。私も隙間から覗いただけだが、ラクーシャが辿り着いた通路の先は綺麗なままだった。
おかげで部屋の中は調べ放題なのに放置していかねばならぬこの悔しさよ。疑問があり、目の前に疑問に対する調査対象があるというのに、我慢せねばならぬことが魔術師にとってどれほどの苦痛か。
この耐え難いやるせなさともどかしさを耐えるために必要なのは、更なる好奇心だ。幸いここにはそれがある。
推定魔物が最初に破壊した場所はどこか。つまりどこからやってきたのか。
優先度高く調べられる好奇心に救われる。限られた時間内で、この破壊痕の始まりへと到達しなければ。
王宮魔術師が到着すればいつものように調査権を徴収され、機会は二度と訪れない。その焦りがあるからこそ、血涙流して通過していけるのだ。そうでなければ耐えられなかった。
はっきり言って、ここに至るまでの全てに魔術をかけて入念な調査を行いたい。推定魔物の血肉いやそこまで贅沢は言わないので皮膚片爪できれば骨か生きた本体が残っていないかとの希望を込めた調査をしたい。
周囲の様子を魔具に記録しつつ、できる限りを肉眼で記憶する。あっちも気になりゃこっちも気になる。私だけでなく、護衛の面々もきょろきょろしているが、彼らの場合は周囲への警戒と、戦闘の可能性に備えた戦場の把握だろう。
そんな中、一人周囲を見ていない人がいる。
「……あの、何かありましたか?」
霊長目ヒト科。性別男。所属サンワール国軍ルクトス隊。階級少尉。観測場所森林内謎施設。
名アンペロプシス。続柄ミント・アベルジアの夫。
が、私を見ている。対象者の情報は取得済みであれど、私を見ている理由には全く見当がつかない。心からの疑問に対し、アンは私に固定した視線をそのままに口を開いた。
「君が興味を向けた対象に向ける顔は、そんな顔なんだなと思ってた」
そんな顔ってどんな顔だ? 自分の頬を掌で軽く擦る。
「これだけ興味深い調査対象が溢れている中、見るものが私の顔なことってあります?」
一応周囲の目を、否、耳を気にして声を潜めた私に合わせ、アンも心持ち私との距離を詰めた。
「俺は君が、こういう状況下でどういった感情を抱くかは知っているけれど、どんな顔をするかは知らなかった」
「そりゃそうですね」
手紙で相手の顔が見えるだなんて、そんなことは夢物語だ。遠く離れた場所にいる人と顔を合わせた会話ができる。そんな夢物語……なんて素晴らしい機能だろう。クレスの技術を応用してどうにかできないだろうか。姿形は無理でも声だけでも届けられたら世界が変わる。情報は世界を制す。
軍団の規模を瞬時に伝えられ、そして伝えられてしまう。戦場は途端に形を変えるだろう。都市部から順繰りに広がっていくはずの流行も、瞬く間に世界を巡る。今までその速度で広がっていたのは病だけだった。けれどそこに情報が並ぶのだ。
それは、凄まじい未来だなと、思う。
様々な機微がある。そんなことは分かっている。だが、会いたい人に声だけでも会えたなら。末期に間に合えたら。それはどれだけ幸せなことだろうと、思う。
情報は世界を制すが、感情は時代を制すのだ。
様々な発明は、自分であれ他人であれ、誰かの幸せを願って開始される。完成後の使用方法が願いに重なるとは限らないだけで。
まだ設計図も展望も、指針すら見つけられていない発明に思いを馳せている私の悪い癖を前にしても、アンはまっすぐに私を見ていた。
「知らないから知りたい」
そのまっすぐな声と視線、そして言葉に胸を打たれ、よろめく。
この人、私達の関係性を隠している事情が全て自分側にあることを覚えているのだろうか。
一応声を潜めているので隠す気はあるようだが、さりげなさが皆無である。けれど嬉しいと思えてしまうので、本当に不思議なものだ。
「ありがとうございます。でも私の顔なんて、これからいくらでも見る機会はありますから今しかないこの貴重な機会にその情報収集能力を周囲へ向けてもらっていいですか?」
「分かった」
照れくささで可愛げのない、まごうことなき本心を伝えてしまった。だが素直に頷いているアンがまるで子どものようで可愛い。いまいち内容が嚙み合わなかった幼少期。私が書いた手紙の先でこんな顔をしていたのかもしれないと思うと、微笑ましくなってきた。
しかし騙されるな私。この顔がムカデを送ってきたのだ。そして今尚送る可能性を秘めているのだと。
そう自分に言い聞かせ、一切緩めていなかった速度をさらに上げた。
クレスもラクーシャも、確実に何かしらの収穫を携えての合流となる。私だけ手ぶらで帰るわけにはいかない。千年に一度の天才に挟まれた身、せめて何かしらの収穫を得たい所存だ。
手ぶらでは居た堪れない。只人の自覚はあれど、普通に仕事ができなくて落ち込む。
そう思いつつも、特に収穫のないまま突き当りに辿り着いてしまった。入り口から繋がる廊下をひたすら進んできた先は瓦礫の山だった。
こんな、普段なら受け入れられる結末も、今は少し切ない。
落ち込みながらも調査に入るのは、最早呼吸のような反射だ。できるだけ短時間で最多の情報を取得可能な魔術を選択する。精密さと分析距離は犠牲となるが、初手としては悪くない魔術だ。
その結果、この瓦礫はここに至るまでの道と比べると、一際損傷が激しいと分かった。壁も天井も何もかもが砕け落ち、隙間がない。先の様子どころか、先があるかどうかも分からない状態だ。
だが、おそらくはまだ先があるはずなのだ。左右に部屋が見当たらない。この先がただの行き止まりであれば、廊下だけが伸びた無意味な空間になってしまう。これほど機密性に溢れた謎の施設に、そんな無駄な空間を作るとは考えづらい。
「判断は二課に任せるよう命じられている。よって、引き返す否かは君次第だ」
「そうですね……」
今度はさりげなさが必要ない会話なので、音量そのままに会話する。けれど私はアンに対し、どこか上の空だ。自分の思考が忙しいとこうなってしまう、悪癖の一つだ。
人としてどうかと思うので、私もアンのことを言えない自覚はある。二課である。
引き返して別の道を進むのも一つの手だ。大部屋から小部屋まで、手つかずの部屋は幾つもあり、書類もそのまま残っていた。あれを読むのなら急がなければならない。
だが、私はここが気になるのだ。
瓦礫の状態を見るため、瓦礫の前をひょろひょろと動き回る。立ってしゃがんで這いずり回り、ありとあらゆる角度から隙間を探す。そうして立ち止まり、瓦礫の前で腕を組む。
何も見えん。以上だ!
周囲を記録している魔具も、心なしかしょんぼりして見える。生命ではない物体に感情が発生するはずもないのだが、私は自分勝手な人間なので見たものに対し自身の感情を投影してしまう。だが、このまま手ぶらでのこのこ帰るつもりは毛頭ない。
転んでも、ただでは起きぬ、それが二課。
私は杖をくるりと回した。
「ちょっとやってみましょうか」
杖をゆらゆらと揺らし、選択した魔術に必要な魔術を均す。細く長く均等に、滑らかに平らかに穏やかに。なんとなくうまく引き伸ばせた気がする魔力を、発動した魔術で瓦礫の中へと溶け込ませる。
どれだけ研鑽を積み理論を固めようと、結局のところ魔術発動は「なんとなく……」に尽きるのだ。
これは既に把握している自分の魔力を使い、対象を調査する際によく使う魔術だ。自らの魔力と比較して、様々な物を計測していくのだ。器具なしに測れるので、とても便利な魔術である。だが魔術師でも苦手な人が多い手法でもある。
何せ魔力とは、魔術師だけが持っているわけではない。大小あれどこの世に存在する、それこそ大気に至るまでの全てに含まれるのだ。それら全てに対し、自身の魔力を決して混ぜることなく、強固に確立させた状態で把握し続けながら関わらせるのは、少々訓練が必要となる技術である。
しかし訓練すれば、大抵の魔術師が使用可能な魔術でもある。得意ではないというだけで、使用困難な魔術に分類されるわけでもない。
特に二課ではわりと一般的な魔術の一つだ。何せ得手不得手にかかわらず、使用頻度が高いのでやるしかないのである。
初手で使わなかったのは、魔力消費量が他と比べて高い上に、集中力も段違いだからだ。
とりあえず瓦礫の向こうを確認するため、魔力を走らせる。突き当りは壁となっていて、その先に空洞はなさそうだ。空洞がなければ部屋はないだろう。ひとまずがっかりして、次に地面を調べようと伸ばした魔力が罅割れた。
「あ」
その意味を思考は理解していたけれど、体と感情がついていかなかった。
突如、凄まじい音と振動が響き渡る。次いで起こったのは浮遊感。何の前触れもなく、私達が立つ床が抜けた。
轟音や衝撃よりも早く、魔力の罅により知った落下だった。だからといって心構えができたわけでもなく。魔術師の私でさえそうだったので、ルクトス隊は事態の把握に一拍を要していた。
何せここは、一際密度を持った瓦礫が積み重なった一角だ。視界が狭く、見通しが悪い。明かりは二課が用意した物が発するのみ。とかく、情報収集には分が悪い条件が揃っている。
損壊はあれど、しっかりとした造りの建物内で、何の前触れもなく床が抜けるなど誰が想像しただろう。
「何だ!? 敵襲!?」
「違う! 足抜け!」
「護衛対象保護しろ!」
「護衛対象どこだ!?」
戦場上がりだけあり、事態が飲み込めれば対応も早い。そう、私と違って。誰より早く事態を把握したものの、誰より何もできなかった私は、見事瓦礫に呑まれた。
「隊長に殺される――!」
降り注ぐ悲鳴と絶叫の阿鼻叫喚を全身に浴びながら、華麗に落下を決めたのである。
「おお――……」
どうしたものかと、瓦礫と仲良く落下しながら杖を揺らす。こんなに見事な落下は初体験だ。今度手紙に書こう――……送る相手がここにいる場合、感想を言い合うほうが建設的かもしれない。
私を追い越していく瓦礫、私と命運を共にする瓦礫、着地と同時に私を圧し潰す気満々の位置に陣取っている瓦礫。個性豊かな瓦礫と仲良く落下を嗜みながら、首を捻って斜め後ろに声をかける。
「どうします?」
「判断は君に任せる」
「巷で噂の言われて一番困るやつ! ちなみにそれを告げて以降。全ての苦情は罷り成らぬらしいんだけど、大丈夫ですか?」
「うん」
「うん!?」
予想外の可愛い返事が聞こえて、思わず振り向いてしまった。
私を後ろから抱え、共に落下しているアンに動揺見られない。さすがは戦場上がりである。こんな状況にも慣れているのだろうか。そう思ってしまったが、これは危険な思考だと自分を戒める。
人は、詳しくない分野の難解さを軽視する傾向にある。大雑把な納得を得て満足する愚行を犯しやすく、故にこそ意識して思考を戒めねばならない。
知見を得れば得るほど、何の根拠もない納得という名の雑な思い込みが、どれだけ眉唾で大笑いに等しく軽蔑すべき事柄か分かる。専門外の事柄であればあるほど迂闊に納得などすべきではないし、納得しようとする行為こそが愚かなのだ。
反省後、私もアンと同じように周囲へと視線を戻す。その間も、激しくなびく髪が顔面を叩き続けている。反省はしたが、自ら頬をはっ倒すほどの猛省は望んでいない。
結んだ端を掴み、そのまま固定する。魔力は他に使いたいので、物理的にどうにかできるものはそうするしかない。
落下の衝撃に負けず、緩く円を描いてた杖を少しだけ動かし、灯りの光量を上げる。
そうして周囲の様子を把握した私は、思わず感嘆の声を上げた。
「なんて深さ……凄い」
私を追い越していった瓦礫が底に到達した衝突音が聞こえなかったので、想定はしていた。それでも目の当たりにすれば、驚愕と感嘆が胸を打つ。どれだけ光量を上げようと、光が底に到達しない。
突如抜けた床の下に、こんな空洞があるとは。想像だにしていなかった事態に胸が高鳴るのは、当然の反応だろう。
二課、未知なる事象大好き。
空洞の横幅は、大人が両手を広げて五、六人並べるほど。壁自体は綺麗な平らだが、曲線を描いており、この空洞は円柱のような形となっている。
杖をくるくると回し、落下の速度を緩めていく。完全な浮遊とは違い、この程度の魔術であれば事前準備など必要ない。だから焦りはなかったのだが、アンが焦っていないのは魔術師である私への信頼だろうか。
それなら嬉しいが、純粋にどうにかなる算段が付いていた可能性のほうが高い。付き合い自体は長くとも、突発的事態に対して至近距離の反射的信頼を築けていない自覚はある。
けれど、その判断に命を懸けてもいいと思う。それは彼への信頼もあるけれど、何より、あなたの判断ならば死んでもいいと思えるほどに、心を預けている自覚もまた、あるのだ。
ふわふわに角立たせた卵白を混ぜ込んだ生地がもったりと流れ落ちるような速度で、私とアンは円柱の底を目指していく。
「私以外誰も落下しなかったの、さすがですねー」
「足場を抜く戦法は、戦場で多発していたから慣れている」
「聞いてないんですけどねー」
教えてくれていたら、足場が抜けても自動反射で浮遊する魔具を開発したというのに。
「聞かれなかった」
「そりゃあね! 知らないものは聞きようがねっ……もしかしてさっき言ってた足抜けって、それ?」
頷いたアンに脱力する。妙な略し方をしないでほしい。脱走兵かと思ったではないか。いくら二でも、そんな重要情報を把握していなかったのかとはらはらしたではないか。
長い距離をのんびり落下しながら、改めて周囲を観察する。この空間は、どう見ても人工的に作られている。自然にできた空間にしては不自然なほど整っているからだ。
「凄い……完全な魔力の膜だ」
丁寧に魔力を這わさずとも分かる。魔力で壁の表面を撫でるだけで、この場にどれだけの魔力が込められていたか手に取るように分かる。
壁に残った魔力の痕跡は、大きく二つの層になっていた。表に残る痕跡はせいぜい数十年の物で、比較的近代に施されている。だがそれよりも奥、本来の壁材に直接注がれていた魔力は、途方もないほど古い。
胸の内から湧き上がる熱のまま、私を抱える人を振り返る。
「ここ、古代遺跡じゃないですか!? アン、やった! 遺跡だよ!」
謎の施設調査任務が、一転して未発見の古代遺跡調査へと様変わりした。
まさか地下に古代遺跡があるだなんて、嬉しすぎる誤算だ。今日はなんて素晴らしい日だろう。今日は祝日に定められるべきだ。少なくとも私の人生の祝日には制定された。
今日は古代遺跡発見記念日! やったぁ! 遺跡の調査ができる!
いつもいつも、古代遺跡調査は王宮魔術師が来るなり中断となり、遮断されてしまう。そうして彼らが調査を終え、空っぽにした出がらしになって初めてまともな調査が許可される。そういうものだった。
それなのに王宮魔術師が到着するより早く私達が突入した。
その上、不慮の事故により落下中。地の底へ到達したとて、早々地上まで戻れないのは自明の理。
何せ私達は事故により遭難したのだ。王宮魔術師が到達し、私達に退去通告を出したとて、従えない。
そこには何の意図も存在しない。王城への反逆を疑うわけにもいくまい。
何せ、全ては不幸な事故。仕様がない。最高に仕様がない、不幸な事故である。やったぜ!
「アン! 見て! あっち!」
「見てる、ミント、見てる」
「あれ古代文字じゃない!? いやぁああああああああああ通り過ぎた! もっと! もっと壁に寄りたいけど速度維持したままじゃ魔力が足りないっ!」
「確かに古代文字。ミント」
「あ゛――! あれも古代文字ぃ――!」
「確かに古代文字。それで、ミント」
「あぁああああああアン! 古代文字! あれもこれも古代文字! アン見て! 古代文字! 未だかつてないほど古代文字!」
「ミント、俺の服を引きちぎろうとするのはやめたほうがいいと思う」
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
壁にみっしり刻まれた古代文字に高揚する度、いつの間にか掴んでいたアンの胸倉を引きちぎらんばかりに振り回していたことに私がつ付いたのは、絶望と共に地の底へ到達してからだった。




