7.はじめまして ちょうさたいしょう
「さっさと始めるぞ。王宮魔術師が出てくるなら急いで損はない。ミント、先陣いけるか」
「了解です」
首元からぶら下げていた杖を取り外し、利き手の上で浮かばせる。杖はくるりと手首を返した瞬き一つの間に、私の身長と同じ長さとなった。まっすぐに持った杖で、地面をかつかつと打ち鳴らす。
「開始します」
一際大きな音を立てて杖を打ち鳴らすと同時に、魔術を発動する。
糸のように細く、根のように無数に、菌糸のように自由に。私の魔力が這っていく。その一本一本、先端の先に至るまでが私の意思となる。
大雑把な区分にはなるが、これが一課と二課の違いだ。一課は行動の一環として発動させる魔術を得手とする。対して二課は、細く探るように魔力を這わせる魔術を得手とした。
二課の魔術は、細く緻密であるほうが何かと便利だ。元よりそうした魔術を得意とする人間が必要にかられるがまま行使し、時に酷使すれば、さらに磨かれ自然と特化していくものだ。
対する一課は、爆発的な威力を持つ魔術の即時発動を得意とする。よって攻撃や防御など反射を必要とする戦闘に長けているのだ。
徐々に溢れ出した魔力が服の裾を翻す。
魔力とは、濃度が高いほど可視化されていく。今ならば、魔術師ではない人間にも私の魔術が見えているだろう。噴き出した魔力を依り、細く、強く、しなやかに編み上げる。そうして状態を分析し、把握していく。
固めて固めて固めて、ぐちゃぐちゃに閉ざして閉ざして閉ざして。
閉じたというよりは、潰して塗り固めた。そんな魔力の痕跡がある。
これを破壊しようとすれば、相手の魔術を侵食し弱体化させた上に、自身の魔力を幾重にも重ねて凝縮し、威力を極限まで高めた魔術が必要になるだろう。
しかし、ここは戦場に近い。長い戦争が終わり、双方が軍を引いている最中、派手な破壊行為は難しかったはずだ。今は何が火種になるか分からないので、気を付けすぎてちょうどいい。
だから二課が呼ばれたのだ。
二課は、良くも悪くも力任せを得意としない。吹き飛ばすより解き、解けなければ腐らせ。溶かし、砕き。終いには材質性質を変えてぶち破る。
軍において魔術師が一課と二課に分けられているのは、優劣の問題ではない。純粋に得意分野が右と左ほどに違うからだ。
最終的に開けばそれでいい。正攻法は、取らない取れない、それが二課。
編み上げた魔力を這わせ、じわりと中へ浸食させる。私が開けた穴から、クレスの魔力が潜り込む。互いに様子を探りつつ深度を深め、行動領域を拡大させていく。そこを私達の陣地とするため魔力を張り巡らせる。その道を使い、最後に合流を果たしたラクーシャが支配領域を固定し、確定させる。
私は彼らの魔力が弾き合わぬよう溶け合わしつつ、壁を閉じている入り乱れた魔力を解いていく。
一番初めに侵入してきた私の力を反射のように弾いてはいるが、酷く潰れ合った魔力同士ではお互いを引っ張って傷つけ合ってしまっている。だからそこまで苦ではない。
そもそも魔術師当人がこの場にいない上に、明確な攻撃意思のない魔術だ。潰れ合っているがゆえに癒着して、まるで一つの塊になり。一つの塊になっているがゆえに術者がいなくても魔力が残存し、暴走状態とはいえ機能している。
実はこれ、魔石の原点だったりする。
ものすごく簡単に説明すれば、凄まじい濃度の魔力を凝縮させ、術者が維持せずとも魔力が残存するという現象を安定させたものが魔石だ。
人工の魔石が画期的発明であった時代から、ほんのわずかな間に当たり前の存在となった。今では日常生活に欠かせない、水や火と同列の存在である。
だがそんな今であっても、魔石作りに失敗はつきもの。何千回作ろうが難しい。失敗した魔石もどきは、ただの暴走魔力の塊だ。そのまま放置すれば、いつ爆発するか分からない無差別爆弾になってしまうので、必ず解除する必要がある。
つまり、失敗した魔石もどきを解除する作業で、練習なら腐るほどやってきたのである。
ぐちゃぐちゃに潰れ、強固に癒着していた魔術がゆるりとたわんだ感触があった。一度緩めば、後はすぐである。
「開くぞ。守れ」
前だけをまっすぐに見ているクレスから、ルクトス隊へ指示が飛ぶ。こんなにも不遜な、何かあったら守ってねがあろうか。そんなクレスの態度に嫌な顔一つせず、ルクトス隊が戦闘態勢に入った。さっきまで虫取りに勤しんでいた面子がさっと表情を入れ替え、剣と盾を構える。
私とクレスは、前方に移動したルクトス隊の後列から杖だけを突き出した。ラクーシャは私達の周りに防壁を張っているため、杖は自らの前にまっすぐ立てて持っている。
「三、二、一。開きます」
私の秒読み後、扉が解け始める。中心からぼろりと崩れ始めれば後は早い。
あっという間に土塊となった扉の向こうに、薄暗い空間が現れた。窓のない建物なので、内部が見えたのはこれが初となる。
長らく塞き止められていた黴臭い空気と積もった埃が、突然の空気の流れでかき混ぜられて舞い上がった。そうして外へと雪崩出してくる。長い間動きのなかった空間には、舞い上がってなお厚く重なったままの埃が見えた。それは即ち、魔物を含む生命体が存在しなかった証左だ。
それでも油断はできない。これまで発見された古代遺跡には、罠がある物も多かった。そして罠とは何も、古代遺跡のみに設置されている物ではない。正体不明の施設に罠がないとは限らないのだ。
中にはまだ踏み込まず、魔術障壁内で全員マスクを装着していく。このマスクは、戦場でも使用されている。ちなみに二課作だ。
現場からは、粉塵や土煙、果ては毒にも対応している上に、装着も呼吸も快適で大変重宝していると喜びの声が送られていた。機能面を充実させつついかに軽量化するか、苦心したものだ。
ちなみに制作理由は、二課隊員による「調査のとき空気が悪かったり埃があったら咽せちゃうし、人前で鼻水をかむの恥ずかしい。機能的で軽量化され、尚且つつけただけで野暮ったい顔もそれなりに格好良く見えてお洒落の一環になるマスクがほしい」(匿名希望42才男)という要望からであった。
匿名希望の割に特定は余裕であったが、誰もが流してあげた優しい職場だ。最後の要望が面倒くさすぎて、その辺りの設計は自分でやれよと誰もが叩き返した、大変気の利く職場である。
そうして完成したマスクは、いつの間にか戦場でも採用されていた。仕事の快適さを求めつつ息抜きで作り始めたはずなのに、いつの間にか粉塵から毒煙、しまいには小規模であれば衝撃まで防げる性能になってしまったからだと思われる。ついでに猫も見つけられる。
何故そんなことになったのか。それは、二課だから。他に理由などない。大変楽しかった。
二課、上層部からどうでもいいと切り捨てられる機能を、全身全霊掛けて凝るの大好き。
杖を一回地面に打ち付ければ、杖先で浮かんでいる宝玉が光りを放つ。杖を持っているのは私を含めた三人。現在この場に魔術師は二課しかいないので、灯りを用意できるのは私達だけになる。
火での灯り確保も可能だけれど、全容が把握されていない上に、長らく閉ざされていた場所で火を扱う行為は推奨されない。目に映る物、映らぬ物。何に引火するか分かったものではない。
魔具も魔力濃度が高い場所ではどうしたって不具合を起こしやすい。対策は確かにされてきたけれど、常に万が一は付きまとう。不安要素が多い場所では、確実性を確保できるところはしておきたい。
よってこういう状況では、魔術師当人が対処可能な灯りが推奨されている。しかし灯り三つでは全員の手元を照らすには到底足りない。
よって灯りをつける人間を募集する。二課では緊急時以外は立候補制なので、指名はしないのだ。
立候補者が揃うまで、円を描くように杖の先を回しながら待つ。光が尾を引くように線を残し、見慣れた光景だが何となく遊んでしまう。
ここにいるルクトス隊はざっと数えて三十人弱。その内のほぼ三分の一が立候補した。魔具ではない光は自分で消すことができない。全員につけると不都合が起こる場合もあるので、妥当な数だろう。
立候補者へは、各々好きな場所に光を渡す。肘、剣を持つ手、足、尻……本当に好きな場所である。
「では、参りましょうか」
頭に光を付けたロカンの言葉に、ルクトス隊の面々が動き始める。どうやら、この場の指揮はロカンが執るようだ。
護衛もしつつ指揮も執る。大忙しだ。
ふざけた言動と筋肉はあれど、優秀な人なのだろう。
父はあれでいて人を見る目があるのだ。あれでいて。本当にあれでいて。
深くは考えまいと、意識を切り替える。マスクをもう一度確認し、私達は中へと足を踏み入れた。
中は暗く、当然だが静かだった。
崩れた土塊を跨げば、私達が使用している光だけが光源となって辺りを照らす。まっすぐ続く通路の左右には、部屋らしき入り口が見える。入り口らしき場所は、長方形に口を開けているだけだ。扉は最初からついていないのか、それとも壊れてしまったのか。
建物の全体的な造りとしては、近代建築のごく一般的な様式をしている。古代遺跡は柱や角が丸みを帯びているものが多いが、近代建築は直線的な物が多いのだ。
一部屋ずつ確認していく時間はないので、ルクトス隊がざっと安全確認に走った背中を見送る。
光は、すぐにそれを捉えた。入り口近くに山となっていた塊が視界に入った瞬間、足を止める。
「何だそれ。いっぱいある」
ラクーシャが、私の服に体重を預けながら首を傾げた。
布の塊が、床一杯に積み重なっている。薄汚れ、破れ、解れ、茶色の染みが広がるそれが何か、ラクーシャだけが分かっていない。
布の塊は入り口付近に多数積み重なっているだけではなく、奥にも点々と続いている。それを見たルクトス隊は、半数以上が私達を追い越し、残りは私達を囲って周囲を警戒し始めた。
私とクレスは、手前で折り重なっている塊の前にしゃがみ込む。私の背へおぶさるようにラクーシャが乗っかった。
「今後のためには見ておいたほうがいいとは思うけど、無理そうなら下がっててね」
「何だよ! 馬鹿にすんな!」
「お前、全部馬鹿にされてるように聞こえるのか。ご大層な耳だな」
幼き誇りゆえに憤慨したラクーシャを背負いながら、クレスと一緒に布を引っ張る。その下から、元は白かったであろう物質が現れた。茶や黄や黒に汚れた大小様々な、しかし同じ材質の物体が転がり出てくる。
それらをざっと確認していく。その中で、ひと際大きく丸い形を残したそれを見て、ラクーシャが息を呑んだ。
布の下に埋もれていた人の骨は、ざっと見て十数人分はあるだろう。声を発さなくなったラクーシャを振り向くことは、しない。下がるか否か、決めるのは彼だ。
「外傷がありますね」
「統一感の無さが気になるな」
「ですよね。こっちは切創、でもここは焦げてますし」
「凍った痕跡もあるが、そっちの粉砕された骨は物理的な衝撃だ。複数の魔物がいたと思うか?」
「それにしては死体が綺麗じゃないですか?」
「だな。複数の魔物がいたにしては原形を留めすぎてる。対象を一旦魔物と仮定するが、瘴気が場を荒らす前に魔物を追い出し入り口を閉ざしたのならば、こいつらの全滅が不可解だ」
「この数の魔術師が揃っているなら、全員即死級の致命傷を負わない限りどうにかなりますよね」
少なくとも助けが来るまで延命くらいはできたはずだ。それなのにここで全滅しているのは何故だ。
骨をひっくり返しながら、他にも得られる情報はないかと確認していく。
魔物は場を荒らす。それは瘴気を出すからだ。瘴気は岩どころか長期に渡れば鉄をも溶かす。即効性も遅効性も両方を兼ね備えた猛毒である。しかし、それにしては骨が綺麗だ。
ざっと確認した骨を服と一緒に寄せていく。杖で骨を掻き分ける私達の手元をロカンが覗き込む。
「何をお探しで?」
「杖だ」
杖、と、鸚鵡返しで返ってきた言葉に、私が補足を入れる。
「魔術師の杖です。杖を見れば分かることも多いので」
「そういうものですか」
「はい。杖は情報の塊ですし、素材一つでも多くの情報は得られます。民間人と軍人では使える素材も違いますから」
魔術師の杖は制御装置だ。なくとも魔術は扱えるが、稼働時間も威力も段違いとなる上に、いつ暴走するかも分からない。使う魔力が大きくなるほど危険性も増す。緊急事態でもなければ杖なしで魔術を扱う利点はない。そうして杖は小型化が進み、ついには装飾品ほどの感覚で扱えるようになった。
魔力は個人で異なる。質も違えば使い方まで違う。よってそれらを安定させる杖もまた、個々で調整される。
誰だって他人の手では戦えない。使用する素材によって性能に差が出る上、杖とは基本的に一点物。持ち主である魔術師のためだけにあり、その一点に己の力を集約する。
だからこそ換えが効かず、身元を割るには丁度よかった。顔より余程雄弁な個人情報だ。
「――では、王宮魔術師かどうかは?」
「断定はできませんが、予測をかなり絞ることはできます……ありましたね」
装飾品の形を取った杖が布と破片に埋もれていた。指を少し曲げて発動した魔術で、視界の高さまで持ち上げる。ざっと見て、目に見える損傷はなさそうだ。慎重に、私の魔力で探りを入れていく。
「いけるか?」
「ちょっと待ってください。仕様が古い上に癖が強くて……かなり、繋ぎにくい」
「……お前が言うなら相当だな」
本来であれば己以外の杖は扱えないが、魔具の扱いに慣れた魔術師であれば起動くらいは可能だ。
杖も魔具だから、というよりも、魔具の原型が杖なのである。そして杖とは通常、職人が作る物だ。如何に余分を削ぎ落とし、機能的かつ軽量性を備えられるかが重要視されている。
しかし二課は自分で作っている者が多く、好みだからという理由のみでつけられた外見的特徴もさることながら、謎の機能を詰め込んだりと改造に余念がない。杖職人が見たら、おそらく憤死する。
ゼノンの杖には温度計と湿度計と方位磁石と風見鶏がついているし、とある先輩の杖には半径十メートル内に存在する猫の居場所が分かる機能がついている。他にも、パン屋の場所を即座に特定する機能に、濡れたら七色に輝き出す機能、眠くなると陽気な音楽が流れだす機能など、二課の杖は個性満載だ。
何故そんな機能を、そんな疑問は二課だからで納得していただきたい。何せ二課なのだ。
杖の機能は日々進歩している。特に現在のサンワールでは、ゼノン達が魔術史の頁を早めたおかげで、矢のような早さで変化を続けていた。
日々更新される情報と睨めっこし、効率よく使いやすい杖の形を日々模索する中、何故余分をつけてにこにこしているのか。
二課に効率性を求めてはいけない。全ては浪漫だ。浪漫はやる気に直結する。
余談だが、余分をつけてなお稼働速度を損ねない構造を模作し鋭意研究してきた結果、またもや魔術史の頁は進んだ。進歩とは大体、余計な他所道が使い道に繋がった瞬間に生まれるものである。
私が起動させようとしている杖は、魔石による魔力調整機能がなく、ただでさえ機能停止して久しい杖が、魔力を受けつけようとせずに弾いてしまう。持ち主の魔力であろうと受けつけるか怪しい。
「これだけ古いと正確には分かりませんが、授業で触った八代前の杖に一番似ているように思います」
「八代前か。……少なくとも十二年よりは前だな。二課長により魔石が作られてから七代は型が変わった。その間で随分効率化されたが、その前は停滞期だった。杖はほぼ完成形と言われていたが、魔石により余裕が生まれ、好きに弄れるように……ラクーシャ、聞いておけよ、お前のための講義だぞ」
名指しを受け、私の背中に張りついていたラクーシャがぴくりと震えた。死体は怖いが、私達の作業に興味があり、頑張って覗き込む。へっぴり腰でも興味が勝る。彼もまた、二課である。
「ミントのやり方をよく見ておけ。魔力の扱いにおいて、ミントはサンワール一だ」
「神経使う作業してるときに煽てないでくださいよ」
「お前、僕がお世辞言うと思っているのか。愉快な思考だな」
「思いませんけど……空間転移なんて夢物語を実現させた人に言われても反応に困ります」
杖が微かに震え、魔力の流れが変わる。急速に浸透していく私の魔力は、杖の起動を意味していた。
「起動します」
私の手の中で、杖の大きさが変わっていく。思っていたよりも大きい。杖は持ち主の身長と同じほどになるのだ。通常の大きさへと戻った杖を見上げ、素直に感心した。
これは、かなりの巨漢だ。
ラクーシャもぽかんとしている。彼は幼く経験こそ足りないが、実力は申し分ない。経験を積み、冷静さを身に着け、悪態を身の内に潜められ、礼節を知り、おんぶを要求せず、人にぶら下がらなくなったら、昇進はあっという間だろう。
「……このでかさ、まさかラゴー・ディトか?」
クレスが、ぽつりと呟いた。
「どなたですか?」
「王宮魔術師だが目立つほど体格に恵まれた男だった。歳も歳だから引退したと聞いていたが……」
「それはいつ頃の話ですか?」
「僕が王宮魔術師に勧誘されていた時代だから、十四年前だ」
その言葉に、全員がクレスを見つめる。
「……中尉、おいくつでしたっけ?」
「先日僕の誕生日を祝ってくれたくせに忘れたのか。二十二だ」
千年に一度の天才二人に挟まれた私は肩身が狭い。大盤振る舞いせずもっと希少性を保ってほしい。
「そういえばあの頃、方向性の違いだとか何とかで大量離反者を出したとか。聞いたことがないか?」
「うーん、私その頃三才なんで」
「オレは生まれてないもん」
「………………そうだよな」
腕の間からラクーシャが潜り込んでくる。ラゴー・ディトの杖が気になるらしい。彼からすれば身の丈の何倍もある杖だ。しかし、興味はあれど骨が怖い事実は変えようがないらしい。
二課にいれば、奇妙な死に方をした死体が出た現場に駆り出されるなどざらにあり、死体は見慣れている。ラクーシャもその内慣れるのかもしれないが、こればっかりは慣れさせたくないなとは思う。
「この骨が元王宮魔術師達だとすれば、これだけ早く王宮魔術師が出てくるのも頷けますね。これ、離反したかどうかも怪しくなってきましたよ」
「全くだ。あれだけ機密性の高い組織が大量の離反者を出した事実は相当な不祥事だ。にもかかわらず、それがまだましだと判断した事態なら、是非とも暴きたいところだ。ミント、張り切るぞ」
「了解でーす」
これまで散々調査を中断させられ、研究を徴収されてきた我ら二課。表立った反攻はせずとも、恨み辛みは他と同様それなりに持つ立場である。
この短時間で全ての骨を揃えることは難しいけれど、頭蓋骨で人数くらいは判断できるだろうとざっくり並べていく。しかし、どうにも数が合わない。現在見つけられている頭蓋骨は十七体。しかし杖が十六本しか見当たらない。
「ラクーシャ、どう?」
「ないー」
足元にある割れた壁の隙間を覗き込んでいたラクーシャは、身軽に体を起こした。遺体は怖いが、この部位を探せるかと問えばうんと答える。彼も立派な二課だ。
それに、遺体は怖くとも頭蓋骨はなんとなく怖くない。その感覚も分かってしまう。世の中に、頭蓋骨型の雑貨が多いのも要因の一つだ。
「一人分ってのが気になるな。杖一つ程度、他の奴らが回収するはずだ」
その程度もできない状況だったのなら、逆に一人しか杖を失わなかった事実に疑問が残る。ならばその一人、魔術師ではなかったのだろうか。
「おい、王宮魔術師はいつ頃到着予定だ」
王宮魔術師は、自分達の不都合と見るや否や、言葉を交わすことさえせず命を取りに来る。それが当たり前の選択肢として存在する集団だ。魔術師以外を人間扱いせず、命を軽く扱う。
魔術を扱えない存在は劣等生物であり、理性と知能を持たぬ下等な生物だと、悪意や嘲りではなく常識として断じてしまえるのが王宮魔術師だ。悪意のほうがまだましだと思える稀有な事例である。
相容れぬ基準の中生きる、同じ常識を適用できぬ存在。私は彼らをそう認識している。
入り口から一番近い位置に立っていた男に伝令が走り寄った。報告を聞く男の顔に皺が寄り、それだけで大体内容が察せられた。クレスは肩を回し、立ち上がった私も足首を回す。私達の視線の先を辿ったラクーシャも嫌そうな顔をした。以上だ。若い彼に準備運動はいらないらしい。以上だ!
「三十分後、到着予定!」
「それはまた、随分飛ばしてきたもんだ。よっぽど見られたくないものがあるらしい」
伝令の言葉を受けていた男が目を見開き、声を張り上げた。
「オーダ・バリド、確認!」
クレスは目を丸くし、私とラクーシャも思わず顔を見合わせる。
オーダ・バリド。王により無法を許された王宮魔術師を束ねる地位にある、王宮魔術師の長。
王が最も信頼し、最も近しい立ち位置となるはずの護衛騎士よりも王に近しいと隠されもしない男。最も王に近く、最も長く王に仕える男。王妃よりも王に等しいと、密やかな不敬が流れる男でもある。
「最悪ですね」
「ああ、最低だな」
この男が出てきたということは、いよいよこちらの命が軽くなった。
男の気まぐれで私達の殺害命令が出されたとして、軍には制止がかけられない。オーダ・バリドは、王に近すぎるのだ。
王は事あるごとにオーダ・バリドを呼びつけ、男も都度応じる。王の悩みは男へと集約し、答えは至ると囁かれるほどに。その関係性が危険視されようが、水面上は波風立たせぬままやり過ごされてきた。
その渦中で、王子が自身の付き人に王宮魔術師を選んだものだから、周囲の危機感は目も当てられない。
付き人の名はフィーク・バリド。どう見てもオーダ・バリドの縁戚であり、実際に甥である。
オーダ・バリドが出てくるとなると、殺されれば行方知れずで捜査終了だ。死体すら上がらぬまま、行方不明者捜索のみならず捜査までもが強制終了となるだろう。そんな横暴が罷り通るのが、王宮魔術師という立場だ。
さらにここは、人目が集約する場所ではない。人目どころか、人の生活圏からも遠く離れた場所。何が起ころうとも隠蔽は容易だ。
ただでさえ王宮魔術師が絡む案件は警戒度が桁違いだが、オーダ・バリドが出てきた時点で、危険度が最大値まで跳ね上がった。夜会会場からひょいっと送り出されていい任務ではないのは確実だ。
「俺達は三手に分かれる。お前達は適当に護衛につけ」
言うや否やさっさと歩き出したクレスの後に、私とラクーシャも続く。一本道だから後に続いているだけで、気になった道が現れれば勝手に分かれる予定だ。
できるなら王宮魔術師による制圧が入る前に撤収したいので、手分けできるならそのほうがいい。行動指針を決めれば、突然行動を開始することに定評のある二課である。
背後から、慌てて追いついてきたルクトス隊も口早に分担を決め始めた。その間に私達はは自身の鞄から丸い球体を取り出すと、それは何だと問われるより早く、躊躇なく頭上へと放り投げる。
球体はくるくると回り、私達の頭上で静止した。静止といっても、触れれば小刻みな振動が分かるだろう。鳥が空中停止している姿に似ているが、これは魔力によって浮かべているので、完全に消しきれなかった稼働による振動はそのままだ。
ロカンは私達同様足を止めず、されど興味を隠さず球体を見上げる。
「それは?」
「景色を記録する魔具です。私達の魔力を自動追従し、空中を移動します。現在の技術では一瞬を切り取った静止画しか記録できませんが、後々は動きも音声も記録できるようにしたいと考えています」
「はぁー!」
ロカンが上げた感嘆の吐息は、マスク越しでも暴風が吹いたかと思う音だった。存在自体が嵐のような騒がしさを持った人である。そういうところは、少しお父さんに似ている。
そう思っていると、いつの間にか隣に来ていたアンの腕が私に触れた。通路を集団で歩いているので、腕の一つや二つや三本や四本ぶつかり放題だが、隣に来たことに全く気づかなかった。アンは存在自体が嵐の前の静けさのような人だ。そういうところは、少しお父さんに似ている。
「それは、凄いですね。いやはや、凄まじい。もしや、あなたがお作りになった?」
「先輩達の技術をお借りしました。稼働時の魔力調整に少々コツが必要ですが、便利ですよ」
ロカンは、驚愕と感嘆が綯い交ぜになった瞳を浮かべた。
「いやはや……今期の二課は粒ぞろいと聞いていましたが……。確かにこれは、そう形容されるべきですな。我々のような凡人の生活さえも、常識変動がすぐに起こりそうだ」
魔術は常識を変える。つまりは世界を変える。善くも悪くも、魔術にはそれだけの力があるのだ。
不可能を可能に、可能を不可能に。慣習を禁忌に。禁忌を慣習に。
世界の全てを裏返す最も簡単な道程が魔術の開発だ。そういう、可能性という名の危険性を孕む術であることは重々承知の上だが、その上で私は今の時代、今の二課にいられて幸せだと思っている。
何せ私は二課が性に合っている人間であり、根っからの魔術師なのだ。
一課であれ二課であれ、結局のところ魔術師である以上本質は変わらない。魔術師は、どう足掻いても魔術師でしか有り得ない。探究心無きものに魔術師は務まらぬ。
つまりは、そういうことである。




