6.はじめまして つめあわせ
城から出発した人数は大体二十人弱。しかしひょっこり現れる人数を合わせると、その倍近くはいるのかもしれない。動員人員が思っていたより遥かに多い。
動員人数が多いのは、相応の理由があるものだ。
渡された地図で森の位置を把握しながら、薄く滲む汗が雫になる前に一つ息を吐く。意思を持って吐き出した吐息は風となり、一瞬で私自身を流れて消える。これで少し涼しくなった。
この森は湿度が高く、汗ばみやすい。私が使った小さな魔術を見て、ラクーシャが慌てて真似をする。可愛い。
森を歩き始めた時点で同じ魔術を使っていたクレスが、ぽつりと呟く。
「しかし、遺跡ではなく正体不明の施設となると、珍しいな」
クレスの感想は、私も抱いた。
何千年昔のことかは分からないが、私達の紡いだ歴史とは違う文明を築いた時代があったことは、確かな事実として確認されている。とても高度な文明だったようで、今の私達では到底作り出せない痕跡がそこかしこで見つかっていた。
文献に記載されている物一つとっても、今の時代に存在すれば魔術の歴史が裏返るほどの魔具がごろごろ存在しているのだ。
それらがごくありふれた生活の道具なのだから、どうしようもない。
魔術に関してもそうだ。
今の時代では、お伽噺の魔法にしても夢物語だと笑われるような魔術が、ごく一般的なものだったことが数多の研究で裏付けられている。
凄まじい技術力と、優れた美しい魔術を持った文明がこの世界には存在していた。そう思うだけでうっとりする。憧れと急かされるような焦燥がこの胸を駆け巡り、いつか全貌を明らかにしたいと、私の中の魔術師が猛り叫ぶ。
そんな高度な文明が何故滅びたのかは、未だ解明されていない。敵国の記載も見つかっていない。
あれだけの力ある国ならば、たとえ自然災害相手であろうと、滅びなど回避できようものだが。
知識を含め完全に断絶されるような滅びを迎えた原因は何だったのか。何一つ分からぬまま、圧倒的な文明の差を残して消えていった、魔術師憧れの時代。
前時代の遺跡や遺物は忘れた頃にひょっこり見つかる。
探しても見つからないのに、何故か忙しいときに限って出てくるのだ。よって「やったね最高研究楽しみ!」という感情と「でも今じゃない」という感情が綺麗に同居するという貴重な体験が可能だ。
放っておくのも危険であるし、一般人では対処不可能な事態もままあるため、大体二課が呼び出される。遺跡調査に駆り出されるたび私達は「この忙しいときにありがとうございますすっごい嬉しいこのために生まれてきたと言っても過言ではあるけど過言ではない」と駆け出していくものだ。
二課、知らないこと調べるの大好き。
「それにしても、この森は見覚えがある」
「え? そうなんですか?」
「六年前、36番を捕獲した森だ。僕は新人だったから初めての出張だった。あの時は馬で三日かかった……三日、かかったんだよ」
「……今回は一日かかりませんでしたね」
被検体36番が捕獲されたのはここだったのか。つまり、この森には魔物が生息しているらしい。だから案内以外にも、随所に隊員が点在しているのだろうか。
しかし、それにしては森が壊れていない。魔物が魔物たる所以は、どの生態にも属さない在り方以外にも多岐に渡る。
その一つに、場を荒らすという特性があった。
水を腐らせ、土を毒し、大気を穢す。他の生き物の生存を許さず、共生の概念が存在しない。瘴気と生きる、それが魔物という存在だ。
だから、魔物が生息しているならば森が壊れているはずなのだ。それなのにこの森は、人の手が入っていないゆえの荒れはあれど、壊れてはいない。されど生命がいない。森としての体を為しているにもかかわらず、生命の気配を感じない。
魔物の影響を真っ先に受けるのは植物のはずなのに、消えているのは動物だけで、植物はむしろ鬱蒼と茂っている。
何とも奇妙で、不気味な森だ。
まだ魔物の生息地に入っていないだけなのだろうか。それとも既に駆除が終わっているのか。
六年も前の話なら、魔物の駆除が終わっていてもおかしくはない。再度地図を確認して、そう思う。
時間経過の話ではない。ここは戦場に近いのだ。魔物討伐に長けた軍人なら、それこそ山ほどいただろう。
勿論、魔物は片手間に退治できる存在ではない。だがこの森から魔物が溢れ出てくると、サンワール軍は敵軍と魔物の挟み撃ちにあってしまう。立地条件的に見て、優先的に駆除に乗り出した可能性は大いにある。もしかしたらお父さんも、駆除に参加していたかもしれない。そして、アンもだ。
地図を見ながら思考を回す。思考を任務へ固定しているのは、それが必要なことだからだ。思考の停止は人間としても魔術師としても敗北だ。だから思考を余所へ散らさないように努力する。それは当たり前で、ただそれだけのことだ。
「しかし、貴方が結婚ですか……全く予想外でした」
「そうか」
「紙の君は、家族、友達、恋人、通信教育のどれかで賭けられていたのですよ」
「そうか」
「まさか恋人だったとは……ちなみに私は通信教育に賭けました」
「そうか」
……応答、酷くないか?
必死に思考から弾き出しても無視しづらい。他人の会話に対して必要以上に気を割かないクレスさえも、ちらりと視線を向けているほどに、内容が酷い。
「恋人に賭けているのは隊長くらいでしたが……これは、隊長の大勝ちですね」
それは詐欺ではなかろうか。
突っ込みたい箇所はいろいろあるが、私達が恋人だった時間は皆無である。強いていうならば、婚約期間が四分あるくらいだ。
「私個人の好奇心ではなく皆のために聞くのですが、戦場にいようと愛を育んだ先人として、是非ともご教授願いたいと独身連中は気もそぞろなので、あくまで皆のために聞くのですが」
「そうか」
目の前で発生している会話を見つめていると、クレスがそっと耳打ちしてきた。
「あの筋肉樽、絶対自分が聞きたいから聞いてるよな」
「筋肉樽……」
「脳筋かどうかはもう少し検証が必要だろう。結果を急いては、後々の研究で余計な不備を出す」
別に脳みそ筋肉か肉体筋肉かで迷っているわけではない。それなら私達は木の繊維筋肉ではないか。
「やはり、何か贈り物を……? しかし、戦場から贈れる物などたかがしれていますし……」
「初めて誕生日に贈った物は」
嫌な予感がする。
「ムカデだった」
「……なんと?」
「ムカデ」
「……それは、虫の?」
「虫以外にムカデがいるのか? 俺は知らない」
この人は手紙が苦手なのだろうかと、子どもの頃の私はよく悩んだ。しかし、長い間文を酌み交わしている間に、打てば響くように馴染み始めた。それは彼の成長ゆえだと思っていた。
だがまさか、会話はそれ以上に不得手で、しかも未だに直っていないだなんて思わないではないか。
父よ、これは貴方の不手際ではないのでしょうか。それともどうにも出来なかったのでしょうか。
それともまさか……私が彼の手紙に慣れすぎて、おかしさをおかしいと思わなくなって手紙も別段改善はされていなかった?
…………まあいいや、私は二課だし。人付き合いは実装されていないのだ。
ロカンは唖然と開けていた口を、心なしか恐る恐る動かした。
「……奥方は何と?」
「嬉しいと書いてあった」
「な、なんと」
アンが考えて贈ってくれた事実が嬉しいと言ったのであって、ムカデを嬉しいと言った覚えはない。
「……少し、変わった方なのですね」
冤罪である。
「五才の頃だ」
「そうでしたか。子どもの時分なら、それほど不思議ではありませんね」
泣き叫ぶ確立のほうが高いと思われる。
「はっ! 貴方まさか、誕生日祝いに連れていった娼館……よもや書いてはいないでしょうね?」
私は静かに瞳を伏せた。
「書いた」
「馬鹿ですか。……奥方は、なんと?」
「楽しかったのなら何よりです、と」
アンからの手紙には『誕生日祝いに行ったことのない場所に連れていかれました。娼館です。時間いっぱい本を読みました。娼館の主人が本好きとのことで、読んだことのない本、それも今では絶版となった本が多々ありました。有料図書館として、これからも利用したいと思います』だった。
私の返信からはお父さん呼び出しがかかっていた。その後のお父さんの様子は、私よりロカン達のほうが詳しいだろう。
「奥方は……その、少し変わった方なのですね」
こんなにも酷いとばっちりがあろうか。風評被害が酷すぎる。
しかし父曰く、アンはモテるそうだ。確かにエーヴァという存在を見たし、会場で彼の周囲に凄まじい人集りを見た。その上で思う。
モテるのか?
一般的な婦女子の感性を持ち合わせていない自覚はあるが、その私が疑問に思っているのは相当ではなかろうか。やはり、父の親馬鹿説が濃厚だ。
風評被害を背負いながら苦行を歩く、修行だってこんなに険しくないぞという道程を乗り越え、ようやく辿り着いた場所は仕事。今日は厄日なのだろうか。新婚二日目なのに?
そんな私を待ち受けていた調査対象は、思っていたより立派な建物だった。
死にかけの体で見上げたそこは、放棄されて久しいと言われていただけであってほぼ森に飲みこまれていた。しかし、即席の小屋でもなければ、少々の劣化で朽ちる華奢な造りでもない。
蔦や枝に飲みこまれて尚、崩れや罅もなく、歪みも見えない。窓も庇も飾りっ気もない真四角の建物は、まるで頑強な軍事施設だ。鬱蒼とした森の中に突如として現われていい建物ではない。
それに、過去の文明による古代遺跡の可能性は確かに低い。
古代遺跡は、余裕ある生活が伺える装丁が多かった。つまりは、美しい芸術性を要した建物が多いのだ。無駄とは余裕なのである。
ここにある施設は見目を気にする要素が皆無だ。遊び心もはなく、箱型の人工物が鎮座している。近代の建築様式に詳しくない人間であろうと、違いは顕著だ。
「入り口はこちらです」
ロカン達に案内され、建物の壁に沿って進む。そうして進んだ先では、建物の壁にぽっかりと四角く空いた穴があった。その奥、まるで四角い洞窟のような空間の突き当りに、それはあった。
「これは……」
思わず、言葉が途切れる。クレスはひょいっと片眉を上げ、ラクーシャは私の後ろに回った。
私達の目の前には、入り口とは到底呼べない奇妙な造形物があった。
捻れていた。周りの壁を無理矢理つねって穴を埋めたかのように、捻れ、捩れ、建物を閉じている。
他の飾り気のない形を見るに、ここにだけよく分からない近代芸術という名の洒落っ気を出したわけではないだろう。魔力の残滓の色濃さを見るに、何人もの魔力がここに集中している。
閉じたのだ。魔術師達は、術式も効率も何も考えず、死に物狂いでここを閉じている。
異様であり異質、奇妙であり奇怪。恐ろしささえ感じるほど執拗に、閉ざすことだけに執着した閉じ方だ。
「中には入ったのか?」
「見ての通りだ。二課を待っていた」
建物の傍で待機していたルクトス隊員の言葉に、私達は顔を見合わせた。
「何故一課ではない」
「先に帰した。民衆に顔が割れている奴も多くて、凱旋行軍にいなかったらすぐにばれるからな」
クレスはあからさまに眉を寄せた。
「どこだ?」
「王宮魔術師が出てくると、隊長は踏んでいる」
「さもありなん、だな」
王宮魔術師は、王家直属の隊だ。だからこその強権を持ち、度々軍と揉めている組織でもある。
二課としても苦いものがある。特に遺跡調査などその最たるものだ。見つけた資料を王家の名の元に回収され、調査を中断させられ。王の名で押し通られる度に煮え湯を飲まされてきた。
軍としては、はいそうですかと引いていては面目が保てない。かといって、王位簒奪を目論んでいると取られても面倒だ。前戦で戦う兵士達にそんな汚名など着せられては、それこそ王位簒奪を真実にしてしまうかもしれない。
その兼ね合いが難しく、私達は上層部の方針次第では煮え湯を飲み、時に飲ませた。互いに纏う制服の色が一つも被っていないところから察してほしいが、まあ、仲は悪い。
二課としては今のところ、飲んだ煮え湯より高い温度か嫌な味の煮え湯を飲ませているつもりだ。力業では勝てずとも、地味な嫌がらせには定評のある二課である。
「それに一課には開けられなかった。時間が無かったのもあるが、これは二課の領分だと言っていた」
「そうだろうな。これは力任せではどうにもならん。元々二課向きな上に、今はミントがいる」
お褒めに預かり光栄だが、厄介事を押しつけている感が否めないと感じる場面も多々ある。
ロカンがひょいっと私の顔を覗き込み、首を傾げた。
「ミント少尉は、何か特技をお持ちなのですか?」
「計測器並みの精度で魔力を観測できる上に、その精度で魔力を扱える。歩く魔力調整装置だ」
ロカン達は弾かれたように私を見た。確かに、ちょっと珍しい目を持っているのは事実だ。
魔術師であろうがなかろうが、生き物が生まれ持つ魔力。この世に構成された魔術式を構築する魔力。それらの流れが見えれば介入可能だ。
けれど人を流れる魔力は非常に個人的なものである。それこそ裸と同じなので、勝手に見るのは無遠慮で不躾な行為として慎んでいる。
だから相手が王宮魔術師であろうと、戦闘以外では見ない。それは人間に対する最低限の礼儀だ。しかし王宮魔術師は人権を完全に無視してくるので腹が立つのである。
「そういうわけで、二課以外は下がっていろ。邪魔だ」
杖を構え、既に閉ざされた壁しか見ていないクレスを、小声で咎める。
「クレス中尉」
「事実だ。二課以外の人間は、これの解除に使う魔術だけで酔うぞ」
確かに、二課は特殊魔術行使にも、それらが行使された空間にいる状態にも耐性がある。しかし、他の人達はそうもいかない。同じ空間にいるだけで中てられて、体調不良を起こす人間も少なくない。
「それはそうですが……」
咳払いし、声を潜める。
「ラクーシャの教育によろしくないかと」
「んっ……気を付ける」
ラクーシャが社会人として新人であること同様に、私達も新人教育の新人なのだ。何せ二課は新人が少ない。ラクーシャが来るまで、私が永久に新人をやるのかと思っていたくらいである。
教育係新人同士、私達は自らの反省をそっと胸に刻んだ。
「それで、ミント。お前はどう見る」
「内側から無理矢理閉じていますね。複数人の魔力を無理矢理寄せ集めて強引に閉ざしているので、魔力が絡み合って読みづらい……このややこしさ、確かに二課向きですね」
多数の魔力が混雑している。ただただ多量の魔力が投入されているだけならば、まだ分かる。自らの限界を超えてまで魔力を費やしたのだと、それで済んだ。だが明らかに幾人もの魔力が混在し、尚且つ多量に投入され閉ざされた状態は、異様としか言いようがない。
絡み合った魔力が建物を巻き込み、生地で具を包むように入り口が閉じている。閉ざしたというよりは、潰して捻じ潰したといったほうが正しいだろう。
かなり強引に閉ざしているので、酷い有様だ。これを行った全員が酷い不器用だったとは思えないので、焦っていたとしか思えない。
しかし、何に?
これだけの数の魔術師が揃っていたのなら、強固な防壁などどうとでもなっただろう。それなのに、これだけ強引に閉ざしたのは何故だ。
入り口近辺には古い傷跡がある。新しい傷跡はここを開けようとした一課のものだろうが、古い傷跡はこの入り口が閉ざされた時代と似たような時間経過が見られる。何かがあったその当時、外側からここを開けようとした集団がいたことは確かだ。
「ところでラクーシャ、私のお尻に張りつくの、一旦やめてもらって大丈夫ですかね?」
中腰になっていた私のお尻にぺったりと張りつくラクーシャが、ぴゃっと飛び上がった。恐る恐る扉を覗き込んでいたので、指摘するのも可哀想かなと言えなかったが、そろそろ中腰から戻りたい。
「べ、別に、その扉が顔に見えるなんて言ってないぞ。オレは怖くないからな!」
クレスと顔を見合わせ、もう一度入り口を見る。
確かに、捩れた部分が顔に見えなくもない。断末魔を上げているのか憤怒しているのかは定かではないが、なんとなく人の顔に見えないこともない。
入り口を見つめながら、クレスと二人、しみじみと頷く。
「こういう感性は大事にすべきだと思うんですよね」
「確かにな。豊かな感性で、是非行き詰まっている研究に違う角度から助言してもらいたいもんだ」
「怖くないって言ってるだろ!」
ぷんすこ怒るラクーシャの頭を二人でぐりぐり撫でる。
「そうしていると、まるで親子のようですね」
微笑ましげに見ている代表格であるロカンの言葉に、クレスが眉を顰める。
「馬鹿を言え。僕には妻がいる」
「そうでしたな。これは失敬。そういえば、ミント殿はご結婚のご予定は?」
「私は――……父に任せておりますので」
嘘ではないし、任せた結果こうなった。
「成程……では、隊長を通せば、貴女に交際を申し込んでも宜しいのでしょうか?」
他の面子もなんだかそわそわしている。
可哀想に……。戦場が長く、様々な感性が麻痺しているのだ。手近で済ませたい気持ちも分からないではないが、私はやめておいたほうがいい。既婚であろうがなかろうが、全くお勧めできない性質をしている自負しかない。
「ロカン少尉は冗談がお上手ですねー」
「まさか! 冗談などではありませんとも!」
「父は常々『俺に腕相撲で勝った相手じゃなければ嫁にはやらん!』と申しておりましたので、まずは父の腕を通していただくことになるかもしれませんねー」
全員ざっと顔を青ざめさせ、悲しげに腕を摩り始めた。父がいつもご迷惑をおかけしております。
「あ、でも、アンペロプシスは勝ったな」
思わずアンを見てしまう。アンは静かに頷いた。
「勝った」
「でもお前、いつの間にか既婚だしな……俺、思ってたんだよ。お前、知らないうちにしれっと結婚しそうって」
「それ俺も思ってた。結婚に興味なさそうな奴に限って、ってな! ……てなぁっ!」
「泣くなよ……」
何で逐一お通夜になるんだろう、この人達。
「まあまあ、少々多大に盛大に羨ましいですが、めでたい話じゃあないですか」
「ロカン、悔しさが溢れ出してるぞー」
「ははははは。男ロカン、仲間の結婚を祝える男気を見せて後に続く心意気ですとも! おっとムカデだ。アンペロプシス、奥方は今でもムカデはお好きかな?」
「さあ……」
やめろこっち見るな。待てムカデを捕まえるなやめろ止めろやめろ!
「あ! こっちにもいるぞ!」
「こっちもいた! 探せばまだいっぱいいるんじゃないかな!」
詰め合わせはもっとやめろ!
「おい馬鹿やめろ。昆虫学者でもない限り、ムカデをもらって喜ぶ奴はそんなにいないぞ。僕達が魔術馬鹿なら、今のお前達はただの馬鹿だ」
救いの手は辛辣に現れた。クレスのおかげでロカン達は正気を取り戻したようだ。
男の心意気を見せるため、ムカデの詰め合わせを送られたらどうしようかと思った。もう少しで父をけしかけるところだった。
誰にとっても救いにならない悲劇を回避できて何よりだ。
それはともかくこの森で初めて見た生き物はそのムカデなので、とりあえず捕獲はしておいてほしい。
「なあ、大人ってみんな馬鹿なのか?」
「……大人になってもふざけ合える仲間って希少なんですよ。ラクーシャも大事にしましょうね」
「ふぅん」
どっちも立てる建前って難しい。こんなとき、私も大人になってしまったとしみじみ感じる。
大人になれたと胸を張れる自信は全くないのに、ふと湧き出る哀愁から大人を感じてしまう事態が増えた。きっとこれが、大人になるってことなのだろう……。




