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5.はじめまして ちちがもうれつにおせわになっております





「感謝する」

「おいミント。お前の護衛頭大丈夫か」


 出会い頭で礼を言ってきたアンに対し、クレス中尉は人付き合いに難ありと言われる二課らしい態度で応じた。

 先に集合していたクレス中尉とラクーシャ軍曹の向こうでは、ルクトス隊が馬の用意をしている。

 荷の確認をしていた小柄なクレスの影に、二課最年少を誇る少年、ラクーシャがすっぱり隠れている。

 六才のラクーシャは、才能がありすぎて同年代と机を並べることが難しく、保護に近い形で二課へとやってきた。そして既に結果を出しているのだから、末恐ろしい才能である。


「遅い。のろのろすんな。のろま」


 悪態をついたラクーシャは、クレスから私の影へと移動した。二課の中では私達二人の年が一番近い。悪態を吐いた相手の背中に隠れるのはどうかと思うが、懐かれていると思えば可愛らしいものだ。

 しかし、とりあえずその頭を引っぱたいておく。


「いてぇ!」

「あなたは軍曹、私は少尉。どれだけ不本意でも、軍は階級遵守。軍にいる以上は守りましょう。守りたくなければ、えらくなって規則を変えましょう。改革もせず、規則を守りもせず、属している利益だけを貪るのは恥ずべき行いです。あなたが最も嫌う無能の極みです」


 私の裾を引っ張りながら全体重をかけたラクーシャは、ぶすくれた顔で「少尉、申し訳ありませんでした」と言った。不本意が態度と顔いっぱいに溢れている。


「すぐ追い抜いてやる……」

「あなたならすぐ昇進できますけどねぇ」

「嘘だ! お前中尉以上断ったって聞いたぞ」

「えー? どこ情報ですか?」

「ゼノン」


 きっぱり言い切った頭をすぱんと叩く。


「二課長」

「ゼノン二課長……ぱんぱか叩くな! 背が伸びなくなったらどうするんだ!」

「口で言って聞くならそうしますが」

「聞くわけねぇだろ! ばーかばーかばーか!」


 にゅっと伸びてきたクレスの拳が、ラクーシャのこめかみに添えられた。


「いっ――!」

「その態度改めない限り昇進させないから、そのつもりでいろよ」


 生意気盛りの天才少年君は、人を敬い損ねてここまで来ているので、二課では締めるべき場所ではきっちり絞めておく教育方針でいこうと固まっている。人付き合いに難ありの二課ではあるが、軍属でラクーシャの態度はまずいという共通認識は他所と変わらない。

 このままでは、まっとうな人間関係を築く術を知らぬまま大人になってしまう。それでは彼は人生の幅を大いに狭める。人付き合いに難ありの二課だからこそ、その苦難さをよく知っているのだ。

 何より、彼の才は本物なのだ。

 将来的に彼が上官となる可能性も大いにあり得る。直属の部下となる私達への被害回避と、若人の未来を憂えた健全なる教育。どちらの理由も大きい。


「中尉のおかげで、妻との文通が捗った。よって、感謝します」


 クレスの目元がゆるりと解けた。実はこの人、二課では珍しく既婚者であり、大の愛妻家なのだ。


「お前、既婚者か」

「貴方、既婚者だったのですか!?」


 ルクトス隊の一人が、轟くような驚愕の声を上げた。顔は爽やかな若い男で、身体は厚みのある筋肉。

 だまし絵のような男の名はロカン、階級は少尉だ。


「今日籍を入れた」

「今日!?」


 驚くよね。私も驚いた。

 全身で驚きを表現している彼の戦友達に、心の中で深く同意する。そんな中、クレスだけが感慨深そうに頷いていた。


「ほぅ……帰ってきてすぐ籍を入れるとは。式はどうするんだ?」

「まだ、何も。とにかく結婚したかったので」

「お前達が話し合って決めることだが、余裕があるならしたほうがいいぞ。一般論としては、二人で一つの難行を乗り越える練習だ。これを乗り越えられなければ、そもそも長い人生を共には歩めない。というのは建前で、個人的には、妻の晴れ姿はそれは美しいからおすすめだ」

「成程……したほうがいい?」


 何故、私を見る。

 アンの視線が私を向き、その視線を追った他の面子も私へ向く。


「私には世間一般的婦女子の意見を代弁することはできませんので他を当たることをお勧めします」


 事実である。二課は、恋に愛に夢を見る可愛らしさは持ち合わせた人間にとっては過酷な地だ。不毛な大地といっても過言ではない。そして、そんな地で水を得た魚が如く生きている私である。

 意見を求める先として、役に立たない自負しかない。だから、私を見るのはやめるんだ!

 流石に二課の面子は私の意を汲んでくれた。持ちつ持たれつは、こういうときにも発揮される。


「まあ、お前の妻に聞いてみるんだな」

「了解した」


 聞かれたって知らないぞ。……知らないからな!?


「幼い頃から交わしていたこともあり、手紙というより文字にした会話だった。だからこそ、届く期間が短縮されたことは、有り難かった。よって、感謝を」


 頭を下げたアンに、クレスは驚いたように目を見張ったが、すぐにゆるりと解く。


「そういう人間のために開発した。役に立ったのなら何よりだ」


 穏やかな声に、驚愕に固まっていたルクトス隊も解け始める。


「お前、欠かさず手紙書いてたもんなぁ」

「お前宛の手紙も毎度届くし、誰からだって噂になってたよなぁ。そうかぁ、妻かぁ……くそぉ」

「羨ましいなぁと皆で話してたんだぞー。そうかぁ、羨ましいなぁ……羨ましいなぁっ!」


 噎び泣く男達のさざめきを聞こえる。こんなにも居心地悪い空間、初めて。


「何はともあれ、隊長のお嬢様、はじめましてこんばんは……」

「はじめまして……父が猛烈にお世話になっております」


 任務の詳細はまだ知らないので、目的地がどこかも分からない。だが、移動するのならば到着まで間があるはずだ。その間に精神を整えようと星に誓う。

 しかし、目的地まで魔術強化された馬を使用することを聞かされた私は、改めて絶望した。

 普通の馬であっても二課に乗りこなせる人員は少ないというのに、軍馬をさらに強化した馬は、普通の軍人でも扱いが難しいのだ。

 つまり、我ら二課に、乗りこなせる要素が皆無という現実を。





 普通の馬に比べ、速度、持久力、耐久力、そして精神力に至るまでの全てを鍛え上げられた馬。それが軍馬。それをさらに特殊な魔術で強化した馬は、凄まじい速度で夜道を駆ける。

 あまりに速さと威力があるため、人通りが絶えた時間帯でなければ走らせられないのが難点だ。緊急時に使用するのであれば、先に伝令を飛ばして人払いをかけておかなければ、平気で人死にを出す。

 そういう面でも、クレスの開発は画期的だった。軍の検閲事情をすっ飛ばせば、それこそ現段階で人間が移動に利用しているどの手段よりも早く、伝令を飛ばせるのだ。

 中継地点が必要であり、尚且つその地点には厳重な警備が必要とはいえ、情報の素早さはそのまま勝利へと直結する。死傷者の数へもだ。流石に肉体及び声の移動は、現段階では不可能となっている。

 そして目的地まで一足飛びに繋げることもである。

 中継地点の経由で役立ったのがラクーシャの研究だ。

 中継地点は、必然的に恐ろしい純度で構成された魔力の塊となる。自然発生する場合もあるが、基本的に魔術師や魔具に異変を来す場となる。強力すぎる魔力に、自身の持つ魔力が狂わされるのだ。

 そこで活きるのが、魔力の遮断というラクーシャの研究である。知り合いに魔力酔いする人がいるらしく、その人のために研究したそうだ。照れ隠しをしていたが、彼のお母さんのためである。

 中継地点で働く人間は、ラクーシャの研究と魔力をある程度遮断できる布で作られた衣服を纏うことで健康被害の回避に成功した。

 その布を作る際に生きたのが、私の技術だ。

 初めは防壁の魔具を作っていたが、中継地点を増やすにつれて間に合わなくなった。中継地点で働く人間が増えれば増えるほど、どうしても例外や規定外の行動が増えていき、固定型の防壁では補い切れなくなったのだ。

 魔術を纏った服ならば、個々の行動に沿った防御が可能となり、維持する手間も少なく魔術師の消耗を防げる利点もある。

 だから、魔術を布に溶かし、生き物が潜在的に持つ魔力を巡回させ、ある程度自動補充できる仕様とした。魔石への魔力補充は、一から魔石を作るよりは格段に手間と魔力消費が少なくても、戦闘で疲れ切った後では一苦労だ。

 術者の代わりに手間と負担を軽減する。それが魔具だ。その魔具より使用者の魔力消費を試みたのが、私の研究となる。


 それでも、魔具が歴史上に登場し、様々な事柄が簡略化された。魔力とは魔術師だけが運用出来るもの。魔術の行使には魔術師本体がその場にいなければならない。魔術は魔術師から切り離せない。

 それらの常識は、魔石の登場により覆された。

 魔石は魔力の物質化であり、魔術の固定化だ。魔石が生まれ、次に魔具が生まれた。魔術は最早、魔術師が独占的に使用するものではなくなったのだ。

 今の時代は、魔術師にとっての当たり年と言われている。

 クレス然り、ラクーシャ然り、魔石を作り出したゼノン然り。ゼノン達が齎した開発は、魔術史を変えた。その名は歴史書に残るだろう。




「足どころか腰も腕も手もがくがくで立てない歩けない頭は回らないのに視界は回る」

「馬鹿じゃないのか何だこれ馬鹿じゃないのか人が乗る威力じゃないだろ馬鹿じゃないのか」

「何だこれふざけんなよなめてるだろ誰だよ設計したの自分で乗ったことないだろばーか」


 目的地に着いたのは、既に昼も過ぎた頃合だった。おかしい。いつの間に夜が明けたのか。

 私達は整備された地面と人工物で構成された王都から、森にいた。木々の間から零れ落ちる日差しが眩しい、視界を焼く。思考はとうに焼けている。

 二課は馬から下ろされた途端、地面へと崩れ落ちた。

 自分の身体とは思えない、痛みと震えで感覚のない身体を持て余し、地面で蠢く虫と化す。揺さぶられているだけでこうなるのか。

 なぜ要望書へ乗馬における衝撃緩和対策を盛り込んでこなかったのだ。絶対に最優先で取りかかったのに。


「周りの空間を調整して、馬上の人間が浮遊すれば早いんじゃねぇか?」

「浮遊魔術をその領域に持ち込めば……人間を強化するほうが早いんじゃないですか?」

「現段階でも自身を強化できる人間なら、この馬に耐えられるからな……」


 ぼさぼさになった髪も直さず、地面に突っ伏したまま次なる魔具の構想を練り始めた私達に、頭上から影と苦笑が降ってきた。ロカンの影はかなり大きい。


「一課で慣れているとは言え、魔術師は凄いですね。その状態で仕事に繋げますか」

「僕達のは仕事と趣味だ」


 思考していれば勝手に立ち直る魔術師の性質通り、私達は復活していた。気になることがあると一直線になるのは魔術師の悪い癖だが、これ無くしては研究意欲も失われるため、必要悪でもある。

 クレスは差し出されたロカンの手を借りず、さっさと立ち上がる。今回の任務では、ロカンがクレスの護衛だ。ラクーシャはそんなクレスから差し出された手を、素直に取った。

 どれ、私も立とうかなと思ったら、目の前に手が差し出された。指は長く細いが、ごつごつと骨張り傷の残る、使い込まれた手だ。

 馴染みのない手の持ち主を恐る恐る見上げると、予想通りアンがいた。予想通りで喜ぶべきか、今はそっとしておいてほしいと言うべきか。

 結局、結論を出す間もなく、無言の圧に負けておずおず手を重ねる。

 そして、飛んだ。

 比喩ではない。這いつくばっていた地面から、私の身体がすっぽぉんと浮いたのである。

 アンは、片手で私を持ち上げた。宙を飛びながら、私は自分の人生を彩る初体験を静かに受け入れた。

 そして、思う。この人馬鹿力だ、と。

 手を繋いだままでなければ、皆の視界から消えていた。


 かろうじて足から着地し、一応無事に地面と再会できた。再び崩れ落ちた私へ足早に近づいたクレスは、勢いを全く緩めず私を跨ぎ、アンに詰め寄る。


「おいお前」


 まだ私の手を握ったまま、私の顔と繋いだ手を交互に見ていたアンに、クレスは大きく口を開いた。

 そうだそうだ! 言ってやってください先輩!


「身長以外は僕と同じような体型なのにその馬鹿力は何だ魔具か強化か強化は身体を丈夫にする程度だがお前のそれはどういう魔術だかけたのは誰だ一課か自分か見せろ教えろ調べさせろ」


 そうだそうだ! もっと言ってやってください先輩!

 いいぞもっとやれと応援していたクレスの姿が、消えた。ロカンによって押しのけられたのだ。

 あまりに圧倒的な筋肉が前を横切り、クレスがそのままの体勢で視界の外へと消えていく。


「力尽くで押しのけるのは止めろ」


 クレスは嫌そうに触れた面を払った。力尽くの中でも、筋力尽くのほうが嫌な気持ちは分かる。


「まさか一課のほうがまだマシだと思える人種が存在するとは。強制的に話を戻さねばならない類いですね、貴方方は。ほぼ初対面で失礼しますが、任務が先です。歩けるならば、出発です!」

「お前は声がでかすぎる!」


 爽やかな笑顔と大声でぐいぐい来られ、弾けるように言い返せる二課は少ない。ラクーシャはぴゃっと飛び上がった。そういえば彼の護衛はどこだろうと目を向ければ、ロカンの背後に人影があった。


「……ロカン少尉は、いつでも、元気がよろしい……」

「お前は小さすぎる!」


 反射で返したクレスに、ロカンは驚いたように声を上げた。


「ムカジーユ少尉の声を初撃で聞き取るとは、さすが噂に名高き二課の実力! 素晴らしい!」


 感嘆すべきはそこでいいのだろうかという思いと、ロカンに引き続きムカジーユも少尉だったのかと意外に思う気持ちがせめぎ合う。


「実力もくそもあるか。二課は声の小さい人間が多いだけだ。だが精神は鋼な上に気難しく気まぐれで図々しく執念深く諦めが悪く飽きやすく我が強く繊細な奴が多い」


 それはそうだ。心が弱くては軍人などやっていられない。


「えーと……それはつまり」

「全員くそめんどくさい。肝に刻んだ上で諦めろ」

「はあー! 大変分かりやすい説明、助かります! さすが頭のよい方々は違う! 素晴らしい!」


 成果が出るかどうかも分からない実験を何百何千何万回行っても、平然としている人間の心が弱いわけがない。人付き合いが苦手なのは、単に得手不得手の問題である。

 そして人付き合いが苦手との自覚があるのに、とんでもない額の予算を平然と使い潰す人間の心が鋼でないわけもないのだ。


 それにしても、軍曹の護衛に少尉がつくとは。階級が上の人間が護衛につくことはあまりないのだ。

 しかし、ラクーシャはまだ幼いので、その事情を鑑みればそれほどおかしくはないのかもしれない。年齢以外にも、それらを加味しながらの昇進調整中の身の上ともなれば尚更だ。

 そうこうしていると、アンと未だ繋いだままの手が引かれた。今度は柔らかく、糸が指に引っかかったかのような弱さだ。威力の差に首を傾げていると、引く力に微々たる強さが追加された。

 首を傾げつつ顔を見ると、何とも言えない表情を浮かべていた。

 そこに悪意や嘲笑が欠片も滲まず、怒りすら見つけられない様子に、しみじみ思う。最大値か最小値しかないんだな、この人。


「どうもありがとうございます」


 私に手を貸してくれた事実自体はありがたいので、その手を支えに立ち上がる。


「でもさ、こんな仕事挟んでる暇あるのか? 俺達やること山積みなのに」

「調査だって山積み仕事の一つですよー」

「そうだけどさ、町で出るっていう妙な奴の調査も全然進んでないじゃん」

「うっぐ……まあ、それはおいおいと」


 痛いところを突かれ、思わず呻く。

 突発的な仕事に追われ、通常任務及び期限が設定されていない仕事が後回しになっている自覚はある。そういうぐだぐだな大人の背が、ラクーシャの教育に悪いことも重々承知であるが、如何せん人手も時間も、興味の無い分野にはやる気も足りないのである。


「町というのは、王都のことでしょうか? 妙な奴、というのは、具体的にはどういった?」


 ロカンの声音には若干の強張りがあった。王族住まう軍本部のお膝元で、軍が調査に出向く異変発生は大事である。顔をこっちに向けていない他のルクトス隊員の意識も、この話題に向けられているようだ。 

 ようやく終戦となり帰還した王都で、不穏な事件が起こっていては落ち着かないだろう。


「私達もまだよく分かっていないのですが、目撃者曰く王都内に亡霊が出ると」

「亡霊!?」


 ただでさえ大きな声のロカンが、素っ頓狂な声を上げればどうなるか。私達の鼓膜は死に絶え、飛び立った鳥により葉と小枝と、ついでに虫と時の糞が降り注ぐ。

 つまりは阿鼻叫喚である。

 クレスが咄嗟に魔術で障壁を張ってくれなければ、衝撃を受けた脳と一緒に揺れる身体へ、それら全てが降り注ぐところだった。私とラクーシャはクレスの障壁が守ってくれたけれど、ルクトス隊の面々は自力で避けていた。誰一人慌てない手慣れた様子である。


「今のは攻撃とみなしていいと思うぞ、俺は」

「面目次第もない!」

「謝罪もでかい。だがまあ、大声が出る気持ちも分かる。胸が弾むよな、亡霊」


 クレスはしみじみと頷き、私とラクーシャも心から賛同した。

 分かる。夢があるよね、亡霊。



 現在の王都は終戦に浮かれているが、少し前は亡霊の噂に浮足立っていた。

 それが、公的機関が見て見ぬ振りができぬほどには大事になった事件、仮面人形亡霊事件(王都新聞命名)である。


 恐ろしいほど人に似た、動く精巧な人形がいた。

 世間を騒がせる事件は、そんな記事から始まった。


 そもそも人形とは、人を模して造られる。しかしどれだけ人を模そうと、所詮は人の造形物。

『すごい、すごい。最初は人かと思った』それが最大級の誉め言葉となる。その程度。

 それなのに、それは人間と遜色ないほどに精巧だったという。最初は人かと思い、しかし拭いきれぬ違和感が人形である疑念を抱かせ、それでも人である可能性を最後まで拭いきれない。

 人にしてはどこか超えられぬ違和感があり、人形と断じるには人に近しい動く人形が、王都に出没するらしい。

 そんな噂が王都中に広がり、ついには軍が調査に乗り出すほどの大事となった。

 まるで生きた人間だ。だが目が、口元が、表情に違和感がある。そんな心躍る情報がわんさか出てきて、二課はるんるんで調査に当たった。

 しかしどれだけ調査しても対象に遭遇できず、それどころか目撃情報も急激に鳴りを潜めていく。そうなってくると、目撃情報の中には注目されたくて嘘をついたと言う者まで現れる始末だ。当然調査は滞る。


「残念ながら現段階では、勘違いや虚偽の範疇から抜け出せていませんが、まだ鋭意調査中です」

「がっかりするなよ。まだ亡霊がいないと決まったわけじゃない」

「そうだぞ! いないって証拠もないんだからな!」


 ルクトス隊が沈黙してしまったので、私達は力強く励ます。

 確かに亡霊は夢がありすぎる。期待に胸膨らみ、いてもたってもいられなくなる気持ちも、それらが虚偽の可能性にがっかりする気持ちも痛いほど分かる。

 でも、どうか元気を出してほしい。存在しない証明もまた為されていないのだ。

 気が付けば、護衛三人以外のルクトス隊とちょっと物理的な距離が空いていた。精神的な距離はもっと空いているような気がするけれど、きっと気のせいだ。


「とにかく実物を見ないと調査しようがなく、そこがもどかしいんですよね」

「全くだ。表情が全く動かない人間が滑るように進んでいき、行き止まりで消えたってだけじゃな」

「でもさ、目撃情報はどれも外見的特徴が違ってたから、同一人物ってわけでもないし」

「目撃者の共通点なし、魔術使用の痕跡なく発生件数が多い。この三点だけでも風物詩としての怪談とは明らかな違いがある。問題は、複数人の亡霊が出てくるような事件が起こっていないことだ」

「そこなんですよね。戦場からは距離がありますし、多数の被害者が出た事件及び事故もなし。事件が発覚していないにしても、一度に数十件の行方不明者も出ていませんしねぇ」

「最近は目撃情報自体も少ないし、もう出ないのかなぁ。試したいこといっぱいあるのに!」


 魂の研究は死者に人権はあるか否かという壁に突き当たるが、亡霊という存在認知の証明となり得るので、ぜひこの壁に突き当たりたい。


「これほどまでに亡霊に逃げてほしいと願ったことはありませんね」


 亡霊に行いたい研究について熱く語っていると、ロカンがしみじみと呟いた。護衛以外の面々も強く頷いており、二課の常識はおそらく非常識なのだろう。

 だが止まるかどうかは、また別の話である。





 今回の任務は、森の中で発見された施設の調査だそうだ。

 すでに放棄されて久しく、どうやら正式な届け出のない施設だったらしい。しかも、魔術師が関与している可能性が高いとのことだ。

 ゆえに二課が呼ばれたのだと、私達はようやく任務の概要を聞いている。

 この森全体が放棄されて久しく枝打ちもされていないので、森が深まるにつれて木漏れ日すら入らなくなってきた。当然道なんてものは期待していなかったが、獣道すら見つけられないのは予想外だった。

 早い段階から森は深まり、生命の気配は薄れている。人工物が存在しないという意味ではない。通常森が深まれば満ちてくるはずの、虫や獣といった生き物の気配まで消え失せていくのだ。

 足を踏み入れたばかりの頃と比べ、昼間であることが信じられないほどの光量しか差し込んでこない。獣や虫に食い荒らされない草木が、鬱蒼と絡まり合っているからだ。

 動植物共生ゆえの繁栄はどうなっているのか。この森の生態系が気になるし、歩きづらいといったらない。

 しかも、時折木の陰からルクトス隊がひょっこり現れるたび、ぎょっとする。

 しかし長らく戦地で過ごした人々の行動理由を問うつもりはない。二本の指で数えるほどしか記憶にない父に寝かしつけてもらった夜。夜風の物音で剣を持って飛び起きた父の、常からは想像もつかない形相を、私は知っているのだ。







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― 新着の感想 ―
ラクーシャくん…… なまぢ実力あるから、他の人が格下ザコに見えるんだろな(汗) ヒト科の生物の習性、全開だすな……。 格下ザコに従ってるとゆー評判が立つと、群れの仲間からナメられ、イジメられる。 …
大好きな作品が長編で読めるなんて嬉しすぎる。作者様、本当に有難うございます。何年も待っていたかいがありました。
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