25.はじめまして さようなら
お父さんから、ある意味全てを丸投げされた状態をどう飲み込む。
何一つとして飲み込めず、怒りと混乱を携えて軍部に帰還を選んだ。
王宮魔術師もどきの増援と、それらを追ってきた軍部の戦闘があちこちで勃発し、巻き込まれると面倒そうだったので帰還したともいう。
しかし帰還したらしたで大混乱だ。現在の王都で混乱していない場所など、お昼寝している子どもの夢の中くらいしかないだろう。
わらわらと軍人達が走り回っている中を、アンに抱えられて大人しく進んでいく。帰還までの安全確保で担がれたが、人目など気にしない。何せ人の目も私など気にしていないのだ。
普段ならば、アンの肩に担がれている私の異常さは目立つ。けれど今は存命中の誰もが経験したことのない終戦直後に、二課襲撃、王の二課捕縛令、その王の捕縛劇、その王を焚きつけた王宮魔術師の瓦解という、大混乱の中の大混乱。これで落ち着くわけがない。
だから私は、落ち着いてアンの肩に担がれているのである。
是非とも下ろしてほしい。
「ミント! ああ、ミント!」
なぜか未だ下ろしてもらえずしぶしぶアンに担がれていると、お尻の方向から大好きな声が駆け寄ってきた。
慌ててアンの背を叩いて下ろしてもらう。何故かしぶしぶ下ろしてくれたアンにお礼を言い、振り向ききる前に衝撃が飛びついてきた。対応しきれず倒れ込んだ体は、アンが微動だにせず支えてくれる。三人分の体重を、微動だにせず耐え抜いたアンの筋肉を調べたい。
「無事か!?」
「怪我ない!? 怪我はない!?」
全身で心配を伝えてくれる友達に、そんな場合ではないと分かっているのにくすぐったい気持ちになる。
「うん、平気」
私達が放り出された本部の吹き抜け通路で、二人に会えたのは僥倖だ。本当はそのまま二課へと向かいたかったけれど、人が多すぎてとてもではないが近寄れなかった。
そのおかげでこの混雑の中で二人に会えたので、結果的には大正解だ。
攻撃によって割られた窓はそのままだが、破損した硝子や壁の破片は片づけられた後のようだ。ここは人通りが多いので、ここの通路開通は優先順位が高い。
さすがに粉塵や焦げ臭さはそのままだ。人が通るたびに塵が舞い上がって空気が濁るが、それは優先順位が低いので諦めるしかない。
「二人も無事でよかった。今どうなってるの?」
行き交う人々の邪魔にならないよう端に寄る過程で、なぜか再びアンに担がれた私は、不本意な態勢のまま二人と向き合う。
私達の横を、誰もが慌ただしく通り過ぎていく。しかし、誰も二課の方向へと向かっていない。王宮魔術師によって占拠されていても解放されていても、人は向かっていくはずだ。
それなのに、人は慌ただしく行き交うだけで、まるで二課などなかったかのような流れだ。
「それがねぇー、二課がさぁー」
「うん」
誰も怪我をしていないといいのだけれど。
「襲撃してきた王宮魔術師全員を蛙にした」
「………………なんて?」
聞き間違いだろう。
何せ人を猫にする魔術は数多の二課が挑戦し、誰しもが敗北し続けてきた最難関に指定された魔術である。人への実験も禁止されている段階なのだ。そう簡単に成功するとは思えない。
その上で、猫ならともかく蛙で成功させたと?
「どうもどさくさに紛れ、これまで禁止されてきた魔術のあれこれを王宮魔術師に向けたらしい」
正直、ついにやっちまったかという感想しかない。
「二課から自力で施設奪還したとの報が入ったけど、襲撃者全員蛙にして戻し方が分からないって報告も同時に入ったから、一課が血相変えて飛んでって大説教中で、誰も近寄りたがらない現状だ」
私がそこにいても、止めるどころか嬉々として加担する姿しか思い浮かばない。
二課なんて魔窟に攻め込んでしまったばっかりに……。通りすがりまで、そんな哀れみに満ちた顔をしていく。
この大惨事の中、二課は普段と変わらず二課であった。嬉々として禁止魔術をぶっ放していく皆の顔が、容易に想像できる。こんな機会は滅多にない。ここぞとばかりに大盤振る舞いしただろう。
羨ましい。
その結果、猫にしたくて蛙にしていては世話ない。正直、全員蛙になれているかどうかも怪しい。何割かは別の生命体になっている可能性も否定できない。
人に戻す過程の魔力調整は私の仕事になりそうだが、どうすればいいのだ。後で考えよう。
「王宮は、……その、どんな感じ?」
「それがね、ミントのお父さんすっごいよぉ! オーダ・バリドをぶちのめした!」
「ぶちのめした!?」
取り押さえたのなら誇らしいが、ぶちのめしたとなると話は変わってくる。
「お、噂をすればミントのお父上だ」
「うわほんとだ」
思わず本音が漏れてしまうくらいには、なかなかに複雑な娘心がここにある。
王宮に通じている方角が騒がしくなったと思えば、押し出されるように人が溢れ出してきた。魔術師用の枷を付けられた王宮魔術師と、それを囲った一課、それを囲った他の隊の面々。それらを囲む、野次馬とも用事があるけれど近寄れないともいえる面々が一気にどっと溢れてきたので、ただでさえ騒がしかった通路が人でみちみちになった。
そんな中、ぽっかり空いた空間があった。
ここからでも目立って見えるそこに、見慣れた人の姿と、見知っているけれどこの距離では初めて見た人間の姿が見えた。
服と髪が乱れ、頬に腫れと汚れが目立つ。けれど俯くことを知らぬが如く前を見て歩く初老の男。数多の拘束がかけられて尚、背を曲げず歩く姿は立派にすら思えた。
「あれがオーダ・バリドか。この距離で見たのは初めてだ。私が後十年早く生まれていれば、この大立ち回りに参加できていたかと思うと口惜しい」
「ぶれないロニ、あたし好きー」
どんな時でもロニは夢に対して素直に貪欲だ。そして簡単に好きと伝えてくれるディアも、本心だと分かっているので素直に受け取りやすい。
オーダ・バリドの影になって見えなかったが、その後ろには背を丸めた老人が歩いていた。オーダ・バリドと身長はさほど変わらないはずなのに、とても小さく見えるその人が、我が国の王だ。
全てに脅えた様子で体を縮こまらせ、忙しなく視線を動かしている。さきほどあらぬ罪で二課を糾弾していた勢いは、どうやらお父さんが食べてしまったようだ。満腹な顔で歩いているお父さんを見て思う。
ようは、やりたい放題やって満足した顔だ。
その横を堂々と歩いている人の姿が見えてくると、あちこちから感嘆の声が上がった。
「随分化けられたものだ」
「随分上手に隠していらっしゃったじゃないのぉ」
レギネ殿下はまるで別人のように背を伸ばし、大きな歩幅で歩いていく。周囲の声に軽く手を上げる様は堂々とし、縮こまる父親へは視線を向けもしない。
「なーんかさぁ、最近の突発的任務のどれが終戦の後始末で、どれがこの大立ち回りの準備なのか分かんないよねぇ」
「きな臭さはあったが、よもやこれほどの速度で物事を収めるとは思わなかった。さて、この国はどうなっていくことやら」
「二人とも、この騒動であんまり驚いてない? 私、わりと寝耳に水だったよ」
結局、ずっとばたばたしていただけだ。それも歴史が変わる大事件についてだけでなく、極々個人的な私用に対してだ。
ロニとディアは顔を見合わせ、肩を竦めた。
「だってあたし達下っ端だもん。大革命も始まってから知るのが、お、や、く、そ、く。知り過ぎちゃ駄目なことは知っちゃ駄目が鉄則だし、気苦労はお肌荒れそうでやだぁ」
「私は何もできぬこの身が口惜しい限りではあるが、それでも今の立場では身の程知らずな願いだ。いずれあの立ち位置が当然な人間となれるよう、これまでと変わらず精進していく所存だ」
私達は、公の発表で詳細を知らされる国民と同等か、それより少しだけ内輪の詳細を知れる程度だ。後は自身が受けた命令と、手が届く範囲の情報を擦り合わせ、自分なりに結論を出すしかない。
結局私達は、大事件もどこか遠く、当事者でありながらどこか他人事だ。軍の下っ端などその程度である。むしろ、誰も彼もが事態を左右する重大な鍵を握っていては、それこそ大事件過ぎる。
「軍からも内通者が多々出たらしい。これは席が空くぞ。張り切って功績をたてたいものだ。……戦功で上がるのは、もうこりごりだよ。戦場での功績は、些か重い」
「ここだけの話だけど、少将以上も空くんだってぇ。これ、軍もだいぶ痛手だよねぇ」
「そう、なんだね」
軍人が、ほぼ敵対組織に靡いた理由が、金や権力への欲ならばまだよかった。軍部への不満であれば健全といっていいほどだ。
だが、喪失感が理由なのであれば、こんなに惨い話はない。
内通者が誰かは分からないし、場合によっては知らされないまま内々に処理される事態もあり得る。それでも、私にとっては他人事に思えない。私だって、幼いの頃にお母さんを蘇らせてあげると言われたら、いけないことだと分かっていても手を伸ばしてしまったかもしれない。
「お父さんには物申したいこといっぱいあったけど、これはしばらく無理かな……」
お父さん達は、ここであちこちの連絡員と合流しているようで、先程からほとんど移動していない。オーダ・バリドの他に連行されていく王宮魔術師はおらず、レギネ殿下の横にフィーク・バリドがいるだけだ。
王宮魔術師の残党がオーダ・バリドを奪還に来る危険性を押してでも、こうして人目のある場所に留めているのは、できるだけ多くの人間に終わりを見せるためだ。
この国の王位と主要組織の転換を実感しやすいように。これまでその地位にいた人間から栄華が去った様子が、肌感覚で馴染みやすいように。
これは、勝者と敗者を明確に刻むための儀式だ。
この件に関して、思うところが多いだろうレギネ殿下は、そのどちらの姿も視界に入れていない。少し体を屈め、レギネ殿下の話を聞いているお父さんを見ていると、アンが首を傾げた。
「ミント、上官と話したいの?」
「そりゃあね。寝耳に水な話ばかりだったし。それに」
お父さんとはまだ、全然話せてないから。
そう呟いた私の言葉は、私を担いでいるアンにしか聞こえなかったはずだ。と、油断したのがいけなかったのかもしれない。
「上官!」
大きなアンの声。
ただ張り上げられた声ではない。たとえ戦場であっても、相手まで届かせると明確な意思を持った声に、お父さんだけでなく全ての瞳がこちらを向いた。
「アンペロプシス! そこにいたか!」
お父さんの声はただ大きい。どちらかというとロカンに近い。そ
んなことを考えていた私の視界がぐるりと持ち上がった。私の体が、人々の頭を飛び越えていたのだ。
「上官! ミント!」
私の体を軽い荷物のように両手で掲げ持ったアンは、そのままぶん投げた。
いくら私が空を飛べると言っても、ぶん投げられたのは初めて、でもないな。お父さんの高い高いは空が近すぎる。
衆目に晒されているが、こうなったらもう流れに任せよう。だって私はアンになら傷つけられてもいいし、お父さんは私を傷つけない。
腹を決め、両手を広げたお父さんの腕に落下していく。そしてお父さんが私を受け止めきる前、どこにも体重を預けられていない時点でその胸倉を掴む。
お父さんは忙しいのだ。今を逃せば、家族事など次はいつ話せるか分からない。
「どういうこと!?」
「はっはっはっはっはっ! 怒ると思ったんだよなぁ! じゃあ行くぞ! ごめんなさいすみません嫌わないで年頃の娘が嫌いな物へと向ける熱量半端なさすぎて父親は即死だ!」
情けない悲鳴を上げて身を捩らせる様子を見るに、怒られる行動を取った自覚はあったようだ。
「教えてくれてたら、私だってそれなりに心の準備してたのに!」
「うーん……お前はお母さんと似てるからなぁ」
お父さんに抱えられたまま、その胸倉をがしがし揺らす。しかしその体はびくともしない。怒りを込めた全力でこれなので、ちょっとでも手を抜けば衝撃すら与えられない。
「決断したら大胆なのに、そこに至るまでに黙々と悩むんだよなぁ。気が合うことは大前提として、情報量が多いほうが興味が尽きないし、考えることが山ほどあったほうがいっそ吹っ切れるだろ?」
「謎の全てが個人の範疇にないんだけど」
「まあ、そんなこともあるよな! うん!」
あって堪るか。
胸倉掴んで引き寄せた顔めがけ、ひそひそと話す。
「殿下はアンの素性を知ってるの?」
「どうだかなぁ!」
「馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの!?」
この顔と言い方的に知っているような気がするけれど、そう思わせておいて何も伝えていない可能性も大いにある。最古の魔石がアンの中にあるのなら、絶対に渡すわけにはいかない。何が何でも隠し通し、心臓部として稼働させ続け、アンの老衰と共に有耶無耶にして処分するしかない。
つまり私は、アンより長生きする以外の選択肢が失われたというわけだ。
「どうするの!?」
「どうもしないさ。で、どうだ? あいつは旦那として合格か? ん?」
「この件でからかったら、お父さんのこと嫌いになります」
「ごめんなさいすみません捨てないで!」
下ろしてもらいながら言い放てば、お父さんはすぐ膝をついて私の両手を握りしめた。周囲から、堪えきれなかったらしき笑い声がどっと上がった。アンに放り投げられて腹をくくったとはいえ、ここは現在、我が国の中枢部ともいえる人材が揃っている場所である。
おそるおそる一番近くで上がった笑い声へ視線を向けると、そこには予想通りであるが予想外であってほしかった人が立っていた。
「天下のルクトス隊長も、娘の前では形無しだね」
前回のようにおっとりとした雰囲気は控えめだったけれど、それでもこうして笑えば穏やかさが表に出るレギネ殿下に、お父さんは膝をついたまま自分の後頭部を掻いた。
「いやぁ、嫁と娘には生涯勝てんのですわ!」
どこにいたのかネス大佐もひょっこり顔を出したかと思うと、信じられない物を見る目で私とお父さんを交互に見ている。
「く、熊三頭を素手で相手取ったお前が、膝をつくっ……だと!? 戦力増強候補だ!」
お父さんが自主的に反省しただけで、私の握力が熊三頭分に匹敵するわけではない。ネス大佐や一課の皆様におかれましては、私を熊三頭分の戦力としてみなさないでいただけますと幸いです。
ひとしきり豪快に笑ったお父さんは、ちらりと私を見た。嫌な予感が走り抜けた。
私の問題点は、嫌な予感は正確に感じ取れるのに、予感に対する対処方法を持たないことだと思っている。
「アンペロプシス! 俺の娘との新婚生活は最高だろ!」
思わずその頭を全力で引っ叩くつもりが、うっかり杖を持った手でぶん殴ってしまった。そのまま気絶してくれたらよかったのに、お父さんの頭はちょっと揺れただけだった。
今こそここに熊を投入したいが、王都に熊はいなかった。いるとしたらお父さんだ。
「軍部の洗い流し、ルクトス隊と二課分は終わったからなぁ」
ひっそり、けれどけろりと言い放ったお父さんの頭をもう一発殴っておいた。本当に、私とアンの結婚を内緒にさせていたのは、身辺調査の際に誤魔化すためだったというのか。
「アンの素性、知られたらモテると思わないか?」
「お父さん嫌い」
「ぐっは!」
いつの間にか、人の間をするすると移動していたアンは、気が付いたら目の前だ。
「ミント」
「ごめん、アン。今だけちょっと黙っててもらっていい!?」
何を言ったとしても、拙いことになる予感しかしない。しかし、アンが黙ってくれていたとしても、この場には証人が多すぎる。既に面倒事を回避する術はないが、それでも被害を最小に済ませる方法はまだ残っているはずだ。
せめて軍部の外に殺到している新聞記者達の元に情報が行く前に、鎮静化しておきたい。何せアンは戦争の英雄。話題のおもちゃにされる未来が確定しているのだ。
「うん。ミントがそう言うなら」
あ、これもう駄目かもしれない。こくりと素直に頷いたアンを見て、そう思う。
ぎこちなく隣へ視線を向ければ、驚いた顔のレギネ殿下がいる。まだ希望はあった。彼がこの事態収容の指示を素早く飛ばし、この話題をなあなあで流してくれれば、我が国における大革命の裏でひっそり終わる話題になれる可能性はまだある!
レギネ殿下は、大人しく弱弱しい印象を一掃するほど余裕を浮かべた表情を、どこかに忘れてしまっていた。
瞳をまん丸にし、私とアンを交互に見て、くしゃりと、笑った。
「そ、うか……そうか! それはめでたい! そうか、そうかっ!」
アンの両腕を掴み、飛び跳ねんばかりに喜んでいる。その目元には涙すら浮かんで見えた。
「……君はいま、幸せかい?」
「僕は上官に拾ってもらってから、幸せじゃなかったことがない」
「――そうかっ!」
どこからどう見ても、アンの素性知っている。
以上だ!
「貴っ様! 殿下に対して何たる無礼千万! 即刻手内にしてくれる!」
ここは知らないと見た。
「フィーク、お黙り」
「んぐぅ―!」
もうどうにでもなれ。遠くを眺めている私の手の甲を、太い指が突っついた。
「あの、いま幸せ?」
「…………遅い。お父さん嫌い」
「やだぁあああああ!」
少女のような悲鳴でありながら野太い金切り声を上げ、地面に突っ伏したお父さんなどもう知らない。最初から知らない。お父さんは地にめり込み希少鉱物を掘り当てるまで反省するべきである。
「ミント! やだ嘘! ミント! ミント! 話聞かせてね! ミントぉー!」
「祝儀は弾むから全開示で頼む、紙の君!」
私自慢の友達には、一瞬でそこまでばれるているらしい。
これもう、全てを諦めるべきだな。いまこの場に、二課と、声の大きなロカン達がいないことだけを救いとすべきだ。
ここまで振り回されっぱなしで己が感情にだけ素直に流されてきた私だが、おそらく大変なのはここからだろう。アンの素性への誤魔化し、その体の検査と対処方法。最古の魔石がアンへと及ぼす影響だけでも計り知れない。
それらを調査し、もしもの際には私一人ででも対処できるよう知識を得ておきたい。これは忙しくなる。
そもそも革命後だ。どうせ皆忙しい時代が始まる。
どっと疲れたけれど、何故かどこか肩の力が抜けたような気もして苦笑した私は、私を見ていたオーダ・バリドに気がついた。
悔しさや憎しみを抱いているようには見えない。この後、当然釈放されると言わんばかりだ。
現に、これまで王宮魔術師はそうしてきた。どんな罪を犯してもいつの間にか流されていた。
だが、レギネ殿下の憎しみは本物だ。
彼ならば、たとえ己が破滅へ繋がろうと決してオーダ・バリドと両親を許しはしないだろう。そうでなければ、お父さんがここまで入れ込むはずもない。
それを理解できていないオーダ・バリドは、どこまでもレギネ殿下を侮ってきたのだろう。そして、生まれた時より固定されていた歪の中、男を欺き続けてきたレギネ殿下の忍耐力が証明された。
「貴様はミント・アベルジアか」
ゆったりとした水のような声が、私に語り掛けてきた。
「貴様の魔力感知能力は素晴らしい。貴様の父親は凡人ゆえその力を理解せず協力を拒んだが、状況が落ち着けば王宮に召し上げる。その目を埋もれさせては、魔術師全ての損失だ」
この水は長い間停滞し、淀み濁り、腐り切った緑をしている。アンとお父さんの手が私の視界を覆う。親子のように互いの行動を理解している二人を見て、嬉しいなと思える自分が好きだった。
「オーダ・バリド」
命令ですらないほど男の中で決定事項となっているそれに、答える必要はない。
「はじめまして、さようなら」
出来るなら、私の人生で二度と関わりがありませんように。
戦場で苦楽を共にしたのであろう一課や軍人達が、お父さんとアンに祝いの言葉を述べていく。状況を見て駆けよってきたロニとディアは、素直な祝いと隠し切れない好奇心の塊で私を揺らす。
王宮魔術師の残党が奇襲をかけてきた、その内の何体かが乾いた土人形のように崩れ落ちた、王都で火災発生、隣国の密偵発見、蛙を持った二課逃亡。
ありとあらゆる報が飛び交い、わいわいがやがや騒がしい。
「……結局、ここ数日何だったの」
私は何もしてないし、結局何にもなっていない。けれど確実に変化はあったし、これからが楽しみだと思えるくらいには上向きの気分だ。つまり。
『今日はいろいろあって大変だったけれど、総合的にはいい日でした。
アンはどうでしたか?
アンもいい日だったなら、嬉しいです。』
手紙の内容は、これで決まりだ。




