23.はじめまして ひとがた
しかし、今この状況下で鳴り響く警報は、絶対何もよくないと断言できる。
響き渡る鐘の音と共に、空には魔術で投影された巨大な画面が幾つも浮かび始める。
この魔術自体は、私達も日常でよく使用する。いちいち書類を持ち運ばなくてもいいし、皆で情報を共有する際にもとても便利だ。
燃えないので、不慮の事故による消失も免れやすい。そもそもその用途で開発した。紙での保存と魔術での保存、どちらの良し悪しも補完し合う関係が理想だ。
宙へと設置された投影装置全てが、一人の老人を映し出す。
老人と、そう表現するのは不敬だろうが、そうとしか思えないほど急速に衰えを見せた顔で映っているのは、この国の王だった。
『愛する我が国民達よ』
国王の名を持つ老人が、訥々と語り始める。
『サンワールを守護せし我らがサンワール国軍の労を労った日は、まだ記憶に新しい。長き時を費やし彼らが齎した我らが勝利を、誰が疑おうか』
我らが偉大なる国王陛下の有難きお言葉を聞きながら、私はぽかんとそのご尊顔を眺めていた。
『しかし今日は、悲しき裏切りを伝えねばならぬ』
きっとクレス達も同じ顔をしているだろう。けれど、互いを確認する余裕が無い。
『その生を懸け、我らがサンワールを守り戦った軍への恩義、我ら、忘れは終い。しかし、悲しきかな。自らは戦場に赴かず、その陰に隠れ利を貪る輩というものは、いつの時代も存在する。よもや、国が為、命を賭し戦う同胞の影に隠れ、人道に悖る禁忌を犯すとは』
全身の毛穴が開くほどの鳥肌が、立った。
『にわかには信じがたいことであるが、サンワール国軍魔術二課は、禁忌である培養装置による生物製造を行っていた。魔物、家畜、ついには人を培養したのである。命を弄ぶ悍ましき行為であり、神をも恐れぬ大罪だ! 余は、魔術二課の取り調べを王宮魔術師に命じた。しかし魔術二課は、罪を省みるどころか、籠城し、尚且つ戦闘行為に出た! このような暴挙、許されるはずもない!』
まさかまさかと思っていたが、熱弁を奮う王の背後から鐘の音が聞こえる。王都中に轟いている鐘の音と重なったその音に、私は確信した。
「音だけにとどまらず姿形も送れてるんですけど!? しかもこれ今!? 今の王様!?」
「何だっ!? 何だこの技術! 画面を遠方に出せるのか!? 音と動作付きで!?」
「なあ! なあこれ、クレスの技術使ってるかな!?」
「これ多分根本から違う技術ですよだってクレス中尉の魔術は一本線を通っていく形で稼働するのにこの魔術は空間全域に広がりましただから若干魔術酔いして気持ち悪いですもん!」
「なら何の魔術を応用したんだまさか一から独自の魔術式を開発したのか論文はどこだ!」
「ゼノンもそんなの言ってなかったから絶対論文出てないってずるいって開発者誰だよ!」
『人の道より外れし魔術二課には、相応しき罰を与えねばならぬ! それが人としての務め!』
「もしかしたら古代の魔術を使っているんじゃないですかだって全然魔術形態違いますもん!」
「人を羨む趣味はないがお前の目は常に羨ましすぎるな魔術形態は何に近い!」
「クレス中尉はニニイ・ドールケン系統の術式なのに対しこの術式はタルバタ・バルサバタ系統寄りな気がしますけどハーレ・ニド系統も混ざっているような感じで!」
「ハーレ・ニドは遺物から術式研究してたのになんでタルバタ系統が主体なんだよ!」
『愛する我が国民達よ! 逃亡した魔術二課を捕らえるのだ! 魔術二課を許してはならぬ!』
「ハーレが解明した術式は現代では使用不可能なものが多かったがタルバタは現代に近い術式に作り替えたんだタルバタはハーレより二百年ほど後世の人間だからな!」
「ちなみにそれらの術式をフォーカ・スッテ・ナーニの術式で繋いでリウ・ウォートやザイナ・コパシの術式で個別に纏めているみたいな感じです!」
「その流れならメメ・スリナらしき術式もあるんじゃないか!?」
「イアウトのは!?」
『逃亡中の二課隊員は、人工生命体を護衛としている! その姿形は、我々と寸分違わぬが、全て感情なき人形だ! 善良なる民である諸君には、この罪深さが分かるであろう!』
「ありますありますどっちもあります!」
「これまで魔術系統の祖と呼ばれてきた人間達は専門分野は正しく読み取れていたんだろう!」
「全部繋ぎ合わせたら再現できるのかなでもそもそもイアウトとニニイは全然別系統だろ!?」
「むしろ真逆枠ですよねこれどうやって繋がってるのか全然分からない絶対どこかで破綻して魔術成立しないはずなのにそれはともかくこの規模に展開した魔力はどこから来ているんでしょう!」
『物を作るが如く人の形をした生き物を作り出し、使役するその悍ましさ! 命を弄ぶ魔術二課を許してはならぬ!』
「よく聞けば音が若干ずれてるぞ完全に時を同じくした転送ができていないのは調整可能か!?」
『愛する民よ! これ程に悍ましき研究を行った奴らは、何をしでかすか分からぬ凶悪な研究狂い共だ! 発見すれば、いつだってそなたらの味方である我らが王宮魔術師を呼ぶのだ!』
「映像記録装置に応用して音声と映像を記録できるってことかな最高じゃんこれで王宮魔術師に叩きだされる前に情報保存し放題だオレいつも記憶から映像記録を取り出したいって思ってて!」
『さあ、民よ! 魔術二課を捕らえ、この国に平和を齎そうではないか!』
「この技術あの施設で着想を得たのかな私達が回収した資料の中にその片鱗ありますかね!」
「オレ、オレだけ分析結果見てない何かあったねえ!」
「一朝一夕で解読できるか!ミントは何かあったか!?」
「あったんですよ採取した毛の分析結果がどこかで見た成分で――36番! 被検体36番だ!」
「はああああああ!? じゃあ36番はあの施設から逃げ出した魔物!?」
「確かにあの森で捕獲した同種族が未だ発見されていない未知の魔物! 条件は合っている!」
「じゃあ36番分析すればいろいろ分かるってことか!?」
「そうですね! でも魔物の分析は出来ても今この技術の分析は出来ない―!」
『サンワールに栄光あれ!』
「あああああああああ! 消えるな消えるな馬鹿!」
「ばかばかばか! 画面消すなばかぁー!」
「陛下―! ずっと喋ってて―! 永久に二課を罵っててー!」
私達は全力で広げた両手を掲げ、空の画面を仰ぐ。
その絶叫が届いたわけではないだろうが、演説にひと段落が付いたはずの陛下は消えなかった。それどころか、その表情が驚愕に染まっていく。
そして、見る見る間に恐怖が埋め尽くす。見開かれた瞳に限界まで下がり続ける眉尻。先ほどまで雄弁に語り続けていた唇は遠目にも分かるほど戦慄き、呼吸すら怪しげだ。
何事かと凝視する画面内で、陛下の姿がなぎ倒された。倒れ込んだともいえたが、次から次へと画面に現れる人間が陛下を押し流していったともいえる。
画面の内部が、もうてんやわんやだ。
次から次へと人が映っては消えていく。一瞬だけ映る衣装は、王宮魔術師であったり軍服であったりと、これまた忙しい。
今のところ画面は安定しているので、その魔術式を見たり画面の映像を見たりと、思考と感情は大忙しである。理性は画面内へ、欲望は画面本体へ向いていて忙しい。それでも多少梁成が勝る。
「……これ、大丈夫なのかな」
「うん。見ていて、たぶんもう少しで」
私の理性に反応したアンが促した先で、画面の端から見慣れた顔が現れた。
「お父さん……」
少し乱れた髪から見えた額には、擦った傷がある。戦闘行為があったのだ。動きに支障はなく、大きな怪我はしていないようでほっとする。
そんな私と画面を、ラクーシャが交互に見つめている。
「あれがミントのお父さん…………ミントって、お父さんに似てないんだな」
どんな状況でも近しい話題に注目してしまう現状に、魔術師云々は関係ないのかもしれない。
光の明滅と画面の乱れ。魔力の点滅だけでなく、物理的な粉塵も巻き起こっている。音声は途中で途切れたのか静まり返っているが、画面の中は騒がしいままだ。
ネス大佐の姿も見えた。率いる一課の魔術師達と、王宮魔術師が応戦している。だが、明らかに王宮魔術師の数が少ない。
「一課が王都での戦闘に慣れていない今の勝算が一番高いはずだが、奴ら、相手にならないな」
「二課に割いた分が痛手ですね」
ただでさえ王宮魔術師は数が少ないのに、そこから二課制圧に人数を割いていればそうなるだろう。
二課は片手間で落とせるような戦力ではない。そして相手が道理に悖らぬのであれば、嬉々として道理を投げ捨て禁止業を持ち出してくる面子で構成されている。
「あ、オーダ・バリド」
どこだどこだと目を凝らせば、画面の隅っこで一課がオーダ・バリド達を追い詰めていた。
「ああ……レギネ殿下ですね」
「そうだな。何だ、気の弱い方だと聞いていたが、なかなか根性ある目をされているじゃないか」
床に押さえつけられたオーダ・バリドを、レギネ殿下が見下ろしている。何事かを言っているようだが、こちらまで聞こえない。あれを聞く権利を持っているのは、実際あの場にいる人々だけだ。
「何だよ! あんたら知ってたな!? オレ何も聞いてないのに! ずるい!」
「何も聞いていませんよ」
「うそだ! だって、全然驚いてない!」
「慣れなんですよ、これがまた」
多少の事情は聞いているが、そこまでだ。レギネ殿下の王位簒奪が行われる可能性は知っていても、それがいつ、誰と、どこで行われるか。そんなものは何一つとして知らない。一つ一つの事件に驚きはしても、全体を通した結果に驚かずいられるのは、純粋に慣れの問題だ。
「ラクーシャ、こういった大きな事態は、がっつり関わっていようがいまいが、全容が説明されるとは限りません。むしろ説明されないほうが多いくらいです」
当事者であっても知らされない。知ってはならない。そんな事態は多々起こる。それが許されて、許されなければならない。そんな世界が、ここにある。
それが軍だ。
「全てを知りたければ立場が必要で、上に行くためには研究を捨てなければならない。ゼノン二課長は、私達が好きに研究できる環境を整えるために、研究の多くを譲渡してしまった」
自分の器と理想を擦り合わせ、自分を合った位置に収めていくことが肝となる。ラクーシャも聡い子だ。
理解はしているのだろう。だが何となく不満で、つまらない。そんな顔をしている。
私も、法廷で王宮魔術師を追い詰めたかった。けれど、役者は私ではない。私は目の前のことで手いっぱい凡人だ。これくらいの距離で、事態の収取を見ているくらいで丁度いい。
「そんなの面白くない」
「不満なら、お前がその両方できるような人間になってみろ。上層部に名を連ねつつ、二課に席を置いておける、ゼノン二課長のような人間にな」
はっとした顔で、やる気に満ちた握りこぶしを作ったラクーシャを見て、クレスは力強く頷いた。
「そして二課に予算をくれ」
「クレス中尉……」
幸い意気込むラクーシャにその部分は聞こえていなかった。見上げた先では、いつの間にか音声が繋がった画面に、レギネ殿下が映し出されていた。
『見苦しい姿を見せた。改めて名乗ろう。わたしはサンワールが王子、レギネである』
静かで落ち着いた声音は、年老いた国王よりよほど深みのある声に聞こえた。
『先の陛下の発言は偽りだ。命を弄ぶ悍ましき研究は事実。だがそれは、王と王妃、そして王宮魔術師によるものだ。魔術二課及び軍部は、わたしの協力要請により動いた同士である』
あちこちで、動揺と猜疑の念が交じり合った声が発生している。この辺りに人の気配はないが、それでも届くほど、王都中が混乱を吐いた。
少し離れた場所で悲鳴が上がったのは、私達を追っていた王宮魔術師が原因だろう。私達は煙に乗じて行方をくらませたが、あちらはまだ探しているのかもしれない。
一連の映像を見てなお私達を追っているのか。
映像の向こうで自分達の長が捕らえられた。オーダ・バリドと癒着していた王も同様に捕らえられ、次代の王子が彼らの罪を糾弾している。
それなのに、命令だからと言ってそのまま私達を追うだろうか。たとえ組織本体が致命的な状況になろうが、私達を追えという命令が出ていたか、命令続行の有無を判断できないのか。
『道理に反した者は、誰であろうと許してはならぬ。王族であろうが、変わらぬ裁きを与えよう』
オーダ・バリドから回収した杖を持ったフィーク・バリドが、レギネ殿下の背後に立っている。彼もまた、難しい立場だ。王宮魔術師を裏切るということは、血縁全てを裏切ったということだ。
「人の道理に反した研究、か」
その通りだ。けれどその名前で世界に出された技術が哀れでならない。人はあの技術を、悍ましさを伴わず使用することはできない。
それでも、技術はただの技術であった。
命のふりをした異物を嫌悪をする本能が、技術を断絶させる。これはきっと、悲しいことだ。
「今後どうなるのかな……」
「あの技術を禁じれないのなら、この国の王族は揃いも揃って無能という結果になるだけだよ」
「アンって王族に辛辣な気がするんだけど!?」
他に人の目がなくてよかった。状況的に有耶無耶となりそうだが、それでもぎりぎりな発言だ。
「後は僕がやるから、クレス達は先に戻っていて」
「……確かに、あなたであれば容易でしょうな。では皆様、男ロカンが謹んで送迎いたします!」
「ミントは置いていって」
「なんと!?」
アンもそういうことだし、クレスに諸々を任せ、先二課へ向かってもらった。
四人を見送り、残ったのは私達だけとなる。クレスとゼノンがいるのなら、二課は大丈夫だろう。
「結局、培養されたものに自主性はあるの? 肉体の反射は? 臓器まで人間と同じ?」
「ミントは知りたがり。昔から」
「そうです……」
私の猛烈に二課向きの素質は、手紙からも滲みだしていただろう。滲みだしていたどころか、自己主張激しく溢れ出していた自覚はある。
「僕は、君の好奇心を満たせる答えを有していないのがもどかしくて、君の手紙が届くたび、君の好奇心の先を勉強した」
「そうだったの!?」
「うん」
素直さは美徳であるが、時に攻撃力を増すので要注意だ。
「君が、僕との手紙に飽きたら嫌だった」
「飽、きないよ。それは、絶対」
「僕が読書家と呼ばれるようになったのは、君のおかげだし君のせいだよ」
ちょっといじけたような顔をしたアンの肩越しに妙な影を見つけ、首を傾げる前にぞっとした。
建物の影から、王宮魔術師の頭が見えた。
頭だけ突き出しこちらを見ているけれど、それは完全に真横になっている。かくれんぼしている子どもが覗き見ているのなら可愛いものだけれど、大の大人の姿でやられると完全に怪奇小説だ。
ぞろりと溶け落ちるような動きで陰から出てきた王宮魔術師は、体を半分に折るように前かがみとなり、だらりと両手を垂らしている。
「こ」
背筋を怖気が走り抜けていく。あまりにあまりすぎて、胸が締め付けられ、呼吸は乱れ、視界は点滅し、意識が遠のきそうになる。
「この完成度で実用化しちゃったの!?」
こんな仕様で世に出したとあっては、開発者として一生の恥ではないか!
自分の研究がこんな形で世に出たら、あまりの恥ずかしさに憤死する。これを研究していた責任者である王宮魔術師の心中を思うと居た堪れない。
関節の動きを無視した人型が走り出すと同時に、私も杖を構えた。これが魔具ならば笑い事にもなったが、禁忌の果てだとならばやるせない。死者もこんな形で世に戻されたら浮かばれない。死を冒涜するのであれば、せめて人の中に紛れる精度でなければ意味がないではないか。
「それで僕はその度勉強したんだけど」
「そ、そのまま続ける感じ!?」
人型を振り向きもしないまま喋り続けるので、後ろに気づいていないのかと驚く。
「次の手紙が来た時には既に、君の興味も次へ更新されていて」
「アンも話題を更新してくれて全く構わないからね!?」
アンが無造作に片手を動かすと、背後から襲い掛かっていた人型がばらばらになった。
「……え?」
「君の好奇心に追い付くにはどうすればいいか上官に聞けば、あの好奇心は一人乗りだからついていきたければ並走できる脚力をつけるしかないと聞いて、走り込みの鍛錬を増やした」
「好奇心旺盛で移り気なのは本当に申し訳ないしお父さんの言うことは無視してほしいんだけど、え!? これ会話続けていい感じ!?」
いつのまに囲まれていたのか、あちこちから王宮魔術師が生えている。その数、十体以上はいるだろう。人は二足歩行する生き物だと設定しきれていない人型までいる。
「君は僕に知識がなくても気にしなかったけれど」
アンが一度私から視線を外し、半身を捻った。それは見事な肉の花が咲いたし、血の雨が降る。
「君に教えてもらうばかりでなく、対等に話したかった。君に教えることは出来なくても、君の好奇心を理解し、それらを満たした会話がしたかった。何かを望んだのは、それが初めてだったんだ」
「あ、りがとう」
「本来は家族や友人、知人などに分散されて経験する感情のほとんどを、僕は君から学んだ。だから僕が人生というものを得ているのなら、そのほとんどは君で構成されているよ」
照れ臭そうに笑うアンを初めて見た。
大好きな人が、私との思い出をきっかけに笑ってくれている。そんな光景が、何より眩しい。長年の夢が叶ったような心地でのぼせそうだ。それはそうとして。
嬉しさと切なさと苦しさと、様々な感情で胸がいっぱいになる視界の中で、首が飛んでいくのはどうかと思うのだ。
「それ、今じゃなきゃ駄目だった!?」
人型の首が飛ぶ。人型の上半身と下半身が別離する。人端の右半身と左半身が別離する。照れくさそうに微笑むアンの背景がそれなので、正直どういう感情を抱けばいいのか変わらない。
「後があるとは限らないから」
――自分の浅はかさに、吐き気がする。
明日があると根拠もなく信じられるのは、それらを当たり前に信じられない場所で生きてくれた人々がいるからだと、私だって、分かっていたはずなのに。
明日、今日、今夜、お父さんの、アンの、訃報を内包した手紙が届くかもしれないことが、あれほど恐ろしかったのに。
手紙をただただ嬉しいものだと躊躇なく開けるようになるまでに時間を有したのに。そんなこと、お父さんとアンには一生言えないと、自分に固く誓っていたはずなのに。
「ごめん……」
「何が? 離婚は嫌だよ。あ、そうだ」
気が付けば、周りには人型をしていた肉塊ばかりが転がっていた。内部は人間とは違うようだ。臓器の数が足りない上に臓器の体を為していないし、血の量は多すぎる。骨の数も違うのだろうか。
「少しの間なら調べる時間ありそうだけど、ミントどうしたい?」
「いいの!?」
さっきまでの反省はどこ吹く風。自分でもどうかと思う反射速度をしてしまった。反省しているのは本当だ。馬鹿なことを言った悔恨も事実で、夜布団の中で悶々と考え込むことが確定している。
だが、それとこれとは話が別だ。
「ちょ、ちょっとだけ調査していい? ざっくり分析するだけでいいから!」
「増援がくるまでなら」
「ありがとう! アン大好き!」
「――――――うん」
軍部が出てくるまでの間ならと、何故か増量された調査時間に感謝しながら、いそいそと杖を揺らしてしゃがみ込む。
断面からして、人の形をしていない。材質も違うし、そもそも雑だ。
「このぶよぶよ感、36番に似てるなぁ…………成程なぁ」
同じ工程で製造された物体といった感じだ。
精密な分析を行うには二課に持ち込んだほうがいいのだが、流石に人の見た目をした物体を切り刻むのは気が引ける。既に切り刻まれているけれど、それはそれ。
それにこの件は、国家の行く末を左右する事件の中にある。下手な行動を取れば、秘密裏に消された上にうやむやにされて終わる気がするのだ。
よって採取は諦め、改めて目の前の人工的な肉塊に視線を戻す。よく考えれば普通の人間とて人工的な肉塊だが、それはそれだ。
あの事件はずいぶん昔に起こっている。36番はこれまで攻撃行動を取ったことはなく、餌に対しても狩りの動作も起こさない。野生で生きていける気がしないというのが、私達の見解である。二課に捕獲されるまでどうやって生き延びたのだろう。
それに培養された生き物とは、そんなに長い間生きてけるのだろうか。36番はどうやって生きてきたのだろう。外敵となる生物の前に置けば、威嚇行動以外ではどんな行動を取るのか。
「今すぐ二課に戻りたいっ!」
「ミントは戦場だと瞬間蒸発するように死ぬから、一生戦場に出たら駄目だよ」
「もうちょっと粘れるとは思う!」
「出るなら僕を倒してからにして」
「もうちょっと実現可能な課題にしてもらっていい?」
「その後に上官」
「二段構えはどうかと思う」
私を見ながら人型を処理していくアンを見ていれば、思わず真顔になるというものだ。余所見しながら倒される人型の気持ちになると切なくなる。
蹴り飛ばされた人型は、瞬き一つしていない。人の心も生き物としての反射もなさすぎる。




