22.はじめまして けいほう
もはや衝撃しか知覚できない威力で吹き飛ばされる中、防げているのは熱源だけだ。私達の体は障壁の中で激しくぶつかり合う。手足を縮め、背を丸め。二人が収まるにはあまりに小さな空間の中で、かろうじて二人分の生存を確保している。
ぐるぐると回りながら、必死に巡らせた視界の中には、光と空、煙と地上が見えた。住民達は、突如始まった光の応戦に見入り、足を止めている。楽しそうに笑っている人々は、式典の演出だと思っているのだろう。
だが、そこから外れた私達への攻撃は、花火や演出では到底誤魔化せない、確かな爆発だった。
怪訝な顔で空を見上げる人々が増えていく。中には、吹き飛ばされた私達に気づいた人もいる。その人々は頭や口に手をやり、悲鳴を上げた。
軍部はどんどん遠ざかっていくが、それでも軍部と打ちあっている光の束は見えた。数が多すぎて一塊の束に見えてしまう量の応戦が、未だ途切れず続いているのだ。
「いやいやいや! 結局これ何なの!? アン、何か知ってる!?」
「王宮魔術師だ」
「それはそう!」
「ミント、王宮魔術師」
「それは分かっ――……王宮魔術師だ」
王都中の人間が同じ光を見ている。花火だと思う者は喜び、爆発だと理解した者は恐怖し。不安を浮かべ、瞳を輝かせる。同じ光が生み出した表情は、多種多様だ。
そんな人々の中を、異質な動きをした集団が走り抜けている。
王宮魔術師だ。
魔術で強化しているのか、まるで獣のような速度だ。二課も同じ魔術を扱えるけれど、だからと言ってその動きに体が付いてくるかと言ったら別の話だ。体力のない人間の体力増強したところで、普通の人間になるか、ちょっとだけ体力のある人間になる程度だ。
あれは本当に、人なのか。それともまさか。
悲鳴が上がる中、異様な速度で走り抜けてくる王宮魔術師は、私達の落下地点を目指していた。その中でも、一際早く走り抜ける五人がいた。この一団は、私達の着地前に接敵する可能性が高い。
そもそも、もう攻撃してきている。再び抜かれたアンの剣が攻撃を斬り落とす。私も改めて杖に意識を集中する。何はともあれ着地しなければ。いつまでも的になっているわけにもいかない。
「あ」
「え?」
ぽんっと空気の抜けたようなアンの声に疑問を返した瞬間、突如視界が煙った。アンの切り裂いた攻撃が弾けさせたのは、爆発ではなく煙だったのだ。
「今度は何!?」
「分からない。初めて見たから……」
急に困った顔になったアンに、心臓がどきどきしてきた。いつも淡々としている人が明確に不安を表に出していると、常態の三倍くらいはらはらする。
「分からないこと今度手紙で聞こうと思ったけど、ミントはここにいるからどうしようかと思った」
「わ、分かる!」
これまで事ある度に手紙へ書こうと思ってきた類なので、よく分かる。これはもう癖に近しい。
そう言うと、アンは嬉しそうに頷いた。
「ミントとお揃いで嬉しい」
「……アンって本当に、手紙のまんまだったんだねぇ」
しみじみ感じている間も、煙は濃度を増している。
「……あれ?」
この煙を味方につけられるかどうかで勝敗が決まると判断し、必死に分析を開始した私の目には、ひどく馴染みのある魔力が漂っていた。
王都中で悲鳴が上がっている。煙の範囲は空から建物の三階部分までにとどまり、地上までには至っていない。けれど頭上で正体不明の煙が吹き上がれば、降り注ぐのは恐怖だ。人は落ちる空に耐えられる精神構造をしていない。
走っていた王宮魔術師達の多くは立ち止まり、巨大な煙玉へと向けて攻撃を開始した。その光景に、これは演出でも訓練でもないと確信した人々は、慌てて避難という名の逃走を始めた。
本来ならば、軍部の施設間で攻撃を交わし合っている状況で逃げてほしかったが、遠目では攻撃には見えづらかったのかもしれない。
これまでは、必要魔力量削減、術式簡素化など、扱いやすさに重きを置いていた魔術開発だが、見た目にも少し目を向けてみる必要があるかもしれない。禍々しく見えたほうが、一目で危機感が生まれて便利だ。
新たな知見を得たので、今度開発してみよう。
王宮魔術師達は、煙へ向け手当たり次第に魔術を打ち込んでいる。魔力を読みづらくしているので、この巨大煙玉の中、私達がどこにいるかは分からないだろう。
私達はもうそこにはいないので、尚更である。
「ミント、こっちだ」
「ミントー! ばーか! こっち! ミント! ばーか!」
「心配の照れ隠しが罵倒で出る癖は直しておけ。将来取り返しのつかないことになるぞ」
「いってぇ―!」
煙の中で一瞬瞬いたクレスの魔力と、元気いっぱいのラクーシャの悲鳴を頼りに着地した私は、ひとまず胸を撫で下ろした。
二人の手助けにより合流を果たした後、即座に人気のない路地裏に移動し、気配遮断の魔術防壁を張る。相手に感知されない魔術は、ラクーシャが得意だ。
そこまで来てようやく、私は地面へとへたり込んだ。自分の膝に突っ伏した私の頭を、ラクーシャの小さな手が摩る。
「ミ、ミント! おいっ、おいってばっ…………ねえ、大丈夫?」
徐々に勢いがなくなっていくラクーシャの声に、ぱっと顔を上げる。
「平気ですよ、ありがとうございます。皆さんも無事で何よりです」
上げた視線の先には、奇しくも施設調査の面々が集まっている。
「ムームーが今日は休みだって伝えに来て……でも昨日の分析気になったし、お昼皆と食べたかったから行こうかなって……そしたら、なんか、ああなってて……」
両手を広げて抱き着いてくるラクーシャを抱き返す。かなり怖かったようだ。
「クレス中尉はどうやって外に?」
クレスは私同様夜勤組で、私が自室に強制送還された後も残っていたはずだ。
私の疑問を前に、クレスはひょいっと鞄を持ち上げて見せた。
「着替えを取りに戻ってた」
「ああ、成程」
奥様の顔も見たかったのだろう。仲良しのご夫婦で羨ましい。私もアンとそんな風に、親しい家族となれるだろうか。
ちらりと視線を向けたアンと目が合った。なんとなく気恥ずかしくなって視線を戻すと、その先でクレスは眉間に皺をよせていた。
「だが失敗した。護衛が付いているせいで余計な心配をかけたのと、純粋にこいつがうるさかった」
親指で雑に示されたロカンは、自身の厚い胸板をどかんと殴る。
「奥方と大層仲睦まじさに感服いたしました! 是非ともそのコツをご教授いただきたく!」
「うるせぇ」
確かに。
「ミント、クレス。護衛を交換しないか」
「え、嫌です」
「オレもムームーがいい……」
二課は基本的に、挙動と声の大きい人間が苦手なのだ。
「はっはっはっ! 全方位からの拒絶があろうと、男ロカン、泣きはしませぬぞ!」
その目尻にきらりと光る何かが見えたような気もしたが、気づかなかったことにしておこう。
「それで、結局何がどうなってるんだ。流石に、少しは説明があるんだろうな」
撃ち合いが続く軍部を睨むクレスの足元で、私は胡坐をかいて座り込み、乱暴に扱った杖の整備を開始した。ラクーシャも軍部が気になっていたが、だんだん杖調整に意識の比重が傾き、今では隣にしゃがみ込んでいる。
重要度に関わらず、気になるほうが気になる。彼もまた二課である。
「仰ることはご尤も。あなた方には聞く権利がありますとも! ではアンペロプシス、頼みました」
「お前じゃないのかよ」
「ご尤も! だが悲しきかな! 男ロカン、語り部に向かぬと言われるのです!」
「あー……」
声の質云々は置いておいて、純粋に声が大きすぎる。しみじみ聞き入っている最中に鼓膜を破らんとする攻撃が飛んでくる語り部は、転職をお勧めするだろう。
「事の発端は十三年前」
「そんでもってあんたは突然始めるのかよ。なあミント、こいつら絶対護衛向いてない」
「ご、護衛の能力に語り部要素は必要ないから大丈夫だよ」
アンも我が道を行く類である。
「アンペロプシス少尉だろ」
「いってぇ! あんま頭叩くな! 背が伸びなくなるだろ!」
「思考能力が伸び悩むほうが、人間性に関わるから重要なんだよ」
クレスに引っ叩かれたラクーシャのことは気にも留めず、アンは続けていく。
「巡回中のルクトス隊が、上級魔物新種と接敵、討伐。接敵時、魔物は既に負傷。森林調査開始、王宮魔術師により森林封鎖。立ち入り禁止。後、戦場における戦闘行為の妨げとの抗議により、立ち入り解除。森林立ち入り時は王宮魔術師の監視が絶対条件。通常時は立ち入らず、戦闘の合間に調査再開。四年前、遺跡発見。入り口封鎖解除不可により調査断念。王宮魔術師常駐解除。終戦時二課投入。以下現状」
「ルクトス隊が討伐したという上級魔物は、遺跡内で王宮魔術師達を殺したやつか?」
「上官達はそう判断した」
王宮魔術師を大量殺害した正体不明の魔物が、既に討伐されていた安堵と、魔物の調査が事実上困難になった事実への無念が交互に浮かぶ。これ以上人的被害が出ない事実には心底安堵するが、それはそれとして魔物の調査ができなくなったのは残念だ。あの施設が発生源なら尚のこと。
あれは人が作り出してはならない存在だ。だが、人が可能とした技術への興味は尽きない。
結局のところ、古代文明が滅びた理由がこういったことの延長線上だったとしたら、あれだけ高度な文明が滅びた事実は別の虚しさを帯びてくる。
所詮、人はその程度の生き物ということだ。
「……あの施設にあったという大量の培養装置は、魔物を人工的に作り出すための物だったのか」
「魔物に限らず、あれこれ混ぜている」
アンの言葉に、クレスはぴくりと眉を動かした。
「……昨夜のラゴー・ディトは、ここに繋がるんだな?」
アンは答えなかった。けれどここでの沈黙は肯定と同義だ。クレスも重ねて問いはしなかった。
「さもありなん、といったところだな。古代技術を用いた大量の培養装置が、秘密裏に稼働していた施設。どう考えても法か禁忌、もしくはどちらにも触れていると考えたほうが素直だ。僕達には何も知らされていなかっただけで。で、一つだけ答えろ。ゼノン二課長は把握しているんだな」
それはそれとして、ここ数日で気づいた。アンとの間に知らないことがたくさんあると寂しいけれど、お父さんがいろいろ黙っていたら腹が立つ。この差はいったい何なのか。
「うん」
素直に頷いたアンに、クレスは拍子抜けしたのか肩の力を抜いた。確かにアンの素直な反応は、時にラクーシャより幼く見える。
「……お前、素直だなぁ。よし、分かった。僕達も軍人だ。上官が把握しているのであれば、それらの判断に異存ない」
「うん」
またもや素直に頷いたアンに、クレスは複雑な顔をしている。喧嘩なら一秒で買う人だからこそ、素直に頷かれると調子が狂うのだろう。
「あの遺跡で行われていた禁忌を容認した王と、実行した王宮魔術師は裁かれるべきだ。だから上官は、遺跡外で証拠を集め、外堀を埋めた。そして遺跡内の調査結果次第で、その事実を公表し、王宮魔術師の権限剝奪を――」
お父さんがそんな国政を左右する大掛かりなことを行っていたと聞かされると、不思議な気持ちになる。だってお父さんだよという思いが先に来るが、そんな気持ちとは関係なく、何だか胸がざわざわしてきた。私の異変に気付いたアンが、体の向きごとこっちを向いた。反応が早い。
全身の肌が鳥肌を立てる。何だか落ち着かず、気持ち悪い。
私が異変を来した後、クレスとラクーシャも妙な表情を浮かべながら腕を摩る。魔術師だけが反応しているのであれば、何らかの魔術だ。だが、周囲にそれらしき魔力の流れを見つけられない。
ざわざわぞわぞわして落ち着かない神経をなんとか宥めた瞬間、耳を劈く大音量が響き渡る。魔術を介し本来の範囲より広く遠く聞こえる鐘の音が、王都中に轟いていく。
「ミント、これ何?」
滅多に聞く音ではないが、年一回は試運転されている魔術だ。王都に住む人間ならば、慣れはせずとも知った技術と音である。しかしアンは、生まれてから一度も王都を訪れたことがないのだ。
「非常警報、です」
「そうなんだ。煩いね」
「それはそう」
煩くなければ警報の意味を為さないので、警報の類は煩くてちょうどいい。
「ロカンみたい」
「それはそ……」
返答は控えさせていただきます。




