21.はじめまして さつい
しかし、まずはどこかに着地しなければ。
落下しながら足場へと視線を巡らせていると、再度光の矢が飛んできた。
「ミント!」
アンの動体視力は、この攻撃がこれまでを遥かに超える威力だと、誰よりも早く気づいていた。
激しい衝撃に、建物が揺らぐ。これを攻撃ではないと王が言えば、建物どころか国が揺らぐ。
背後から膨れ上がった爆風により、私とアンの体は施設外へと弾きだされた。
体がぐるぐると周り、どちらが上か下かも分からない。アンは体全体で私を抱えている。その腕の隙間から周囲を把握しようとしたが、粉塵による視界不良がひどく、目を開けていられない。
肌を痛いほどに打ち付ける自分の髪の毛と細かな破片に抗い、必死に瞼を開く。
なんとか杖を動かし、せめて視界だけでも確保しようと粉塵を弾き飛ばす。
すると、美しく広がる晴れ渡った青空を背景に、色鮮やかな人が心配そうに私を覗き込んでいた。
「ミント、怪我は…………命にかかわらないものを含めた怪我は?」
「ふっ……」
同じ轍は踏むまいと考えた末であろう言葉に、思わず笑ってしまう。こんな状況だというのに、気に掛けるところはそこなのか。
「あはは! ないよ!」
アンは私を抱えたままなので、態勢を調整する必要が少なくて助かる。力任せの魔術で破片を吹き飛ばした反動で、今は少々魔術を編みづらいのだ。
多量の魔力消費を調整なく扱えば、その反動が次の魔術に影響する。ようは痺れているのだ。痛めたほどはいっていないのですぐ回復はするが、咄嗟の反射が必要な戦闘時には行わないほうがいいやり方である。
後は着地だけだ。古代遺跡の地下へと降りたように、速度を殺して降りればいいだけだったのに、視界の端に水面のきらめきが見えた。空に水面などあろうはずがない。ならばあれば。
弾かれたように二課の方向を見て、息を呑む。
「一課! 一課を呼べ! 早くっ!」
「あいつら、本格的に戦争をおっぱじめるつもりか!?」
地上から聞こえてくるのは、確かな混乱による悲鳴と、明確な怒りが篭った怒声。
誰もが同じ光を見ている。それなのに、こんなに嬉しくないことがあるだろうか。
軍部の視線を集めた先で、強化硝子を砕いた光の矢改め魔術の砲弾が、二課を覆った障壁中から数え切れぬほど放たれた。私とアンを吹き飛ばした最後の矢は、これだ。
夏の海を思わせるほど強い光が障壁中を覆い、私達の頭上に降り注ぐ。同時に、軍部からも弧を描いた光の線が放たれ、空を覆いつくした。一課が間に合ったのだ。
私とアンが放り出された空の中、数えきれない光の線がぶつかり合う。光と音の衝撃が空を覆い、咄嗟に障壁を張っていなければ私とアンは木っ端微塵の肉塊と化していた。その場合、爆音により破れる鼓膜の心配は必要なかったが、幸い生きているので咄嗟の鼓膜防御が間に合ってよかった。
この光景を見た王都の住人達には、終戦を祝う花火に見えるのかもしれない。白い光が絡み合う光景は、当事者でなければそれは美しく見えることだろう。
しかし実際は、武力を持った国の要同士が割れた瞬間だ。
二課の方向から放たれた光は、威嚇では許されない威力がある。対する一課の光は、細く数があった。着弾した矢が爆発した様子を見るに、数で押し、施設へ到達する前に爆発させる選択を取ったのだろう。
戦闘分野における専門家は一課だ。二課の出る幕ではない。
二課である私は両者の攻撃合流地点からそっと地上へ降り、ひっそりと退場したかったのに。
「な、にっ!?」
杖を振り払い、眼前へと飛んできた光の砲弾を振り払う。ぶつかり合った余波にだけ気をつけていたが、まさかの直撃が飛んできた。次いで二撃、三撃目も同様の手段で回避する。
立て続けに飛んできた光の砲弾を、杖に宿した魔術で弾き飛ばす。打ち返すだけでは爆発してしまうため、都度一手間二手間が必要となる。
いつもなら何の問題もない手間だけれど、加減を考えず大量の魔力を消費した直後であり、宙に放り出された状態のままでは十分に効いてくる。その上、四撃目を弾いた辺りで確信した。全体的には軍本部へと向けられた攻撃だが、その一部は確実に私達を狙って放たれている。
放置すれば、私だけでなくアンまで揃って焼き挽肉と化す。だがそちらにばかりかまけていては、落下で死ぬ。
そして一番の問題は、幾度も杖を降りぬく動作で腕が疲れてきたことだ。二課に好奇心を満たす行動以外での体力を求めてはいけない。
死因:筋肉不足。
「ミント、防御できる?」
「全っ、部っ、はっ、無理ぃー……かなぁ!?」
「分かった」
視線を向ける余裕はないけれど、アンが素直に頷いた気がした。
「爆風だけなら大丈夫?」
「ば、くふう、だけ、なら、ねっ!」
「分かった」
再び素直に頷いたらしきアンは、私を片手で抱え直した。そして、残る片手で剣を抜く。私の前を通りゆっくりと鞘から引き出された剣は、魔力を帯び、美しい光を纏っていた。
「爆風だけ、お願い」
絶え間なく続く攻撃を捌くことに必死で、意図を問い返す余裕もない。しかし振りぬいた腕を再度振りかぶるより早く、光の軌跡を残した剣が振り抜かれた。
切り裂かれた砲弾の爆風を魔術で遮りながら、慌ててアンの顔を振り向く。
振り向いた先では、必死さが欠片も見当たらないアンがいた。アンは無造作に光の砲弾を叩ききっていく。私を抱えたまま、体を支えるべき足場のない空中で行われている。体勢を一切崩さず無造作にさえ感じられる動作は、ただの単純作業に見えてしまうほどだ。
「アン、魔術扱えたの!?」
「魔力量は高くない」
アンが扱っている剣は魔具ではない。それは形状と魔力の流れを見れば分かる。だが魔術による攻撃は、魔力でなければ制すことは不可能だ。耐久性も然ることながら、付与されている魔術への対応が求められる。それなのにアンは、立て続けに飛んでくる光の砲弾を難なく斬りおとしていく。
「その剣どうなってるの!?」
「魔力を纏わせているだけ。剣を作って維持する技術はないけど、これくらいならできる」
「そ、れ、結構な、高っ等、魔術っ、だから、ねっ!」
私達を早々に打ち落として軍部への攻撃に専念したいのか、それとも撃墜できぬからただ意固地になっているのか。
私達への攻撃は激しさを増すばかりだ。王宮魔術師は良くも悪くも個人の感情では動かない。よっていま攻撃を受けているのならば、何かしらの理由が存在しているはずだ。
アンに斬り落とされた光の砲弾は、明滅しているように見えた。それほどに切りがない。
爆風による火傷は防げても、衝撃までは完全に殺しきれない。私とアンは爆風の都度舞い上がり、一向に地上まで到達できないでいた。それどころか、軍部が徐々に遠ざかっていく。
軍部からは一課が助けようとしてくれているけれど、そちらも手一杯な上に、数秒の間隔で私達の位置が変わってしまうので、魔術の狙いが定められずにいる。
私達も、今は対処できているとはいえ、ずっとこうしているわけにはいかない。どうにかして安全圏へ離脱しなければ。
いっそのこと、自ら落下したほうが早い。その過程でも攻撃は続くが、熱は防げても衝撃は蓄積されるので、そろそろ体がもたない。危険であろうが、このままではじりじり嬲り殺されるだけだ。
「アン!」
「なに?」
「うわ、可愛い」
意を決して呼びかければ、その勢いにきょとんとした顔が返ってきた。幼さの気配が強く出たアンの顔は、とても可愛い。
「ミントが?」
「何が?」
激しく靡く白の髪の間に見える白以外の髪も、左右揃わぬ瞳の色も、何だか可愛い。この人、よく見たら可愛いところだらけだなと、こんな場合だというのにしみじみ思う。
「ミントは可愛い」
「はっ……じめて、言われた」
「どうして?」
「どうして!?」
それを当事者に聞くのは、あまりに酷というものだ。
「身体的特徴も、思考も、行動も、全部可愛いのに」
「審議が必要な上に集中が乱れることは後でお願いしてもいい!?」
いや、後でも勘弁してほしい。私のことを可愛いと言ってくれた相手なんて、年に一度帰ってくるか否かのお父さんだけだ。
「……えーと、ですね、勢いつけて地上まで降下したいんだけど、その間も防御できる?」
「うん。これは基本的に、目か耳で判断して反応してる簡単なものだから」
「それが一番難しいと思うんだけどなぁ!」
簡単の擦り合わせを行わなければ、擦れ違いからの大惨事が発生する気がしてならない。そしてその惨事は、主に私側に発生すると、占いの才能が皆無の私でも予見できた。
「と、りあえず、やってみてもいい?」
「うん」
話している間も、戦闘は激しさを増していく。もうとっくに、軍部も防衛だけではなくなっていた。
王宮魔術師が打ち込んできたものとよく似たものから、見たこともない編み方をした魔術式まで、多種多様な攻撃が二課へと打ちだされている。王宮魔術師側も防衛を行っているが、一課の攻撃は軍部が受けるよりよほど多く二課へと届いていた。
今この国において、一課よりも戦闘経験のある魔術師集団はいない。その事実に安堵すると同時に、障壁があるとはいえ、二課へと容赦なく降り注ぐ攻撃に複雑な気持ちとなる。
いけ、やれ、そこだと思う気持ちと、中にいる二課を案じる気持ちは、どちらも真実としてこの胸にある。
その上で、皆この状況を楽しんでいるだろうなという気持ちが大部分を占めていた。
何せ、渾身の防衛魔術を軒並み解除された上に、今はこの状況だ。
一課の攻撃を特等席で見学できる機会などあまりない。それに施設を不当占拠され、尚且つ身柄を拘束されたとなっては、完全に被害者だ。
何をしても許される特権を得てしまった二課は、もしも王宮魔術師が殺しにかかったとしても、どうせ殺されるならと嬉々とし、これまで禁止されていたり、人として最後の良心で自戒していたその全てをかなぐり捨て、やりたい放題する。
二課が暴走を始めた場合、王宮魔術師が軍部を攻撃する暇などないことも、よく分かっていた。
倫理と道徳と保身によってかろうじて保たれていた常識をかなぐり捨てた二課が何をしでかすか、正直二課である自分達にも分からないのである。
だが、それはともかくとして心配なものは心配だ。
あの中には、二課だけでなくアンの仲間であるルクトス隊、そしてお父さんがいるかもしれないのだ……余計に何をしでかすか分からない。
両手でぎゅっと杖を握りしめ、体の中心でまっすぐに持ち直す。
「じゃあ、行くね!」
「うん」
力を込めた私を、アンも強さを増して支えてくれた。
「……ミントって」
ぽつっと呟かれると、こんな状況であろうととても気になる。
「細いし、柔らかいし、小さいし、軽いし、軟いから」
「突然の軟弱者宣言」
いくら研究が主成分であるとはいえ、軍人が軟弱者扱いは少々傷つく。肉体の脆弱さは魔術で補っているつもりだけれど、戦場を生きてきたアンからすれば鼻で笑う程度なのかもしれない。
「……ミントは絶対に戦場に来ないで」
「そんなにひどい脆弱性持ちかな!? 魔術と魔具じゃ補填不可なほどに!?」
ちょっと、傷ついた。
同時に魔術師魂に火がついた。肉体的脆弱性を補える魔具と魔術式を絶対に開発して見せる。
そんな私の意気込みなど知る由もないアンは、まじめな顔で頷いた。
「戦場だと気が高ぶっている男が多いから、絶対来ちゃ駄目」
「……その手の心配をしたことは皆無なんだけど」
「僕にさえ盛る連中も多いから、ミントは来ちゃ駄目」
「お父さん、ちゃんとアンのこと守ってた!?」
事と次第によっては秘密裏に相手を追い詰める魔具を開発予定だ。
「全員の手足を折ってた」
「よし」
「細かい部位はロカン達が引き継いで折ってた。でも僕だけでも対処できる。けれど君は駄目」
「いや、大丈夫だと思うよ。本当に私、その手の揉め事に巻き込まれたことないし」
「外に出てなかったからだと思う」
「が、学校には行ってたよ!」
交友関係の少なさと出不精具合は、アンに筒抜けである。
鳥を眼下に見下ろす高度まで打ち上げられていた体を急降下させていく。髪と服が激しく靡き、肌を痛いほどに打ち付ける。気圧の変化は魔術で簡単な防壁を張り、意識の低下を防ぐ。
本来ならば避けたほうがいい速度だ。体が付いていけず、意識を失えば元も子もない。
だが分かっていても、速度を落とせない。この速度にあって尚、私達を狙った攻撃はきちんと届いていた。
アンが二度、三度と続けて剣を薙ぐ。少しでもこちらから離れた場所で爆発させようとしているのか、よく見れば切っ先で攻撃を切り裂いていた。凄まじい技術である。
それでも、爆風による衝撃は私達を吹き飛ばす。障壁で爆風の向きを変え、荒療治だがなんとか軌道をずらし、下へと落ち続けられるよう調整していく。
その甲斐あって、もう少しで建物の影には入れる高度まで降りてこられた。王宮魔術師達の視線が切れれば、精密射撃は難しいはずだ。
ほんの少しだけ気が緩んだ瞬間、アンが弾かれたように顔を上げた。その手元は目にもとまらぬ速度で剣をしまう。そうして空けた両手で、私の頭と体を固定するように抱え込んだ。
「ミント!」
ただならぬ様子を受け、咄嗟に最硬度の障壁術式を頭の中で作り上げる。そして次の呼吸を行う前に、持ち得る全ての技術を使い、今の私が作り出せる最も頑丈な障壁を発生させた。
私が障壁を貼り直したのと、目の前を光が覆ったのは、ほんの僅かな差だった。
今までとは明らかに違う巨大な光、異常な出力で生み出された熱源だ。私を深く抱き込んだアンの隙間から、必死に視線と杖を熱源へと向ける。
光と私の障壁が触れた瞬間、光が弾け、ここが空でさえなければ地上の軍部を抉らんばかりの威力が解放された。
鉄製兵器相手でも過剰で、どう考えても生身の人間へ向ける威力ではない。
爆発により上下左右何も分からぬ衝撃の中、薄硝子が砕けたような音と共に、障壁が破れた音を聞こえた。
視界を焼き潰す光、鼓膜を破る音、肌を焼き切る熱。それらを文字通り膜の向こうにとどめてくれていた障壁が、瞬く間に破れていく。
だが、次の障壁が間に合った。
内へと貼り続ける障壁は、私とアンの居る空間を狭くしていく。しかしこれが命の狭さだ。止めれば命が止まる障壁を張り続ける以外の選択肢は存在しない。
二、三、四、五枚。
息もできぬ速度で障壁は破れ、張り、私達はぎゅうぎゅう詰めになっていく。それでも息の続く限り障壁を張り続け、吐ききった瞬間、即座に吸い込んだ息を挟んで六枚目。
七枚目は発動途中で破れ、八枚目も溶け、九枚目がかろうじて原型を残してはいたものの穴だらけとなり。
十枚目が、かろうじて障壁としての機能を残す状態で残った。
おかげで、昨日二課を襲った爆発と同規模の威力にもかろうじて耐えられた。




