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20.はじめまして しょうへき





「……ミント、親に頼るのは狡いよ」


 冤罪である上に、私も先日から初耳の嵐なのだ。寝耳に水どころか、寝耳にムカデである……今の状況で枕元にムカデがいたら、アンの仕業を疑ってしまう。

 いやでも、自分が獲った獲物を見せてくれる様子は猫に似ているような気も。そう考えると可愛いかもしれない。いや、でも嫌だな。


「ねぇねぇー、そろそろ行かないと、さぼりで罰則じゃなぁいー?」


 ディアののんびりした声にはっと顔を上げたエーヴァは、壁に掛けられた時計を見た。


「……じゃあ私は行くけど。ミント、アンペロプシスは戦場育ちだから、いろいろとお世話してあげないと駄目なんだ。手がかかる人でごめんね。私がいない間だけ、よろしくね?」

「分かった。必要そうであれば気を付けておくね」

「ミントには無理だよ」


 断言されてしまった。確かに、人の世話に向いていない自覚はある。


「ミントはこれ見よがしに忙しくして、皆とは違ってますって顔で歩くのが好きでしょう? それに楽に自分の功績をあげることで手いっぱいじゃない」


 あれ!? もしかしてアンのことがなくても私のことが嫌いだったりしますかね!?

 衝撃の事実である。

 学生時代はこれといった揉め事どころか、まともな邂逅の機会もほぼなかったはずだけれど、なんだか結構な熱を持って嫌われているようだ。切ない。

 ただ、当時は確かに忙しかった。学校に通いながらアンとお父さんの役に立ちそうな魔具開発していたからだ。

 少しでも何かできた気になれて、いろんな気が紛れ、没頭していた自覚もある。

 しかしその忙しさは全く苦ではなかったし、そのおかげで二課には入れたのでいいこと尽くめだ。


 ところで、エーヴァはアンが好きなのであれば、アンの前ではいいところを見せたいのではないのだろうか。

 ちょくちょく、もしかしたら嫌みかもしれないと思わしき言葉を言っているのだが、アンに嫌われるという不安はないのだろうか。

 エーヴァは全く心配していなさそうだ。アンが人の話に反応をしなさ過ぎて、何を言ってもろくに聞いていないと思われているか、何を聞いても特に何も思わないと思われているのかだ。

 前者は違う。アンは結構、人の話を聞いている。その上で、疑問に思った個所をよく手紙で聞いてきたものだ。

 しかし後者は、全く以てその通りである。疑問に答えても、どうでもいい部門に放り込んで終わる。自分のことでさえどうでもいい部門に放り込んでいる人である。

 それでも、私の大切な人だ。大切な人とは、大切にしたいと思う人をそう呼ぶ。


「まあこれも何かの縁だから、私なりに頑張るよ」


 エーヴァがじっと私を見つめるので、私も見つめ返す。睨みつけてくるわけではないが、それでも強い視線だ。きつくきつく感情を込めた視線を、卒業後に学友から向けられると思わなかった。

 こんなにも熱のこもった瞳で他者を見るエーヴァを、初めて見た。真面目で大人しく静かな子という印象が強かったが、学生時代から身の内にこの熱を秘めていたのだろうか。

 じっと見つめ合っていたが、先に引いたのは時間的制約のあるエーヴァだった。


「……じゃあ、私は行くね。アンペロプシス、またね」


 アンの無言に慣れているのか、エーヴァは傷ついた顔一つしなかった。それどころか、本当に嬉しそうな顔をアンに向け、去っていった。ちなみに私は微妙に傷ついた。誰が悪いということはないのかもしれないが、知り合いに嫌われたら普通に傷つく。

 そして、挨拶はすべし。一連の流れはともかく、挨拶に関してはアンが悪い。


「ミントはエーヴァと相性が悪かったか」

「……みたいだね。知らなかった」

「んー、あたしはちょっと分かる気がするかなー」

「え!?」


 いつもと変わらぬ調子のディアの言葉に、声が跳ね上がってしまった。心当たりはないと思っていたけれど、彼女を傷つける行為があったのなら、気づいていなかった事実自体が、罪の重さだ。

 思考を必死に回し、エーヴァと関わった事柄を掘り返す。しかしどれだけ思い返しても、心当たりがない。人を傷つけておきながら心当たりがないのであれば、私は芯から酷い人間だ。

 それなのにディアは、あははぁと、いつもと変わらぬ柔らかな笑い声をあげた。


「ミントはね、すごく自由に見えるんだよ」


 言っている意味を理解できない私の隣で、ロニも首を捻った。


「それの何が悪いんだ」

「悪いとは言ってないよぉ。悪いのは相性」

「……さっぱり分からん」

「ロニ達のそういうとこ、あたし大好き。でもさ、こればっかりはどうしようもないよ。理屈じゃないもん。まあ、ミントが何かしちゃったとか、そういうのはないと思うから何もしなくていいよ。何かしちゃったわけじゃないからこそ、解決法はないから」


 さっぱり分からない。だが理屈じゃないとディアが言うのであれば、今は何もせず様子を見よう。相性となれば、どちらかだけの努力ではどうしようもない問題なのも大きい。


「さて、私達も行くか」

「そうだねぇ。ミントの無事も確認できたしー」


 話題を長引かせないでくれる二人に感謝する。家ではほとんどの時間を一人で過ごしたけれど、学校で孤独を感じたことはなかった。軍に入ってからも、所属は違えどずっと、寂しくはなかった。

 不思議な距離感を保つ二課内で、私が安心感を以て過ごせたのは、二人が人との関係性に安堵を教えてくれたからだと思っている。二人という友人を得られたことは、私の生涯の宝だ。

 軍人らしく足早に去っていた二人を見送り、私もアンを向きなおす。


「じゃあ」

「僕は」

「私達も行こうか」


 会話がかぶり、アンの言葉を遮ってしまった。ひとまず歩き出しながら、続きを促す。


「不貞はしないし、世話もされていないし、必要もない」

「知ってるよ」


 その顔があまりに真剣だったから、思わず笑ってしまう。そうすると、アンはどこか眩しいものを見る瞳を向けてくるものだから、少し居た堪れない心地となる。

 私は、そんな眼差しを向けてもらえるような人間ではない。私がもっと、自分に自信のある美しい心根を持った人ならばよかった。アンには、そういう人と一緒になってもらいたかった。

 さらに言うならば、人付き合いが上手で、人が好きで、料理とお菓子作りが上手で、気が利いて、些細なことでは揺らがず、凛として、優しい性根を持って、小さな喜びを大切に愛せて、可愛らしい思考回路をして、魔力量は多くて、魔術は精密に編めて、徹夜してもすっぱり起きられて、実験は一発で成功させて、仮説は毎度的中させて、作りたい魔具設計図を一発でさらりと綺麗な字で完成させられるような、そんな人。

 決して、些細なことで寂しがらず、この年になっても幼い頃の寂しさを悲しさとして受け取ってしまうような幼稚な人間ではなく。

 だってこの人は、可愛い素直な人なのだ。だから、優しく柔らかく、明るく温かい、そんな穏やかな心を持った人が良く似合う。

 昔から知っていたからという理由で、手っ取り早く私と結婚させられてしまったアンが、せめて様々な雑事に煩わされないようにしたい。それくらいの利がなければ、あまりにアンが可哀想だ。


「君にも、しないでほしい」

「え」


 それは、ちょっと。

 思わず引き攣った私の顔に、アンの顔も強張った。

 そんなに嫌なのなら仕様がないが、正直に言えば、少し楽しみにしていたので残念だ。


「……ミントは、その予定があるの?」

「予定というか……やっと会えた上に、か、家族になったし………その、世話を焼くじゃないけど、こう、生活の共有、というか……お世話って呼ばれるような他者の領域への介入を、ちょっとだけ……周りにばれない程度なら…………許されたり、しないかなって……思ってた」


 周囲には聞こえぬよう声を落とし、念のため口元も隠してもぞもぞ告げれば、アンは大きく瞬きをした。その上、小さく蹴躓いていた。アンは寝不足が足腰に出る類と見た。万全の体調で戦えることが少ない戦場で、よく生き延びてくれたものだ。ありがとう。アンの足腰。


「大丈夫?」

「うん…………ミント、僕は」

「うん?」

「世話の焼き方も焼かれ方も、全てルクトス隊で見知ったことしかできないけれど、構わない?」

「勿論って笑顔で答えたいけどそれ絶対やっちゃ駄目ってお父さんの娘としての血が叫んでる!」

思わず言い切ってしまった。だって放っておいたらムカデ詰め合わせ送ってくるんでしょう!?

「昨日集めたムカデ、後で持っていく」

「放っておかなくても駄目だったとは聞いてない!」


 夫婦生活って大変だ。だって、ちょっと気を抜いたらムカデが送られてくるのだ。

 世のご夫婦は、こんな危険と隣り合わせの中で夫婦関係を維持しているのか。本当に、頭が下がる思いである。


 世のご夫婦の皆様方に尊敬の念を抱いていると、さっき別れたばかりの友二人が駆け戻ってくる様子が見えた。何事だろうと首を傾げている間にも、にわかに周囲が騒がしくなる。


「ミント! ミント大変だ!」

「待って待って、落ち着いて。ロニがそんなに慌てるなんて」


 珍しい。言葉を最後まで言い切る前に、ロニは私の両腕を強く掴んだ。


「二課が、王宮魔術師に占拠された!」


 在りえない内容の音が、言葉として思考を回り切る前に、私の手は反射的に杖を取り出していた。意識する前に元の大きさへと戻した杖に足を引っかけ、一番上の窓へと飛び上がる。

 予想より重く、重心がずれた。杖の端を掴むアンが視界の端に見えたので、そのまま浮上する。


「魔術師のああいうところが、自由に見えるんだろうねぇ」


 穏やかに笑ったディナの声が、あっという間に聞こえなくなる。この場に他の魔術師はいないのか、飛び上がったのは私とアンだけだ。

 はめ込み式の窓は開かない。だが、普段からよく整備された硝子は汚れ一つなく、視界の妨げは一つもなかった。


 二課の方向を見れば、見慣れぬ魔術障壁が張られている。二課が張ったものではない。その障壁上を激しい光が走り抜けていき、思わず舌打ちしそうになった。

 内外問わず、攻撃が行われている。それは、軍事施設で戦闘が起こっている何よりの証左だった。


「なんて、馬鹿な真似を」


 軍は自主性を国から保証された上で、独立した武力を保持した組織だ。王宮魔術師のみならず、王家でさえ、軍にその施設を明け渡せなどと命じられる立場にない。

 それなのに、初手で不法占拠という強硬手段に出るとは。

 これが悪手と呼ばず何とする。国は、終戦直後に今度は軍と戦争を起こす気なのか。

 

 要求あらば王の顔を立て、ある程度の譲歩を。軍は王を立て、王は軍を尊重する。国中の何処よりも武力を持った組織と、何処よりも権威を持った王宮の、波風立たぬ妥協点がそれだったのだ。

 それなのに、王宮が軍部の権利を害した。越権行為と呼ぶことさえ生温い独裁を行えば、あっという間に火種は大火となる。

 ましてや今は、長い戦争を終えた功労者達が王都に帰還したばかりだ。

 その労を労わず内から蔑ろにするなど、国民すらも敵に回すだろう。

 権力とは、数をまとめる象徴だ。その立ち位置を自ら放棄すれば、数の力はそのまま自分達に返ってくる。

 そんなこと、一介の魔術師である私にさえ分かるのに、オーダ・バリドはいったい何を考え、こんな前代未聞の愚行に出たのだ。そして王は、何故、これを許可したのだ。

 これまでもこれはどうかと思う王の決断は多々あった。多々あり過ぎて慣れた結果、段々と拙さの上限が変化してしまった。

 それでも、レギネ殿下がいま動いた理由が分かる。これはもう、なあなあで済ませていい問題を一足飛びで通り過ぎてしまった。もはや共存できぬ暴挙だ。

 二課へ向け、兵士達が飛び出していく。その中にはネス大佐の姿も見える。でも、お父さんはいない。

 二課内にはルクトス隊が護衛として常駐していたはずだ。ならば占拠された二課の中に、お父さんもいるのだろうか。

 私でさえ顔を知っているほどの階級を持ったお歴々が、足早に合流していく。お遊びや冗談では済まない階級の人間が、緊迫した顔つきでどんどんと集まっている。

 二課へと改めて視線を戻す。二課を覆う障壁における構造上の弱点などは、ここからではよく見えない。傍に行けば解除は可能かもしれないが、果たして近寄れるような状況だろうか。

 視線を凝らしていると、一際激しい光が瞬く。

 そこから先、私の行動は全て反射で構成された。


「ミント!」


 私の反射が首を傾けたのとアンに腕を引かれたのは、ほぼ同時だった。

 瞬き前まで私の頭が存在していた場所を、容赦のない光が通り抜けていく。顔のすぐ側を熱源が通り抜けていく異常に、本能が怖じる。視覚、聴覚、嗅覚。それらを統括する脳という機関。それら全てが、いま己は根幹を脅かされたのだと、文字通り肌で感じた生命の危機に強張った。


「馬鹿がっ! もはや生かしてはおけぬぞ、国王――!」


 怒りと悲鳴と混乱と。様々な感情が声として次々に世界へ放出されていく。そんな地上へ向け、砲弾さえも防ぎきる分厚い強化硝子が降り注いでいく様が、ゆっくりと見えた。

 互いに衝突するたび増えていく鋭利な破片が、太陽の光を反射し、視界を埋め尽くす。


「ミントっ――!」


 それでも地上にいる友の声は、私を案じる音だけで構成されていて。

 ロニとディアの、こんな、喉を切り裂かんばかりの悲鳴のような声を、初めて、聞いた。


 魔力を込めた杖を、力の限り振り払う。魔力配分は考えず、ただただ爆発的な力で作り上げた風で全ての破片を巻き込んだ時、光の矢が再び打ち込まれる。

 私を抱えたままのアンが、空中で器用に身を捻りそれを避けた。背後の壁へ直撃した光の矢が爆発した衝撃で、体が煽られる。

 足場の確保は後回しとし、魔力で包んだ破片を割れた窓から外へと弾きだす。軍部の周辺には、二課同様に魔力障壁が張られており、異物は魔力の膜で回収できる。よって吹き飛ばした硝子片が施設外へ出ていくことはない。内外の攻撃を収納できるので、被害は格段に抑えられるだろう。

 本来は軍部攻撃による王都への被害対策だったのだが、まさか内部分裂で日の目を見るとは。


 しかし今回の件を受け、施設事に別途魔力障壁を設ける必要が改めて浮上した。今は二課以外の軍部施設まとめて一つの障壁を張っている。敷地全てを覆う形になっているのだ。

 だがこれからは、建物ごとの障壁で区切らないと、今回のような事態が発生した場合、非常に困る。

 戦火遠き現状、内乱でも起きない限り必要ないとされてきたが、前例ができてしまった以上対処せざるを得ない。前例を前例として対処できない怠惰と無能の合わせ技は、軍部では禁じ業である。

 そしてその場合であっても、障壁を張るのは一課と二課、どちらの課も担当したほうがいいだろう。どちらか一方だけが張ったのであればやがて癖が読まれ、一斉解除されてしまう危険性がある。

 尚且つ、こちらが張った魔術障壁を利用されれば、王宮魔術師でなくても今のように立て篭られてしまう可能性がある可能性を考慮し、どこかに外から解除できる術も残しておく必要がある。

 内部を守るための強固な壁を、外部から簡単に解ける術式を考えなければ。暗号や合言葉のような、何か特殊なきっかけで解ける術式にしようかな。皆と要相談だ。

 頭の中で、簡易の魔術式を組み立ててみる。楽しくなってきた。

 興味があれば必ず首と杖を突っ込む。それが二課。







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