15.はじめまして みうちびいき
「オレは書類の束と、なんか魔術で厳重に封がされてた箱と、額に入ってた紙を抜いてきたやつと」
「僕は書類の束と、魔術封印が施されている束。おそらくは名簿だな。これまた魔術封印がさっきの束より厳重に施されていた小箱、それと」
「私は書類の束と、推定魔物が収まっていた可能性がある培養装置及びその周辺の硝子片数点と、中身は不明ですが割れていなかった小瓶、それと地下で死亡していた推定王宮魔術師の杖二本と」
私達が一息ついた頃。クレス達がぼろぼろになって帰ってきた。
王宮魔術師が汗だくになるほどの必死さで実現した速度により、私達は間に合われてしまった。それでもクレス達は、なんだかんだと王宮魔術師の取り調べを抜けて帰ってきた。予想通りだけれど、別の回路に属している感情思考が安堵を発生させる。無事でよかった。
クレスもまた、派手な破壊行為の有無で私の無事を判断したらしい。この辺りの思考は私と同じだ。わりと絶体絶命の任務で、隕石並みの陥没地帯を誕生させて事なきを得た仲である。
改めて、戦利品お披露目会が開催された。黄ばんだ書類から焦げた書類、破片から判別不明な部品まで、ざっと確認した中で重要そうだと思った物は、手当たり次第に引っ掴み持ち帰ってきたのだ。
体に縛り付け、服の隙間に詰め込み、ありとあらゆる手段で服の下に隠し持った戦利品を取りだして並べていく私達を、ルクトス隊は奇妙な生き物を見る眼付きで見降ろしている。
それらを気にせず戦利品を並べていると、意を決したロカンが代表で口を開いた。
「……包囲を掻い潜ったミント殿はともかく、どのように王宮魔術師から隠しおおせたのですか? 魔術師であるあなた方は、我々とは違う検査を受けていましたよね?」
床に直接座り胡坐をかいていたクレスは、その太腿から何かしらの魔具らしき戦利品を取り外しながら、ふんっと鼻で笑った。
「あいつらは魔術師である自分に絶対の価値がある。その上、世間一般と隔絶された独自の規則で生きている。故にこそ、単純な手段に弱いという欠点に気付かないままだ。忠告してくれる人間との繋がりが一切なければ尚のこと、奴らの常識から外れる行為に対しては非常に鈍い」
「と、言いますと?」
「服の下に隠して持ち出すという誰でもできる原始的な手段を、自分達と同じ魔術師が取る可能性に全く思い至らない」
「はぁ!?」
大声を上げたルクトス隊にラクーシャが跳ね上がり、足に縛り付けていた書類の束を外していた私の服の中に逃げ込んだ。
「え……それは、真顔で仰る冗談ではなく?」
「お前達には理解しがたいだろうが、ただでさえ魔術師とはそういう生き物なんだ。手足のように魔術を扱えるからこそ、そうでない人間を本質的には理解できない。そもそもの重きを置く基準が違うから、魔術師は歴史上人間失格者と呼ばれてきたんだ。王宮魔術師はその上更に、市井とはかけ離れた倫理と常識を持つ。お前たちの常識と感性で測れば、ろくなことにならないぞ」
「……一課も、変わり者の集まりと思ってはおりましたが、なんとまあ」
はっきり言って、魔術師は魔術師という生き物だと思っていたほうが双方平和だ。その上で、王宮魔術師は一般的な魔術師からも理解し難い理論思考をしている。
「魔術師ではない人間を無価値とし劣等種と呼ぶ行為を、差別とすら思わない。彼らにとって夏は暑いと同じただの事実なのです。だから同じ魔術師が、劣等種と同様の行動を取るとは思えない」
「ああ……成程。そういう思考回路なのであれば、彼らの言動に納得がいきます」
思い当たる節は多々あったのだろう。この辺りの思考が事前に把握できていれば、行動が至極読みやすく、対策も取りやすくなる。一番の対策は、関わらない。これに尽きるが。
「一昔前まで、魔術は心で使うと言われていましたが、最近の研究では脳で使うという説が有力です。今までは魔術師が廃人になる度に魔術を限界まで酷使した結果精神が破壊されたと言われていましたが、実際は純粋に脳が壊れていたみたいですね。物理的に脳が焼き切れれば、そりゃあ廃人にもなりますよ。心であれ脳であれ、使いすぎれば壊れる。至極当然の話ですが、どんな結果が出ようと王宮魔術師が持論を覆す日は来ないと思われます」
時代が進めば、これまで思いもよらなかった研究結果が出てくる。古い常識を恥だと思いはしないけれど、次なる常識が興味深くて死が惜しいほどだ。
「魔術を警戒し、手間暇かけ緻密に練った魔術を執拗にかける警戒心と技術に自尊心をかけるのが王宮魔術師、魔術勝負全てに白旗を上げ、果てしなく原始的な手段を躊躇わず取れるのが二課です」
魔術師としての誇りは、存在の認識はしているけれど実用には至っていない。それが二課。
しかしその過程にある遺恨はしっかり覚えていたり、すっかり忘れていたりもする。つまり、選りすぐりの人間失格魔術師失格者の集まりだ。本当にどうも申し訳ございません。
背中から書類の束を取り外した私に、アンは少し躊躇いを含んだ顔を向けた。
「ミントは、人前での脱衣を躊躇うべきだ」
ルクトス隊は目をひん剥いた後、すぐさま視線を外す。真面目な人達だ。お父さんの部下とは思えない。
ちなみに二課は、ああそういえばという顔をした後、すぐさま話題への興味を失い、私達の戦利品に釘付けである。私だってそうだ。さっさと戦利品全てを放出して分析に入りたい。
「羞恥心が資料保全に貢献してくれたらいいんですけどねぇ……」
早着替えは軍人名物である。そもそも素っ裸になっていない。裸体に羞恥心を覚える生き物は人間だけなのだし別にいいだろうの精神で、戦利品をせっせと体から放出していると、私の周りにだけアンが自身の外套で覆いを作ってくれていた。
アンは気が利いて、とても真摯な人だ。
そんなアンは、そろそろ周囲が落ち着いたかなと恐る恐る顔を出したラクーシャの首根っこを掴み、覆いの外に摘み出した。
「何すんだよ!」
「まあ、今回はお前が悪いな、ラクーシャ。いや今回もか……」
「何でだよ!」
「ミントはお前のお姉ちゃんじゃないってことだ」
「何でだよ! ………………今の無し」
「お前は勢いで喋る癖があるよなぁ。若い若い」
勢いはラクーシャの短所であり長所でもあるので、どうにかこう短所だけを抽出排除し、長所だけを保存したい所存である。
靴の中に仕込んできた紙切れを取り出す。限られた時間の中、持ち出せる限りを持ち出した。フィーク・バリドにも手伝わせた分はアンがまとめて持ってくれ、その分も鞄から取り出していく。
しかし私達の戦利品お披露目内容より、ルクトス隊は別のことに気を取られ始めていた。
「アン、あなたいつの間に、淑女に気を使うという高等技術を獲得したのですか!?」
「やっぱり妻帯者になると違うんだな……そんな一気に変わるもんなのか……」
「敵の首捩じ切って、日持ちがするなら送りたいとか言ってた奴が……」
「俺達は全力で止めたけど、隊長はこれも経験かーとか言いだした事件を起こした奴が……」
「娼館町で指折りの娼婦が口説いたのに、隊長が渡した流行の助平本を延々と読んでた奴が……」
「その上内容を全く理解してなくて、隊長を呼吸困難及び強制腹筋強化の渦に巻き込んだ奴が……」
「……よく考えれば全部隊長のせいじゃねぇかと思える事件の中心人物の奴が……」
皆様におかれましては、父が大変なご迷惑をおかけしており、心よりお詫び申し上げます。
戦利品を体から収穫し終え、身形を整えてからアンの覆いを抜け出した先には、三人分の収穫がずらりと並んでいて目の保養だ。諸々を素通りするしかなかった自分が報われる。興奮してきた。
「流石、クレスとミント。大漁だ」
「はぁ!? オレは!?」
ゼノンの言葉に、ラクーシャが憤慨して立ち上がる。立ち上がりが早い。流石若人。
「お前は……純粋に体が小さいから、二人より回収量が少ない」
「っ――――すぐ、ミントを見下ろすくらいでかくなるんだから見てろよ!」
「何故矛先が向いたのか謎ですけど、一応お伝えしておきます。私まだ伸びてますからね」
「え」
そこまで絶望的な顔をされる謂れはないと思う。伸びていると言っても微々たるものだ。
「アンもまだ伸びていますよね。男ロカン、とうの昔に止まってしまいましたが、皆さまお若い!」
そうなのか。アンを見れば、特段反応はない。
「ミントは」
嫌な予感がしてきた。
「背が高いほうがいい?」
「本人が望む身長が一番だとは思いますが、健康上問題がなければそれが一番だと思われます!」
これ以上ないほど模範的な回答との自負はあるが、こればっかりは本心である。
周囲の騒動など目もくれていないクレスは、私が回収した培養装置の破片を光に透かせ、保護魔術をかけながら目を細めた。
「僕とミントは、これらの分析に入る」
「え? オレは?」
「お前は一旦家に帰れ」
「何で!」
再び憤慨したラクーシャが、クレスの横にしゃがみ込む。流石若人代表年齢一桁。
「私は多くの隊員を預かる責任者として、長期間未成年者を拘束するわけにはいかない」
「ゼノン! オレはガキじゃないぞ!」
「身長が伸びている時点で普通に子どもだ」
「じゃあミントもガキじゃん!」
「そうだ、よって配慮は必要だ。だがお前と決定的に違う点として、ミントは成人している」
「そんなの建前だろ! 絶対ミントが便利だからだー!」
「それもある」
「あるのかよ」
そこだけ真顔になったラクーシャは、すぐに感情を沸騰させた。地団太を踏み、私に体当たりし、私を盛大に揺らして鬱憤を晴らす。それで晴れるかは分からないが、彼の気が済むなら何よりだ。
「ミントは肌感覚で魔力を扱える千年に一人の逸材だぞ。まあラクーシャも、性格はともかく実力はこれまた千年に一度だ。やっと入った後輩二人共が、千年に一度な僕の身にもなれ」
「え!? 私にもその称号ついてるんですか!?」
初耳である。
そういうのはゼノンやクレス、そしてラクーシャのように歴史に残り、これからの歴史を変える発明をした人々に贈られる称号だ。
「評価が大仰すぎる……」
私だけが場違いだ。少しでも功績を上げた者にその手の称号を与え、箔をつけたい大人の事情は分かる。だが当事者になれば、勘弁してくれという気持ちにしかならない。
「お前にやらなきゃ誰にやるんだ」
「クレス中尉って、わりと二課贔屓ですよね」
「僕のは身内贔屓だ」
こういうことをしれっと言ってくれるから、クレスは人気があるのだ。お世辞の類であろうと、誰かの身内枠に一時加入させてもらった瞬間の気恥ずかしさには、未だ慣れない。
クレスは破片に保全魔術を掛けていく。私も王宮魔術師の杖を起動させるため、目線の高さであれこれ角度を変えて見ている。破損が激しい。これ、起動しないかもしれない。
「魔力を計測器並みの精度で、意思疎通が可能な人間が扱い、魔術及び魔具研究に生かし、尚且つ結果を残している。それがどれだけ歴史の頁を進めるか、分からないお頭じゃないだろう」
「そうですけど、私のは体質ですし」
「僕らのお頭も体質だ。そもそも魔術師自体が体質だろが」
「それ暴論では?」
「お前ら二人が真上にいるオレが、一番可哀想だろ……」
ぼそっと呟いたラクーシャに続き、二課中から抗議の声が上がり始める。
「後輩に連続三回千年に一度が続いた俺達のほうが可哀想だろ」
「一番哀れなのって、百年に一度の神童と呼ばれてた俺だろ……後に入るの全員が千年に一度だぞ。その単位実装されてるのかよ……百年に一度が前哨戦だなんて思わないだろ……」
クレスより一年先に二課へ配属された先輩がしくしく泣き始める。
「お前が優勝だ!」
「よ! 単位ぶち壊し三人組一番の被害者! 千年に一度の被害者!」
「こんなにも嬉しくない千年に一度があろうか」
二課が身内間の鉄板技でぎゃいぎゃいと騒いでいる中、ロカンが再び挙手をした。
「ルクトス隊は警護継続となりますが、どちらで待機すればよろしいでしょう」
当初の任務であった調査は不本意ながら終了しているのに、護衛は継続している。まだひと騒動の一つや二つあると見たほうがいい。
しかし出張任務とは違い、二課施設内での護衛となると話は変わってくる。何せ二課は機密の塊だ。控えめに言えばちょっとした、控えめ要素を排除すれば多大なる法律違反と倫理違反と規約違反と道徳違反の塊である。
「あ、失礼しました。お客様宿泊施設は敷地内に二か所ありますので、そちらでお願いします」
いろんな意味で機密事項が多すぎて、見せられない物が多いのだ。慌てて立ち上がり、簡易の地図を宙に描く。大雑把な位置を描いただけで、ロカン達はすぐに理解してくれた。
「野宿も覚悟しておりましたので、ありがたい」
「……少し、距離がある。異変に気付きにくい」
「おや、アンペロプシスにしては珍しく弱気ですね。あなたの気配読み、隊長に次ぐ性能の高さでしょう。…………そういえばあなた、ここ最近ずっと殺気立っていますね」
ロカンはさらりと告げたが、そうと気が付いていなかった私にとってはかなりの衝撃だ。
アンが殺気立っているのは、私と結婚してからだろうか。私と結婚、したからだろうか。
こうして他者の変化と自分を逐一繋げる思考は、あまりよろしくないと分かってはいる。それが自傷行為となり得るのであれば尚のことであるが、そうと分かっていても、大切な人の重荷となる事実に気づいたあの瞬間を、どうしようもないほど怖じてしまう。
アンの顔が見られず、自然と視線が下がっていく。
「敏感なあなたにとって、慣れぬ王都はつらいでしょう。戦場の騒々しさとは質が違いますしね」
私の不安とは違う結論を、ロカンは導き出したようだ。それなら、私は関係ないのかもしれない。
小さな希望を抱きつつ、ちらりとアンを見る。
「ミントが遠い」
「そんな素晴らしい精度の気配読みをお持ちの方に心配させるほど、古代遺跡で理性を飛ばして大変申し訳ございませんでした!」
私にしては素晴らしいほど理性を保っていたと思っているが、それはともかくアンのさりげなさは全くさりげなくないと改めて証明されてしまった。
「ミントは二課だから、それを飲み込めてこその護衛だぞ! ミントは悪くないぞ!」
「こればっかりは僕も人のことを言えないからな……それよりお前、ミントを片手で釣り上げたあの力は、お前の素体によるものか魔術によるものか確認させろ」
有耶無耶で忘れてくれるほど、クレスは甘くない、というより、一度興味を向けた事柄を忘れるわけがない。クレスは、二課にしては珍しく社交性と道理を弁えた人物であるが結局は二課なので、二課の基準に準じた二課らしい行動をとる。
つまりは、一度興味を抱いてしまえば大変しつこい。
だがアンも大人なので、どうにかするだろう。クレスに迫られながらちらちらと私を見ているけれど、自分でどうにかするはずだ。
アンとクレスの斜め上あたりの壁に視線を固定していると、小さな指が掌を突っついてきて視線を落とす。
「ねえねえミント。あんたの護衛がすげぇあんたを見てるのなんで?」
「ソウデスカ? キガツキマセンデシタ。……それよりもラクーシャ、重たいんですが」
私の腕にぶら下がり、体重をかけてきたラクーシャ持ち上げは諦め、体を斜めにしてその体重を地面につける方向で調整する。
「ミント達だけ今日中に分析できて、ずーるーい!」
私にぶら下がったまま身を捩るその気持ちはよく分かるので、甘んじて受け止めよう。クレスの好奇心を誘発してしまった面倒くささも大変よく分かるので、アンの視線もかろうじて無視する。
友であり夫よ。どうか許してほしい。
友であり妻としてあなたの負担は軽くしたいが、肩代わりできる苦行には種類があり、今回の苦行は対象外となっておりますのでどうぞご了承ください。




