11.はじめまして きょうのせんりひん
「王都で我を知らぬ軍人がいようとは……前代未聞の抜擢で国を騒がせた自負があるのだぞ……」
呆れ切った顔をする男に、自分でも多少はどうかと思ってしまった。
「そう。それ」
私は申し訳ないなと思ったのだが、アンはそうでもなかったようだ。
「貴様は貴様で無礼この上ないぞ、アンペロプシス!」
気持ちは分かるが、状態が状態だけに勢いよく叫ぶと危ない。現に、叫んだ勢いにより動いた体は刀身に当たりかけている。当人もそれに気づき、慌てて身を堅くした。
しかし、一度肩の力が抜けるほど大きな息を吐くと、緩やかに両手を動かし、肩の上、つまりは顔の両脇へと上げた。
「戦場の英雄に天眼持ち。それらを一人で相手取るほど、我は愚者ではない」
私だって、戦場を常として生きてきた戦士を相手取り、それも二対一で戦おうとは思わない。首に剣がかかっているとなれば尚更だ。どこを取っても、降伏の条件しかない。
ちなみに天眼というのは私のあだ名だ。
魔力の流れを人より見やすいので、魔術発動も発動後の痕跡も読めてしまう。よって、魔術師にとって天敵。天敵の眼で天眼。そのまんまの意味である。
杖を回収した魔術師ならば、解放してもさほど問題はない。
暴走及び自爆覚悟で魔術を発動するのなら話は変わってくるが、その場合の魔力変動は分かりやすいので対処は可能だろう。静かに発動するには、やはり杖が必要だ。杖がなければ、大声で喚くような魔術師しか扱えない。
そう判断し、アンに目配せする。アンは私の意を汲み、その首を切り裂かんべく腕に力を込めた。
「違う違う違う!」
全く汲んではおらなんだ。慌てて制止にかかる。
私同様、まさかこの状況で殺しにかかられるとは思っていなかった魔術師も青ざめていた。私とて、いくら王宮魔術師に思うところが多々多々多々多々多々あれど、私とアンの相互理解を深める一環として死んでほしいとは思わない。
「違うの?」
首を傾げるアンは可愛いが、何の躊躇もなく相手の首を掻っ捌きにいった様は猛々しさが勝る。
「話をね、聞きたくてですね」
そもそも、今まさに王宮魔術師の集団が到着しようとしているのに、王宮魔術師を殺してしまっては事だ。ここにいる面子のみならず、二課ごとどうにかされかねない。
即座に殺されない程度には実績を重ねてきたつもりの二課ではあるが、王宮魔術師に全面協力する王の差配が肝となるのだ。
どうしたものかと考えあぐねていると、罵声に似た怒声が飛んできた。
「これを野放しにするなど、貴様の父親の落ち度だぞ! 狂犬の手綱はちゃんと持て、ミント・アベルジア!」
「私達も大概ですが、人のことを犬呼ばわりするそちらも相当では。……そもそも、どうして私をご存じで?」
剣をしまったアンが二歩離れたことを確認したのち、フィーク・バリドは起き上がった。そろりと首に手を当てながら、私を睨む。
「お前の名を知らぬ魔術師などいるものか」
いると思う。世界中にわんさか。むしろ、知らない魔術師のほうが多い。
何せ私はアンやお父さんとは違う。軍部に所属していることで軍人と名乗っているだけの、軍人の端くれだ。
「それで、フィーク・バリド。あなたは何故ここにいるのですか。本隊はさっき到着したようですが、先遣ですか。それにしては……どうやってここに入ったのですか。入り口の罠はどうやってというかあの扉を開く術を持っているのですかどうやって開閉したんですか私達は落下ですがあなたはあの崩壊なくどこからこの場にそもそもこの施設の存在はいつから知って」
「やめろ近寄るな! 二課が感染する!」
同感だ。
フィーク・バリドはそろりと立ち上がり、二歩ほど下がった。
「……貴様ら、決定権はどちらにある」
慎重に選別されたであろう質問に、私はどう答えるべきか思案した。
「ミント」
アンは即答である。戦場で育った彼は選択が早く、潔い。
一瞬の惑いが死に直結する世界だ。自らの死のみならず、仲間の死までも引き寄せる過酷な決断に生きてきた彼が築いた習性だ。
「ルクトス隊は二課の護衛です。お話があるのなら私へどうぞ」
フィーク・バリドの視線が固定される。信じたかは不明だが、相手を私と定めたのは確かだ。
「二課、我と取引をしろ――死ぬほど嫌だと言わぬばかりの顔をするでない!」
状況的に想定内だが、そうでなければいいなと思っていたので想定外としたい複雑な気持ちだ。
だが、フィーク・バリドの反応が新鮮で、こちらも複雑な心地だ。
言葉に感情が乗り、表情に出やすい。これは王宮魔術師としては非常に珍しい特徴だ。王宮魔術師は、その多くが顔に仮面でも張り付けているのかと思うほど表情が動かない。その上、魔力の流れが読みづらい人間が多い。
揺らぎ、というよりは、妙に平坦すぎて歪に見えるのだ。どんな時でも単調で、魔術発動時の魔力ですら微動だにせず、突如跳ね上がるので読みづらいことこの上ない。
感情が表に出ないこともそうだが、魔力も同様の訓練でも積んでいるのだろうか。それとも、そういう魔術を作り上げたのか。後者だった場合、是非とも解読したいものだ。
魔力の流れも感情も見づらいため、まるで人形のように思えてしまう場合も多い。そんな王宮魔術師から、むしろ感情豊かな反応を向けられると、少々戸惑うというものだ。
「話も聞かぬうちから、それほどに無礼な態度があるか!」
無礼は百も承知だ。
「ここはお互いさまでいきましょうよ。何せここは治外法権ですし」
だが、特に問題がないのも確かなのである。
何故なら、王宮魔術師の調査権徴収は、全て機密の名の元に行われている。よって、公の場で行われる法廷裁判にかけられない。
二課が任務として訪れた地に王宮魔術師が到着した。その時点で、ここは無法地帯といえる。
だから、あっちが無礼ならこっちも無礼。これが軍と王宮魔術師の間でよく開催される、最高に嫌な無礼講である。
ちなみに王宮魔術師は、言葉を交わすことさえなく普通に命を取りに来る。
「王宮魔術師の協定は、違えること前提で提示される。協定を一方的に破棄しても、それらを咎め、罰し、律する機関のない組織の約は信用できません」
フィーク・バリドはぐっと唇を固くした。歯を食いしばったのだろう。杖を奪われ空いた掌もまた、固く握りしめられている。
私の言は、嫌味でも皮肉でもない。ただの、事実だからだ。
目の前で俯く彼個人が悪いわけではない。だが、彼が属するのはそういう組織で、彼の血筋がその組織を形作ってきた。
ただそれだけ。ただそれだけだからこそ、ただでさえ決定的な取り決めとならぬ口約束に信はおけなかった。
「……我は、我がこの場にいることを、伯父上に知られるわけにはいかぬのだ」
両の拳を固く握りしめたまま、フィーク・バリドは顔を上げた。
「ミント・アベルジア!」
突如跳ね上がった声量に、思わず杖を両手で握る。
「遺跡よりの持ち出し品を没収する伯父上及び他の王宮魔術師と顔を合わせることなく、この場を後にしたくはないか!」
「したいです!」
「遺物を、誰に制限されることなく分析したくはないか!」
「したいです!」
「ミント」
「つまり、誰に憚ることなくこの場にある物を持ち帰りたくはないか!」
「帰りたいです!」
「ミント」
「ならば、急ぎ望む品をかき集めるがよい! その後、速やかに我に続け!」
「了解です!」
「ミント……」
これが罠でも構うものか。長年の鬱憤を晴らす可能性があるのなら、飛びこまねば二課が廃る。
「支度は五分で終わらせるのだ!」
「時間がないので、あなたも諸々を回収してください。そしてそれを丸ごと私にください」
「急に冷静になるでないわ」
そういう彼も、人のことは言えない真顔である。
「あなたの対応次第では、杖をお返しします。そしてあなたが、この約を果たす努力を怠ったと判断した場合は、質として没収します」
フィーク・バリドはぐっと怯む。何せ杖は、魔術師の命に等しいのだ。
「……ふん。我の杖は、バリドが英知を結集し作り上げし杖だ。容易く扱えると思わぬことだ!」
ふふんと鼻を鳴らすフィーク・バリドを、やるせない気持ちで見つめる。
「私、二課なんで……」
しまったどうしようみたいな顔をされても、困る。
二課は杖の開発も行っているので、王宮魔術師を統制してきたバリド家英知の結晶とくれば、分解しない自信がない。
彼は確執以外の理由でも、もっと二課を警戒してほしい。こと魔具に関して、二課ほど危険生物はいないのだ。
「じゃあ、そういうことで……」
王宮魔術師とは思えぬ反応に申し訳なさを感じ始める。らしからぬ性根なのに、バリド家に生まれたばっかりにそう生きるしかない人だったらどうしよう。ついうっかり許してしまったら困るではないか。
世の普通に馴染めぬ居心地の悪さは、私も知っているので尚更だ。
早々に背を向けて作業に入る。最も巨大な土台の側で、周辺にある硝子片を拾う。硝子片の内側を調べれば、何を培養していたのか分かるかもしれない。全部気になるから、何でも嬉しい。
ざかざかと鞄に放り込んでいる間、アンは私の背後に張り付いていた。
「ミント。君は、冷静かつ常識的な判断能力を有している」
「そうかなぁ!?」
一心不乱に鞄に詰めていたけれど、思わず振り向いてしまった。
振り向いた先では、フィーク・バリドも同じ顔でこちらを振り向いていた。大変遺憾であるが、その驚愕の顔に同感してしまう。
「うん」
「そ、そっか……」
アンはとても不思議な判断基準を持っているらしい。それとも身内には甘いのだろうか……身内、身内だって。へへ。
身内だったら、お腹が空いたとき夜食に誘ってみてもいいのだろうか。美味しそうだけど量が多い料理も一緒に食べてくれたり、家で地味な負傷をした際、その情報を私と共有する人になってくれたりするのだろうか。私も、そういう人にしてもらえるのだろうか。
夜の自宅に、私以外の人間がいる。そんな状況を想像して、何だかわくわくしてきた。
だって、まるで家族みたいで、まるで絵本のようだ。
夜の街を照らす灯りの一つを、私が、誰かと灯すだなんて。ありえないから脅えない悪夢のようだ。手に入らないものに失う恐怖は抱かない。
思考が逸れた。二課が興味を向けた獲物から意識が逸らすとは。私にも可愛げがあったのか。
「それらが、好奇心の前で瞬間蒸発するのはどうして?」
「………………私だからですね」
可愛げも何も、ただの欠点な気がしてきた。そうです私は駄目人間。魔術師、二課、そしてミント。庭に存在していたら駄目な要素しかない。
「フィーク・バリドの言ったことが嘘だったら、どうするの」
「二課には研究停止措置が出た魔術や魔具が山ほどあることを知っていただくしかありませんね」
鞄がなかったのか、丸めた外套にごそごそと荷を詰めていたフィーク・バリドの背がびくりと跳ねた。その背を視界の端に収めながら、肩を竦める。
「何にせよ、オーダ・バリドが下りてきたらそこでおしまいです。だったら、少しでも二課らしい選択をしたほうが楽しいじゃないですか。二課が二課らしさを失うのは死ぬ時だよ」
お道化て見せた私に、アンはちっとも笑わなかった。それどころか、まじめな顔で丁寧に頷く。
「好奇心旺盛な君は可愛いけれど、傷つかないようにして。僕は、君が傷つかないなら何でもいい」
「あ、りがとう……ございます」
そぉーいうことを、さらりと言えてしまう人なのか。そうかそうか。
どうしよう。
内容問わず数多の本を読み漁ってきた私が、難解書物として頭を悩ませたのが恋愛小説である。登場人物の思考回路に謎多く、もはや推理小説として読んだ。
それでもアンよりは理解しているとの自負があったのに、まさか現実においてもっとも社会不適合な思考回路をしているのは私だったというのか! さもありなん!
所詮私は二課である。こんなものだろう。
「わ、たしもアンが元気なら、嬉しい」
「うん」
アンに便乗している自覚はあるが、本心だ。本心は伝えられるときに伝えておかなければ、特に私のような人間は一生しまい込む可能性が否定できない。
「貴様ら、我を脅しながら乳繰り合うのはやめろ……」
別に乳繰り合ってはいないが、仕事はしなければ。
人生を台無しにする仕事をしてはならないが、すべきことを放棄する行為も人生を台無しにする。人間性が腐れば目も当てられぬ。
怠惰怠慢は、迷惑をかけない範囲内で行うべし。常識範囲の判断がつけられない人間は、最初からするでなし。それらを念頭に置いた上で、趣味と実益を兼ねてせっせと仕事しよう。
「……ミント、何を、しているの」
「仕事ですよ?」
私を見るアンの表情は初めて見るものだった。微動だにせず、やがてゆっくりと背を向けるとそのまま歩いていき、突如フィーク・バリドの頭を鷲掴みにした。彼の悲鳴を物ともしていない。
何をしているのかは分からないが、アンの意思と行動は尊重されるべきだし、時間もない。
私は、鞄に詰め込み切れなかった荷を、体へ取りつける作業をいそいそと再開した。鞄に詰め切れなければ服の下に仕込め。どんな手を使おうが持ち帰れる物は持ち帰れ。二課の鉄則である。




