表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

10.はじめまして ふしんしゃ





 石像の位置を魔力でずらしても、部屋の中に異変は起こらない。

 扉の向こうには、地下とは思えぬ空間が広がっている。天井も部屋も、果てが見えない。天井への灯り設置は諦めた。あれほど高いと、光量を跳ね上げなければ役に立たない。それに、灯りは必要ないほど中は明るかった。

 溶かしきれずに残った扉を跨ぎながら、中に入る。足を床につけた瞬間、細かく、そして分厚い埃の層を踏みぬいた。舞い上がった埃で視界が霞むが、想定の範囲内だ。

 壊れたマスク代わりに魔術で対応しているけれど、強化の必要は今のところなさそうだ。呼吸確保も、光源もだ。ここは、とても明るい。地下とはとてもではないが思えないほどに。

 それは、確かな光源が存在するからだ。

 私は強く杖を握りながら覚悟を決め、この場を昼にしている要因へと視線を向けた。部屋の中心に鎮座する、凄まじい力を放つ魔石へと。


 煌々と輝く魔石により、広い部屋の中を何の不便もなく見渡すことができる。魔石の側などは、明るすぎて熱を感じるほどだ。魔術で障壁を張っていなければ、目をやられていた可能性もある。

 魔石により照らされる部屋の中は、嵐が通り去った後にふさわしい様相をしていた。

 散らばった器具と思わしき破片は、原型が何となく予想のつく物から知識にない物まで入り混じっている。

 歩を進めるたび、踏みつけた破片が割れ砕ける。小さな音でも、他に音のない空間ではよく響く。様々な物が入り混じったこの空間には、生き物の気配だけが存在しない。まるであの森のようだ。

 こんな魔力が日常的に放出されている場に、真っ当な生命は近づかない。それなのに、こんな場を拠点として活動していた人間は生き物として失格だ。

 この部屋も、規模は違えど他の部屋と同様に、培養装置の土台が並んでいる。根本付近に硝子を残す装置の前にしゃがみ込み、魔力を通す。そうして辿り着いた事実に、私は興奮より先に眉を寄せた。土台の形状が近代の物と差異があるので、まさかとは思ったけれど。


「…………これ、硝子は近代の物だけど、土台は遺物だ」


 立ち上がり、周囲を見渡す。凄まじい規模の培養施設だ。積み重なった硝子の量からざっと試算しただけでも、相当数の遺物を稼働させていたようだ。

 今までも、遺物は多く見てきた。けれど既に稼働を停止して久しい物ばかりだ。

 そんな存在が、現役で稼働していた。その事実は、国中が注目する大事件であり、世紀の大報として歴史に残るだろう。それなのに、誰にも知られずひっそりと幕を下ろしていた。

 こんなにも勿体なく、悔しく、羨ましく、もどかしいことがあろうか。


「本当に、何の研究をしてたんだろうね」

「ろくでもないこと」


 そりゃそうだ。

 そもそも極秘裏に稼働している施設内情とは、相場が決まっている。まず違法。つぎ禁忌。時代文化に関わらず、大雑把に纏めれば大体はその二つに集約される。

 煌々と光を放つ魔石へ歩を進め、遠目からでも目立っていた物の前に辿り着いた。

 立ち止まった私達の足元には、軍人の官舎一部屋分を優に超える大きさの土台がある。

 私は仕事柄、培養装置をよく使うが、こんな大きさの培養装置を使用したことはない。そもそも、今の技術ではこの大きさの培養装置は稼働できないのだ。

 培養装置は、その内部を満たす培養液へ均等に魔術を行き渡らせる必要がある。しかし現在では、水への魔術付与研究だけで数年を要した。研究も魔術師の腕も、まだその域に到達していない。


 この部屋の中には、建物の入り口同様に何本もの杖が瓦礫に埋もれ、埃を被っている。その傍には、朽ちた布の塊と無数の人骨があるところも同じだ。亡霊出てこないかな。

 アンを見れば、その視線は斜め上を向いていた。私からそっぽを向いているのではないはずだ。


「まさかとは思うんだけど、地上の音が聞こえたりする?」

「王宮魔術師が到着した」


 空模様を確認して告げた雨のような気軽さで、とんでもない報告である。


「え……どうやって地上と連絡をつけたの?」

「僕と他何名かで、潰した獣除けの鈴を持っている」

「あ、成程」


 獣除けの鈴は、最後の仕上げとして連携の魔術がかけられる。一人が鳴らせば、同じ魔術をかけた鈴にもその音色が響く。つまり安否確認や危険周知、救難信号の手段としても使われる。

 この手の魔術がかけられている以上、用途とは違う使い方をされることは、必然だった。

 ようは、音を鳴らさず仲間に合図を送りたい場合にもよく使用されるのだ。その場合は鈴を潰し、振動で合図を伝えるのが一般的だ。

 私達が通った入り口は、扉の大きさに比べれば微々たるものだ。それでもきちんと魔術が通ってきているようでよかった。魔力が遮断されていては、連絡も届かない。

 しかし、クレス達から音沙汰なしが気にかかる。私達は魔術で連絡を取り合う。それなのに、二課の連絡網が機能していない。

 これは、王宮魔術師がまず魔術師から制圧していると見るべきだろう。魔術使用に支障がでているのなら、笑えないが。

 こんな場所で魔術が使えなくなるだなんて、恐ろしすぎる。魔力切れの魔術師など、飲み干した後の水筒のようなものだ。重い、邪魔、捨てていくのは気が引ける。そんな感じである。


「王宮魔術師は当然ここの存在も知っているだろうし……調べる時間が足らず、口惜しい限りだよ」


 私が見上げた先には、記録に残っている歴史上、最も巨大な魔石が鎮座している。

 これ一つで巨大な建造物として判定されそうなほど、大きい。二階建ての建物くらいはある。

 術者がおらずとも扉の魔術が維持されていたわけだ。ただそこにあるだけでこれだけの魔力を発する魔石があれば、術者などおらずとも勝手に魔術は維持される。

 古代遺跡内では、遥か昔にかけられた痕跡はあれど、稼働している魔術は本当に稀だ。稼働の理由も、人が手を入れ、死に物狂いで稼働させからに他ならない。

 だが、ここは。

 これだけ巨大な魔石が存在していた場合、古代から途切れることなく持続されてきた可能性も捨てきれない。

 そもそも古代の培養装置を使用できていたのなら、他の遺跡とは条件がかなり異なっている。それらすべて、私達に調査権が回ってくることはないだろうと思うと、本当に口惜しい。


 遺跡から発見された魔具も全て、発見したのは私達であったとしても王宮魔術師が現場に到着すれば全て機密の元に回収される。その身に異物を隠し持っていないか、人権侵害にあたる魔術までかけるのだから笑えない。それならこっちもその身に流れる魔力を見るぞと、いつも思う。

 だから、記録する魔具を作った。

 撮影と同時に情報を二課へ送っているが、この遺跡は立ち入りが禁じられるだろうし、この魔石を肉眼で見る日は二度とない。

 憤りで魔石を見上げている間、アンは最も大きな土台の中心に立っていた。割れた硝子を気にせずその中に立っている。


「何か気になることでもあった?」

「ここに入っていた化け物は、何を見ていたのかと思った」


 強化された壁にあれだけ巨大な爪痕を残せるのだから、この最も大きな培養装置に入っていた存在が犯人の最有力候補だ。

 姿形は? 体重は? 知能は? どこまで、人の言動を解していた?

 魔物の中には人語を解す存在もいると、古代文明の記述には書かれている。しかし現代では魔物が激減し、魔物の姿自体見かけない。人語を解する魔物など、もう何千年も出現していなかった。


「ここは、前を見れば扉、後ろを見れば魔石なんですね」


 一際大きなこの培養装置以外は、どれも同じような大きさの土台が等間隔に並んでいる。

 そんな光景を見つめ、アンは淡々と呟いた。


「どこを向いてもろくでもない景色だ」

「……そうだよねー」


 アンの左右非対称の色を持つ瞳が、どちらも私を向いた。私からすれば特等席だとばれている。倫理的な問題はともかく、未知なる存在を解き明かしたいと思うのは、研究者の性である。


「ミントはちょっとおかしいと思う」

「し、仕事も兼ねてるよ!」

「仕事は望む生活水準を満たすための手段であって、性格に変質を齎したら駄目だと思う」

「突然の正論が心を抉る」


 アンに正論を解かれると、自分の拙さが際立つ気がするのは何故だろう。そして、何の前触れもなくアンの腕が動き、すらりと剣を引き抜いた。心のみならず肉体も抉りにきたらしい。


「下がって」


 そうでもなかったらしい。

 私の肩を掴み、自らの背後に押しやるアンの視線を私も辿る。




 静まり返った部屋の、扉から最も遠い奥。そこを二色の瞳がじっと見つめる。部屋の奥で影が動く。魔石が放出する凄まじい魔力波によって猛烈に見えづらいが、私の目はその魔力を捉えた。


「……人?」


 そうとしか見えない魔力だ。

 人里離れた森奥にある閉鎖施設。その地下に存在する古代遺跡。大量の培養装置、殺人光線を放ってくる古代の罠。その奥に生きた人間がいるだなんて、誰が想像するだろう。こんな場所に、死体以外の人間が存在している事実は酷く奇妙で。背筋が凍るほど歪で。


「どうやって入ったの!?」


 思考が焼かれるほどの興味を引かれる。


「別の出入り口があるんですか私達と同じ道を通ってきたのであれば痕跡は石像を稼働状態のままどうやって中に私は壊してしまったんですよ貴重な古代遺物を壊して」 


 極刑である。遺跡に意識を奪われている間は抑えられていた罪への衝動が込み上げてきた。


「ミント、落ち着いて、ミント。遺物なんかどうでもいいよ」

「許されざりし大罪過ぎる」

「君を罪に問う人間はいないよ。いたら僕が殺すよ」

「それはそうとしてあの人が気になり過ぎて死ねないと思うのも事実でこれだから魔術師は」


 魔術師は駄目人間の代名詞でもある。「よそはよそ、うちはうち」と同等な認知度で、「魔術師みたいなこと言うんじゃない」という叱り文句が存在するほどだ。

 私の駄目人間っぷり披露と同時に、謎の影住まい人間に視線を向けていたアンが何の前触れもなく走り出した。そう、私の横で発生した風により気がつく。視線では、追えなかったのだ。

 散乱する瓦礫は、アンの足を鈍らせる理由にはならないらしい。障害物も地面も関係なく、滑るように


 駆けていく。積もった埃が散る痕跡を必死に追わなければ、どこを通ったかも分からない。

 足場の不安定さどころか、高低差さえ物ともしていないその様は、しなやかな獣を思い起こさせる。その美しさに見惚れた私の視線がようやくアンに追い付いたとき、既に剣が抜かれていた。

 その動きに翻弄されたのは私だけではない。影住まいの人間もまた、当然対処に追われている。アンが到達する前に瓦礫を飛び出したその姿を、杖と視線で追う。魔術を使い、常人とは思えぬ速度を出していようと、所詮は魔術師。その上、咄嗟の魔術では魔力が乱れ、至極読みやすい。

 頭を含め全身を包む外套で年齢も性別すら分からないが、握られた杖を見れば魔術師であること明白だ。何より、魔力の流れを見れば手練れだと一目瞭然だ。

 瓦礫の中から弾けた種のように飛び出した魔術師が持つ杖に、魔力が集約していく。ざわりと首の付け根が反応した。

 魔術が、それも攻撃魔術が、来る。


「アン!」


 そうと気づいた瞬間、反射的に私は私の杖へと魔力を送っていた。魔術をかける対象であるアンへと叫んで知らせる。私の反射能力でアンを追うより、声を届けたほうが早い。


「うん」

「うん!?」


 分かる、そうなるよね。

 だがまさか、警戒を発する元凶となった存在に共感するとは思わなんだ。

 素っ頓狂な声を上げた魔術師は、流石手練れの魔力をしているだけあり、即座に意識を切り替えた。杖に集まる魔力濃度が跳ね上がり、今まさに魔術を放たんとしている。しかし、先ほどまでそこにいた相手が存在しない。

 アンが、いないのだ。

 杖先が、惑う。

 その様が遠目からでも分かった。その魔力が突如膨れ上がる。広範囲に放出した魔力でアンの位置を把握しようとしたのだろう。だがきっと、そんなことをする必要はなかった。

 魔術師の上に影が落ちる。きっと異変は察知しただろう。そのとき魔術を使えばよかったのだ。防衛してから視線を向ける。

 そうしていたら、結果は変わっていた。

 魔術を手足のように扱っていようと、私達は人だ。所詮は人の枠組みから外れることはできない。知性と理性ゆえに獣とは違うという自負を持つ、獣が持ち得る本能的な反射を失った動物。

 その身一つでは世界に生きられぬ脆弱性で構成された私達は、魔術を得ようと、結局何も変わらない。

 影を認識した魔術師の反射が向けた瞳に映ったのは、躊躇なく剣を振り下ろすアンだ。


「殺しちゃいや!」


 魔術師の魔術が発動しきれず、霧散した魔力波。それらにより舞い上がった厚い埃の層。

 膨れ上がりまるで爆発のように弾けた衝撃によって、絨毯が如き厚みを帯びていた埃全てが吹き飛ばされ、視界全てが覆われる。埃のみならず、すべての障害物が吹き飛び、私を切り裂いていく。

 正確に言えば、私の胸を切り裂いていく。貴重なっ、遺物がっ!

 破片や瓦礫、埃に限らず障害物全てが舞い上がる衝撃は、防御魔術で防げた。だが、視界不良はどうしようもない。

 私が視界確保のため構築した空間正常魔術が作動中、物音はしなかった。それは即ち、返り討ちにあったのでなければアンがこの場を制した事実に他ならない。

 徐々に視界が晴れていく。その間を若干緊張しつつ見守った先で、私は安堵を見た。


 アンが魔術師の喉元を右肘で押さえつつ、その首横に剣を突き刺していた。

 魔術を発動しながら足早に駆け寄る。魔術師はもがいているようだった。だが、その杖先に魔力が集まるや否や霧散していく。幾度も魔術を構築しているようだったが、そのうち邪魔しているのが私だと気づいたのだろう。

 外套越しで見えない顔を私側へ傾けたのち、やがて動かなくなった。

 諦めを選択したのは正解だ。もしもここでアンに致命傷を及ぼす魔術を発動しようとしたならば、静止した立場ではあるが、僭越ながら私が魔術師にとどめを刺していただろう。

 私とて軍人だ。戦場を常としたアンやお父さんほどの覚悟は持てずとも、その程度の判断と覚悟はついている。


「杖を手放せ」


 私の言葉に、魔術師が取り落した杖の音が響く。その杖を、アンが蹴り上げた。


「わっ、とっ――っ、とぉ!」


 杖は見事私の真上に飛んできたが、上手に受け止められるかどうかは、また別の話だ。上を見たまま右往左往し、両手で抱きしめるように受け止めると、即座に魔力を通し、小さく収納する。


「――――は?」


 首飾りの形状へ移行させた杖を私の首にかけていると、魔術師から呆けた声が漏れた。他人の杖を勝手に休止状態へ移行させるのだから、所有者としては堪ったものではないだろう。


「……貴様、ミント・アベルジアか」


 苦々し気に呟かれた言葉に、瞬きする。


「私をご存じで――――え、誰?」


 男の頭部を覆っていた布を、アンの片手が引きちぎった。アンは怪力。頭の中に記録する。同時に、これまでもらってきた手紙が本の頁のように捲れていく。


『きょうは岩をはこびました。』

『二日よいの上かんを、ひきずって会ぎにつれていきました。おもかったです。』

『今日はくまをしとめました。重かったです。けれど、おいしかったです。』

『腕相撲大会で上官に勝ちました。重かったです。

 腕力があると防犯にもなるので、ミントも腕力をつけたらいいと思います。

 ミントが安全に過ごせたら、私も嬉しいです。』


 手紙が届くたび、珍しく冗談を言っているのだと嬉しく思っていたものだ。だがまさか、ただの事実だったというのか。つまりアンが手紙に書いていた内容は、小粋な冗談ではなく全て事実。 

 お父さん、この人、私以外には特にモテないと思う。

 衝撃の事実を受け止めつつ、男を観察する。年齢は私と同じか、少し上。赤髪。魔術師。以上だ。


「どこ、かで……見た、よう、な……? あのもしかして、私と話したことがあったり……とか?」


 それともはじめましてこんにちはなのか!?

 男の、言葉はなくとも嘘だろお前と言わんばかりの顔を見て焦りが生まれる。不審者相手に対し、自分がやらかした際の申し訳なさよ。


「あの、私、人の顔と名前を覚えるのが猛烈に苦手でして」


 これは本当に改善が必要だと真剣に感じている。改善策が全く思いつかないまま今に至っているだけで。


「ミント、これ夜会にいた」

「貴様! よくもこの我をこれ呼ばわりしおったな!」

「え!? どれ!?」

「どれもどうなのだ!」


 いやご尤も。驚きのあまり、不審者相手とは言え礼儀礼節を忘れ去った対応を、本人の目の前で見せてしまった。これも反省すべきだろう……で、どれなんだ?

 謎の魔術師の次にアンの神秘的な瞳を見つめる。美しい。基本的に人の造形への興味は特徴として捉えるのだけれど、アンの外見はとても好きだ。魔術式がぴたりとはまったときのような美しさを感じる。つまり、目の前の男を顔で思い出そうとするのは諦めたほうがいいということだ。

 ならばと色で記憶を攫う。謎の魔術師の髪色は、まるで葡萄酒のように大人びた深い赤色で……。


「ああ! フィーク・バリド!」


 王子の護衛魔術師か。

 思考がぴたりとはまって謎が解けた瞬間が、一番気持ちいい。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ