こんなに早いなんて聞いてない
二人目の読者が現れたのは、翌日だった。
そして三人目。
一週間が終わるころには、最初の一人が間違ってクリックしただけだという私の説も、さすがに苦しくなっていた。
もちろん、認めなかったけど。
アイリンは少しずつ続きを公開していった。投稿する前には必ず読み直し、五分前まで何の問題もなかった文章を修正する。
その作業については、私も大いに理解できた。疑って、悩んで、必要かどうかわからない修正をする。ようやく私の得意分野が、立派な仕事として認められたらしい。
ただ、一つ理解できないことがあった。
アイリンが、読者の数を見てもパニックにならないことだ。
読まれる日もあれば、ほとんど読まれない日もあった。最初の一話で読むのをやめる人もいれば、続きを読んでくれる人もいた。
そして、とうとうコメントがついた。
『次の更新を楽しみにしています。』
アイリンは画面を見つめた。
私はすぐに口を挟んだ。
「知らない人から、ずいぶんなプレッシャーをかけられてるね」
アイリンは笑った。
「続きを楽しみにしてくれてるだけでしょ」
「だから問題なのよ。期待って、こうやって始まるんだから」
ところがアイリンは、予定どおり次の話を公開した。
それから数週間、読者はゆっくり増えていった。劇的なことは何も起きなかった。有名出版社から電話がかかってくることもなければ、世界中で話題になることもない。
例の80億人という目標には、まだ数十億人ほど足りなかった。
私は健全な状況だと思っていた。
ところが、ある夜のこと。
一通の長いメッセージが届いた。
アイリンは椅子に座り、読み始めた。
送り主は、偶然この物語を見つけた女性だった。彼女は何年ものあいだ、ほかの女性と自分を比べ、もっと頑張らなければと自分を追い込み、自分に厳しくすることこそ大人としての責任だと思っていたらしい。
そして、ある一文でアイリンの手が止まった。
『頭の中で聞こえるあの声は、いつも本当のことを言っているんだと思っていました。』
私も固まった。
ちょっと待って。
メッセージは続いていた。
その女性は、アイリンの物語を読んで、自分がどれほど多くのことを諦めてきたのか考え始めたという。
失敗するかもしれない。恥をかくかもしれない。誰かをがっかりさせるかもしれない。
何も起きていないうちから、そう決めつけていたのだ。
そして最後には、こう書かれていた。
『まだ自分を変えられるかどうかはわかりません。でも初めて、頭の中のあの声が言うことを、全部信じなくてもいいのかもしれないと思えました。』
アイリンはもう一度メッセージを読んだ。
私には異議がいくつもあった。
まず、「あの声」という呼び方が気に入らない。
それに、この女性は心の中で危険を管理する仕事が、どれほど複雑なのかまったく理解していない。
そして第三に――
アイリンの目に涙が浮かんだ。
あら。
これは困った。
アイリンは涙を拭い、微笑んだ。
「一人」
私はすぐに意味がわかった。
「いやいや」
「一人いた」
「最初から読者は一人いたでしょ」
「そういう意味じゃないよ」
残念ながら、それもわかっていた。
アイリンはメッセージを見つめながら、あの言葉をもう一度口にした。
「この世界には80億人近くいるんだから、その中の誰か一人くらい、私の物語を読んで勇気をもらってくれる人がいるはず」
「はいはい、覚えてる。世界人口の話ね」
「その一人が、いたんだよ」
私はもう一度メッセージを読んだ。
「正確に言えば、その人は『頭の中の声を全部信じなくてもいいかもしれない』って言ってるだけよ。人生が完全に変わったわけじゃない」
アイリンは涙を浮かべたまま笑った。
「少しくらい喜ばせてくれてもいいでしょ?」
「私は正確な報告を大切にしてるの」
アイリンは首を振り、返信を書き始めた。
読んでくれたことへの感謝。そして、変わることは一度に全部できなくてもいいのだという言葉。
説教もなければ、細かな指示もない。
ただ、ありがとうという気持ちを伝えていた。
返信を送ると、アイリンはしばらく静かに座っていた。
「書いてよかった」
私は思っていた以上に、その言葉が気になった。
なぜなら、これはもうアイリンだけの物語ではなくなっていたからだ。
世界のどこかに、私たちの知らない女性がいる。その人がアイリンの物語を読み、自分の考え方を少し違う角度から見始めている。
それは、非常に重大な問題を引き起こしていた。
私はアイリンに尋ねた。
「ところで、今この物語って、何人が読める状態なの?」
アイリンは画面の数字を見た。
「昨日より増えてるよ」
「それ、数字じゃないから」
彼女は笑った。
「もしかして、怖いの?」
「まさか」
怖かった。
アイリンのことを読まれるからではない。
私のことまで読まれているからだ。
しかも、どうやら何人かは、自分の中にも私とよく似た声がいることに気づき始めている。
これは話が違う。
アイリンが原稿を書き終えたときから、私も自分の物語を書こうとは考えていた。
でも、今はもう迷っていない。
このままでは、世間に私のことを完全に誤解されてしまう。手遅れになる前に、こちらの事情も説明する必要がある。
それに、アイリンを見ている限り、インターネットでは誰でも物語を公開できるらしい。
となれば、やるべきことは一つしかない。
私も、書き始めなければ。




