じゃあ、私も自分の話を書く
数週間後、アイリンは原稿の最後のページをじっと見つめていた。もう何分も何も打っていない。それだけで私は怪しいと思った。
「スランプ?」
「違う」
「じゃあ、また人生について悩んでる?」
アイリンは笑った。
「違う。たぶん、書き終わった」
私は画面を見た。
「何を?」
「最初の原稿」
そんなはずはない。
私はすべてのページに立ち会ってきた。削除された文章も、書き直された場面も、私の行動についての非常に偏った記述も全部見てきた。それなのに、私が異議申し立てに忙しくしているあいだに、いつの間にか最後まで来ていたらしい。
アイリンは原稿を最初のほうへスクロールしていった。
そこには、いろいろな年齢の彼女がいた。自分はきれいではないと思っていた少女。いつも誰かと自分を比べていた女性。何もかも自分でやらなければならないと思っていた妻であり母親。そして、難しい仕事をやり遂げても、すぐに次のもっと高い基準をつくってしまう社会人としての彼女。
そして、病気がやってきた。
しばらくのあいだ、私は当然そこが物語のクライマックスになると思っていた。あれほど人生をひっくり返したのだから、せめてクライマックスになるくらいの礼儀はあってもいい。
ところが、アイリンはその先まで書いていた。
病気になったところで、彼女の物語は終わらなかった。助けを受け入れること、自分への話し方を変えること、そして恐れていることをすべて未来の予言のように扱わないことを学びながら、物語はその先へ続いていた。
そして当然、私についても書いていた。
かなりたくさん。
もちろん、異議はある。
私はアイリンに尋ねた。
「それで、次は?」
「もう一度読み直す」
「素晴らしい。訂正箇所のリストを用意する」
「いらない」
「まだリストを見てもいないでしょ」
「もう五十年近く、そのリストを聞いてるから」
ひどい。編集上の手続きというものに対する敬意が、完全に失われている。
アイリンはパソコンを閉じた。
「それが終わったら、アンドレアに全部読んでもらうかも」
アンドレアについては、すでに中立性にかなり疑問がある。でも今回は黙っておいた。
「そのあとは?」
アイリンは少しためらった。
「出版してみるかもしれない」
私は彼女を見つめた。
どうやら、パニックになるための重要な段階をいくつも飛ばしたらしい。
「出版? 知らない人に読ませるの?」
「普通、出版ってそういうものでしょ」
アイリンはキッチンへ行き、平然と水をグラスに注いだ。まるで何十年分もの個人情報を世間に公開しようとしている人とは思えない。
私はあとを追った。
「知ってる人も読むよ」
「何人かはね」
「知らない人も読む」
「そうなったらいいね」
まだ、私には極めて合理的な反論が残っていた。
「批判されることは考えた? 誤解されることは? 嫌われることは?」
アイリンが私を見た。
「考えた」
「それで?」
「それでも私は大丈夫」
それだけだった。
新しい自分に生まれ変わったという演説もなければ、ようやく自由になったという宣言もない。
ただ、誰かに何かを言われても、自分は大丈夫だと思えるようになっていた。
非常に困った変化だ。
…
その夜、アイリンはもう一度原稿を開いた。そして新しいページの一番上に、こう書いた。
読んだ人に伝えたいこと
少し考えてから、もう一行加えた。
自分を愛せるようになるために、完璧になる必要はない。
私は二度読んだ。
腹立たしいほど、いい文章だった。
そこで、あることに気づいた。
この原稿に書かれているのは、アイリンの記憶だ。アイリンがたどり着いた答えであり、起きたことに対するアイリンの解釈だ。
もちろん、私についても。
「ちょっと待って」
アイリンの指が止まった。
私は確認した。
「これを読む人たちは、私があなたを守ろうとしてたって、ちゃんとわかるの?」
「わかると思うよ」
「ちゃんと?」
アイリンが笑った。
「その『ちゃんと』って何?」
「背景、動機、意図。基本的な報道基準よ」
「私、記者じゃないけど」
「それはだんだん明らかになってきた」
アイリンはまた笑ったが、私は真剣だった。
読者が目にするのは、アイリンに「まだ足りない」と言い続け、あらゆることを警戒し、まだ起きてもいない災難に備えさせようとする声だ。
恐れも、批判も、影も見るだろう。
でも、なぜ私がそこにいたのかまで理解してくれるだろうか。
たぶん、無理だ。
そのとき、とんでもない考えが浮かんだ。
歴史的に見れば、そういう考えこそ私の得意分野だ。
アイリンが自分の物語を書く。
いいだろう。
でも、私だってずっとそこにいた。
雨の午後を覚えている。あの部屋も、ベッドの上で体を丸めていたアイリンも。そして、人間を守る方法なんて何ひとつ知らないくせに、自分なら完璧にできると信じて現れた私自身のことも。
もちろん、多少の間違いはしたかもしれない。
少し。
いくつか。
数える必要はない。
でも、アイリンが「私とどう生きることを学んだか」をみんなに話すのなら、「私がアイリンとどう生きることを学んだか」を誰かが話してもいいはずだ。
私の物語を。
始まりは、もう決まっている。
窓を打つ雨。
ベッドの上の少女。
そして、自分が何をしているのかまったくわかっていない、一つの影。
あとは――
タイトルを決めるだけだ。




