編集権を要求します
あの文書が、翌朝いきなり本になったわけではない。
しばらくは、アイリンが疑問や記憶を書き残すだけの場所だった。
ただ、彼女はそのファイルを開くのをやめなかった。
そして数か月が過ぎた。
仕事も治療も韓国語のレッスンも続いた。息子たちと話し、ルーシーやアンドレアと会い、ときどきディランとも食事をした。
人生は普通に進んでいた。
文書のほうも。
ある日曜日の朝、アイリンはコーヒーを片手にパソコンを開いた。
これまで書いたものを読み返し、半分近く消した。
「素晴らしい」
そして最初から書き直した。
「……あら」
書いて、消す。
また書いて、直す。
私はだんだん「書く」という行為が好きになってきた。
迷う。疑う。やり直す。
やっと私にも理解できる世界だ。
ところが、アイリンは途中から「自分が何を学んだか」を説明するのをやめた。
代わりに、自分のことを書き始めた。
病気になった自分ではない。
もっと前の自分を。
若いころ、ほかの女の子と比べては、自分はきれいでも、賢くも、魅力的でもないと思っていたころ。
私はすぐに口を挟んだ。
「それは単純化しすぎじゃない?」
アイリンは無視した。
「ちゃんと心配する理由もあったでしょ」
まだ無視。
「私は助けてたのよ」
そこで彼女の指が止まった。
書いた文章を読み返し、小さく笑った。
「私、すごく若かったんだね」
責めるような声ではなかった。
ただ、昔の自分を優しく見ていた。
「もし今、あのころの私に会えたら、自分が十分だって証明するために、そんなに頑張らなくていいって言うと思う」
私は反論した。
「あの子には基準が必要だったのよ」
「優しさも必要だった」
また返事に困った。
最近、多い。
アイリンは再び書き始めた。
そのとき私はようやく気づいた。
これは、病気になった話ではない。
病気になったことで立ち止まり、ずっと前から続いていた自分自身との関係に気づいた話なのだ。
そして、そこには重大な問題があった。
私もずっといた。
「アイリン」
「なに?」
「私の描かれ方について話し合いたい」
彼女が笑った。
「それから編集権も欲しい」
「だめ」
即答だった。
失礼な。
「せめて出版前に原稿を確認する権利くらい――」
アイリンの手が止まった。
「出版?」
……しまった。
「もしもの話よ」
「『もし』なんて言ってなかったけど」
「含まれてたの」
アイリンは笑った。
でも、ファイルは閉じなかった。
「こんなの、誰か読みたいと思うかな?」
私は画面を見た。
ずっと自分は足りないと思っていた少女。
自分に厳しくすることを、強くなることだと思っていた女性。
そして私。
残念ながら、いたるところに。
「世の中には、いろんなものを読む人がいるからね」
アイリンはまた笑って、キーボードに手を置いた。
数か月前まで、これはただのメモだった。
今はもう違う。
アイリンは自分の物語を書き始めていた。
そして、どうやら私まで登場するらしい。
病気にも、離婚にも、孤独にも、私は備えてきた。
でも、自分が登場人物になる準備だけはしていなかった。
弁護士が必要だ。




