誰も競争だなんて言ってない
アイリンは、理学療法への向き合い方まで変え始めていた。
最初のころ、理学療法はただ「乗り切るもの」だった。
言われた運動をする。指示に従う。そして疲れ果てて家に帰る。
単純だった。
ところが今では、質問までする。
「もう一回やってもいいですか?」
理学療法士がアイリンを見た。
「今やったばかりですよ」
「わかってます」
「じゃあ、どうしてもう一度?」
「もう少しうまくできそうな気がするから」
私はため息をついた。
誰もこの人に、競争だなんて言っていない。
その週、長男がアイリンの家に泊まりに来ていた。大学が数日休みだったので、その間を母親のアパートで過ごすことにしたらしい。
当然、アイリンは最初に抵抗した。
「休みの間ずっと、私の世話をしなくていいのよ」
「世話してないよ」
「理学療法に車で連れていってくれてるじゃない」
「その代わり、母さんの食べ物を食べて、Wi-Fiも使うつもりだけど」
アイリンが息子を見た。
彼はさらに付け加えた。
「公平な取引でしょ」
認めざるを得ない。
なかなか説得力があった。
その朝も息子が車で送ってくれ、待合室で待っているあいだ、アイリンは理学療法士とトレーニングを始めた。
右脚はまだ弱かった。
本来なら簡単なはずの動きにも、驚くほど集中しなければならない。ときには筋肉が震えて、私が即座に警戒することもあった。
少し前までなら、それだけで十分だった。
悪くなってる。
治療が効いてないんじゃない?
もし――
そこで私は止まった。
自分の意思で止めたわけではない。
アイリンが自分の脚を見ていた。
理学療法士も見ていた。
なのに、誰もこの先五年間の未来を予測しようとしていない。
どうやら働いているのは私だけらしい。
「もう一回やります」
アイリンが言った。
もう一度、同じ動きを試す。
今度はさっきよりよかった。
完璧ではない。
でも、よくなった。
アイリンが笑った。
そして、非常に不本意ながら、私の中の何かまで少し喜んだ。
そこについては調査しないことにした。
…
理学療法が終わると、待合室にいた息子がスマホから顔を上げた。
「どうだった?」
「よかったよ」
「本当に?」
アイリンが笑った。
「本当に」
息子は立ち上がると、アイリンのバッグに手を伸ばした。
「自分で持てるよ」
「知ってる」
アイリンは一瞬、息子を見た。
それからバッグを渡した。
私は何も言わなかった。
見てほしい。
この成長ぶりを。
帰りの車では、大学のことや夕食のこと、それから息子に靴をアパートの真ん中以外の場所へ置く気があるのかについて話した。
どうやら、その気はないらしい。
そして珍しいことに、アイリンは「何もかも普通だ」と誰かに証明しようとしていなかった。
脚の調子はよくなかった。
理学療法はうまくいった。
そして、疲れていた。
その三つが同時に本当でもいいらしい。
ずいぶん複雑な仕組みだ。
私は、一つの状況につき結論は一つのほうが好きだった。
…
翌日の午後、アイリンは家で理学療法の運動を一つやってみた。
うまくいかなかった。
当然、私はすぐに気づいた。
「昨日はできたじゃない」
アイリンは姿勢を直した。
「昨日は昨日」
「でも今日は――」
「今日は調子が悪い日」
それだけだった。
私は続きを待った。
来ない。
悪くなってる。
もない。
もうできなくなったらどうしよう。
もない。
たった一度うまくいかなかった午後を、これからの人生すべての証拠にすることもなかった。
ただ、今日は調子が悪い。
アイリンは少し休んでから、もう一度やってみた。
私は注意深く彼女を見ていた。
何かが変わっていた。
以前のアイリンは、自分の体まで「きちんとできなければならないもの」として扱っていた。
できなければ責める。
疲れれば、もっと頑張らせる。
どこかがおかしければ、私はすぐに理由を要求した。
できれば予後の見通しまで。
ところが今、アイリンはもっと理解しがたいことをしていた。
自分の体と協力している。
できるときには挑戦する。
必要なら休ませる。
一度でできなくても、自分を責めずにもう一度やってみる。
いつの間に、こんな新しい管理体制に同意したのだろう。
しばらくして、アイリンが口を開いた。
「ねえ」
私は警戒した。
「何?」
「私、ずっと自分の体と戦ってたのかもしれない」
嫌な予感がした。
私は尋ねた。
「じゃあ、今は?」
アイリンは自分の右脚を見た。
「同じ側に立とうとしてる」
……ああ。
それは、最近アイリンが学び始めた別の何かと、ずいぶん似ている気がした。
私は指摘しないことにした。
自己成長の危機は、一度に一つで十分だ。




