そんなこと、するつもりはない
アイリンが、私の言うことをいちいち吟味するようになった。
正直、これはかなり迷惑だった。
自分がこれまで自分自身をどう扱ってきたのか――そんなことを考え始めてからというもの、私が何か言うたびに、アイリンはそれをそのまま受け入れるのではなく、一度立ち止まって考えるようになったのだ。
新しい習慣だった。
しかも、ひどく効率が悪い。
ある日の午後、仕事中のアイリンが、すでに確認を終えた書類の中にミスを見つけた。
私はすぐに口を出した。
「こんなの、もっと早く気づくべきだったでしょ。その経験年数で――」
「見落とした」
そう。それが問題なのだ。
「でも、直した」
いや、だから――
「もう直ってる」
アイリンはファイルを保存すると、次の書類を開いた。
私は待った。
何も起こらない。
「この件について、反省会はしないの?」
「しない」
「でも、ミスしたのよ?」
「知ってる」
どうやらアイリンは、ミスというものを理解しなくなったらしい。
ミスをしたら分析する。反省する。できれば十年くらい前の関係ない失敗まで引っ張り出して、一緒に検討する。
そうしなければ、将来の恥をどうやって防ぐというのだ。
ところがアイリンは、そのまま仕事を続けた。
私は職業人として深く傷ついた。
…
数日後の朝、右脚がいつもより重かった。
もちろん、私はすぐに気づいた。
「悪くなってるんじゃない?」
アイリンはベッドの横で立ち止まった。
「治療が効いてないのかも。それとも、これが何かの始まりで――」
「やめて」
「これはちゃんとした医学的な心配よ」
「わかってる」
「だったら、どうして心配しないの?」
「心配してるよ」
私は戸惑った。
「してるの?」
「してる」
「なのにコーヒーを淹れるの?」
「心配しながらコーヒーを淹れたっていいでしょ」
この新しい仕組みを、私はまだ信用していなかった。
アイリンはしばらく右脚の感覚を確かめた。
「この重さが続いたら、神経内科に連絡する」
「もっと悪くなったら?」
「そのときは、もっと早く連絡する」
「じゃあ、三か月後に――」
「そこまでは行かない」
「どこまで?」
「三か月後とか、半年後とか、五年後とか」
私は全部について、かなり詳しいシナリオを用意していた。
「今日は今日のことだけ考える」
そう言って、アイリンは座り、唱題を始めた。
まずい。
「ちょっと待って。まだ話は終わって――」
海が来た。
当然のように。
ついさっきまで私は、きわめて合理的な危機管理をしていたはずなのに、次の瞬間には、あの腹立たしいほど心地いい太陽の下、温かい海に浮かんでいた。
まただ。
そろそろビーチチェアくらい用意してほしい。
できればパラソルも。
この場所のせいで、私の仕事の効率は確実に落ちていた。
…
戻ってきたとき、何かがおかしかった。
アイリンではない。
私のほうだ。
不安は消えていなかった。右脚がもっと悪くなる可能性だって、ちゃんとわかっている。
なのに、その隣にもう一つの可能性が浮かんだ。
悪くならないかもしれない。
私は固まった。
いや。
そんなこと、するつもりはない。
これまでの私のやり方は、とても単純だった。
悪いことが起こるかもしれないなら、アイリンには、それが起こるものとして準備させる。
私はそれを「守ること」だと思っていた。
でも今、その二つが同じものには思えなくなっていた。
可能性は、確定した未来ではない。
もちろん、そんなことは前から知っていた。
ただ、役に立つ考えだとは思っていなかっただけだ。
今は、何か悪いことが起こる可能性に気づいてから、それが本当に起こると決めつけるまでの間に、ほんの少しだけ隙間ができていた。
そして、その隙間に、とても迷惑な考えが入り込んでくる。
もしかしたら。
少し様子を見よう。
変化が続いたら、医師に相談すればいい。
誰の許可も取らずに、まともな考えが私の職場へ入り込んできていた。
犯人はわかっている。
海だ。
あそこは、私の職業人としての水準を破壊しつつある。
…
その夜、アイリンはまたノートを開いた。
私は文房具そのものが嫌いになり始めていた。
新しいページに、アイリンは書いた。
これから私は、自分自身をどう扱いたい?
いや。
絶対にやめてほしい。
そして、その下にこう書いた。
自分の大切な人を扱うように。
私はすぐに口を出した。
「ずいぶん曖昧ね」
アイリンは無視して、もう一行書いた。
大切な人に話しかけるように、自分にも話しかける。
もっと悪い。
私は、アイリンが大切な人たちにどう接するかを知っていたからだ。
息子の一人がミスをしても、それを十年間も持ち出したりしない。
アンドレアが疲れていれば、休んだほうがいいと言う。
そして、大切な人が怖がっているときに、万全の準備をさせるためと称して、悲惨な未来を六通りも並べたりはしない。
この練習には重大な欠陥がある。
「でも、自分を追い込んできたからこそ、できたこともたくさんあるでしょ」
「わかってる」
予想していた答えではなかった。
アイリンはもう一度ペンを動かした。
前に進むために、自分を傷つける必要はない。
私はすぐに反論した。
「私はあなたを傷つけてなんかいない」
アイリンは黙っていた。
「準備させてたの。失敗とか、拒絶とか、うまくいかないことに備えて」
「わかってる」
怒っていなかった。
責めてもいなかった。
ただ、その言葉をもう一度見つめていた。
それが、かえって困った。
…
その後の数日間、私は注意深くアイリンを観察した。
別に、怖がらなくなったわけではない。
アイリンはまだ心配する。
私もまだ心配する。
私は今でも私だ。
ただ、不安を感じたからといって、それに必ず従わなければならないわけではなくなっていた。
そして困ったことに、その違いを私まで少しずつ理解し始めていた。
長い間、私は最悪の未来を想像することこそが、アイリンを守る方法だと思っていた。
でも今、アイリンは自分自身への話しかけ方を変え始めている。
そして私は、彼女の頭の中に住んでいる。
ということは当然、私までその改装工事に巻き込まれることになるらしい。
私の許可も取らずに。




