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名前がつくと現実になる

私は、病名というものが嫌いだ。

「可能性」のほうがずっといい。

次の検査で変わることもあれば、完全に消えてしまうことだってある。

でも、名前がつくと話は別だ。

名前というものは、勝手に住みついて、そのうち郵便まで受け取り始める。

そして神経内科医は、私たちのためにその名前を用意していた。

……

診察の日、ディランがアイリンを車で病院まで送った。

待合室で、アイリンはこの一週間、質問を書きためていたノートを持っていた。

ディランがそれを見る。

「質問、いくつあるんだ?」

「いくつか」

「先生に先に警告しておいたほうがいい?」

アイリンが笑った。

いいぞ。このままここで冗談でも言い続けて、診察室には永遠に入らないことにしよう。

残念ながら、看護師には別の予定があった。

アイリンの名前が呼ばれると、ディランも立ち上がった。

「一緒に入ろうか?」

以前のアイリンなら、反射的に「大丈夫」と断っていただろう。

「うん」

大丈夫だという演説もなし。

必要のない自立心の発揮もなし。

……やっぱり怪しい。

……

神経内科医は検査結果を確認すると、アイリンを見た。

「診断を確定するのに十分な結果がそろいました。多発性硬化症です」

来た。

多発性硬化症。

なのに、診察室は何ひとつ変わらなかった。

私はそれが気に入らなかった。

人の人生に突然、一生ついて回る新しい言葉が加わったのだ。せめてエアコンくらい、一瞬止まる礼儀があってもいいんじゃないだろうか。

「じゃあ、確定なんですね」

アイリンが言った。

「はい」

アイリンはノートを少し強く握った。

「これから、どうなるんですか?」

医師は、多発性硬化症は慢性的な自己免疫疾患だと説明した。

「通常、免疫系は体に害を及ぼすものから私たちを守る働きをしています。でも自己免疫疾患では、その免疫系が誤って自分自身の組織を攻撃してしまうんです」

アイリンが眉を寄せた。

「どうしてですか?」

「それは、医学でもまだ完全には解明できていない問題の一つです。遺伝的要因や環境的要因、免疫に関わるさまざまな要因が関係していることはわかっています。でも、なぜ免疫系が自分自身の組織を攻撃するようになるのか、その仕組みはまだ完全にはわかっていません」

「多発性硬化症の場合は?」

「その免疫反応が中枢神経系に起こり、神経線維を守っているミエリンなどが攻撃されます」

アイリンはノートに目を落とした。

「そして……治らないんですよね」

「現時点では根治させる治療法はありません。でも、治療法はあります。病気の活動性を抑え、さらなる障害をできるだけ防ぎ、症状を管理しながら、できる限り良い生活の質を保つことを目指します」

私には、ある部分だけがものすごくよく聞こえた。

――治らない。

アイリンは、そのあとの言葉も聞いていた。

「どんな治療を勧めますか?」

医師は、使用できる薬について話し合い、アイリンに最も適したものを選んでいくと説明した。

アイリンは副作用について、仕事について、運動について、そして新しい症状が出た場合にどうすればいいのかを尋ねた。

私はまだ、何文も前のところで立ち止まっていた。

――治らない。

どうやら私とアイリンは、まったく別の診察を受けていたらしい。

……

診察室を出ると、ディランが足を止めた。

「どう?」

アイリンは少し考えた。

「まだ、わからない」

よし。

それなら私にもわかる。

「多発性硬化症の可能性が一番高いっていうのはわかってた。でも、そうかもしれないって思っているのと、本当にそうだって聞くのは違う」

「そうだな」

ディランは、「きっと大丈夫だ」とは言わなかった。

「強くならなきゃ」とも言わなかった。

ただ、アイリンのそばにいた。

珍しく誰も、病院の廊下でどうにかできるはずもないものを、どうにかしようとはしなかった。

……

家へ向かう車の中で、アイリンは窓の外を眺めていた。

いつもの彼女なら、このあたりでもう全部を整理し始めていただろう。

電話。仕事。予約。

何をしなければならないか。誰に知らせなければならないか。

アイリンは、恐怖を「やることリスト」に変えるのがとても上手だった。

でも今回は、何もしなかった。

ただ座っていた。

私は危うく、何かしなくていいのかと言いそうになった。

でも、ただ座っていることも、今は必要なことなのかもしれないと思った。

その考えは黙っておくことにした。

ただでさえ最近、私は仕事上の問題を抱えすぎている。

……

家に着くと、アイリンはしばらく静かに座っていた。

それから唱題を始めた。

あ。

これが何を意味するのか、私はもう知っている。

そして少しすると――

海。

温かい水。太陽。雲ひとつない空。

私はあたりを見回した。

「素晴らしい。ここには一年中太陽を出す予算はあるのに、日焼け止めを用意する予算はないらしい」

何も起こらない。

「帽子もなし」

小さな波が私のそばを通り過ぎた。

「サングラスは? それもなし?」

沈黙。

「最高。アイリンの心の平穏にはものすごく気を配るくせに、私の架空の肌は完全に放置なんだ」

私は仰向けになって水に浮かんだ。

そのとき、思い出した。

――治らない。

お腹がぎゅっと縮んだ。

まあ、比喩的にだけど。

私には実際、お腹なんてない。

不便な事実だ。

もう一度考えてみた。

――治らない。

怖さは消えていなかった。

でも今度は、医師が言っていた別の言葉まで戻ってきた。

治療。

コントロール。

生活の質。

私は眉をひそめた。

いつもの私なら、こんなふうにはならない。

普段なら、その場で一番恐ろしい言葉を見つけて両手でしっかりつかみ、そのあとに何を言われようが完全に無視する。

どうやらこの海、私の情報管理システムにまで干渉し始めたらしい。

「治らない」

私は言った。

それから、ものすごく不本意ながら付け加えた。

「……でも、治療はできる」

待ってみた。

何も爆発しなかった。

「慢性疾患」

波が私の体をふわりと持ち上げた。

「……でも、治療しながら付き合っていくことはできる」

私は水平線を睨んだ。

「公平な情報提供を強制されるの、ものすごく迷惑なんだけど」

海には、反省の色などまったくなかった。

……

戻ってきても、診断は変わっていなかった。

アイリンは多発性硬化症だった。

病気が治らないという事実も変わらない。

これから先も治療と経過観察が必要になる。

そして私は、まだ怖かった。

驚いたのは、そこだった。

海は何ひとつ忘れさせてはくれなかった。

問題を小さくしてくれたわけでもない。

ただ、一番怖い部分だけをつかんで、それがすべてであるかのように思い込むことができなくなっていた。

非常に迷惑だ。

アイリンは携帯を手に取り、息子たちに電話をかけた。

「診断が確定したの。多発性硬化症だった」

当然、いろいろ聞かれた。

答えられることには答えた。

わからないことを聞かれると、アイリンはただこう言った。

「それは、まだわからない」

そのあと、アンドレアにも電話をした。

怖くないふりはしなかった。

でも、自分で自分を必要以上に怖がらせることもしなかった。

そして、さらに奇妙なことをした。

ノートパソコンを開かなかった。

仕事も確認しなかった。

忙しくしていれば自分は大丈夫だと証明できる、なんてこともしなかった。

何かを食べた。

シャワーを浴びた。

そして休んだ。

私はだんだん心配になってきた。

アイリンが、休む必要があるから休んでいる?

自分から?

誰、この人?

何年もの間、アイリンは自分に何かを要求することがとても得意だった。

進み続ける。人に迷惑をかけない。自分で何とかする。強くいる。

休むのは、すべてを終わらせてから。

助けを受け入れるのは、まず自分一人でもできると証明してから。

怖さは、誰かに見られる前に自分で押さえ込むものだった。

でも今、アイリンは違うことをしていた。

怖いのに、人に電話をした。

疲れているから、休んだ。

これから何が起こるかわからなくても、無理やり答えを出そうとはしなかった。

診断を受けたからといって、それをすぐに自分の人生の終わりに変えることもしなかった。

いつからアイリンが、こんなふうに自分を扱えるようになったのか、私にはわからない。

でも、以前はそうじゃなかった。

……

その夜、ベッドに横になっていたアイリンが言った。

「オスクリタ、ずいぶん静かね」

「考え事してるの」

「心配したほうがいい?」

「たぶんね」

アイリンが笑った。

私はもう一度、診断のことを考えた。

多発性硬化症。

また怖くなった。

でも今度は、ほかの言葉も一緒に戻ってきた。

治療。

コントロール。

生活の質。

私はため息をついた。

「もう、ほんとにどうかしてる」

「何が?」

「何でもない。寝なさい」

アイリンは目を閉じた。

私はもう少しだけ起きていた。

どうやら、あの海は私の恐怖を消そうとしているわけではないらしい。

もっとひどいことをしている。

私を公平にしている。

やっぱり日焼け止めくらい用意してもらわないと割に合わない。



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